第51話、雪の護衛は――。

 牧田が宣戦布告した2日後、国連では日本とステイツに対する非難が相次いでいた。


「あなた方の国が開発した化け物によって我が国は存亡の危機にあります。この責任をどう取るおつもりか?」


 世界中の被害を被った国々から続々と非難を浴びせられる。


「我が国は先日、放送で説明した通りだ。牧田を生み出した日本にこそ責任はあるとおもうのだがね……」

「待ってください。確かに我が日本の研究者ではありますが、彼の力を欲し利用したのはあなた方ステイツの方でしょう? 暴れたヒートヘイズがステイツで誕生した個体である以上はその責はステイツにこそありますよ」


 ステイツの代表と日本の代表が責任逃れの発言を行い、それを聞いている各国は益々いらだちを募らせる。


「問題はあの化け物にどう対応するのかじゃないのかね?」

「日本とステイツは各国にヒートヘイズの技術を公表しろ!」

「ステイツは我が国に賠償としてハワイを差し出せ!」

「日本は領土を明け渡せ!」



「はぁーまたこれだ」


 病室のTVで国連の様子を見ていた雪はうんざりしたようにため息を吐き出す。

 牧田達の戦力と思われるヒュドラはあの放送の後、まだ2日しか経っていないにも関わらず、極東、欧州、中東、東南アジア、南米、北米――世界中至る所に現れた。

 集団では無く個別に。

 それこそ世界中の核保有国、戦力を保持している国家は皆攻撃対象だとでも言うように。

 攻撃対象にならなかったのは、内戦やテロなどのゲリラ戦を行っている地域だけで、複数の戦闘機や戦車、戦艦を要している場所は軒並み攻撃された。

 世界中の空を飛んでいた軍に所属する偵察用飛行機、監視衛星に至るまで軒並み撃墜され、それによって空を汚していたケムトレイルも姿を消した。


「これで牧田達から攻撃されてないのはステイツと日本だけか……」

「それも時間の問題だろうがな――」


 雪の病室にいるのは雪1人だった筈。雪がTVを視聴している間に病室のドアを開けて中に誰かが入り込んでいた様だ。布製の衝立には女性と思しき姿が映し出されているが、雛の様にポニーテールでも無く、水楢の様なショートでも無い。長さでは珠恵が近いがそもそも珠恵よりも身長が高い。それにあの話し方。

 聞き覚えのある声だったが思い出せない。雪は必死に思い出そうと眉をしかめると、その本人が衝立から姿をさらけ出した。


「学園長っ!」


 学園長と言っても桂梧二浪では無い。

 衝立の後ろから現れたのは、以前と変わらず肩甲骨の下まですらりと伸びたロングストレートに黒のスーツをビッシリと着込んだ、出来ますオーラ全開の真樺聖であった。


「久しいな、久流彌――いや久流彌少尉」


 以前より日焼けした真樺の姿は自信に満ちていて、満面の笑みを浮かべていた。


「お久しぶりです。というか……あれ? 学園長は沖縄に飛ばされた筈じゃ?」

「貴様の口が悪いのは相変わらずか――これでも階級はまだ中尉なのだがな」


 ハッとした雪はだらしなく枕に預けていた上半身を起こすと、背筋を伸ばし敬礼する。


「す、すみません。真樺中尉――それで、本日おいで下さったご用件は?」


 しどろもどろになりながら雪が尋ねると、真樺は苦笑いを浮かべ説明する。


「久流彌達が大国の都市を攻撃していたヒートヘイズを撃退した事で、大国は沖縄から撤収した。それによって私のお役目も終えたわけだ――最も滝はすぐさま北海道へ移動させられていたがな」


 滝って誰だっけ?

