1話 敵の名と組織の名
ともかく、先の失言もあって気まずい空気は依然続いたままだ。
「そ、それにしてもあの化け物何だったんだ!?」
かなり強引にだが、そうやって話題を切り替える。
すると、彼女は俺に対して何やら確信めいた視線を向け出した。
「──やっぱり」
ん、あれ?
今俺変なこと言った?
化け物がどんなのかわからない?
「今まさに君が倒しただろ? あの白くて赤い線がある化け物を……」
「……少し、ここで待っていてください」
彼女が目を閉じて何やら納得したように見えたと思ったら、俺から距離を取ってスマホを取り出し、操作していると、彼女の服が変わった。
おぉ、変身解除した……コスプレとかじゃないんだ……。
って違う違う、いくら好きだからって、魔法少女と同列に見ちゃダメだろ。
そう邪念を払ってる内に、彼女の元々着ていたであろう服は、白色の無地のワンピースへと変化を終えた。
流石美少女……シンプルなデザインだから顔立ちの良さが際立ってる……。
「襲われていた人を救出しました。それで……はい……ええ、
俺がそんなことを考えているうちに向こうは誰かに電話をかけ始める。
会話に横やりを入れる程無粋ではないので言われた通りに大人しく待つ。
「了解しました。失礼いたします」
会話を終えた美少女が俺に声をかける。
「お待たせしました、あなたが目撃し、被害をもたらしたあの生物について、説明をさせて頂きたいと思っています。この後のご都合はよろしいですか?」
あの化け物の説明、なんか本格的になってきたな……もちろん知ることが出来るなら知っておくに越したことはないので、聞かないという選択肢はなしだ。
と、この後の用事だよな。
「ちょっと待っててくれ、親に連絡するから」
そう言ってスマホを操作し、メッセージを送る。
司:急用が出来た。帰るのが遅くなる。
母:りょーかい。
よし、連絡完了。
「大丈夫だ、それで……あー、君の名前聞いてないな……、俺は
「私は
彼女……並木さんは淡々とした感じで自己紹介をした。
そうして並木さんに案内された場所は何十年も昔から使われなくなった廃ビル群の跡地だった。
こんな人のいない場所で説明しなきゃいけないってことは、あまり他人に聞かれたくないことなのか……てか今更だけど向こうの言葉を鵜呑みにして大丈夫か?
『あなたは見てはいけない物を見てしまったのです』
とか言われてコンクリートか、アスファルトの一部にされたりしない?
どうしよう、急激に不安になってきた。
それもこれも並木さんと会話が続かないのがキツイ。
短い間だがここまで彼女と接してきて分かったのが、彼女はあまり人付き合いが得意ではないことと、無駄話をせず、必要最低限の言葉で会話を済ませようという傾向がある。
何を聞いても「あとで説明します」「今はお話することができません」の一点張りだ。
こうも取り付く島もないと、こちらからはどうしようもない、お手上げである。
俺がここまでの道のりを振り返っていると、先導していた並木さんが、そこそこの大きさの廃ビルの入り口で立ち止まった。
ビルの入り口は両開きの扉があり、どうやって開けるのか並木さんの様子を伺っていると、彼女は扉の近くにある機械に手のひらをかざすと、両開きのドアのロックが解除された。
「中へどうぞ」
「あ、ああ……」
そう並木さんに促されるまま建物の中に入る。
中は外観に比べてしっかりと清掃されていた。
これホントに大丈夫?
ドンドン逃げ道が塞がれているような気がするんだけど……?
内心焦りながら並木さんに付いていく。
突き当りにエレベーターがあり、ランプが光っているため、ちゃんと電気が通っているのが分かった。
俺たちはそのエレベーターの中に入り、並木さんがボタンを押すと、エレベーターは地下に降り出した。
「あ、案内したいところって地下にあったんだな……そろそろここの事とか、並木さんのこと教えて貰いたいんだけど……」
「すぐにわかります」
分からないから聞いているんですけどねえっ!?
