第3話那珂の島学園

「そろそろ見えてくる頃ね」


 水楢が、ヘリから下を眺めながら島が近い事を教えてくれる。

 先程まで島の説明を聞いていたのだが、島の面積は3k㎡というから硫黄島より大きい位だという事はわかる。

 地理的には東京都小笠原の区域だと思うけど、あの辺りにある島はといえば、2010年代に噴火した西之島位しか僕の記憶には無い。


「あっ、あれね」


 水楢の声に釣られて、視線を落とすと、そこに那珂の島があった。


「この島は学園の他にも、ショッピングセンター位はあるらしいから、暇はしないと思うわよ」


 おしゃれ好きな女子高生らしく、笑顔でそう告げられたが、


「貧乏学生が、気軽にショッピングとか、出来るとでも思っているんですかね」


 そもそも買い物を楽しめるほどお金があったら、今回のバイト募集には来なかった。少し嫌味を混ぜ言葉を投げかけると……。


「そういえば言ってなかったわね」

「何が」

「私達は、学生だけど、ここでの教育期間はちゃんと、公務員並みの給料が支払われるわよ。自衛隊でも訓練していて給料は出るでしょ。それと同じね」


 学生の身分ではなく、ちゃんと給料が入ると言われ、少し気持が上向きになった僕は、バイト代の事を思い出し聞いてみた……。


「その給料の前に、新薬臨床試験のバイト代を先に支払って貰いたいものですけどね」

「あ、それもまだ言ってなかったわね。雪くんのバイト代は出ないわよ」


 さも今思い出したとでも言うように、調子に乗った気持を切り捨てられた。


「なんでだよ」


 せっかく5日間も個室に缶詰になり、バイトしたのだ。簡単に諦められず口を尖らせ短く言葉を吐く。


「だって、雪くん。施設のガラスとベッド壊したでしょ。それの修理費で差し引き0だって聞いたけど」


 水楢から暴露するように齎された理由は、無慈悲なものだった。


「逃げたのは、まったく意味が無かったって事かよ」


 落胆しながら溜息を吐き出すと、更に追い討ちが……。


「普通の人は、ベッドに付いている、ナースコールで看護師さんを呼ぶものなんだけれど――雪くん。気づいていなかったの」


何故、そんな一般常識を知らないのよ。とでも言いたげな口調で疑問符を投げかけられるが、


「あの状況で、冷静に判断なんて出来るかよ」


 器物破損の言い訳を吐き出すので精一杯だった。


「なら諦めるのね」


 水楢は言い含めるように短くそう締めくくると、視線を窓の外へと向けた。


 そんな聞きたくも無い、情報を聞いている内に、僕達を乗せたヘリは那珂の島のヘリポートに到着したのだった。


 ヘリは、僕達を降ろしたら直ぐに東京に戻るらしく、メインローターは回ったままの状態で僕達は、ヘリから降りた。

 到着時間が決っていたのか、既に迎えの車が到着しており、僕と水楢はそれに乗車する。


 車で走ると、あっという間に目的地の学園に着く。学園自体はそれ程大きくは無く、ドーム状のレクリエーション施設のようだ。

 入り口には、僕達2人を待ち構えていたかの様に、長身にロングヘアーの綺麗な女性と、背が異様に低い、おかっぱ頭の女の子が待ち構えていた。

 車はその入り口に横付けにされた。


 僕達2人が車から降りると――。


「よ、よ、よくきましたね。私はこの学園で貴方達を担当する、教官の、とちのき かえでです。これから何事も無ければ3年宜しくお願いしますね」

「あぁ、私はこの学園の学園長で、真樺まかば ひじりだ。軍部での階級は少佐だ。大きな問題が無ければお前達とは絡む事も無いとは思うが、見知って置くように」


 学園長は無愛想に両手を後ろで組んだ状態で短い挨拶を終え、挨拶が終わるとさっさと中へと消えていった。


 この学園を案内してくれるのは、このどう見ても幼女にしか見えない教官のかえで先生のようである。

 この外見で、話し始めに必ず2回言葉がどもるのが緊張からなのか、それとも癖なのかはわからないが、どう見ても教官には見えない。


「そ、そ、それでは案内しますので付いて来てください]


 僕達は、楓先生の後ろを付いて歩く。

 楓先生を気にして目線を下げて歩かないと、あまりの背の低さから止っても気づかずに、後ろからぶつかってしまいそうになる。


「ま、ま、まずここは貴方達が、来週から座学をとる場所となります。現在の1年生は18人で、現在は実技に出ています。1週間後には新たに8名入ってくる事になりますので、やっとちゃんとした授業が出来そうですね」


 今までは、人数が揃わなかった為に、基本的な基礎と、体力強化の訓練を行っていたらしい。

 僕達の様に、年度の途中から入ってきた場合は、1週間みっちり個別指導で座学をし、現在のクラスの進捗具合まで進めてから合流して授業を受けられるようになるとの事であった。


