第35話お台場防衛戦
コスモタワーでの事件のニュースは瞬く間に日本中を駆け巡った。
国会では、ヒートヘイズが日本にも現れた事で、自粛していた新薬臨床試験の再開が決議され可決された。
一方で、ステイツの大統領から日本の首相に、緊急のホットラインが連日掛かってきていた。
その内容は――。
世界を混乱に陥れているヒートヘイズの根絶を理由に、同盟を結ぼうと言うものであった。
沖縄が西の国によって侵略された切っ掛けを作ったステイツに、我が国の技術を支援する云われは無い。
ステイツの狙いは、天羽々斬と結論付けた与党の議員達は、ステイツの同盟を断わるのであった。
一方で、雛の説得に失敗した雪だったが、ファウヌスによる助言を受けて雛がパンを宿す事に前向きになりつつあった。
ファウヌスの助言とは――。
『ご主人の妹ならば、少なくとも同等のヒートヘイズを宿す可能性が高い。寧ろ戦力になるだろう』
というもの。
雪と同等という事は、Sランクが発現する可能性を示唆する。
少なくともファウヌスの様に会話が出きるヒートヘイズでは無いであろうが、Sランクであれば最前線は無い。
そう考えて翌日、雛を近所の公園に誘った。
何をするのか?
勿論、パンになるという事の意味を教える為に……。
雪の隣には珠恵、水楢が立っている。
雛と向かい合う形で対峙し、彼女には包丁を持たせた。
「雛、それで切りつけるもよし。投げつけるでもいい。とにかく僕に攻撃してみて」
先日、珠恵ちゃんを襲ったパンが所持していたナイフがどうなったかを知っている雪が、臆病風に吹かれる訳にはいかない。
堂々と兄貴らしく振舞う。
雛の方はというと……流石にまだ半信半疑ではあるのだろう。
「ほ、本当にいいの? 怪我とかしたら雛が捕まっちゃうんだよ!」
と、ここに来て臆病風に吹かれていた。
それを見かねた水楢が、
「あ~もう! あたしが見本を見せるから!」
そう言うなり、雪に向かって先の尖った包丁を投げつけた。
まるでダーツの矢を投げるような正確さで。
雪の顔に直撃する。
そう思われた刹那――雪に当る前に、その包丁は粉々に砕け地面に落ちた。
「えっ、うっそ!」
目の前で起きた事実を信じられないとでも言うように、雛が声を漏らす。
「なっ。分っただろ。これがパンを宿した人の力だ」
偉そうに語っているが、雪も最初は怖くて逃げ回っていたのだが……。
それを知っている珠恵も、水楢もあえて雪を立てて口を噤む。
雛は尚も信じられないのか?
カッターナイフを取り出し、雪に切りつけたが、やはり当る前に粉々になり崩れた。
「本当だ……」
黒髪のポニーテールを揺らしながら首肯する。
ファウヌス、雛を見て何か感じるものとかあるのか?
雪がファウヌスに問いかけると――。
雪の胸から黒い煙が湧き出す。
だが、ヒートヘイズの様に実体化まではしていない。
黒い煙が、雛の目の前に来る。
すると――。
『うむ。やはりご主人と同じ遺伝子だけはあるのぉ』
「という事は?」
『うむ。Sランクを発現出来る器は持ち合わせておる。だが、実際に宿すまでは確実では無いがな……』
器があるという事は、複数体のヒートヘイズを発現する事も可能という事だ。
ペンタクラスの水楢よりも、高いクラスになる可能性もある。
雪は取り敢えず安堵して雛に声を掛けようとすると……。
「いま、誰が喋ったの?」
雪のヒートヘイズが会話出来る事を知らなかった雛から、疑問の声があがった。
「雪くんのヒートヘイズは特別だから。普通のヒートヘイズは話せないから。これは此処だけの秘密にしておいてね」
雪がSランクを発現出来る事は、軍の上層部でも知っている。
だが、前学園長と、楓先生が秘密にした為に会話が出きる事を知るものは少ないのだ。
「うん。分った。でもお兄ちゃんだけずるくない?」
雪にすれば最初から会話出来たのだ。
雛にずるいと言われても、苦笑いを浮かべるしか出来なかった。
「あたしも最初はそう思ったわ」
「うん。私も」
皆は雛に賛同しているが、こればかりは仕方無い。
「雛はまだ可能性が無い訳じゃないだろう? 普通では有り得ないけど」
『我と同じ類縁の者が宿るのは、それはそれで問題があるがな』
何やらまた意味深な……。
「じゃ雛は、可愛い話し方のヒートヘイズがいいな」
語尾にハートマークでも付きそうな声音で雛が語るが……。
『ふぁふぁふぁ、流石はご主人の妹御。我を恐れぬとは愉快じゃわい』
何やら雪よりも馴染んでいる様な感じもするが、これも遺伝の成せる技なのであろう。