 そんな面持ちを浮かべた雪に学園長が説明を追加する。


「ははは、奴の事は眼中に無いか。那珂の島で久流彌と水楢に襲いかかった3年の生徒だった奴だ。奴とは沖縄で一緒だったが今は頭を丸めて大分軍人らしくなったぞ」


 雪は膝の上にのせた両手で合いの手をいれると「あぁ、あの先輩ですか」と軽く言葉を吐く。

 雪からすれば那珂の島で最も記憶に残っているのは、ステイツの襲撃騒ぎで、それ以前の出来事は入学したてであまり記憶に残って無い。


「私がここに来た理由だったな。本日付で神軍本部より久流彌少尉が退院するまで護衛の任を受けた。中尉の私を護衛に付かせるとは久流彌も偉くなったものだな」


 チクリと棘のある言葉を吐きつつも、最前線から本土に戻ってこれた喜びからか、真樺の表情は明るいものだった。

 那珂の島で最後に会った時は大勢の生徒の死を目の当たりにし痛々しい姿だったが、それを乗り越えたように明るく振る舞う真樺の姿に安堵しながら先程の会話の続きを話す。


「それで学園長、日本とステイツが時間の問題っていうのはどういう――」

「先日の牧田博士の放送は私も見たよ。まさか生きていたとは――な。奴が何故このような事をしでかしたのか、全ては研究所でヒートヘイズが暴走した件が原因であるとすればその答えも自ずと分かると言うもの。軍は牧田博士を利用し領土を侵している大国等に対抗しようとした。その結果――牧田は最愛の妻を病気で亡くし、残った唯一の肉親である娘を死なせた。大国が下手な野心で侵攻してこなければ――娘は死なずに済んだ。ステイツに渡った後も世界中で争いが無ければ権力者達から命じられるままに研究する事も、自責の念に苛まれながら幼い子供を利用する事も、ヒートヘイズを発現させる事も無かった。そんな妄執に捕らわれたのだろうな。本質は別の所にあるというのに――」


 苦い表情でそう語る真樺に、雪は思ったままに声に出す。


「それってただの逆恨みじゃないですか? 自分でパンを生み出した癖に身内に犠牲者が出たら世界中の紛争を憎み、戦力を保持している軍を根絶やしにしようだなんて――。僕から言わせて貰えばそんな研究を行った牧田博士こそ諸悪の根源だと思いますけどね」

「あぁ。その通りだな。そもそも何故紛争が起きるのか、その根幹を絶たなければ世界から争いは無くならないというのに――」

「へっ? 戦争が起きる根幹って――」

「戦争は大なり小なり権力者の利権の為に起きている。かつて日本が戦争を起こした時にもその資金を権力者が工面したと聞く。その権力者は日本の敵国にも資金を工面していた事は公にはされていないが事実だ。世界中の紛争地帯で全く同じ事が現在もおきている」

「どんな茶番だよ――ですか」


 歴史上、戦争の裏に隠された暴露話を聞かされた雪は思わず声を荒げる。

 真樺にしても細かい内情までは知らないだろうが、それでも裏で暗躍する者達の存在は掴んでいた。何故遠く離れた中東にステイツが介入するのか、これまで表側しか見ていなかった雪は単にそれが世界の警察の役割だからとしか考えてこなかった。

 だが紛争地域に関しては100パーセント第三者の利害関係の争いでしかなく、日本が外国に対して行っているODA(政府開発援助)の様な慈善事業とは真逆のものだ。


「久流彌、貴様も軍に身を置いたのなら覚えておけ。この世界は16世紀からずっとそんな権力者達の掌で踊らされていると言うことをな。牧田博士が世界中の軍を滅ぼしたとしても権力者がいる限り延々と戦争は繰り返されるだろう――」

「――それで次はステイツと日本というのは?」

「話がだいぶ反れてしまったが、今牧田博士が滅ぼしているのは何れも、ランクSのヒュドラに対抗出来る戦力が無い国だろう? ステイツに対抗する戦力があるかは分からないが――彼の目的が各国の戦力を殺ぐことである以上、ステイツと日本も対象となる。日本には久流彌、お前がいる限り下手に牧田博士も手が出せない。となれば次はステイツだろうな」

