第2話ヘリの中で

「確か、雪くんって言ったわね。大人しく同行してくれないかしら」


 水楢 澪みずなら しずくが、どんな手を使って僕を拘束しているのかは分らないが、真剣な表情で僕を睨みそんな事を言ってきた。


「僕は、変な幻覚や、幻聴が聞こえるんだ……だから研究所には戻れない」


 普段の雪ならば女性に対し、情け無い表情で話しをしたりは出来ないのだが、困惑しうろたえているからか、今にも泣き出しそうな表情で語った。


「大分混乱している様ね。いい良く聞きなさい。私達が飲んでいた薬は、国家機密の原初の半獣神を体内に宿す薬だったの。私は、お姉ちゃんがそれを飲んで既に特別国家公務員に選ばれたから、知っていてここに来たんだけどね。何も知らない雪くんが混乱するのは分るわ。でもここは大人しく従ってくれないかな」


 水楢が慈愛に満ちた表情で何か言っているが、体に巻きついている蛇が恐ろしくて、僕はそれどころじゃ無かった。


 『ご主人、困っておるようじゃな。我がこれを何とかしようか』


 僕の胸から、黒い煙が湧き出してきてそんな事を言う。


「――っ、もう覚醒まじかじゃないの、貴方達何を管理していたのよ」


 黒い煙が雪から湧き出した事を認め、水楢の表情が一変。眉間に皺を寄せ研究員を睨みつけた。


「いや、昨日の検査ではまだ覚醒はしていなかったのです」

「それよりも早く銃で眠らせろ」


 研究員の表情が焦りの色を含み、周りが一気に騒がしくなる。

 どうやら、僕の中から湧き出てきたこの煙が問題らしい。

 それなら、この煙に何とかしてもらおう。

 僕は煙に命令する。


「お前が何なのか、僕には分らない。でも助けてくれるなら早くしてくれ」

『ふぁふぁふぁ、承知した』



 僕の、胸から湧き出してきた煙が実体化し始める。


「まずいわよ、実体化する」

「早く、銃を撃て」


 パーン、僕を囲んでいた研究員の2人が持っていた銃の引き金を引いた。思わず僕は目を瞑った。

 ――だが、当った筈の銃弾はいつになっても僕には着弾しなかった。

 僕の体から湧き出て実体化した鷲の頭にライオンの下半身を持つ真っ黒なグリフォンが、僕に巻きついている蛇ごと銃弾を弾き返した。


「なっ、グリフォン」

「これは、まずい事になる」

「だが、所詮クラスはモノの可能性が高い。数で押せば勝てる」

「水楢君、クラス3まで許可します。拘束を第一でお願いしますよ」

「分ったわよ」


 研究員達の顔色が青くなり出し、水楢へ対応を求めていた。

 彼女はしかめ面で吐き捨てるように短く告げると、僕の方へ左手を突き出す。

 次の瞬間に、左手から黒い影が3体噴出した。ゴワッ、という音と共に蛇と龍、虎が現れ僕の前にいるグリフォンへ飛び掛った。

 グリフォンは飛び上がろうと羽を広げるが、上空から飛来した龍によって地面へ叩きつけられる。


 地面に叩きつけられたグリフォンの上に虎が覆いかぶさり、喰らい付いた。

 僕にはさっきグリフォンに弾き飛ばされた蛇が巻き付いてくる。

 龍は上空から睨みを利かせている。


 しばらくすると、僕を守っていたグリフォンは煙へと戻り、僕の胸の中へ戻っていった。僕は――蛇に巻き付かれ身動きが取れない。


「さぁ、早く拘束してよ」

「水楢君、助かったよ」


 水楢が僕を指差し、強い眼差しで研究員に命令する。

 研究員が近づいてきて、僕に何かを注射した。


 ――僕の意識はここで途切れた。


 次に気が付いた時には、軍の救難ヘリUH-60Jの機内だった。


「気が付いたようね」


僕が目をあけると、耳にヘッドホンをつけ呆れ眼で僕を見下ろす彼女がいた。


「こ、ここはいったい……」


僕は煩いプロペラの音に顔を顰めながら、問いかける。


「ご覧の通り、空の上よ」


 水楢は両掌を広げ、茶色に微かに青が入った瞳を大きく見開いて外を指し示した。

 水楢に言われ、窓の外を見ると確かに空を飛んでいる。だが、いったい何故、移動なら車で十分な筈。直接聞いてみた。


「何で僕を運ぶのにこんな大げさな物を……」


 僕は訝しげに問いかける。


「あぁ、説明がまだだったわね。私達はパンを覚醒させた。だから普通の生活には戻れない。ヒートヘイズをちゃんと理解して使いこなせる様になるまでね。これから雪くんをヒートヘイズの訓練校である学園に移送するわ。そこで使いこなせる様になって卒業したら、特別国家公務員って訳。そうなればある程度は普通の生活に戻れるわよ」


