2話 魔導少女の日常指導係になりました
五分くらい続いた初咲さんの笑いがようやく止まり、話が進みだす。
「はぁ~、久しぶりに大笑いしたわ、君ってなかなかユーモアがあるわね」
「……スミマセン」
ほんとに申し訳ない。
けど俺にとってあの助けられ方と出会い方は、それだけ衝撃的だったんです……。
「別に責めてはいないわ、個人の趣味趣向は他人にとやかく言われるものではないものね」
「はい、エロ健全問わず魔法少女を題材にした作品が大好きです」
「……正直なのはいいけれど、普通はもう少し躊躇しないかしら?」
「いえいえ、正直なのが俺の取り柄なので」
俺が誇れる数少ないものの一つだ。
出なければ初対面の並木さんに魔法少女ですか? とは聞かなかったし。
よくオタクとかキモイとほざく輩がいるが、好きなものを好きと言って何が悪い。
自分の好きなものを貶められるのは誰だっていい気分はしないだろう、それに気づかない人が多いこと多いこと……。
ちなみにポニテが好きだと公言した友人がいて、その友人の席の隣にはちょうどポニテの女子がいた。
だが休み時間の間にその女子の髪型がポニテじゃなくなって、友人が大変ショックを受けたということがあった。
誰もその子だって言ってないのに女子側の自意識の高さに驚愕したもんだ。
思いっきり思考が脱線していると初咲さんが話を続ける。
「ただその場合ゆずは魔法少女というより〝魔導少女〟の方が正確ね」
「初咲さん、それはどういうことでしょうか?」
「未成年の魔導士の呼称……というか竜胆君の魔法少女発言を受けて今考えたわ」
「確かに私は未成年ですが……」
並木さんは魔導少女って呼ばれ方は嫌そうだった。
俺は初咲さんの命名に少し疑問があったので、聞いてみることにした。
「今呼び方をなんで魔法じゃなくて魔導にしたんですか?」
分かってるよ、〝お前そんなどうでもいいこと聞くの?〟ってことは、言われなくても分かってるよ。
でもほら、そういう細かいところって気にならない?
俺は気になる。
「それは魔力という神秘の力を科学の力で補っていて、正直魔法っていう神秘から程遠いものになったからなの」
初咲さん曰く……。
魔法とは、自らの魔力を変質化させ、発火や凍結といった様々な自然現象を起こすもの。
その自然現象に定まった形がなく、属性から形まで自由に変えることが出来るため操作性に優れるという。
魔術とは、
魔法とは違って魔法陣によって火炎弾や氷槍というように予め形と属性が決まっているため、それぞれ対応した魔法陣を造る必要があるが即効性に優れているという。
魔導とは、術式を道具に刻み、そこに自らの魔力を用いることで、術式を発動させるもの。
魔術と同じように思えるが形を定めることは出来ても属性が無い。
その代わり魔力さえあれば術式の威力そのものに差はないため、利便性はいいという。
「そしてゆず達魔導少女が身に纏う装備は魔力を使うことで障壁を張ったり、攻撃の補助をしたりできるように作られているわ」
装備というのは最初に会った時に着ていた服の事だろう。
なるほど、そういう分類なら、魔法というよりは魔導と呼ぶのが正しい。
「さて、これで唖喰と魔導少女に関する概要の説明は終了よ」
「……裏で起こっていることについてはわかりましたが、唖喰と戦えってことじゃないなら、俺にその説明をしてどうするんですか?」
唖喰のことが分かったからといって俺自身に戦う力がないのは依然変わりないため、そんな話をする理由はなんだろうかと思っていると初咲さんから一つの提案をされた。
「私は君を組織に招き入れようと考えているわ」
「――え、それって俺をオリアム・マギに勧誘したいってことですか!?」
「ええ、その通りよ。魔力を持つあなたにゆず達魔導士・魔導少女達の戦いを支えてほしいと思っているわ」
「そう言ってもらえるのはありがたいですけど……」
いきなりあなたの才能を見込んで勧誘しますなんて言われてもすぐにハイって言えるはずがない。
初咲さんの話が嘘だというわけじゃない。
組織に所属した時のメリットとデメリットを考えてみよう。
メリットは、今日みたいに唖喰に襲われてもすぐに対応が出来るようになること、並木さんと交流が続くことだ。
デメリットは、唖喰という存在と関わる必要が出てくるから、少なくとも今までの日常は過ごせなくなること。
そうだ、唖喰に襲われていなければ、俺は今頃自分の部屋で魔法少女のアニメを見ていたり、明日の予習をしていたはずだ。
部活やバイト先を決めるのとは大違いだ。
「竜胆君」
「あ、はい……」
「……今君は2つの選択肢があるわ、一つは魔導による記憶消去処理を施して夕方からの出来事……唖喰と魔導のことを綺麗さっぱり忘れて、いつもの日常に戻ること」
初咲さんは悩む俺に選択肢と称して、俺が組織に入るか入らないかを選んだ時の対応を説明してくれた。
入らなかった場合は夕方からの記憶を消していつもの日常に戻る。