ホントもう勘弁してくれ、さっきから心臓がバクバク鳴っているんだよ……。
そうこうしているうちにエレベーターが止まる。どうやら目的の階に着いたみたいだ。
エレベーターが開くと、視界に入ったのは見渡す限り白い廊下だった。
天井の両端に配管が通っていて、上のボロいビルからは想像できない程、清潔……いや、SFの世界にトリップしたように感じた。
その奥にある遠目からでも両開きだと分かるドアの前に案内され、並木さんがドアをノックした。
『どちら様?』
ドアの向こうにいるであろう人物に呼び声を掛けた。
ドア越しだから声が篭って聞こえたけど、声の主は女性のものだった
「並木ゆずです。初咲さん先ほど伝えた人物をお連れしました」
『あら、随分早いのね。入って頂戴』
「失礼します」
部屋の主から許可を得た並木さんがドアを開ける。
一人の女性が椅子に座っていた。
「ご苦労さま、ゆず」
その女性はOLの着るようなスーツの上に、如何にも研究者然とした白衣を纏っており、茶色の髪は肩に付く長さに切り揃えられていた。そしてこれまたそれっぽい眼鏡を掛けている。
「初めまして、私は
ん?
最後ちょっと適当に言った気がする……まあ後で説明してくれるだろうから、わざわざ指摘する必要はないだろう。
「えっと、竜胆です、この度はそちらの並木さんに危ないところを助けてもらって、ありがとうございました」
社交辞令でもなんでもなく、ありのままを述べる。
実際命の恩人だしな。
「ふむふむ、見た目は黒髪黒目の眼鏡をかけた男子高校生ね……さて、こちらから招いた客人に立ってもらいながらするには長い話になるから、そちらの椅子に掛けてもらえるかしら?」
そう言った初咲さんに手で示した先には椅子があった。
それに座るよう促されたので、言うとおりに座る。
俺の正面に初咲さんが座り、初咲さんの後ろ斜めに並木さんが立つという構図になっている。
初咲さん……絶対ただ者じゃないって……機嫌を損ねたら俺生きて帰ることが出来ないんじゃないのか?
心の内でビビりまくっていると、初咲さんが話を始めた。
「さてと、何から聞きたいかしらって聞くのがらしいやり取りなんでしょうけど、きっと何もかもが突然のことだから混乱のほうが大きいでしょ? そんな状態では何から聞けばいいか分からないでしょうから、こちらの説明を聞いて、分からないこと、気になることがあればその都度質問してもらって頂戴」
つまりは学校の授業のように、教師の話で分からないことがあれば挙手して質問する。
なるほど、非常にわかりやすくて助かる。
「はい、それで大丈夫です」
最初に聞きたいことを聞くとなると十中八九並木さん、ついては魔法少女のことしか聞かないのが目に見えているからな、ちゃんと空気は読むよ。
「ん、ではまず、君が遭遇した生物について説明をするわね」
そう、それが一番大事なことだ。
なにせその化け物に殺されかけたからだ。
「あれは……なんなんですか? テレビとかで見たことがないですよ……というより、あれは地球の生き物なんですか? 宇宙人とかUMAとか? それに……いつから?」
「……最初に確認されたのは三百年以上昔よ……宇宙人等の未知より、もっと未知の存在……この世界とは異なる次元の存在……あれは………世界の敵よ」
三百年も昔から?
異次元の存在?
世界の敵?
ちょっと話の規模が大きくなってきてないか?
そんな俺の考えをよそに初咲さんは続ける。
「〝
「……唖喰」
名前からして
実際、猫食ったり俺を食おうとしていたからな。
「君が遭遇したのは群れから離れて行動する〝はぐれ〟と呼ばれているわ」
つまり俺はその群れからはぐれた三匹に襲われたと……って、え、あれ? 今初咲さんから群れって単語が聞こえたぞ!?
「え、あれって普段は群れるんですか!?」
だとしたら遭遇したのがたった三匹なのは、不幸中の幸いってことになる。
群れに遭遇したらすぐに食い殺されて骨も残らなかっただろう。
「さらに言えば君を襲った唖喰〝ラビイヤー〟と命名しているタイプは多くの唖喰のなかでも一番弱い個体よ」
え……あれ一番弱いやつなのか?
