第46話、新たな敵

 雪達を乗せたファウヌが激しく燃え上がる都市の側まで近づいた時、四方八方へブレスを吐き出していたヒュドラ3体が一斉に標的をファウヌスへと切り替える。

 ヒュドラの27体の口腔内に打ち上げ花火の残り火の様な赤点が灯りそれが逆再生をしているように喉に集まり出す。

 喉に集まった灯火の一つ一つが太陽の様に輝くと――。

 猛々しい怒号と共に一斉に吐き出された。

 ――その数27本。

 ファウヌスは上空で急転回すると、乗っている雪や水楢達の悲鳴をスルーして次の動作に入る。右に旋回しては急上昇し、突然急降下しては翼を羽ばたかせホバリングしながら急制動――27本の放射全てを器用に避ける。

 だが全てを避けきった所で、最初にブレスを吐き終えた竜の頭から第2波のブレスが放出される。


『収束に緩急をつけて時間差で放っておるわ。これではご主人達を地上へ降ろせんのぉ』

「一旦距離を置いてあそこのビルの陰へ――――――ぐっ」


 一方的なブレスの放射に晒され、パンである雪達を乗せたままでは不利だと判断したファウヌスが雪に声を掛ける。

 雪が炎上しているビルを指差し敵の死角に降ろしてくれるように指示を出すが、全てを言い切る前に次ぎのブレスが襲いかかり、ファウヌスが急旋回。

 雪は危うく舌を自身の歯で噛んでしまいそうになる。


「あっぶねぇ~。舌きり雀なんて洒落にならないぜ」

『泣かぬ雀など風情の欠片も無いが、ご主人の場合減らず口が無くなって丁度いいかもしれんのぉ』

「そんなもんお断りだ! それより早くあの陰へ――」


 ファウヌスは急上昇してブレスを避けると上空で一旦停止後、重力に任せて一気に急降下。微弱な角度調整を交え廃墟となったビルの陰に入り込むと今度は翼を立てて急制動する。


『ほれ、今の内じゃ』


 ファウヌスに促された雪達3人は、ファウヌスの足下に無造作に放置された車の屋根へと一気に飛び降りた。

 雪達が降りたことを確認したファウヌスが翼をはためかせ一気にその場を離脱。

 ビル群を迂回したように見せかけ雪達が降りた反対側から飛び出す。

 待ち構えていたようにブレスの一斉放射が浴びせられるが、それらを先程と同様にアクロバチックな動作でかわす。かわす。かわす。

 そして雪達を降ろしたビル群から距離を取ると、リンドブルムの姿から一変。

 ズンっ、地響きと共に巨大な蛇の足をもつ人型のヒートヘイズが発現した。肩からは100体の蛇の頭、肩甲骨からは巨大な体軀にふさわしくも禍々しい大きな翼、頭頂部には悪魔を彷彿させる角を生やしたお台場防衛戦で一度姿を見せた神話の中で最強のティフォンの姿がそこにはあった。