雛にパンと言うものを理解してもらう用事も済み、一行はそのまま観光でお台場に遊びに行く事になった。
浅草から新橋までは銀座線で行ける。
新橋からはもう古くなったがゆりかもめが出ていた。
雪の時代になっても、国際展示場ではシーズンごとに催し物も開催され、遊ぶ場所も多くあった。
だが、雪達がお台場に到着すると直ぐに警報が鳴り響く。
丁度、今日から一般の学生達も冬休みに入っており、観光客でごった返している。
警報に敏感なのは、那珂の島に滞在していた雪達位で、他の観光客は何が起きたのか分らずに警報の音に顔を顰めながらも、観光を続けていた。
だがそれも、スピーカーから流れる緊急を告げる放送で一変した。
『ご来場のお客様にご案内致します。東京湾に夥しい数のヒートヘイズが現れ、現在このお台場に向かっていると軍から連絡が御座いました。緊急時マニュアルにより、各交通網は一時的に利用出来なくなっております。お客様に置かれましては夢の島方面からの避難を――』
「ちょ、またかよ!」
雪が放送を耳にして愚痴を漏らす。
「取り敢えず、あたし達も逃げましょう」
「うん」
「えっ……お兄ちゃん達が戦うんじゃないの?」
雛だけが何故か雪達に戦わせる気満々の様であった。
「放送聴いていなかったのか? 夥しい数なんだぞ!」
那珂の島でさえ、ある程度の予想を付けた数を確認していた。
それが捉えられないとなると――。
那珂の島に現れた以上の、ヒートヘイズが接近していると思ってよかった。
「えっ、じゃ誰が戦う訳?」
「えっ……」
高次元帯を倒せるのは――高次元帯だけ。
ここで雪達が逃げれば、東京は壊滅的な被害が出る事は避けられない。
幸いにも現在は天羽々斬を所持している。
雪と水楢、珠恵が目でコンタクトを取っていると――。
「あら? あなた達、こんな所で何をしているのかしら?」
「澪、あなたねいい加減そんな男とは離れなさい!」
避難している人々とは、反対の首都高からやってきた黒塗りの高級車から顔を出したのは――。
珠恵の姉で、大尉の栗林 未来と、
水楢の姉で、少尉の水楢 燈であった。
「何でお姉ちゃん達が?」
「おねぇ、お久」
雪が突然の再開に呆気に取られていると、妹2人が先に声を掛けていた。
「あたし達は、国会で新しくパンの増強が可決されたから、その準備でたまたま本部に来ていたのよ」
燈が事情を説明するが、
「それよりも……大変な事になったわ。まさかステイツが同盟を断わった腹いせに攻め込んで来るとは、思わなかったわね」
栗林大尉が、ステイツが攻め込んできた理由を持論で語る。
「後30分もしない内にここは火の海になるわよ! あなた達はどうするの? 軍から指示は出ていない筈だけれど……」
続けて栗林大尉から、雪達はどうするのか尋ねられた。
「ここで逃げ出しても、那珂の島よりも多い数のヒートヘイズが相手では直ぐに都内も火の海になるんでしょ?」
雪がそう言葉を吐き捨てるように告げる。
「そうね……あたし達だけでなんて言えない位の数が、東京湾に接近しているのは確実よ」
栗林大尉が珍しく泣き言とも取れる、発言をした。
「はぁ、Sランクをここで発現させても問題は無いですよね?」
雪は溜息を吐き出し、語気を強めて問い詰めた。
「この非常事態に温存はありえないわ。久流彌少尉がヒートヘイズを出してくれるなら助かるけど……」
雪の隣にいた雛を認め、一般人の妹がいる事が気になったようである。
「お兄ちゃんが少尉ってなんの事?」
「それはあたしが後で説明するから。お姉ちゃん、雛ちゃんを安全な場所に避難させて!」
飛行系ヒートヘイズを発現出来る、姉の燈に雛を託す。
「えっ、雛も見たい! ヒートヘイズ見たいのぉ!」
そんな暴挙を許す訳にはいかない。
一般人は高次元帯の余波だけで呆気なく死ぬのだから。
燈がペガサスで雛を乗せ飛び立つと、雪がファウヌスに声を掛けた。
栗林大尉は以前に、ファウヌスとの邂逅で会話している。
ここに居るのは秘密を知っている者達だけなのである。
『ご主人、今回はちと多いのぉ』
「お前でも厳しいのか?」
ファウヌスの意見を聞き、雪の表情も険しくなるが……。
『何。前回とやる事は変わらん』
「脅かすなよ……お前でも無理なのかと思ったじゃねぇか!」
『雑魚ばかり多くても、所詮は小者の集まりじゃ』
頼もしい言葉に気を良くした雪が――。
「なら今回は遠慮なくやってくれ!」
ファウヌスに全権を委ねたのであった。
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