3話 美少女の転入生は魔導少女


 時間は戻って今朝のことだ。


 まだ寒さが残る四月十日の朝方の住宅街を俺は歩いていた。

 目的地は学生の学び舎、つまり学校だ。


 俺の通う公立羽根牧高校は東京羽根牧区の中にあり、自宅から徒歩十五分程の距離にある。徒歩での登校は何となくである。


 学校までの道のりの間に昨日の出来ごとを反芻する。


 ――唖喰あくうという異形の存在。

 ――魔導少女の存在。

 ――魔導少女の一人である並木ゆずに日常を教える日常指導係りになった。


 うん、三つ目の場違い感が際立ってるね。

 よくよく考えたら何だろうね、日常を教えるって。

 俺は唖喰が見えるだけの魔法少女オタクな高校生ですよ?

 並木さんってそもそも何歳なの?

 なんか達観した雰囲気があるから俺が教えるようなことがあるの?

 取り合えず初咲さんの方で準備はしてくれるらしいけど、ただ待つだけというのも複雑なものでもある。


 並木さんが魔導少女となってどれ程経つのか初咲さんに聞くと、こう言われた。


『ゆずが魔導少女として戦って来てもう五年になるわ。詳しい過去は本人のプライバシーに関わることだから明かせないけど、あの子は長い間唖喰との戦場で生きてきたけど、たまには肩の力を抜くことも必要よ。生き方は戦いだけじゃない、ゆずには唖喰とは何の関係もない普通の暮らしを知ってもらいたいの』


 並木さんの魔導少女としての才能を見いだしてから、初咲さんは長い間並木さんの親代わりになって彼女の面倒を見て来たという。


 なら、初咲さんが日常を教えるのでは駄目なのかと聞くと、初咲さんはオリアム・マギの日本支部長という立場である故に、日頃仕事に追われて並木さんに日常を教えることが出来ないという。


 初咲さんのような女性が世界各国にある組織の支部の一つを任されているというのは、俺には想像もつかない重大な役目なのだろう。


 唖喰と戦ってきた並木さんは昨日まで俺が過ごして来た日常を知らない。

 それを教えることこそが俺が担った日常指導係だ。


 そのためにもどういった指導方針を立てるべきか頭を悩ませていると、知っている声に話しかけられた。


「さっきから何を唸ってんの、司」

「んえ……ああ鈴花か、おはよう」

「おはよう。それで何を悩んでたの?」


 俺に声を掛けてきた彼女はたちばな鈴花すずか

 赤みがかった茶髪を頭頂部の高さで束ねている髪を揺らしながら俺に挨拶をしてきた。

 彼女とは小学校からの仲で、魔法少女オタクである俺と同じ魔法少女オタクの女友達だ。


「……なぁ、日常を教えるってどうすればいいと思う?」

「それは情操教育から? それとも生活リズムから?」

「……多分生活リズム……かな?」

「何そのえらく煮え切らない質問。急にどうしたの? 人生の迷子相談なら進路の先生に聞けばどう?」

「そこまで切羽詰まるようなことじゃなくて、ただの疑問だよ。心配しなくても大丈夫だ」

「そう、ならいいけど」


 惜しい。

 心配してることを否定していれば華麗なツンデレ芸の完成だったのに。

 とにかく友達にも心配を掛ける訳にはいかないのでこの件は保留する。


「そうだ、昨日はマジカル・メアリーのDVD買ったんでしょ、今日の放課後に漫研の部室で鑑賞会するんだよね?」


 ん? マジメアのDVD……ってああ!


「お!? おう、今鞄の中にあるから部室で観ようぜ‼」

「? まぁアタシも早く観たいし、それでいいよ」


 あ~焦った~。そうだった、昨日はマジカル・メアリーのDVDのために夕方に出掛けたんだった。

 その帰りに唖喰に襲われたからそれどころじゃなかった。


 鈴花のおかげで思い出せてよかった。


 ……こんな風に話せる友達が唖喰のせいで居なくなることは絶対に避けたい。

 日常に浸っていた時は非日常に対して溢れんばかりの憧れがあったはずなのに、非日常に触れた今はいつもの日常が眩しく、尊く感じる。


 流石に今度は泣いたりしないぞ……。


 とにかく、唖喰のもたらす被害を見過ごせないことと、並木さんへの興味から日常指導係という役目を引き受けたが、これからの放課後は組織の日本支部に通う必要がある。


 並木さんがどういう理由で魔導少女になったのか。


 答えがわかるのは並木さんと交流を重ねていく必要があるだろうから、ここで考えても仕方がないため、まだ先のことだと自分で区切りをつけた。





 俺と鈴花は教室に入って自分の席に着く。

 俺の席は教室の黒板から見て一番奥、右端の一個横だ。

 

 ってあれ?

