第49話、宣戦布告
雪が入院した翌日の早朝、傷口が塞がるまで入院を余儀なくされた雪は妹の雛と共に葛西中央病院の名物、有名なシェフが作っているという病院食に舌鼓をうっていた。
「旨い! 病院でこんな旨い料理が味わえるなんてな」
「好き嫌いの多いお兄ちゃんが、残さず食べきる位だもんね。お母さん達も食べてからお家に戻れば良かったのに……」
「そんなゆっくりしていられるわけが無いだろう。お店に出す商品だって作らないといけないんだし、俺のせいで昨晩の仕込みだって出来なかったんだから」
雪の家は浅草で老舗の和菓子屋だ。
和菓子の生地や餡の仕込みだけでもそれなりに時間が掛かる。
雪の無事な姿に安堵した両親は日も昇りきらないうちに浅草へと帰っていった。
当然、昨晩から護衛の任務に就いた2人と共に。
空になった食器をトレーに重ね兄妹で談笑していると雪のスマホにメッセージが届いた。
差出人は水楢からで内容は”直ぐにTVを付けて”というものだった。
訝しげに首をかしげながら雪は個室に備え付けられているTVのスイッチを入れた。
画面に映し出された白人の男性を見て、雪はチャンネルを間違えたかと他のチャンネルに切り替えるが、どの局でも同じ白人の顔が映し出されていた。
TVの人物はステイツの大統領主席補佐官ハワード・デスチャイルドと明記されていて、画面右上には中継と記載されてある。
当然雪には彼が何を喋っているのかは分からないが、幸い画面の下に通訳された文字が流れていて話しの内容は理解出来そうだ。
『我々の国家が企み東の大国にヒートヘイズを嗾けたと一部では騒がれているようだが、全く身に覚えの無い事であり、我がステイツを貶めようと画策する東側、および日本がもたらす陰謀である。これから紹介するのはその証拠映像で、その映像は今から半年程前に日本の神軍島、正式名称那珂の島で起きた映像の一部である。そこに写り他のヒートヘイズを滅しているのは日本に所属するヒートヘイズで――今回東の大国に現れた個体と全く同じものである。これで我々が真犯人では無い事を理解してもらえると信じる』
大統領首席補佐官が声を荒げて宣言すると、画面は切り替わりそこには、ステイツが那珂の島を強襲した時の様子がくっきりと映し出されていた。
当然、ヒートヘイズを殲滅するファウヌスが操るヒュドラの姿も――。
右上に小さく映し出されている首席補佐官の表情が勝ち誇った様に笑う。
それもその筈だろう。
大国の首都と都市を滅ぼしたのはヒュドラなのだ。
ステイツのパンとヒートヘイズが日本の那珂の島でヒュドラによって消滅させられていると言うことは――ヒュドラを操っているのは日本である事を示している。
希少なランクSのヒュドラが初めて確認されたのが日本であるという情報は瞬く間に世界中を飛び交う。今頃神軍の本部は電話が鳴りっぱなしであろう。
那珂の島の映像が途切れると、比較するように大国の首都を滅ぼしたヒュドラの映像が流された。日本政府が反論出来るとすればそれは、日本で確認されたヒュドラは1体で大国に現れたヒュドラは6体だった事だろうか。
「これは大変な事になったな……」
「日本に現れたヒュドラはファウヌスなんでしょ? でも昨日見たヒュドラと何処が違うのか見ただけでは分からないもんね」
ヒートヘイズの特徴は全身が漆黒の色、眼光は個体差があるがそんなものは普通に雪からしても見比べることは不可能だ。
ステイツは自らに降りかかる火の粉を払うために、那珂の島を襲撃した映像を流した。
全ては日本の策略だとでも世界中に吹聴するように――。
繰り返される映像を、眉をしかめ見ていると、TVのモニターにノイズが走る。
次の瞬間、先程までヒュドラが映し出されていた画面には白衣を着た日本人と思しき青年とまだ小学生位だろうか、私服を着用した少年少女の姿が映し出された。
雪はその青年の背後に立っている少年に目が釘付けになる。
「この放送を視聴している世界中の皆様ごきげんよう。私の名は牧田啓一郎という。かつて日本でパンを生み出す事に成功し、5年前からステイツでヒートヘイズの軍事利用を目的とした開発を行ってきた科学者だ。ステイツで生み出されたヒートヘイズの威力は先程の映像から理解して貰えた事だろう。人間は己の私利私欲の為、まだ幼いこの子達をも利用し覇権を争うためヒートヘイズを発現させた。そこに至るまでに多くの幼い命を犠牲にして――よって私はここに宣言する。この計画を画策したステイツ及び、日本、そして世界中で争いを続けている各国に対し宣戦布告する」
