Heat haze -影炎-
石の森は近所です。
第1章 闇の胎動編
第1話高額バイト
僕の名前は
夏真っ盛りの山道をなぜか、汗だくに成りながら全力で走っている。いや、ちょっと言葉が足りなかったな。全力で逃げている最中だ。
「なんだって、こんな事になっているんだ――」
事の始まりは、夏休みに入る前にSNSで見つけたアルバイト募集の広告。
クラスの数名が既にバイトを見つけており、僕もこの秋に発売される新型VR機の購入資金を溜める為、急いでバイトを探していた。
スマホで探していると――。
《夏休みを利用して高額を得よう!あなたはただ毎日ベッドの中でごろごろするだけ。1日3回の検査で日給25000円。新薬臨床試験のアルバイトです。期間は5日~7日。詳細は下記へ
TEL 0120-XXX-XXXX 那珂の島研究所》
早速、この連絡先に電話をして詳細を聞いて見ると、交通費全額支給。
1日3回、食後に新薬を飲んで就寝前に尿検査を受けるだけ。
しかも、ベッドの中でスマホは使い放題。
WI-FI環境も充実していて遊んで1週間過ごすだけ。
こんな楽なバイトを1週間するだけで、17万も貰えるなら、競争率も高かろうと思い、即座にバイトする事に決めた。
電話の内容では、この研究の功労者には、高校卒業と同時に国家公務員としての雇用も約束されると聞かされた。
景気の悪い昨今、公務員は安定した職業で人気の就職先である。
楽なバイトで将来も安泰になるなら、こんな旨い良い話は無い。
無いのだが……。
それに乗った高校生は多かった。
約束の日時に、ハイヤーに乗りやってきたのは、都心から1時間半の筑波の山奥。周りは、筑波山と森しか見えない。遠くに民家が見えるが、豆粒程度にしか見えない事からとても歩いて行く気にすらならないだろう。
新薬臨床試験の現場は、豪華なホテルの様な装いで、3階建の施設中央には大病院もかくやという位、広いロビーがあり、そこには今回募集に集まった大勢の高校生達が集まっていた。
「凄いな、まさかこんなにバイトがいるとは……」
「本当に凄いわねぇ。私もびっくりだわ」
独り言のつもりだったのだが、たまたま隣にいた女子高生がそれを聞きつけ話に乗ってきた。
僕は、童顔で外見が何処にでもいる平凡な顔をしている為、学校でも女子に積極的に声を掛けられる事はまず無い。それを打破する為――髪型だけは慣れない美容室へ行き、最近流行のアイドルと同じマッシュウルフにカットしているのだが、それでも学校では人気は無い。
そんな僕に声を掛けてきた女の子を見ると、背は僕より少しだけ低くカジュアルショートが似合う、美人系の女子高生が制服を着て隣に立っていた。
僕は内心の緊張を隠しながら、
「本当に大病院と遜色無い大きさだよね」
それを言うのだけで精一杯だった。
「あなたもここにバイトに来た口でしょ、あたしは
夏のバイトの醍醐味は、知らない他校の女子と知り合える事も大きい。
僕は、この1週間という短い期間がとても楽しいものに成る予感がしていた。
バイトが始まり、最初は事前の調査通り、食後に3錠薬を飲み、就寝前に尿を取るだけの本当に簡単なもので、日中に出歩けない事を抜かせば本当に楽なバイトであった。出歩けないという事は、出会いの機会も失われたのであるが――。
だが、様子がおかしくなってきたのは3日が過ぎた頃からだった。各自の部屋は全て個室管理されていたのだが、夜中に誰かが騒いでいる声が聞こえだす。
大方、酒でも持ち込んだ馬鹿がいて、騒いでいるのだろう――最初はそう思ったのだが、それは4日目にその数が増えた事で、僕も何かがおかしい、と思うようになった。静かだった夜は、人間の悲鳴、怒号、嗚咽、歓喜の声に彩られとてもでは無いが、睡眠を取れる状態では無くなった。
夜間は部屋のドアが自動で施錠されて中からは開かない様になっており、他の部屋で何が起きているのか全く分らなくなっていた。
5日目、僕にもそれは起きた。
夜中に突然、僕の体から黒い煙が湧き出し、声を上げだしたのだ。
僕は、自分の身に何が起きているのか分らず、その煙をただ見つめていた。
すると、煙が喋りだした。
『ほう、ご主人は我の姿を見ても驚かないのだな』
「…………………………」
いきなりそんな事を言われても、驚かないのでは無く、息も出来ない程、身動きが出来なくなっているだけなのだ。
僕が黙ったままでいると、その煙は、
『まぁ、これから宜しくな。ご主人』
そう言って、僕の体の中に潜っていった。そう、患者用の寝巻きを着ている僕の体の中に消えていったのだ。
僕は、唖然としたまま――気絶した。
朝、起床のチャイムに気づき起きると、いつもの看護師さんが食事と薬と水を置いて足早に出て行った。
僕は、昨日の事は夢だったのか……そう思いながら食事を取り始めると、
『ほう、中々旨そうではないか。ご主人、我にも食わせてくれ』
胸の中から黒い煙が飛び出し、そんな事を言い出した。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
僕は、その場から逃げ出し、ドアに駆け寄りノブを捻るが――開かない。
夜中と同様に、鍵が掛けられてあった。
窓に駆け寄り、開けようと試みるが、この窓も鍵が開かない。ベッドに付いていたテーブルを外し、窓に叩きつけた。ガシャン、という音と共に窓は割れ、僕は2階の部屋から外へ飛び降りた。外が何も無い柔らかい芝生なのは前もって知っていた。高さ自体も高くなかった為に、怪我もしないで済んだ。
立ち上がり、研究所の敷地から逃げ出そうと、門を出た所で門に取り付けられていた赤いパトランプが回りだし、敷地内の警報装置が作動する。
「これ、僕に反応したのか」
恐らく、逃走防止用なのか――ここまで徹底しているという事は、あの薬は相当にやばい薬だったという事だ。人間に幻覚を見せる時点で怪しい。
僕は、必死に麓の民家目指して逃げた。
冒頭に戻る。
素足で逃げ出した為に、足元の悪い森の中は走りづらい。仕方なく、ハイヤーで通った道を僕は走った。中学生の時に文科系の部活に入っていた僕の体力は低い。直ぐ息が切れて肺が苦しくなる。
「はっ、はっ、はっ、はっ――」
『ご主人、何をそんなに焦っておるのじゃ。昨晩とは大違いじゃな。はっはっは』
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
僕の頭は、おかしくなってしまったらしい。
幻聴が聞こえる。幻覚も見える。そして……何より何故、僕はバイト先である研究所から逃げているんだろう。混乱していた。パニくっていた。
すると研究所から僕を心配して追ってきたらしき車が目の前で止まった。
中からは研究員と――あの子(水楢 澪)が、慌てて飛び出してきた。僕に駆け寄るでもなく、僕から一定の距離を保ち、銃を突きつける研究員。そして、水楢 澪の手からは、黒い蛇の様な物が飛び出し、僕に巻きついた。
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