 俺の左隣に机と椅子がある……昨日までなかったのに……。


 なんて疑問に思っていると友人である石谷せきたに伸也しんやがあることを聞いてきた。


「はよーっす司……あれ、お前昨日なんかあったのか?」


 ドキリ。

 昨日? ありすぎる程イベントがてんこ盛りだったよ。

 唖喰のことを答えるわけにはいかないため、適当にはぐらかす。


「ん? 別に何も? 何でだ?」

「いや、なんかうまく言えないけどさ、雰囲気が変わった気がして……」

「なんだよそれ……」


 意味がわからん。

 確かに唖喰に殺されかけたけど、俺自身そんな変わったことはないと思う。


「あ、そだ。さっき職員室の前を通りがかった時に聞いたんだけどさ、今日うちのクラスに転入生が来るんだってよ」

「転入生? ってことはこっちはその人の席か……?」

「ああ、なんでも飛び級で入ってくるってよ」

「飛び級って、相当頭いいんだな……うちの高校って進学校とかじゃないのにか?」

「さぁ? 詳しいことは俺も知~らない」


 石谷がそう言うと同時にホームルームの予鈴がなった。

 それを聞いた皆はそれぞれ自分の席へと戻っていった。


 朝のホームルームの時間になり、担任の坂玉さかだま鳴子なるこ(俺含めみんなから〝さっちゃん〟と呼ばれている)先生が教室に入ってきて挨拶をする。


「おはようございます! 今日は皆さんに連絡することがあります!」

「さっちゃん先生、もしかして結婚したんですか?」


 クラスメイトの男子が冷やかし始めると「ち、違います!まだキスしかしてないです!」とさっちゃんが盛大に墓穴を掘り起こして中の地雷を踏み抜く。


 ――恋人とキスまではしたのか、お盛んなこって。

 というクラス中からのニヤニヤを受け「もう! 連絡したいことがあります!」とさっちゃんがぷりぷり怒りながら強引に話を続ける。


「こほん、皆さんに伝えたいこととはこのクラスに転入生が来ることになりました」


 ――おおおおおおおおおおおおおお!!


 クラスが熱狂に包まれた。

 確かに転入生といえば青春の一ページに成り得るだろう。


 だがそれは……。


「さっちゃん! 転入生は女子ですか!?」

「違うわ! 男子よ! イケメンよ!」

「ばっきゃろう! 美少女が定番だろうが!」

「美少年という可能性だってあるでしょ!」


 うーん、皆綺麗に欲望を垂れ流してんなー。

 転入生が女子なら男子が歓喜し、女子が悲壮し、転入生が男子なら女子が歓喜し、男子が悲壮する。

 どちらかで自分の青春が灰色か薔薇色に変わる……皆必死なのだ。

 十人十色な反応を見せる生徒達をよそにさっちゃんが転入生に教室に入るよう促す。


「失礼します」

「――ぇ」


 入って来た転校生は女子だった。

 セミロングの髪は明るい黄色で、遠目でも分かる緑色の瞳はさほど緊張を感じさせない程落ち着きがあった。


 クラスメイト達が彼女を認識した途端、男女共に歓喜の声が上がった。

 入って来た転入生はなんと美少女だったからだ。

 その声量に驚いたさっちゃんが「静かに! 他のクラスに迷惑です!」と生徒達を落ち着かせようとするも完全に焼け石に水だった。


 俺?

 絶句してたよ?

