第36話圧倒!!

 雪達が現在いるのはお台場でも、初期からある海浜公園の付近であった。


 ステイツのヒートヘイズが何処に上陸するかで、被害の大きさは変動する。


 幸いにも栗林大尉達が乗車してきた高級車には、軍用無線が積んであり、現在偵察衛星とリンクさせ敵の動きが手に取る様に分った。


 敵の動きが分っても、それに対処出来るかどうかはまた別の話だが。


『敵はお台場に南東の方角から真っ直ぐ進んできている模様』


 車内の無線を聞いていた皆は、まずは胸を撫で下ろす。


 これが東からの侵攻であれば、現在観光客とお台場を職場にしている人々を退避させる通路とかち合ってしまうからだ。


「それじゃ、このままお台場から中央の防波堤の埋め立て処分場にいきましょうか、その方が建築物も少なくて暴れやすいでしょ?」


「栗林大尉にお任せしますよ。僕達は作戦とかには素人なんで……」


 今回は前回の様に集まっている場所を急襲する訳では無い。


 よってある程度作戦を立てて防衛に当らなければ被害が増す。


 この半年で少なからず軍の教えを受け、雪も成長していた。


「なら東京湾でも外側で撃退に当りましょう」


 運転手の隊員に指示を飛ばすと車はお台場から東京湾の外側、中央防波堤へと進路を向けた。


「皆は天羽々斬を持ってきているわよね?」


 栗林大尉が確認の意味で確かめる。


「勿論、軍務規定ですから」


 雪が何を今更と苦笑いを浮かべ答える。


「あたしもあります。組み立てるのが面倒ですが……」


 水楢はバッグから弓を出して組み立てている。


「もち、ある」


 珠恵ちゃんのはナイフなので、そもそも嵩張らない。


「珠恵ちゃんの天羽々斬を出す事態まで、追い込まれない事を祈るよ」


 流石にそこまでの接近を許した段階で、ほぼ負けは確定するだろう。


 そう考え珠恵を気遣いながらも言葉を漏らす。


「相変わらずタマちゃんは、この男が好きなの?」


 呆れた口調で栗林が尋ねると――。


「うん、両親、挨拶。済んだ」


 少し頬を紅潮させ恥ずかしそうに姉に語る。


 一方で、まさかそこまで仲が進展していると思っていなかった姉が場所を弁えずに興奮しだす。


「ちょっと、久流彌少尉どういう事?」


 私的な話で階級呼びをする程、姉は激高しているようである。


「冬休みの間、2人にうちの実家に泊ってもらっているだけですよ」


 雪の説明で一応は気持を落ち着けた栗林大尉が、胸を撫で下ろしているとまたまた珠恵ちゃんから爆弾が投下された。


「私、彼女」


 それを隣で聞いていて噴出したのは雪が先か、水楢が先か?


「やっぱり久流彌君には一度ちゃんと話した方が良さそうね」


 厳しい眼差しの栗林に睨まれ、肝が冷える思いでいると、運転手から間もなく現場です。と教えられ、皆で東京湾外海を見つめた。


 元々4人でデートの為にお台場に来たのだ。


 当然、本日の天候は快晴。


 ただ流石に東京湾の外海だけあって風が肌寒い。


 風避けでもあればいいが、ここは埋め立て予定地で更地である。


 所々からゴミ独特の異臭が鼻に付く。


「ここには長時間は居たくないわね」


「あぁ、鼻が曲がりそうって言葉を実体験するとは思わなかったよ」


「臭い、嫌い」


 埋め立ての土地に使用されているのは、残土と呼ばれる砂利でもなく、砂だけでもなく、主にアスファルトの残骸や、コンクリート建造物の残骸であり、その残土以外で用いられているのは、主に、家庭用ゴミが大半であった。


 長時間かけ寝かせてから、最後に土を盛り、地盤を安定させる。


 だが今雪達がいるのは、埋め立て真っ最中のゴミの山である。


 雪では無いが、鼻が曲がるのは致し方無かった。


「こんな事ならマスクでも買って来るんだったわね」


「水楢はまだハンカチとか持ってきているからいいだろ。僕なんて何も無いんだぜ?」


「雪、使う?」


 珠恵ちゃんが自分の使っているハンカチを雪に渡そうとするが、流石に珠恵ちゃんに臭い思いをさせて自分だけという訳には行かない。


「いや。それは珠恵ちゃんが使って、僕は我慢するよ」


 雪がそう伝えると、その気持が嬉しかったのか珠恵ちゃんが破顔して抱きついてきた。


「ちょっと、あん――」


 栗林大尉が相変わらずな2人に小言を吐こうとした時に、海上に真っ黒なヒートヘイズが現れる。


 飛蝗現象の様な大群が空と海を埋め尽くしていた。


 その光景を目にした物は、世界の終わりを予感しただろう。


「何が夥しいだよ! 優に1000は超えているじゃねぇか!」


「ね、雪君、これファウヌスが何とか出きるのよね? 本当に?」


「雪、怖い」


 この中で勝算がある者がいたらきっと頭の中をかち割ってでも覗いてみただろう。


 まさに数の暴力。


 たった4人で万の軍勢を相手にするのと何ら変わらない程の数が、海上とその上空に飛んでいた。


「これは……困ったわね。お姉ちゃんが先に死んだらタマちゃんだけは何とかして逃げてね」


 軍の上官としてこの命令は如何なものか?