……マジですか?
じゃあ何か?
俺は最序盤で遭遇するスライムに殺されかけていたってことか?
スライム相手に走馬燈を見たってことか?
……ああ、自分の情けなさに嫌気が差してきた………。
地味にショックを受けていると並木さんが補足してくれた。
「竜胆君が落ち込むことはありません。唖喰には通常の武器や火器は通用しませんから」
あ、それじゃ鉄パイプで殴ってもどうしようもないな。
並木さんみたいな魔法少女じゃないと倒せないってことだもんな。
「そう、こちらは限られた対抗手段で唖喰に立ち向かわなければならない、唖喰はこの世界にとって害悪でしかないわ」
あんなのが害悪じゃなかったら世界を恨む。
「その、唖喰って何が目的なんですか?」
「……唖喰がこちらの世界へ侵攻する目的、それは自身の食欲を満たすことよ」
生きとし生けるものに共通する三大欲求のなかで最も比率が多いとされているのが食欲。
唖喰はまさに食欲の権化と言ったものだという。
「自分たちの世界の食料の味に飽きたか、無くなったからこっちに食料を求めてきているってことですか?」
「おおよそその通りよ……これを見て頂戴」
そういって初咲さんがタブレットPCを操作して俺に画面を向ける。
それは到底現実とは思えなかった。
ひび割れて生命を感じさせないほど荒廃した大地、所々白アリに食い破られた木材のように酷く歪な形の何か、そんな世紀末染みた光景が映し出されていた
「この映像が撮影されている場所は十年前のアメリカの辺境にある農村よ」
「……農村? 畑も家畜も……何もないこれが?」
映像には人も家も草木といったものが何も映ってないのに……こんな光景を生み出したのは話の流れからしても一つしかない。
「全部、唖喰に食べられたってことなんですか!?」
俺の言葉に初咲さんが頷く。
遅れて思い出した、そう俺が手に取って振りかぶった鉄パイプや投げつけた角材を咀嚼する姿を。
……アイツらにとって生き物も鉱物も食料でしかないということだ。
……おい待て、こんなことがあるっていうなら、それを無視しないわけにはいかない人たちがいるだろ。
「……く、国や政府がこんな異常を知らないはずがない………」
映像の場所以外の被害が世界各国に起こっていて、ましてや百年以上も経っていながら〝知りません〟で通せる規模ではない。なのに変わらず日常は続いている。
――メディアに取り上げられてもいない。
俺の動揺を見て並木さんが答える。
「……公表出来ると思いますか? 実際に唖喰に遭遇し、その脅威に触れた竜胆君は初咲さんの話と映像の内容を真実として受け止められています。ですが民衆というのは少数の真実より、大多数の上げる事実を〝真実〟として認識しています。朝のニュースで『唖喰という世界を襲う存在がいます、気を付けてください』と放送されていても、今朝の竜胆君は信じていましたか?」
「それは……」
並木さんの言う通りだった。
唖喰のことを信じられているのは実際に襲われたからだ。今朝の俺でも〝なんか変なニュース〟で済まして直ぐに忘れてしまっていただろう。
世の中の出来事は、自分が被害に遭わなければ、どんな事でも〝他人ごと〟でしかなく、関係のないことと切り捨ててしまう。
もっと簡単に言えば〝やられて嫌なことは、やられないと判らない〟と一緒だ。
「それに、唖喰は普通の人には見えないの。肉眼で見るにはある条件が必要なのよ」
そうか、普通の人には見えないのか……それじゃどれだけテレビで取り上げようと見えなきゃ意味がない……え、今とんでもないことを言わなかったか?