『さぁ、遊んでやろう。掛かってこい』


 漆黒の巨体に浮かぶ真っ赤な瞳で舐めるような視線をファウヌスがヒュドラへ向ける。その視線を向けられたヒュドラ達が気圧された様に一歩後退する。


『ふん、この程度か……』


 ファウヌスが鼻を鳴らす。

 そして次の瞬間には肩に乗っている蛇から無数のブレスが吐き出された。

 ヒュドラは翼を振るい後退しながらそれに応じようとブレスを吐き出すが、数が違いすぎる。100VS27のブレスでは相殺しきれずヒュドラの胴体へ次々に着弾していった。


「ひぇー相変わらずえげつねーな」

「雪君、そんな事より敵のパンを探すわよ!」

「ヒュドラ、瞬殺」


 ファウヌスがヒュドラ3体を一瞬で屠った事に気を良くした雪が言葉を吐き出すが、今はヒュドラを発現したパンを探すのが先決と水楢に窘められる。

 珠恵はキラキラした憧憬の眼差しをファウヌスに向ける。


「そうだったな。それにしても――人っ子一人見かけないって」

「日本と違って大国には全ての都市に核シェルターが設置されているっていうから、きっと都市の住民はそっちじゃないかな?」

「あーなるほど……それも逃げ込めた人だけだよな?」


 雪は周囲を見渡し、瓦礫の山からのぞく死体の一部を見つめながら問いかける。

どれだけの人が逃げ込めたのかは定かでは無いが、恐らくそんな余裕は無かっただろう。痛ましい光景を目の当たりにし3人は悲痛な面持ちを浮かべる。


「二度と好き勝手に暴れないように今回の犯人を捕まえましょう」

「あぁ。そうだな――」

「うん」


 ヒュドラの殲滅が済んだと言っても敵のパンがどれだけの能力を持っているのかは未知数だ。雪以外の2人は前方に掌を突き出すとほぼ同時に掌から黒い煙が噴出し、水楢はランクBのケルベロスを、珠恵はランクAデュラハンを発現させた。


「あたし達のヒートヘイズもたまには役に立たなくちゃね」

「雪、守る」

「はは……珠ちゃんありがとう」


 戦闘を終えた筈のファウヌスは依然として実体化を解いてはおらず、首都の方角をジッと見つめていた。

 雪はファウヌスに警戒監視を任せると、珠恵が発現させたデュラハンが跨がる馬に珠恵と一緒に騎乗する。

 水楢の乗るケルベロスにしなかったのは獣に跨がるという状況を受け入れられなかったからでは無い。珠恵の願いを受け入れた格好だが、何故か水楢は残念そうなそれでいて羨ましそうな視線を珠恵に向けていた。


「二手に分かれた方がよくないか?」

「ん-それは止めた方がいいかな? 敵は少なくとも3人だからこっちも3人で行動した方がいいわよ」


 瓦礫が散乱する足場の悪い場所でもヒートヘイズに跨がっている3人には関係無い。ビル群の間を注意深く進みながら会話を交わしていると、前方の瓦礫に身を隠しながら移動する子供達を発見する。

 水楢と珠恵はホッと胸をなで下ろしているが、雪は雛が誘拐されていた時にこの国で対峙した子供のパンの事が脳裏をよぎる。

 幸いまだ子供達には気づかれてはいない。


「なぁ、あの子達が犯人の可能性が……」


 雪が不用意に近づこうとした水楢に苦言を呈そうと小声で声を掛けた瞬間――。

 デュラハンの足下から何かが雪に飛びかかり、鋭く尖った尻尾が雪の肩を貫いた。


「うっ……」


 突然うめき声をあげ、騎乗中の馬からひっくり返るように落馬した雪を水楢も珠恵もただ見ているだけしか出来ない。

 雪は落馬しながらゆっくりと流れる時間の中で、振り向いた少年の唇がニヤッと吊り上がったのを目撃する。


「――雪が」

「雪君!」


 水楢と珠恵は雪に気を取られ子供達から視線を外している。

 次の瞬間――雪は瓦礫の堅い地面へと身体を打ち付け嗚咽を漏らす。

 雪は苦痛に耐えながらも必死に二人に声をかける。


「敵はあの子供達だ――近くに尻尾の尖ったヒートヘイズがいる」


 雪の忠告を聞き届けた二人の反応は早い。

 水楢と珠恵は身を守る為に2体目のヒートヘイズを発現させる。

 子供達に向けて龍のヒートヘイズとギーヴルが放たれた。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁー」