 まるで教員が生徒に語るような口調で、ジッと僕の一挙一動を見逃さないとでも言うように、真剣な表情で僕を見つめながら説明してくれた。


「なんだよ、それ。僕、家には家族も普通にいるんだけど。騒ぎになっても知らねぇぞ」


僕は思いつく限りの手段を述べ、現状からの脱却を図ろうとするのだが、


「その辺は、国が上手くやってくれている筈だから、安心していいわよ」


幼子を諭すように……いや、違うな。往生際の悪い僕を諭すように目元を緩めてそう告げられた。


「安心なんて出来るか。いきなり襲われて連行されたのに――」


尚も、僕が唇を尖らせ食って掛かると、


「仕方ないじゃない。雪くんがまさか覚醒しているとは思わなかったんだから。普通は、あの黒い煙が出始めて、本人が混乱してから直ぐに説明をして対処する手筈だったんだけど、雪くんの場合は、もう覚醒まで進んじゃっていたのだから。そもそも実体化なんて、そんな簡単には出来ないものなのよ。私の場合は、最初から知っていたから、実体化も簡単だったけどね」


 水楢は、はぁ、と一瞬嘆息してから困った表情を隠しもせずに長々と説明してくれた。

 水楢の話で分ったのは、僕は薬を飲んで原初の半獣神の復活に成功した。

 これの成功確立は精々0.05%程度で、あの大勢いたバイトの中でも10名しか成功しなかったらしい。

 今の僕の状態は、その原初の半獣神を使いこなせていないと判断された為に、急遽移送となった様であった。

 今の僕の状態で、普通の一般人と同じ生活をさせる事は、いつ爆発するか分らない爆弾を抱えた人間を放置する事と同義だと言われた。


「それなら最初から、バイトに来た時に説明すれば良かっただろう」


 僕は眉に皺を寄せ吐き捨てるようにバイト内容の説明不足を問いただそうとするが、


「そんな事出来る訳が無いじゃない。これは国の極秘なプロジェクトなのよ。発現する人が0.05%しか居ないのに、そんな説明をすればどうなるか――わかるでしょ」


 眉を大きく上げ綺麗な瞳で射抜く様に僕を見つめ、逆に正論を捲くし立てられた。

 そりゃ、機密も何も無くなるから分るけど……。


「とにかく、これから雪くんとあたしは、同じ学校の同級生になる訳だから、よろしくね」


 そう笑顔で言われたのであった。


「それで、これからこのヘリは何処へ向かっているんだ」


 海上を飛んでいるのは分るが、どの方角へ向かっているのかは分らず目的地の把握に努めることにした。


「ここまで来たら、もう教えても問題は無いわね。あたし達がこれから行くのは、那珂の島にある那珂の島学園よ」


 得意げに人差し指を立てて島の名前を告げられたが……僕の脳内にそんな名前の島は無い。


「そんな島、聞いた事も無いぞ」


 嘘でも付いているのかと、胡散臭いものを見る目線でそう言うと……、


「はぁ。そうだよね。私も知ったのは、お姉ちゃんが卒業してからだもん。ここは、東京の南東にある小さな島で、歴史の授業で習ったと思うけど、2030年に起きた沖縄、北海道侵略戦争後に新たに小さかった島を埋め立てして広くし、今の学園を築いたらしいわ。国は、ここで育成したパンを持つ者を使い、沖縄と北海道を奪還しようって考えているらしいけどね。どうなる事やら」


 水楢は深い溜息を吐いた後で、僕の将来に関する重要な話をまるで他人事の様に呆れ口調を交えながら淡々と説明された。


「それって――僕に戦争に行けって言っているのか」


 僕は驚いて、半開きになった口元を引き締め強い口調で言い募る。


「そうなるわね。ただ、あたし達が覚醒した能力は神の力よ。普通の兵器では死なないから安心していいわよ」


 神の能力だとか普通の平気で死なないとか、そんなチートな能力が備わったと自信満々に告げられたが、それを素直に信じられるほど僕は子供ではない。


「そんな事、わから無いじゃないか」


 そんな不可思議な存在を認められず、尚も食い下がると、


「あたし中学では弓道をやっていたんだけど、お姉ちゃんが試しに撃ってみろって言うから撃ったんだけど、当たる前に弾かれちゃったのよね。パンを宿した人間は、まず普通は死なないわね」


 水楢から自分の姉を実験台にして、試してみたと吐露されたが、自分が拘束された時の事を思い出し、信じられなかった。


「さっき。俺、普通に死にそうだったんだけど」


 自分に巻きついた漆黒の蛇からの締め付けを思い出し、苛立たしげに言葉を吐く。


「そうかしら、あたしのヒートヘイズ3体使って漸く、確保出来たのよ。普通の兵士や、兵器じゃまず無理だったわね。だからこそあの場にあたしが、かり出された訳だし」


 小首をかしげながら、僕を確保するのが如何に大変だったかを説明した後、そんな凄い力を身に宿せて良かったじゃない。と水楢に言われ、納得はしないまでも大人しく従ったのであった。

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