第42話 交流会


 交流会準備から二週間後の夜。

 交流会という名の文化祭を明日に控えた僕はベッドに横になったのはいいものの、緊張や不安によって眠れずにいた。


 「ほかの人はどうなんだろう」


 ふと疑問に思った僕はツブヤイターのアプリを開く。

 そして真っ先に現れるのは見間違えるはずもない、ほっしーと書かれている充のほしみつとは別のリアル用のアカウント。


 「えーっとツイート内容は……『うおおおお緊張して眠れねえええええ!

!! 明日朝早いのに何やってんだ俺えええええ!!!』」


 それを見た瞬間、僕は思わず吹き出してしまう。

 同時に親友も同じ気持ちなのだとわかっただけで安心してくる。


 「……あっ、そうだ。どうせねむれないなら……」


 僕は思い出したようにパソコンを開きある動画を再生する。

 ……と言っても別にえっちなものではない、ただの学園アニメだ。


 「確かここは学園祭の話で……そうそう喫茶店もやるから参考になるかな」


 そこにはメイド服を着たヒロイン質が接客しているところが映し出されている。

 まあこれはあくまでもアニメ、つまり創作の話なのだがそれでもなにもしないでただただ時間が潰れるよりはマシというものだ。

 それにこれを手本にすればある程度は出来るかもしれないからな。

 とかなんとか思っていたその時だった。

 不意にノックの音がしたので返事をする。


 「湊様失礼します」


 入ってきたのは愛優さんだ。

 僕はたまに小説を書いている関係で徹夜になることがあるのだが、その時によくコーヒーなどを持って来てくれる。

 だから今日もそんな感じなのかと思ったのだが……どうやら手元を見る限りそれは違うようだ。


 「愛優さん、それはなんですか?」

 「見たまんまティッシュボックスです」

 「うん、それはわかるけどさ、どうして?」

 「湊様がこんな夜遅くに動画を再生したものですから、必要になるかと。しかし湊様、明日は大変な一日になると思われるのでソロプレイもほどほどに──」

 「少なくとも愛優さんの考えている動画ではないことは確かだからね!?」

 「大丈夫です。私そういうのには理解があるほうなので!」

 「何一つ理解してないよね!?」


 片手に持ったティッシュボックスが全てを物語っている。


 「まあまあ湊様、少し落ち着いてください。それに私はちゃんと違う物もお持ちしているので」

 「違うもの?」

 「はい、恐らく今の湊様が欲しがっているモノです」

 「欲しがっている物……」


 今の僕が欲しいのは安眠だ。

 つまりよく眠れるココアとかホットミルクなどのドリンク系……なんて思うのは都合が良すぎるよな。

 とは言ったものの、ほんの少しの期待を込めて一応聞いてみる。


 「それは飲み物ですか?」

 「どちらかと言えば食べ物ですね」

 「食べ物……?」


 食べ物で今の僕に当てはまる。

 どうしてクイズ方式になっているかは別として、少し腕を組む。


 (食べ物、食べ物? うーん、わからない)


 考えれば考えるほどハマっていっている気もしてきた。

 それに今の状態で考えても何も浮かばなさそうだ。


 「……ギブアップ」

 「左様ですか。では答え合わせといきましょう」


 僕は素直に手を挙げ降伏宣言。

 すると愛優さんはメイド服についているポケットをガサゴソと漁り、正解のブツがその姿を現す。


 「……ッ!?」

 「私が考えた今湊様に一番必要なものです」


 僕は見た瞬間思わず絶句。

 ソレを簡単に表すのならふわふわしていて、肌触りもよく可愛らしい……そう、間違えるはずもない。愛莉のパンツだった。


 「愛優さんっ!?」

 「こちらオカズとなります」

 「食べ物ってそっちの意味かよ!!