 だって昨日の今日でそれが起こるなんて予想できる訳ないだろう。

 俺が絶句している間に周囲の熱が一端鎮火していた。


「それでは自己紹介をしてください」


 さっちゃんが彼女に自己紹介をするよう促した。



「並木ゆずです。今日から皆さんと同じクラスで過ごしていきます。よろしくお願いします」



 並木さんがそう挨拶をすると石谷が右手で挙手する。


「並木さんって彼氏とかいますか!?」


 ぶっこんできた……。

 ほら、並木さん以外の女性陣から〝いきなりフリーかどうか聞くか?〟ってデリカシーのない奴を見る目を向けられてる。


「いません」


 並木さんがなんでもないように答える。


「「「「よおぉっっしっ!!」」」」


 並木さんの答えを聞いた石谷含む男子数名が同じような反応をした。

 分かりやすいなぁ……まあ俺も初対面の時は見惚れてたから人の事言えないんだけど。


「並木さんって転入前はどこに住んでたの?」


「……隣接の県です」


 石谷の質問が皮切りとなって転入生恒例の質問攻めに発展するが、並木さんは慌てずに淡々と答えていた。


「あ、じゃあ私からもいい?」


 今度は女子のほうから質問が出る。

 えっと、鈴花の前の席は……クラス委員の中村さんか……。

 まだクラス替えしたばかりだから思い出すのに時間が掛かるんだよな……。

 そんなことを考えてるうちに中村さんが並木さんに質問をする。


「その髪と目はおしゃれなの? いくら転入生だからってあまり校則に背くような恰好は控えてほしいんだけど……」

 

 あ、それって……。


「あ、俺その答え知ってるよ。母親がクオーターで、隔離かくり遺伝いでんしたからって言ってた……」


 俺があっさりと答える。

 昨日唖喰に助けられたあと、組織の拠点に向かう道中で聞いたからだ。

 それをそのまま答えたのだが……。


 周囲の視線が物凄いことになっていた。

 〝なんでお前が知っているんだ〟と驚愕していた。

 その視線を受けて俺は自分がしでかしたことに気づいた。


 ――あああああやっちまったああああ!!

 ――俺と並木さんからしたら再会だけど、周りからすれば俺達は初対面ってことになるじゃねえか!


「おい」


 下からドスの利いた声が聞こえて、俺は肩をビクッと震わす。

 ゆっくりとそちらを見やると……石谷が睨んでいた。


「なんで転入したばっかりの並木さんのこと知ってるんだ?」

「え、えっとそれは……」


 俺がどう言い訳するか言い淀んでいると……。


「竜胆君には昨日道に迷っていたところを助けて頂きました。こちらの高校に転入することをお話しすると、同じ高校だというので談笑していた際に私が教えたんです」


 並木さんが助け船を出してきた。ありがてぇ……。

 予めそう答えるように言われていたのか、らしい言い訳を言うと石谷は俺と並木さんを交互に見比べたあとに


「なんだよそういうことかよ! だから並木さんが入ってきた時に司は静かだったわけだな!」


 ホントは高校にくるなんて聞いてなかったから絶句してただけなんけどね。

 わざわざ言うことでもないので無言で頷く。


「それでは並木さんの席は竜胆君の隣ですので、そこに座ってください」

「わかりました」


 そういって並木さんは俺の左隣の席に座った。


 ようやくクラスが落ち着いたので担任であるさっちゃんの担当科目である古典の授業が始まった。


 ……とにかく、一度二人で話し合う必要があるな。

 

 そう思った俺は紙に伝言を書いて並木さんの席に投げる。

 授業中にやっちゃダメだけど、転入初日の美少女と二人で話せる状況を用意するには仕方ない。


 一限目後の休み時間、並木さんは席を立って俺の横に来た。

 クラスメイト達が並木さんの動向を窺っていることに構わず、彼女は俺に声をかけた。


「すみません竜胆君。昼食休憩の時間に学校の案内をお願いできますか?」


 その言葉に男子達は大いに驚かれたが、女子からは〝顔見知りの竜胆君に案内を頼んだのだろう〟という反応をもらった。


「ああ、俺でよければ案内係をするよ」

「ありがとうございます」


 並木さんはそう言って自分の席に戻った。

 今の並木さんのお誘いは俺が彼女に渡した手紙に書いたカンペだ。


 日常指導における今後の学校生活の相談をしたいという内容と共に、並木さんから今のセリフを言ってもらうようにしたのだ。


 だって俺から誘ったら他の男子達が抜け駆けだのなんだのと騒ぎ出すからだ。

 並木さんから誘いがあれば、男子達は大人しくするしかないということだ。


「司~、転入生から案内を頼まれるなんて案外やるね~。遂に2次元を卒業したのか?」


 石谷がそうからかってくる。


「卒業してないって。昨日ちょっと話したから頼りやすいって思われたんだろ」


 これに関しては別に嘘をついていない。ただその転入生が魔導少女であることを隠してはいるが。


 当然だが、彼女が魔導少女であることは秘密である。

 どうせ誰も信じないだろうと思ったが並木さん曰く、真偽を確かめようとした奴が魔導少女を尾行して唖喰に襲われたケースがあったらしい。(ちなみに尾行したそいつは一命を取り留めたそうだが、当該事実を記憶から消去したとのことだ)


