第32話帰省

 あの事件から2日後。


 雪達3人は沼津に用のあった、軍用車に乗り込み、駅を目指していた。


 沼津駅からは東海道・山陽新幹線を使えば、1時間40分前後で都内まで、行く事が出来る。


 軍用車も豪雪仕様に調整する為らしいが、メカ音痴の雪には詳細は不明だ。


「それにしても乗せてもらってすみません」


 水楢が代表して、隊員にお礼を述べる。


「野郎2人でドライブよりは、女性が居た方が断然楽しいですからね」


 気さくな態度で話すのは、水楢と同じ階級の軍曹さんだ。


 名前は……忘れた。


 これ位は愛嬌の内でしょう。


 僕、少尉だし……。


 少尉に昇格して、調子に乗っている雪は置いておくとして――。




 あの世界同時テロから2日経ち、案の定、非難はステイツに向けられた。


 だが、ステイツからは全くの濡れ衣であるとして、この件への関与を、全面的に否定したのである。


 緊急国連会議が翌日には開催されたが、貝の様に口を閉ざし、首都の象徴を破壊された北の国の議員からの追求を、交し続けたのであった。


 このステイツ側の態度に憤慨したのは、北の国だけでは無い。


 西の国では100万人の死者が出たと大騒ぎし、既に被害者の無念を晴らす為に、石碑を建造する計画まで持ち上がっていた。


 偵察衛星の写真では、都市の一部が消失しただけで、


 死者は5万人と断定されたのだが……。


 寧ろ被害はドイツの方が酷かった。


 だがドイツはステイツには言及していない。


 ホロコーストを起こした、歴史的極悪人の再来と自ら名乗るドイツ人が、関与していたという情報が入ったからである。


 他の国ではある程度、犯人の目星が付いている様だった。


 ステイツの様に口を噤むのは、下手に首を突っ込むと、スケープゴートにされかねないからであった。




 話は車内に戻る。


 車内後部座席の1列に、3人で並んで座った。


 雪が何故か真ん中である。


 このポジションは、珠恵の胸が雪の腕に当り。


 水楢の太ももが、雪の足に接していて、温かい。


 雪が気を逸らさなければ、息子がやばい事になっていただろう。


 まぁ、珠恵は意識してやっているのだが。


 水楢は……不明である。


 雪は2人の体温を感じながら、久しぶりの実家に思いを馳せていた。


 結局、夏に滝先輩とやりあった事で、電話も出来ずに終わった。


 それから那珂の島襲撃事件と、富士への移動の関係で、結局の所、実家に連絡をする事は無かった。


 雪の宿舎にある備品は、軍からの配給とネット通販で購入したものである。


 何故、雪がお金を持っているなんて、野暮な話しは抜きだ。


 雪も入学して半年。


 学園で学びながら、給料が貰えるのだから。


 所得税は勿論引かれているが、年齢が16歳である事で、住民税は引かれない。国民年金も同様だ。


 お金の使い方を知らない学生の感覚では、大金を使う事はまず無い。


 雪の貯金は増える一方。


 至れり尽くせりであった。


 そして、ヒートヘイズを発現しなければジャミングの必要も無く――。


 結果、富士演習場内の食堂内に設置された、パソコンからネットショッピングで買い物が出来た。


 大変だったのは、運送業者のドライバーさんだけだろう。


 雪が考え事をしている内に、車窓からの景色は森から街へと変わって行く。


 どうやら沼津市内まで後少しのようだ。


 駅で軍用車を下り、新幹線へと乗り換えた。


 後は駅弁でも食べながら、3人で会話を満喫していれば東京に着くだろう。


「そういえば雪君の実家にお邪魔して、本当に大丈夫なの?」


 凛とした眼差しでそう尋ねられたが、無理なら雪も誘わないだろう。


 流石に此処まで来て、無理です。とは言えないでしょう。


「ここまで来て何を……」


 僕は肩をすくめながらそう返事を返すと――。


「だってあたし達の年代で異性を泊めるとか、あまり聞かないでしょ」


 照れくさそうな表情で、頬を赤く染め、そう告げられるが、宿舎で散々一緒に生活してきて今更であった。


「今更だと思うけど? ねぇ珠恵ちゃん」


「うん。今更」


 水楢が常識的な話をするので、僕と珠恵ちゃんで論破した。


「で、でもやっぱり宿舎と実家は違うでしょう?」


 何故かどもりながら言い募るので、僕は、2人の寝室は妹と同じ部屋だから、何も問題は無いと伝えた。


 何を勘違いしていたのか、僕が説明すると水楢は顔を紅潮させ俯いてしまった。


 久しぶりに乗る新幹線の乗り心地は、すこぶる良い。


 外を眺める限りでは、自然は少なくなり都会の装いに変わっていた。


 新幹線は予定時刻を過ぎる事なく定刻に到着した。


 流石は首都だけあり、駅構内は冬休みに入っていなくとも、若者でごった返していた。


