第45話、ホットライン

「――っ、何でこんな時に」


 炎上中の都市から無数の光点が光った瞬間、その光は高熱を持つ濁流となって雪達が避難している砂漠へと襲いかかる。

 敵の狙いは自分達かそれとも不時着した旅客機か。

 ファウヌスの注意を聞きつけた珠恵がこのままでは逃げ切れないと判断し声を上げる。


「スライム、展開」


 珠恵が咄嗟に発現したスライムは厚さを保つ為、集まっている人間だけを覆い尽くし、かまくらのような形を作り出す。

 スライムが展開した瞬間、数km先から放射されたブレスが襲いかかる。

 ブレスはこの砂漠にあってもっとも目立つ旅客機に狙いを定めていたようで、乗員、乗客達の頭上をかすめるように着弾する。

 高熱のエネルギーを伴ったブレスは旅客機にあたると一瞬でその存在を消滅させた。

 一方、乗客達をガードする為に咄嗟に珠恵が張ったスライムの防空壕はブレスの余波で上部が消失していた。

 熱線が過ぎ去った後の突風が乗客達を襲う。


「うぉーー」

「きゃぁぁぁぁぁぁー」


 天井部が消え塹壕の様な形に変形したスライムの中を人々が吹き飛ばされる。

 突風が吹き荒れる瞬間、ファウヌスは雪達4人を守るようにフェンリルへと変化し身体を丸め4人を抱きかかえる。

 周囲には地面を転がっている人、人、人。

 幸い柔らかい砂の上だったことで死んだ者はいないようだが、吹き飛ばされたことでほとんどの乗客、乗員は意識を失っている。

 突風が収まった時、スライムは空気に溶け込む様に消滅してしまった。

 ファウヌスは安全だと判断したのか再び子犬へと姿を戻す。

 雪達4人は咄嗟に瞑った瞼を開けると、そこには薄暗がりの中に大勢の人々が倒れていた。


「――ちっ」

「なんてこと――」

「――――――」

「なんで……」


 雪達は負傷者が目に入ると痛ましい面持ちで言葉を吐き出す。


「ランクAの竜のブレスじゃこんな遠くまで届くはずが……」

「ごめん、言い忘れていたことが――敵はランクAじゃない。ランクSのヒュドラだ。それも複数の……」


 水楢が今のブレスに対し疑問を口にすると、雪が言いにくそうに敵ヒートヘイズの正体を告げる。


「はぁっ?」

「雪、本当?」

「お兄ちゃんヒュドラって?」


 雪は上空から目撃したブレスの一斉照射から判断した憶測を知らせる。


「1カ所から9つのブレスの照射、それが3カ所から同時に。となれば考えられるのは――ヒュドラしかない。だよな、ファウヌス」

『うむ、ご主人達のいうランクAではここまでの威力は無い。間違いなく向こうはランクSのヒュドラじゃろうな』


「っ――」

「――――――」

「だからヒュドラって何!」


 ヒートヘイズ本人から告げられれば嫌でも信じるしか無い。水楢と珠恵は那珂の島でヒュドラの恐ろしさを体験している。もっともその時は味方としてファウヌスが発現したものだったので心強くはあっても脅威には感じはしなかったが……。

だが、現在暴れているのが複数のヒュドラと聞いて思わず息をのむ。

 自分だけ話題について行けていないことで、不満顔を浮かべ雛が語気を強めて雪に問いただす。


「あーっと、どう説明したらいいかな。ヒートヘイズにはランクがあるのは知ってたよな」

「うん。前に聞いたけど――」

「水楢も珠恵ちゃんも一番強いヒートヘイズでランクAまでしかまだ発現出来ない。それでも日本にいるパンの中ではトップクラスだ。でだランクAは竜種を発現出来る人が多い。だけどランクSになると稀にヒュドラを発現出来る。ヒュドラは――9本の頭を持つ竜の事な」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーっ! それ大変じゃない」

「ああ。だから2人とも絶句したまんまだろ?」


 雪は雛に説明をするといまだに顔面蒼白状態の2人を指さす。

 ファウヌスにどれだけの戦闘能力があるのか未だに不透明だが、そもそも同じランクAでもピンキリでそれがランクSになればその差は想像も付かない。

 このままこの場を逃げる事が出来るのであればそれに超したことは無いが――。

 そもそも何故遠く離れた身動きが取れない不時着した旅客機を狙ったのか?

 ファウヌスを発現させる事が出来る雪を狙ったのだとすれば、その狙いは?