放送を中継している会場は騒然となった。
直ぐに放送を中止するようにステイツの政府関係者から指示が飛ぶ。
牧田を名乗る人物の映像は途切れ、放送を中止する定型文だけが繰り返される。
「お兄ちゃん、今の人知っているの?」
雪があわてた様子なのを見て取った雛が問いかける。
「あぁ、知っていると言っても死んだと聞かされていたけどな」
「じゃあ――」
「あぁ、あの男が本当に牧田啓一郎ならこの国で一番最初に半獣神を覚醒させた生みの親で間違いない。でも何で今頃――」
「テラ君、もう後戻りは出来ないが、本当に良かったのかね?」
電波ジャックが終了した簡素な室内で牧田が背後の少年に尋ねる。
都市で雪に対し先制攻撃をしかけた少年だ。
「はい、元々僕がパンとして覚醒出来たのは、博士が飲料水に薬剤を混入してくれたお陰です。両親はもう戻ってきませんが、その敵は僕自身の手で討つことが出来ました。クレムリンを崩壊させ呆然としていた僕を導いてくれた博士と行動を共にしたいんです」
両親を連れ去った者達へ復讐を果たした孤児の少年は、燃えさかるクレムリンを眺め呆然と佇んでいた。あの場にあのまま居続ければ後に現れた制圧部隊のパンによって彼は拘束されていたことだろう。
牧田が彼を発見できたのは偶然だ。
パンを覚醒させる薬剤を混入させる工場の下見に来ていてこの少年に出会った。
牧田の連れている子供達は皆、成長促進剤の影響で10歳位に見えるがその実年齢はまだ赤子に等しい。子供達はテラと呼ばれた少年を兄の様に慕ってくれている。
「分かった。先程の放送を聞いて貰ったとおり、僕達は世界中の軍事基地、施設を破壊して回る。気が変わったらいつでも申し出てくれ」
テラは牧田が突き放す事無く受け入れてくれた事に感謝しお辞儀をした。
牧田としてもランクSを発現させられる彼の存在は心強い。
都市では敵に圧倒されてしまったが、その対策はおいおい考えれば良い。
牧田と子供達は放送ジャックに使った施設から速やかに撤退すると、隠れ家にしている場所へと移動を開始する。白衣を脱いだ牧田は子供達を引率する温厚そうな父兄に見える。
牧田の考えに共感し行動を共にしてくれている女性にトレイラーの運転を任せると、彼専用のデスクがあるスペースへと移動した。
畳を2枚敷き詰められる程度の小スペースには、誰も人はおらず、小さな鳥の形を成したヒートヘイズだけが待っていた。
「待たせたね」
牧田はそのヒートヘイズに声を掛ける。
これまで彼が研究してきたヒートヘイズと比べても突飛して異質なヒートヘイズは自身をファウヌスと名乗った。
「別に待っていないわよ。あたし達はただここにあるだけで至福。退屈なあの世界に比べたらこの狭い室内の空気だけでもご馳走よ」
「はは……それは――――現場では子供達を助けてくれてありがとう」
牧田は研究者としての興味から色々突っ込み所の多い発言ではあったが、まずは少年達を救ってくれた礼を述べると、
「それも必要無いわね。私は自らの欲の為に行ったに過ぎないわ。あの子達が捕まればシローが悲しむもの」
ファウヌスと名乗ったこのヒートヘイズはシローと呼ばれているアジア系の容姿の少年に宿った。先日の大国炎上騒ぎまで一切言葉を話すことが無かったファウヌスが何故、ここにきて牧田に接触してきたのか、シローが悲しむという理由が全てではない気がして牧田は尚も問いかける。
「確かにシローが悲しむという理由は人として受け入れやすい。だが、先程君が言った”退屈なあの世界”と”自らの欲”というのが何なのか私は知りたいのだがね」
「アハハハハ、博士、研究熱心なのはいいけど深読みしすぎると長生きは出来ないわよ。特に神の世界の事象に関してはね」
突然膨れ上がった威圧感に牧田はたじろぐ。
少なくともファウヌスの目的がシローを慮っての行動では無い事がはっきりした。
自分はこの世界に解き放してはいけないものを発現させてしまったのでは――と脳裏で考えているとそれを見越したように甘い言葉をささやかれる。
「フフフ、そう勘ぐらないでもらいたいわね。博士の目的と私の目的は合致しているわ。安心して頂戴。少なくとも博士と子供達の生命は保証するわ」
威圧が解き放たれ、煙となったファウヌスは薄く笑い声を上げながら部屋の壁を素通りして消えた。
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