「ここからはタクシーだっけ?」


 水楢に問いかけられ雪は首肯する。


 雪の実家は古くから営業している和菓子屋で、浅草にあった。


「地下鉄でも行けるけれど、重いバッグを持ちながら乗り換えとか、したくは無いだろう?」

「うん」

「ええ。そうね」


 休みが3週間もあるのだ。


 雪は実家に着替えがある事から、天羽々斬だけを肩に担いでいた。


 人が少なくなった演習場が、襲われないとは限らない為に、天羽々斬を携帯する様に学園長から指示があった為だ。


 当然、珠恵にしても、水楢にしても、天羽々斬を所持している。


 ただ2人は、旅行カバンに着替えを持ってきていた。


 雪がここからタクシーを使うと提案すると、二人は胸を撫で下ろしていた。


 肉体労働は、訓練だけで十分だ。


 雪達が駅のロータリーに着くと、待ちの列は無かった。


 運転席で新聞を広げ、暇を持て余している運転手に声をかける。


「浅草の花やしきまで」


 女性陣が持つバックを認めた運転手が、トランクをあけた。


「やっと荷物から解放されたわ」

「うん。疲れた」


 水楢と珠恵が、重たい荷物から解放され口元を綻ばせた。


 ホームからロータリーまで、少し運んだだけでこれである。


「那珂の島で、僕に持たせた荷物の方が、重かったと思うけど……」


「雪くん、いつの話をしているのかしら?」


 水楢は小首をかしげ目を細めた。


 あれはアレ。


 これはコレらしい。


 東京駅から浅草までは、電車だと乗り換えがある為、20分以上掛かる。


 一方でタクシーだと、込まなければ20分弱で到着する。


 雪達はヒーターの効いた車内で寛ぎ、混雑する街並みを眺めている内に浅草の花やしきに到着した。


 雪の実家はここから目と鼻の先にあった。


 歩く事5分――。


 雪達の姿は、せんべいを販売している店舗の前にあった。


 雪が自動ドアの前に立つと、当然開く。


 中で店番をしていた妙齢の女性が雪達に気づく。


「いらっしゃ――あら雪じゃないの! 学校はどうしたの?」


 どう見ても20代にしか見えないこの女性が、雪の母親らしい。


 濃紺の着物に身を包み、長い髪を後頭部でまとめ、簪を刺している。


 和菓子屋だから着衣も和風なのだが、浅草では珍しくも無い。


「ああ、大雪の影響で冬休みになったんだよ。ていうか……久しぶりに顔を合わせたと思ったらそれかよ!」


 心配するでもなく、寧ろ何故帰ってきた。とでも言う様な態度に雪が呆れ口調で愚痴を漏らす。


「学校と家の往復で休日は引き篭もってばかりの怠け者が、将来を見据えて公務員になったのよ? ちゃんと学校ではやっているの?」


 眉を上げながら意外そうな面持ちで、雪の私生活を暴露する母。


 雪の後ろでは、水楢と珠恵がクスクスと笑声を漏らす。


「ちょ、同級生の前でそれは……」


 雪が赤面し苦言を呈すると――。


「へー、雪がお友達を、それも女性を連れてくるなんて……今夜は積もるわね。雪もボサッとしてないで中に案内しなさい」


 ざっくばらんにそう喋る母に尻込みしながら、雪が水楢と珠恵を室内へと案内する。

店舗のカウンター脇に、家の奥へと通じる通路があった。


「話には聞いていたけれど、古風で趣のあるお店ね」

「古風、好き」


雪の家は、江戸時代の店舗を、時代と共に改装を加えてきた背景から、所どころ時代を感じさせる作りとなっていた。



※実際の浅草は東京大空襲の被害で、歴史的な趣は消失しています。


「浅草寺の周辺では珍しくもないけどね」


 雪達がコタツを囲み談笑していると『ただいま』元気に挨拶をする声が、店舗の方から聞こえてくる。


 声に耳を澄ます女性陣。


 店舗に居る雪の母と、何やら話している様だ。


 少しすると――。


「お兄ちゃんお帰り!」


 歓喜の声を上げ襖が一気に開けられた。


 気分を高ぶらせ、中を覗き込む少女に、全員の視線が集中する。


 先に口を開いたのは妹の方からだった。


「お兄ちゃん久しぶり。何々この美少女達は、お兄ちゃんの彼女さん?」


 高いテンションのまま、一気に捲くし立てられた。


「そ、そんな――」


「うん」


 そんな訳が無いだろうと雪が発言しようとすると、珠恵が肯定の返事を妹に返した。


 雪の妹は、意外そうな面持ちを浮かべ――。


 次の瞬間には、珠恵ちゃんに質問を投げかけていた。


「えっ、まじ? お兄ちゃんの何処が良い訳?」


 失礼なのは今に始まった訳では無いが、この家において雪の立場が一発で理解できる扱いであった。


 頬をひきつかせ、声に出して笑うのを堪えている水楢。


 一方で珠恵は――。


「全部、可愛い」


 いつもの様に雪贔屓な言葉を漏らすと、雪の腕に抱きついてきた。