 俺が石谷と談笑していると、並木さんが女子達に質問攻めに遭っていた。


 普通なら止めるべきなのだろうが、俺や初咲さんといった交友関係がある人以外に、彼女はどんな会話をするのか気になるのでそちらに耳を傾ける。


「並木さんってジョニーズで一番ハマってるグループは何?」

「ジョニーズ? とは何なのですか?」

「あれ、知らない? Sexy Areaセクシーエリアとか、らんとかの芸能事務所なんだけど……」


「ねぇねぇ並木さん、オンスタってやってる?」

「オンスタとは一体?」

「えっ、オンスタ知らないの? えっとスマホのアプリでねー」


「並木、昨日テレビで美味しそうなマカロンの特集があったんだけど……」

「マカロンというのはどのような食べ物なのですか?」


 ……マジか。

 娯楽を知らないって言っても、女子高生の流行に付いて行けないOLみたいなレベルかと想定していたら、織田信長に火縄銃じゃなくて電子機器見せるみたいなレベルだった。文明レベルの差が酷い。


 ほら、並木さんの回りの女子達が〝この子、転入前はどんな生活をしてたの?〟って顔に書かれてるよ。

 アンタ聞いてみなさいよって隣に視線を送ってるよ。


 うわぁ、言いふらしてぇ、「俺は知ってるよ? その子は異次元から侵略して来る化け物から地球を守る生活をしてるんたぜ☆」って……さっきのミスもあるので絶対言わないけどな。


 ――三限目の体育――


ピィーッ!


 今日の体育の授業では体力テストが行われていた。

 今五十メートル走の記録を測っているのは女子のほうだ。

 男子は既に測り終わっている。

 ちなみに俺は八秒台だったとだけ言っておこう。


棚河たなかわ、九秒八。戸堀とぼり、八秒四三。次!」


 体育教師がタイムを発表していく。

 次は並木さんの番だ。


「いちについて、よーい、ドン!」


 スターターの合図で、並木さんともう一人が駆出しt―って速っ!?

 並木さんメチャメチャ速いな!?

 あれ完全に陸上選手クラスだよ!?


「並木、四秒五八。中村、九秒三三──んっ!?」


 周囲は呆然としていた。

 転入生が好タイムを叩き出したことに驚いているのだ。

 俺だって驚いてるし。


 というかこのままだとヤバイ、絶対騒ぎになるぞ。

 そう感じた俺は、あれだけの速度で走ったのに息を乱していない彼女へ耳打ちをする。


「悪い、並木さん。もう一回やってくれないか?」

「? 何故でしょうか?」


 どうやら並木さんは自分がしでかしたことに気付いてないらしい。

 これが世間知らず故の無関心か……。


 なんてことが浮かびながらも、その疑問に答えを返す。


「いや、このままだと確実に目立つし、魔導士としてそういうのは困るんじゃないか?」

「他人からどう思われようと関係ありません」

「そう言わずに……そうなったら日常指導にも支障が出るだろうし……」

「……そうですか。わかりました」


 一匹狼気質なことを顔色一つ変えずに告げる彼女でも、日常指導の妨げは避けたいようで、内心胸を撫で下ろす。


 そして、さっきの記録はストップウォッチの誤作動ということで無理やり誤魔化した後に、走り直した並木さんが出したタイムは『七秒七七』。

 加減してなおその速さかと思わず頬が引き攣りそうになるが、お決まりパターンというのは流れが決まってるからお決まりと呼ばれるのだ。


「並木さん、ぜひ! ぜひ陸上部に入って共に全国を目指さないか!?」

「駅伝、駅伝走ってみない!?」

「これだけの運動能力の持ち主……陸上部共に渡してなるものか! 並木さんは私たちテニス部が頂く!」


 将来有望な転校生に対する熱い勧誘だ。


 魔法少女の中には戦闘時と違って運動が得意じゃないパターンもあったけど、並木さんの走るフォームはめっちゃ綺麗だった。

 普段鍛えてる証だろうなぁ。


 体育教師が止めるまでスポーツウーマン達の勧誘は収まらなかった。

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