 次の食堂は、クラスからそう離れていない場所にあり、食券形式でAからCまでのランチと、丼もの、麺類と種類は豊富に取り揃えてあった。

 食券は、ランチのみ軍からの支給品扱いとなり、他のものは自腹で食券を購入して買う必要があるらしい。

 ほぼ一文無しの僕としては、3種類のランチのいずれかは、必ず食べられるのだから非常に助かる。


「そ、そ、それではこれから貴方達の寮に案内します。寮は、教官も住んでいるので、寮を管理する寮監は存在しません。ただし、あまりにも他者に迷惑をかける場合は、懲罰もありますので注意して下さい」


 そう言われ案内され、部屋のドアを開けると、奥にリビングがあり、玄関の脇にトイレと浴室。リビングの左右にドアが付いていて、各自の寝室となっているようである。


「こ、こ、ここは貴方達2人が、今日から寝泊りする部屋になります。未成年なので不純異性交遊は出来るだけ無い様にお願いしますよ。ですが、貴方達の立場は既に学生ではありませんし――この国の法律で16歳以上の女子が結婚出来る事は知っていると思いますので、女生徒には煩く言いません。ただし、特殊な軍属である事から万一、子供が出来ちゃった場合はその子供の親権は軍に帰属します。男性側への罰則は、強制的に沖縄戦に参加になりますから、先生としてはとしか言いません。また強姦などや、セクハラを行った事が発覚した場合も、取調べの後で即沖縄へ強制的に連れて行かれますので気をつけてください」


 言葉の出だしは焦っているように見受けられるが、話し始めると可愛らしいソプラノ口調で、耳を疑いたくなる様な説明をされた。


「あの、私が雪くんと同じ部屋という事でしょうか」


 水楢も少し眉を吊り下げ、困惑した表情で質問する。


「は、は、はい。貴方達は軍属です。規律を重んじていますので、たとえ男女同室であってもそれを自制する心構えがなくてはいけません。また軍上層部の都合で、今年から男女は一緒の部屋割りになりました」


 楓先生からは諭すような口調でそう告げられたが、その内容には疑問が湧いた。


「僕からもいいでしょうか」

「な、な、なんでしょう、久流彌君」

「万一、子供が出来た場合、子供の親権が軍に帰属するというのは……」

「そ、そ、それはですね。既に(pan)についての説明は聞かされたと思いますが、軍の研究者の研究結果で遺伝子に強く左右される事が分っているんですよ。パンに覚醒した者同士の子供は、投薬をしなくても――ほぼ確実にパンを覚醒します。子供の内にそれが発現すると、最悪暴走、半獣神による精神の侵食などの危険が増大します。それを押さえる為に、研究所に移送されるのです。過去パン同士の子供を研究中に――開発責任者の牧田 啓一郎博士が、ヒートヘイズの暴走でこの世を去り、以降は厳重に管理されるようになりました。軍の上層部は子供を武器として使えないか研究させようとしています。それもあり、男女同室が認められる様になったのですよ」


 普通では考えられない制約だったのでただ不思議に思って聞いただけだったが、その内情は僕が思っているよりも重く深い内容だった。


「それって……そういう事」


僕が話の内容を端的に理解し、短く声を漏らすと、


「私達に子供を産ませ、軍はその子供を戦争に使おうとしているって事ですよね」


不機嫌そうな声色で、水楢が楓先生に真意を問うた。


「き、き、聞こえは悪いですが、そういう事ですね。ですから貴方達には、軍の上層部にいい様にされない為にも、秩序を守った健全な生活をして欲しいのですよ。先生としては」


 軍の上層部と楓先生の思惑は違っているようだが、まだ今日着いたばかりの新入生に聞かせていい話なのか不思議に思って確認する。


「こんな重要な秘密、私たちに話していいんですか」


「さ、さ、最初にこの話をしないと、若い貴方達は節操無く好き放題するでしょ……だから最初に話して釘を打っているのですよ」


 若い貴方達はと言われたが……そんな説明をされている現状で僕も、水楢も頬は薄っすらと赤くなっていた。そもそも、そんな事が簡単に出来る程、行動的なら僕も彼女の1人位はいてもおかしくは無い。


 僕達は、特異な場所に連れて来られた事をこの時。はっきりと自覚させられた。


「つ、つ、次は実技場です。今は、貴方達のクラスが使用していますので、良く見て置くように」


 そう言って案内された場所は、学園から少し離れた演習場で、そこではヒートヘイズ同士の戦いが繰り広げられていた。

 見た所、生徒達が操っているのは、半日前に水楢が出した蛇、虎、龍、狼、他――中には頭に角を生やした鬼の様なヒートヘイズを扱っている生徒もいた。


「き、き、今日の所は案内だけなので、これで終了します。これからさっきの部屋に戻りますから、付いて来てください」


 衝撃音や爆発音を背後に聞きながら、僕と水楢は楓先生の後に続き寮へと向かったのであった。

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