 偶然にしては出来過ぎている感じがより不気味さを漂わせていた。


「ファウヌス、向こうに動きは?」

『うむ、あの一度きりで奴等の標的は都市に戻ったようじゃぞ』


 雪は先程の突風によって出来た小さな丘の上によじ登り、先程ブレスが放射された都市を密かに眺める。

 都市では相変わらずヒュドラ数体がブレスを吐き出しており、最初に目撃した時と比べ都市全体まで火の手が広がっていた。

 いったいどれだけの人が助かったのか……。

 吐き出されたブレスの威力からすれば、事が起きてから逃げるのは不可能に思えた。

 首都と、この都市で合わせれば4000万人の人口がいた。

 かろうじて2割の人が助かったとしても3200万人の犠牲者が出たはずだ。

 実際にここから見える惨状で判断すれば、生存者がいるだけでも奇跡に思える。

 僅か数分で大都市が消失したようなものだ。


「あんな酷いことをするなんて……」

「雪、怖い」

「何? あれ――燃えているの全部街なの? 凄い」


 雪にならって丘に登ってきた他の3人が遠く離れた都市を見つめ、それぞれ感じたことを口に出す。


「とりあえずだ、さっき飛行機を攻撃されたのは、着陸した所を敵に察知されて近づかれる前にやっちまおうって事だったと楽観視してだ、これから俺たちがどうするかだな。この付近にある首都、都市があのざまだ――恐らく助けが来るとしても数日はかかるだろう。ならこのまま奴等に見つからないように迂回してヒートヘイズで日本に帰るか」


 これがランクAの竜であれば助けに入る気にもなれたかもしれない。だが、敵がランクSのヒュドラでそれも複数となれば交戦するのは愚の骨頂。

 逃げる事を前提とした話を雪は提案する。

 水楢達は3人で顔を見合わせてからゆっくりと頷く。

 ただ水楢と珠恵の表情には陰がさし悔しそうな面持ちを浮かべている。

 都市には当然一般市民が住んでいるのだ。

 助けられる可能性が0では無い自分達が、戦闘とは無縁の人々を見捨てる事に後ろ髪を引かれる思いなのだろう。

 雪にしてもあれがランクA止まりであれば救助と討伐を提案しただろう。


 だが今回ばかりは相手が悪すぎる。


 ファウヌスと同等のランクS、しかも発現している全てがそれなのだから。


 それにこちら側には雛もいる。


 ファウヌスが戦うと言うことは、雛から護衛を外すと言うこと。

 3人が戦っている間に流れ弾ならぬ流れブレスがあたれば――塵も残さずに消滅するのだ。

 皆が諦念の混ざった面持ちを浮かべてどう逃げるか相談をしていると、これまで黙って聞いていた雛の口が開く。


「何でお兄ちゃんは戦わないの? あそこには罪の無い人たちが沢山いるんでしょ? それなのにどうして、なんで逃げる相談なんてしてるの。お兄ちゃん達に宿った力はこんな時に使うんじゃないの?」


 半ば顔を歪め泣きそうになりながら雛が正論をまくし立てる。

 雪達3人は沈痛な面持ちで雛を見るが声にならない。

 戦力差は普通に考えれば向こうの方が優勢だ。負けるとわかっている戦場に、逃げられる機会が残っているのに立ち向かうのは愚者であって勇者では無い。

 どう答えたらいいのか3人が迷っていると、珠恵のスマホに着信が入った。


「うん、何」

『珠ちゃん、今あなたたちがいる場所はこちらで掴んでいるわ。無事で良かった。怪我は無い? ――わかってるって、今話している最中だからちょっと待ってよ。――ここからが本題なんだけど、先程大国の国家元首から日本の総理大臣にホットラインが入ったらしくて――現在国内で暴れているヒートヘイズの撃退、もしくは敵パンの討伐依頼が入ったらしいの。見返りに総理大臣は現在大国が占領している沖縄の返還を要請して、大国の国家元首はそれを飲んだわ。現在、沖縄から大国の兵が撤退しているのを現地とのやりとりで確認しているから、ちょっとこっちも忙しいんだけど、沖縄の基地が解放されたらすぐにお姉ちゃんもそっちに向かうから――一般市民が逃げるまでなんとか敵を引きつけて欲しいの。勿論、こちらからの援軍はすでにそちらに向かっているわ。それまで何とか出来る?』

「無事。まって、話す」


 珠恵がスマホを一度保留にし、顔を上げると雪に向き直る。


「神軍、動いた、敵はあれ――援軍、来る、見返り、沖縄、敵撃退、OK?」


 珠恵が炎上し続けている都市に指を向け身振り手振りを交えながら、外人が話す片言の日本語の様な話し方で説明をする。


「珠恵さん、それって――大国は沖縄と引き換えに今の窮地を助けろと言ってきたって事?」


 雪が珠恵に温かい視線を向けていると、水楢が要点だけをまとめて珠恵に尋ね返す。

 珠恵は微笑むと、雪と見つめ合った状態でコクリと頷いた。


 それからの雪達の動きは早い。

 雛が怪我をした乗客達のお世話をすると言い出した事で、渦中へ連れて行く事の心配は消えた。それでも何が起きるかわからない事から、いざという時の連絡用に雪のスマホを雛へと預けた。

 雪達3人は大国からの依頼と言うこともあり、もう隠し立ての必要は無い。

 意識が戻っている乗客もいるが、それには構わずにファウヌスがリンドブルムへと変形する。

 絶句している乗客の視線を受けながら雪達3人はリンドブルムへと乗り込む。

 全員が騎乗するとファウヌスはゆっくりと羽ばたく。

 砂が舞い上がる中、竜の身体はふわりと浮かび、次の刹那には既に暗くなった大空へ向けて一気に飛んでいった。


「がんばれっ!」


一人残った雛は暗闇を見つめ、兄達にエールを送る。

兄達が負けることなど少しも思っていない。

期待に瞳を輝かせながら――。

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