 そう思わざるを得ないが、死を目の前にすれば上官も人間だ。


 家族を心配するのは当然であった。


 雪が不安になり、ファウヌスに声を掛ける。


「なぁ、ファウヌス。こんな数……本当に相手に出きるのか?」


 最後の切り札がファウヌスなのだ。


 せめて安心したくて尋ねたのだが、当のファウヌスは暢気に、『この数だけ多くランクが低いヒートヘイズに何を怯えておる』考え方によっては心強いが、本当に可能なのか? この場の4人は皆、ファウヌスが大口を叩ける根幹が何なのか不思議であった。


 だが、『そろそろ発現するかのぉ』という掛声で正気に戻る。


 次の刹那――。


 雪の胸からいつもよりも濃い煙が湧き上がると、雪達と敵ヒートヘイズの間に位置する海岸沿いに大きな山が出来た。


 いや、正確には……山の様に巨大な生物。


 腿から上は人の体を持ち、腿から下は巨大な蛇がとぐろを巻いている。


 しかも、巨大な肩からは100の蛇の頭が生え、その全ての瞳が燃えるように赤く輝く。背中には巨大な体を包み込む程の大きな翼が生えていた。


 ファウヌスに全権を委任するとは言った雪だったが、まさか一歩足を動かすだけで埋め立て地が震度6強程に揺れるとは予想外であった。


「ちょっと雪君、ファウヌスがこの島を壊したら、あなた責任取りなさいよ!」


「水楢軍曹、日本が滅ぶか生き残るかの瀬戸際なのよ?」


 動揺して、栗林大尉まで雪達のペースで会話してしまっていた。


 珠恵ちゃんは、ジッとファウヌスが発現させたヒートヘイズに釘付けであった。


「珠恵ちゃんは、あれが何だか分るの?」


 雪には全く分らない。


 だが詳しい珠恵ちゃんなら分ると踏んで尋ねたが……。


 無言で首を横に振るだけであった。


「名前なんて今はどうでも良いから、ファウヌスに攻撃させて!」


 敵の集団はファウヌスまで200mくらいまで接近している。


 ヒートヘイズ同士の戦いは数の戦い。


 1000体が皆Cランクだとしても――Sランク1体VS4000である。

だが接近されなければ勝ち目はある。


 だがまだファウヌスは動かない。


 敵のヒートヘイズも、前回と同じ轍を踏む様な間抜けな作戦では無い。


 上空の竜、龍、ワイバーンは高度を若干変え広がった。


 海上のヒートヘイズも大きく広がり、狭い場所に固まる愚はおかさない。


 100m、既に後方の雪達にはファウヌスが囲まれている様に見えた。


「あたし達も出すわよ!」


「うん」


「そ、そうね」


 ファウヌスの発現で自分達のヒートヘイズを発現する事すら忘れていた3人は慌てて自らのヒートヘイズを発現しだした。


 ――すると。


 雪達パンを守る様に、巨大な亀が発現し、その周囲には上半身は剣を持つ人型で下半身が馬のランクC、ケンタウロス。そして前回、那珂の島で珠恵ちゃんが発現させたキーヴルが2体。首なし騎士のデュラハン、ゴーゴン、龍、3つの頭を持つケルベロスが一斉に発現した。


 これで万一にもファウヌスが抜けられた場合の、保険にする様である。


 こちらの防衛体制が整い、天羽々斬を各自用意していると――。


 ファウヌスに集団で襲い掛かった所であった。


 高さの推定が困難な程に背が高いヒートヘイズは、器用に肩から生えた蛇をくねらせる。


 上空から接近した敵の竜には、蛇が口から吐き出す炎のブレスで、海上から足元に上陸してきた敵がファウヌスに近寄った瞬間――巨大な蛇の足が刹那の間に薙ぎ払っていた。


 腿から下が大蛇の攻撃は、距離を置いて離れている雪達にまで振動が伝わり、皆よろけている。


「な、なにあれ?」


 水楢が、あまりの光景に呆気に取られ声を漏らした。


「一瞬。全滅」


 珠恵ちゃんが言った様に……一振り。


 たった一振り尻尾を振るっただけで、地上に上陸してファウヌスに近づいたヒートヘイズが煙となって消滅したのである。


 上空を眺めても、頭は雲に隠れて見えない。


 高度の低い場所では、蛇がくねくねとうねりをあげ100体ある首全てがブレスを吐き出していた。


「この光景……見た事あるわ」


「僕も……」


「うん、見た」


「えっ、何処で見たわけ? あなた達……」


 栗林大尉だけ、那珂の島の防衛線で気絶していた為に見ていない。


 あの那珂の島でヒートヘイズと戦った3人は既視感に似た感じを受けた。


 まさに圧倒!