「――きゃぁ~。お母さん、大変、大変だよ。お兄ちゃんがお嫁さんを連れてきちゃったよ!」


 妹は、目を大きく見開くと――。


 店の外にまで届きそうな大音量の声音で叫んだ。


 雪の母が早足で駆けつける。


 妹の隣まで近づくと、妹の左右の頬を掌で包み込み、


「雛、大きな声をだして五月蝿いわよ。お店の外まで聞こえちゃうじゃない。話は後でしっかり聞きますから。雪もいいわね」


 妹の雛に注意をし、雪に苦言を呈すると母は店に戻っていった。


 その場には、げんなりした面持ちの雪と、微笑みを浮かべる珠恵。


 眉をひそめた水楢、興味津々な面持ちで珠恵を見つめる雛だけが残った。


 雪はこれから3週間、一緒に過ごす事になる女性達を、幾分か兄貴風を吹かせながら紹介する。


「同級生の水楢 澪さんと、栗林 珠恵ちゃんだ。これから3週間この家で過ごす事になったからよろしく頼むよ」


 淑女然して、しおらしく腰を折る水楢。


 それとは対象に、笑顔で手を振る珠恵。


 雛は2人にペコリとお辞儀をすると、


「私はお兄ちゃんの妹で雛です。宜しくお願いします」


 雛は、雪に対する口調とは打って変わり、優等生然で挨拶をした。



 一階の茶の間で女性陣が姦しく会話を楽しんでいる間、雪は半年振りとなる2階の、自室の扉を開く。


 開け放ったドアを直ぐに閉じ、雪は茶の間に飛び込むと――。


「雛、俺の荷物は?」


 焦った様子の雪とは対象に、まるで今頃何を、とでも言うように――。


「えっ。お母さんがゴミが多いから片付けたって言ってたよ。あと、お兄ちゃんHな本とか溜めすぎ」


 最後のHな本の話だけ、微かに紅潮しながら衝撃の事実を語られる。


「えっ、片付けって……僕の服とかは?」


 雪が困惑したのも無理は無い。


 ドアを開けて中を覗くと、学習机とベッドしか残っていなかったのだ。


「服もお母さんが、大分古いからって、捨てちゃったよ? 何年も同じ服とかみっともないって……」


 開いた口が塞がらない雪。


 そんな兄妹の会話を、面白そうに見つめる珠恵。


 Hな本に過剰に反応し、顔を真っ赤に染めた水楢の姿があった。


 着替えを取りに帰宅すれば、既に捨てられた後だったとは……雪はきっとそういう事態に翻弄される運命なのだろう。


「着替え買って来ないと無いよ……ちょっと買ってくる」


 雪がそう呟きながら、1人で今晩の着替えを買いに商店街へと出かけようとすると、珠恵が付いてきた。


「珠恵ちゃんも買い物?」


「違う。デート」


 珠恵はかぶりを振った後、短く目的を語った。


「ははっ、何かみっともない所、見せちゃったね」


 苦笑いを浮かべ雪が謝ると、艶のある瞳で雪を見つめ、珠恵が自分の境遇を吐露し始めた。


「7歳。近所。虐め。あった」


 短い単語をポツリ、ポツリと漏らしながら、俯いて話す。


 雪は相槌だけ打って、その話を真剣に聞いていた。


「トラウマ。話。無理」


 珠恵ちゃんが今の様な話し方をするようになったのは、7歳の時に遭った虐めが原因らしい。余程、酷い扱いを受けたのだろう。


「地元。虐め。記憶。実家。嫌」


 虐められた記憶が思い出されるから、地元には帰らない。そう告げる珠恵ちゃんは瞳を潤ませ立ち止まった。


 僕はただ親身に聞いている事しか、出来なかった。


「虐め。嫌。柔道。習う」


 虐められたのが悔しかったのだろう。


 2度と虐めに遭わない様に、柔道を習い強くなった。


「辛い思いを、話してくれてありがとうね」


 僕は俯いた珠恵ちゃんの肩を抱き、通行人にその泣き顔を見られない様に配慮した。


 でも何故今、話してくれたんだろう。


 不思議に思っていると――。


「雪。実家。温かい。浅草。虐め。無い」


 これは雪の実家に来る前に聞いた話だが、


 珠恵ちゃんの家族は、元々軍属の家庭で家族全員が揃う事が珍しい。


 だが、雪の家は自営業だから、常に親がいる。


 雪にはそれが、鬱陶しいと思う事もあったが……。


 珠恵ちゃんは、そんな温かな家庭が羨ましかったのだろう。


 そしてこの浅草では、少なくとも珠恵ちゃんを虐めた奴等はいない。


「そっか。3週間目一杯楽しもうな」


 同情して、ただ慰めるだけなら誰にでも出きる。


 僕は、これからは楽しい生活が待っているから。


 そんな希望を持って欲しくて。


 敢えて楽しもうと伝えた。




※肉付け修正の段階で珠恵の過去を追加しています。

詳しくは第19話、異常事態を。


だた物語の本筋はいじっていません。一度読んだ話を2度も読むのは苦痛でしょうからこの流れのまま進まれても問題は無いと思います。

作風が代わって違和感を感じている読者の方、すみません。

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