「あれ……普通は見えないものなんですか? あんな白い体と赤い線っていう、一度見たら忘れられないような不気味な姿なのに?」
「ええ、普通は見えないわ。肉眼で見えるようになる条件……それは〝魔力〟という神秘の力を体に宿しているか否かで決まるわ」
「魔力……唖喰のことと合わせて考えるとますますファンタジー染みてきましたね……ってその条件なら、俺にも魔力があるってことなんですか!?」
「ええ、私はそう判断したわ。はぐれに襲われた一般人が唖喰の特徴を答えた、ってゆずから連絡がきた時は驚いたのよ?」
これは俺に秘められし才能云々があるってことか!?
待てよ……そういうことなら!
「……俺にも並木さんみたいに唖喰と戦う力があるってことですよね?」
俺がそう言うと初咲さんが怪訝な表情をする。
それは〝何言ってんだコイツ〟という考えが滲み出るものだった。
あれ?
違うの?
俺が戸惑っていると申し訳ないという面持ちで初咲さんが答えた。
「……残念だけれど、竜胆君は唖喰と戦うことは出来ないわ」
「ええっ!!?」
What!?
無理なの!?
なんで!?
俺が疑問に思っていると並木さんが答えてくれた。
「唖喰には魔力による攻撃が唯一の手段です。組織ではその力を扱う人を〝魔導士〟と呼称され、日本国内だけでも二百人以上の魔導士が所属しています」
「……魔力あるのに魔導士になれないとは納得がいかないんだが……」
完全に宝の持ち腐れじゃん!
才能は有効活用しないともったいないって昔から言われてるじゃん!
「過去三百年の歴史において魔力をその身に宿し、操ることで魔導士として戦えるのは女性のみと断定されています」
「極稀に男性が魔力を宿していることがあるのだけれど、その全員が自分の中にある魔力を操ることが出来ないのよ。だから竜胆君には唖喰と戦う術が無いから、あなたは魔導士になれないのよ」
「なんだその男女差別!?」
どっかの女性しか装着出来ないパワードスーツみたいに性別で
まぁ男女差なら仕方ないとして、要は電池とリモコンが揃っていてもその二つを繋ぐ電線がなければ使えないのと同じっていうことか。
望みを見出した瞬間に閉じられるのは少し悲しさがあるが、変に期待させるよりはマシなほうだろうと割り切ることにした。
「……戦えないのは分かりました」
「割り切りが早いようで助かるわ。さて、唖喰がもたらす被害に関して、世界各国は情報開示を避けても、だんまりを決め込むわけにはいかない、そこで各国の首都に唖喰に対抗する組織を設立が決定されたわ」
おお、この手の話では無能扱いされることが多い政府や国がしっかり対策をとっているのか。
「説明があとになってしまったけれど私は組織の日本支部の支部長を務めているわ。そして唖喰対策世界機関〝オリアム・マギ〟……唖喰の姿を捉え、討伐することを目的とした組織の名よ」
初咲さんはそう言って自らの属する組織の名を俺に明かした。
マジか……偉い立場の人だと思っていたら、支部長だったのか……。
支部ってことはここと同じような場所が世界各国にあるってことだよな……。
そのスケールの大きさに感動した俺は……。
「オリアム・マギ……並木さんのような魔法少女達がいる組織ってことか……」
「……魔法少女?」
「あ……」
やばい……思ったことが口に出てた。
おいおいおいおい、俺の馬鹿野郎!!
世界を守るために戦っている魔導士さん達をよりによって、また魔法少女扱いしちまった!?
これ、絶対馬鹿にしてるって思われてる……!
「え、あ、そのーですね、並木さんに助けられた時に魔法少女みたいだって思いましてですね、決して馬鹿にしたり茶化したり悪気があったわけじゃ……」
焦りを隠せないまま俺はそう言い繕う。
初咲さんは顔を俯かせているせいで表情が見えない。
並木さんの方は最初に訊ねた時と同様意味が分かっていないようだった。
うわぁ……初咲さんがかおを俯かせたまま肩を震わしてるよ……これ絶対怒ってるって……。
もうだめだと確信した時……。
「あっははははははははははははは!!!!」
初咲さんの爆笑が部屋中に響いた。
「……え?」
思わず呆けてしまうが、これだけは理解した。
──どうやら、俺の魔法少女発言は彼女のツボに入ったらしい。
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