これなら唖喰の脅威も忘れるから、皆が知らないことを知っているジレンマに陥ることもないだろう。
「もう一つは……あなたを並木ゆずの日常指導係という役目に任命するわ」
「すみません、今なんて言いました?」
「もう一つは……あなたに並木ゆずの日常指導係という役目を任命するわ」
「――アッハイ」
一言一句抑揚も変えずに告げられた。
……落ち着け、つまり入った場合は並木さんの日常指導係になれということか。
うん、意味わからん。
それは並木さんも同じようで、初咲さんに真意を訊ね出した。
「……突然何を言うんですか初咲さん? 竜胆君が組織の一員となるかどうかは彼次第ですが、なった場合に任命するという私の日常指導係とはどういうことでしょうか?」
「あなたにとってプラスになることよ」
「彼に日常を教わることに一体どのようなメリットが?」
「それを教えちゃつまらないでしょ」
「………ご命令というのでしたらなんなりと」
追究をかわす初咲さんの言葉に並木さんが折れた。
せめて任命される俺にはどんなメリットがあるのか教えてくれませんかね~?
あ、駄目だ。
あの人意図的にスルーしてやがる。
「彼がノーと言うのであれば日常指導係の話は白紙に戻るだけ。その時は彼に記憶消去処理を施してサヨナラよ」
結局俺の選択に代わりないですよね!
重いよ!!
俺にそんな大事な選択権握らせないでください!!
「……よく考えて答えて頂戴」
そう言われましても……。
難解な問題に頭を抱えて俯く。
このお願いを断れば記憶を消してさっきまでの日常に戻ることが出来る。
唖喰というあんなおぞましい化け物のことも、並木さんのことも忘れてだ。
あの時感じた死の恐怖はさっさと忘れるべきなんだが、俺が忘れたいとはっきり言えないこともその死の恐怖が原因だった。
普通の人には唖喰を視認することが出来ない。
今日の俺みたいにちょっと近道しようと人気のない道を通ったら、姿の見えない唖喰に食い殺され、世間では神隠しとして騒がれた後、すぐに忘れ去られる。
それだけじゃない、先ほど見た映像のようなことがいつか……明日起こっても不思議ではない。
家族、友達、今まで見知った人達……記憶を消した俺も、全員が死ぬかもしれない。
そうなってしまえば俺一人の記憶を消したところで結局唖喰の脅威から逃れられるわけじゃない。
記憶を消してもらえればこうやって悩む必要もなくなる。
そう分かっているはずなのに……〝記憶を消してください〟と声に出せない。
――あんなの誰だって嫌だよな……。
抵抗など意味がないとまざまざと見せつけられ、ワケも分からず食い殺される。
嫌なこと程忘れられないというが、この場合〝忘れたくない〟という気持ちが強い。
せっかくの憧れていたファンタジーに触れて、舞い上がっていても〝やります〟と声に出せない。
自分の優柔不断っぷりに苦笑しか出ない。
ふと、顔を上げて並木さんを見る。
彼女は俺を見ていた。
美少女見つめられるのは少し照れくさいが、その目を見て思ったことがある。
――並木さんはどうして魔導少女になったんだろうか?
並木さんはあまり口数が多い方ではないし、表情も少し固い。
一体どんな過去や経緯があって世界を守るために……死ぬのかもしれないのに唖喰と戦っているのか……。
それはきっと彼女に日常を教えていけばわかるんじゃないか?
出会って数時間の相手にそこまで入れ込む理由は見つからないけど、それどもここで選ぶ答えにだけは辿りつけたと確信した。
「並木さんに……日常を教えたいと思います。うまくできるかは分かりませんが、やれるだけやってみるつもりです」
俺が答えを出すと、初咲さんは頬を緩めて静かに頷き、並木さんは俺の答えに〝そうするなら止めない〟と呆れも混じったため息をした。
「それでは竜胆君も我らの組織の一員に加わってもらうわ。それでは竜胆君にはゆずに日常指導係の任に就いてもらうわね」
「はい、頑張ります」
口頭だが組織に入って最初の任務が魔導少女の日常指導係という大役に緊張しながらも返事をする。
「……竜胆君が選んだのでしたら、私から口出しするようなことはありません……よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく」
並木さんの言葉にそう返すと初咲さんから伝えられたことがある。
「それじゃ、早速竜胆君がこの拠点に自由に出入りできるように認証キーを作るわ。指紋を取らせてもらうわよ」
そう言って俺の指紋を取る。
こういうセキュリティっていいよな……。
「少し時間が掛かるから渡すのは明日以降にするとして、今日はもう遅いから一度帰宅して頂戴。ゆず、彼を入口まで案内してあげなさい」
「はい、わかりました」
「初咲さん、ありがとうございます」
「あ、そうそう竜胆君、一つ忠告しておくわ」
「はい、なんですか?」
わざわざ忠告って付け足すってことは何か重要なことなのか?