 この一言に限るのである。


 これだけの数に囲まれれば、少なくとも1体位は抜け出し、雪達の所まで辿り着くものだが……それすら無い。


 上空では雲の隙間から赤い炎の残影しか見られないが、大よその予想は付く。


 ファウヌスが操る肩の蛇によって、上空のヒートヘイズも煙と化していた。


 半数の数が消えた所で、海上へと敵のヒートヘイズが戻って行く。


『我が2度も慈悲を掛けると思うのか。片腹痛いわ!』


 ファウヌスが言葉を漏らすと、一瞬、蛇が浮き上がった。


 いや、ジャンプする様に、跳ね上がった。


 すると――飾りの様に見えた巨大な翼が一気に開く。


 翼の大きさだけで、この埋立地を包み込むと思える程に巨大であった。


 その翼がばさばさと震えると、周囲を猛烈な突風が吹き荒れた。


 吹き飛ばされたのは敵だけではない。


 雪たちもまた風圧の暴力によって飛ばされていた。


 ファウヌスは逃げ出した敵の先頭まで一気に飛び越えると、肩から生やした蛇の頭全てを海上のヒートヘイズに向ける。


 全ての蛇の口腔部が真っ赤に輝いた次の瞬間には、海上はまるで油を燃やした様に炎が揺らめき、そこに居た筈のヒートヘイズ達は消滅していた。


 雪達から見える範囲にはもう敵は居ない。


 安堵してファウヌスを呼び戻そうと思ったら、ファウヌスが海上に着水した。


 巨体がいきなり着水した事で、埋立地にまで津波が押し寄せる。


 幸いにも栗林大尉が発現した、巨大な亀によって波はそこで食い止められたのだが……。


 雪はファウヌスと以心伝心な訳では無い。


 雪はファウヌスの行動を見つめていると、海中に沈んでいた蛇の尾が何かを巻き取り持ち上げた。


 それは、長さ100mはあろうかという潜水艦であった。


 恐らくあの中に隠れているパンによって、今回の侵攻が行われたのであろう。


 陸地まで運び捕まえるのかと思っていると、巨大な尻尾はうねりをあげて海上にそれを叩き付けた。


 この時代のステイツの潜水艦は全て原子力によって稼動している。


 眩い光の本流が周囲を包み込む。


 ファウヌスは1隻を叩き潰すと、直ぐに海中に蛇の尾を潜らせる。


 逃げる為にスクリューを回せば、確実に日本の潜水艦にばれる。


 このままジッと時が過ぎるのを待っていても……結果はファウヌスに潰されるだけである。


 1隻に一体何人のパンと乗組員が居たのだろうか。


 目の前で繰り返される虐殺は、既に5度目を数えていた。


 ファウヌスの動きが止まり、雲の隙間から巨人の顔が見えた。


 だが巨人はずっと空高く。


 まるで月でも見上げるかの様に、高く、天を突き刺す様な視線で睨んだ。


 次の瞬間には、瞳から光の本流が流れて行き、それは何も無い空中へと放たれた。


 ――様に見えた。


 ただ単に威嚇しただけかと、4人がホッと胸を撫で下ろすと、突然上空で何かが爆発した炎が見えた。


 その炎の輝きは、さっき海上に叩きつけられた潜水艦と同じ。


 核が爆発した瞬間だった。


 その輝きを認め、漸くファウヌスが埋立地へと戻ってくる。


 流石に大きすぎて、これではファウヌスと会話も出来ない。


 ファウヌスもそれに気づいたのだろう。


 何故か?


 小さな羽の生えた犬に変化し足元に降り立った。


『これでもう奴等は手を出しては来ぬだろう』


 自信満々でそう告げたファウヌスには言いたい事が山ほどあるが、まずは助けてもらった礼を述べた。


「今回も助かったよ。有難うファウヌス」


 雪が礼を言うも、ファウヌスの表情は固い。


「――どうし」


 雪が声を発する前に、雪に向けてレーザーの光が放たれた。


 その光には誰も反応する事が出来ず、雪はわき腹にそれを食らい倒れる。


「雪!」


「雪君!」


「おい! 一体何が……」


 ファウヌスは倒れた状態の雪を、ただ冷たい眼差しで見下ろしていた。

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