「そして最後は――この日本というわけですか」

「そういう事だ。牧田博士が攻めてくるまで安静にして体調を戻しておけ。その為の護衛だからな」

「了解しました」


 以前より柔らかい笑みを浮かべる真樺に感謝しながら雪は頭を下げた。


 ――それから数時間後。

 護衛役の真樺は簡易椅子に腰掛け、その後の学園の様子を雪に尋ねていた。

 那珂の島で多くの生徒を亡くした責任を取り、第一線に飛ばされた真樺もやはり古巣の学園の事は気になるようで、


「ほう。それではそのゴリラが今は学園長なのか」

「駄目ですよ。あれでも桂学園長は中佐なんですから――」

「だがヒートヘイズの育成を目的とした学園のトップにその能力を持たない者を学園長に据えるとは、軍は何を考えて居るんだろうな」

「初めて学園長が実技に参加した時は正気を疑いましたよ。パン相手では天羽々斬以外の武器は通用しないのにいきなり棍棒みたいなもので突かれましたからね」

「そ、それは――なんともご愁傷様な」

「何でもその棍棒は自腹で購入したものだったらしく、突いた学園長の棍棒が粉々に砕け散ったものだから後が大変だったんですよ。個人的に指導するとかなんとかで、基礎トレーニングを他の生徒の倍やらされたり――」

「ふはははは、それは久流彌も災難だったな。だがそれでか――以前よりもだいぶ軍人らしい体つきになったでは無いか」


 布団の掛かっていない雪の上半身に視線を投げながら真樺が言うと、


「那珂の島でも学園長には絞られましたけどね。まったく軍人と言う人種は――」


 久しぶりの真樺との会話だと言うのに雪は緊張した素振りもなく、那珂の島で生き残れた戦友の様な親しさで会話を楽しんでいると、TVのテロップに最新のニュースが流れる。


《ステイツにあるほぼ全ての基地がヒートヘイズに襲われ全滅》


「くっ、思ったよりも早かったな」

「ヒートヘイズで飛行すれば短時間で世界一周は可能ですからね」

「そうなのか?」

「あれ……違ったっけ? ファウヌスだと2時間もあれば6千kmは飛べたはず」

「ほう、それは凄いな。ランクAの竜だともっと遅かった記憶があるが……」

『ご主人、向こうには奴がいるからな』


 これまで姿を消し2人の会話を伺っていたファウヌスが、小さな犬の身体を顕わにし言葉を発した。雪にはそもそも護衛など必要無いが、真樺に任務が下ったということは、いまだに軍上層部にはファウヌスの存在がばれていないと言うこと。


「貴殿は確か――」

『久しいな小娘。我の名はファウヌスだ』

「小娘っ! ゴホン。――それでファウヌス殿、奴とは何の事だ」


 急に姿を現したファウヌスに小娘呼ばわりをされ咄嗟に焦る真樺だったが、気を取り直そうと一言咳払いをすると“奴”とは誰なのかを尋ねる。

 軍本部で栗林や水楢達と会っていれば教えて貰えた可能性もあったが、真樺は軍上層部からの命令を受け沖縄からほぼ真っ直ぐ病院へやってきていた。

 よって第2の喋るヒートヘイズの存在は知らされていない。


「僕も意識を失っていたんで後で水楢から聞いた話ですが、ファウヌスと同じく自我を持ち言葉を交わせるヒートヘイズが牧田博士の陣営にはいるみたいです」

「なんだって――それは一大事では無いか!」

『落ち着け――小娘。万一奴が日本に攻め込んだのならその時は、我が相手をしよう。他のヒートヘイズ遣い達には残りのヒュドラを頼むことになるやも知れないがな』


 雪は同族のヒートヘイズは我に任せろといったファウヌスの言葉を、瞳を細めながら聞いていた。

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