「日常と称して妙なことを教え込むと痛い目をみるから気を付けてね」
「当たり前ですよ、それを言う必要はあるんですか……上司だから任務に差し支えないよう釘を刺さなくてもそんなつもりは一切ありませんから」
「……そう、ならまぁいいわ」
なんだか含みのある言い方だが、それを問うのはまた今度にしよう。
そうして初咲さんと別れて、俺と並木さんは二人で拠点の入り口に向かう。
外に出ると夕日は落ちて、すでに夜の九時になろうとしていた。
「もう真っ暗だな……」
「そうですね……それでは竜胆君、日常指導のほうではよろしくお願いします」
並木さんがそう言って頭を下げる。
「いやいや、そんな畏まらなくていいって、並木さんに救ってもらった命なんだから、恩人のために使いたいって思っただけ」
あの時、彼女がいなければ確実に死んでいた。
何もかも諦めろと突き付けられた感覚が忘れられない。
「……そうですか、ではまた明日」
「ああ、また明日」
そうして俺は並木さんと別れて帰路についた。
自宅のドアを開けると、仕事帰りであろう母さんが出迎えてくれた。
「お帰り~、誰かとデートにでも行ってたの?」
「するような相手じゃないって、事故に巻き込まれるところを助けてもらったからそのお礼をしてた」
唖喰と魔導のことは一般人に話すなと初咲さんから口止めをされているため、そう言ってはぐらかした。
母さんは特に疑うこともなく「ふ~ん、お母さん明日も仕事で早いからもう少ししたら寝るね」といって自分の部屋に入っていった。
俺は部屋に荷物を置いてからシャワーを浴びて遅めの夕食を食べたあと、ベッドに横になった。
「……飯……美味かったなぁ、シャワー……気持ちよかったなぁ、お帰りって言ってもらえて……安心したなぁ」
ふとそんなことを呟いた。
正直放課後に起きた一連の出来事で思った以上に疲労が溜まっていたみたいだった。
でも
「……っぐ、死ななくて……よかっだ……グスッ、たすかって……よかった……」
あまりに現実感のない出来事ばかりだったけれど、当たり前の日常がどれだけ幸福だったのかを実感することが出来た。
当たり前の大切さに、俺は涙をこらえることが出来なかった。
そうして泣き疲れた俺は、あっという間に眠りについた。
翌日、俺は朝っぱらから驚愕していた。
どうしてこうなった?
いや、突然なんだって思うかもしれないが、この光景を見ればそう思うのも無理はないと判るはずだ。
今俺は学校にいる。
俺の通う羽根牧高校の校舎はコの字の下一角を無くしたような形で、三階建てだ。三年生の教室が三階、といったように学年と階数が比例している。
俺は高校二年生なので、二階にある2-2の教室が俺のいるクラスだ。
それがどうしたって思うだろうが、今朝、いつも通り登校して、ホームルームで担任の先生から転入生がこのクラスに来るっていうからどんな人かと思ってたら、その人にびっくりしたんだよ。
びっくりしたのは俺だけじゃない、クラス全員だ。
と言っても俺のびっくりとみんなのびっくりは意味が違うんだけど。
転入生は超を付けても足りない程の美少女だった。
俺以外の全員がそれを認識した途端、クラス中が熱狂に包まれた。
その人は黄色髪をセミロングの長さにしていて、緑色の瞳は見るものに落ち着きのある印象を抱かせる。
服装は学校なので当然、制服(ブレザー)で、スカートは膝に半分掛かる長さだ。
「それでは自己紹介をしてください」
そして転入生は担任の先生に促されて自己紹介をする。
「並木ゆずです。今日から皆さんと同じクラスで過ごしていきます。よろしくお願いします」
なんでここにいるんだ並木さん!?
あの組織はどうやってか一晩で俺が通う学校を突き止めて、ゆずを俺のいるクラスにねじ込んできたのだ。
ジェバ〇ニだって一晩で出来ないことを平然とやってのける国家機関って一体……。
とにかく、俺が言いたいことは一つだけ。
――そういう意味で〝また明日〟って言ったわけじゃないよね!?
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