「――テラ君、なんとかして」

「何とかって言ったって――」


 水楢の龍は3人の少年少女を巻き取るように捕まえると鎌首を持ち上げ舌を出し威嚇する。

 珠恵のギーヴルも同様だ。

 3人を拘束すると珠恵は馬から下りて雪の側に跪く。


「雪、大丈夫?」


 まだ雪を攻撃したヒートヘイズの所在はわからないままだが、珠恵はパンである少年達を拘束した事で油断してしまう。

 そして――テラと呼ばれた少年の口元が笑う。


「あはははは――お姉さん達、油断したねっ」


 少年が言葉を発すると、雪の肩を貫いた尻尾を持つヒートヘイズが珠恵の背後から襲いかかった。小柄な珠恵の胸に突き刺さる瞬間――。

 ズドンっという激しい音とそれに伴う振動で周囲に砂埃が舞い散る。

 少年達は何が起きたのかわからず呆気にとられている。

 砂埃が収まると珠恵を突き刺そうとしていたヒートヘイズの姿は何処にも無く、 ファウヌスが操るティフォンの尻尾の先が、珠恵の背後すれすれの位置をかすめて地面に突き刺さっていた。


『ふん、小賢しい真似を。子供だと思ってつけあがりおって』

『それはどっちかしらね』

『――むっ』


 ファウヌスが言葉を吐き出すとそれに呼応したように返事を返される。

 次の瞬間、雪の真下の地面から鋭利な爪が飛び出した。

 雪の身体は通常の武器には耐性がある。

 怪我を負うとすればそれはヒートヘイズによる攻撃だけ。

 爪は雪の身体を背後から貫くと直ぐに黒煙へと姿を変え3人の少年達の元へと移動した。


『ぬおっ、ご主人!』

「きゃぁぁぁー、雪、雪」


 背後から無抵抗に貫かれた雪の口と腹部からは夥しい量の血液が流れ出す。

 誰が見てもこのまま放置すれば助からないと断言できる。

 雪が危機的状況に陥り珠恵が余裕無く雪の名前を叫ぶ。

 水楢は何が起きたのか理解出来ずにただ呆然としている。

 雪を貫いたヒートヘイズは3人の少年の前までくると、下半身が竜、上半身が女性のヒートヘイズへと姿を変えた。

 そして、両腕を剣へと変えると水楢の発現させた龍に一閃。

 たった一度の攻撃で呆気なく龍は霧散してしまう。

 3人の子供達は新たに出現したヒートヘイズに匿われる様に身を隠す。


『ふふっ、これで互角、いえ。依り代がそのザマではあたしの勝ちですわね。ファウヌス』

『ぬっ』


 正体不明のヒートヘイズは口元を手刀で隠しながら愉快そうに笑う。

 対峙するファウヌスの瞳が険しく歪む。

 雪の身体を考えれば一刻も早い治療が必要だ。

 だがファウヌスには目の前のヒートヘイズを黙ってやり過ごす考えは無かった。


「早く、雪が、死んじゃう!」


 珠恵の悲痛な声が周囲に響く。

 形勢が逆転してしまった事から撤退を脳裏に浮かべ水楢も雪が横たわる場所へ駆け寄る。

 そして雪が流す血の量を認めると――。


「何やってんのよ、ファウヌス。あんたは雪を守るって言ってたんじゃないの?」


 パンが死ねば、当然雪を依り代にしているファウヌスも発現出来なくなる。

 雪が瀕死の危機的状況にある中、そもそもファウヌスには駆け引きをする余裕すら残されてはいなかった。


『――ふんっ。勝負は預けておく』

『ふふっ、命拾いしたわね。ファウヌス』


 機嫌の悪い声音でファウヌスが敵のヒートヘイズに言葉を投げる。

 対する女型ヒートヘイズは愉快そうな声音のままファウヌスの名を発した。


『さぁ、あなた達、博士が首を長くして待ってるわ。帰るわよ』


 女性型のヒートヘイズが号令を取ると少年、少女は嬉しそうにハーイと手を挙げ応える。

 子供達の声を聞いたヒートヘイズは満更でもなさそうな面持ちを浮かべると、次の瞬間には竜へと形状を変える。奇しくもその姿はファウヌスが好んでいたリンドブルムであった。

 3人の少年、少女が背中に乗りこむとヒートヘイズは一瞬ファウヌスを一瞥し微笑む。

 勝ち誇ったように――。


 そして翼を羽ばたかせると北の方角へと飛び去って行った。

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