 というか食べないですからね、そもそも食べ物じゃないですし!」

 「何を言っているんですか! 愛莉のコレは十分食べ物として機能しているじゃありませんか!」

 「このパンツのどこに食べ物的要素があるんですか」

 「むしろどこに食べ物的要素がないと思ってらっしゃるんですか」

 「全部ですよ!」


 確かに、これを愛莉が履いていたと考えると少し変な気持ちにならなくもないけど、それでも流石に違うだろう。


 「あ、今変な気持ちにとか考えていましたね」

 「考えてないですし、なんでわかるんですか」

 「一流メイドなので」

 「とにかく僕はいらないですから! ちゃんと返してきてくださいね!」

 「……はぁ、仕方ないですね」


 そう言い残し、変態メイドはトボトボと部屋を出ていった。

 同時に僕の身体に疲れがどっと押し寄せてくる。


 「はぁー。あの人とのこんなやり取り久しぶりな気がする……」


 ベッドに倒れ込んだ僕は天井を見つめながらそんな事を呟いた。

 ……だけど、あのツッコミのやり取りのお陰か身体がいい感じに疲れたらしくそのまま僕の意識は夢の国へと落ちていった。




 ──そして、文化祭当日。

 喫茶店の休憩室として設けた部屋の中心で僕と充は、他の女子達を待っていた。


 「なあ拓海さんよ」

 「なんだい充さんよ」

 「女の子達って……メイドさんなんだよな?」

 「そうらしいけど」

 「やっぱりあれかな? 愛莉ちゃんとこのメイドの愛優さんだっけか、その人が着ているような服なのかな」

 「うーん、どうなんだろ。そこら辺は全部奈美さんに任せてあるから」


 一応その手の業界では有名な人だから、多分大丈夫だとは思うけれど……。

 時々あの人から愛優さんと同じ種族のような匂いが漂うからなあ。

 とか思っていると扉が開く。

 入ってきたのはもちろん……。


 『お待たせしました』


 可愛らしいメイド服を着飾ったロリとロリコン達だった。

 予想外なことに特別な感じではなく、メイド服を言われパッと思いつくようなメイド服なのだが、それがまたいいのだ。

 渚さんや柿本、村井さん達はスタイルも良いからもちろんのこと、愛莉達は愛莉達で良さがある。

 例えるのなら渚さん達は綺麗、愛莉達は可愛い。


 「先生どうでしょうか?」

 「とてもよく似合ってるよ。毎日でも見たいくらい」

 「えへへ、ありがとうございます♪」


 嬉しそうにはにかむ愛莉。

 うーん、やはり可愛いな。ロリってのはやっぱり笑顔あってこそだと思う。

 ロリの笑顔を見るたびに僕は自分がロリコンであることが誇らしいし、同時に生きててよかったとさえ思えてしまう。

 ただその、あれだな。

 このメイド服少しだけ胸元のところが広く作られているのだが、こういうタイプの服って意外と胸がある人よりない人の方がエロく見えてしまうのだ。

 胸が大きい人が着るともちろんのこと、胸が強調されたり谷間が見えたりとエロいのだが、逆に無い人が着たらどうなるか。ここで賢い変態達みんなならわかると思うがチラリがあるのだ。

 ポロリとも言うけど!

 そこのところを詳しく語ると通報されそうだから言えないけど、賢いみんなならわかってくれると信じてる!


 「──ところで先生お聞きしたいことがあるのですが……」

 「う、うん。なにかな? 僕に答えられる範囲でなら答えるけど」

 「先生はメイド服は好きですか?」

 「メイド服かぁ……。好きか嫌いかで答えると好きだね」

 「でしたら私を見てどう思いますか?」

 「どう……とは?」

 「例えば、興奮、とかしますか?」

 「そりゃあもちろん興奮するに決まって……る、よ?」


 ここで空気が凍りついた。

 同時に僕はやってはいけない選択肢を選んでしまったことを肌で感じた。

 ここで見苦しい言い訳をさせてもらうと、直前までピンク色の想像をしていた時にそんな事を振られたら勢いで言っちゃうよね。


 「……柿本、警察」

 「らじゃー」

 「ちょっと待って!?」


 光の速さでスマホを取り出す柿本をなんとか抑える。


 「だってお前……いくらなんでもお前……」

 「だから引かないで!? ほらその場の勢いっていうかさ」

 「湊さん……私信じていたのに……」

 「村井さんまで! 信じてください!」

 「湊様今夜はお赤飯炊いておきますね」

 「愛優さんは余計ややこしいこと言わないでください!」

 「お赤飯?」

 「紗々さんにはまだ少し早かったみたいですね。でもいいんです、わからないままの紗々さんでいてくださいね」

 「う、うん?」

 「とにかく誤解なんだあああああ!!!」


 そんなこんなでこれから始まる文化祭。

 部屋の中心で高校生組としおり女子学園で手伝ってくれると申し出てくれた数人、そして愛莉達とで円陣を組む。


 「いい? 今日は学園での売り上げ一位を狙う予定だからね?」

 「もちろんです。ゲストである俺達の力を見せてやりましょう!」

 「ちなみにですが、今回の成績次第ではまた湊さん達を呼ぶかもしれないとのことなので」

 『マジで!?』

 「はい……。ですから頑張りましょう!」

 「ただ、拓海くんと充くんは手を出さないように」

 「拓海はともかく俺もですか?」

 「なんで僕はともかくなんだよ……」

 「当たり前じゃない。二人ともこんなに可愛い彼女がいるんだから」

 「っと、とにかく頑張るよ!」

 『おーっ!!』


 こうして僕達の交流会もとい文化祭が始まった。

 ……のはいいのだが。


 「──三番テーブルにオリジナル紅茶二つとパンケーキ二つお願いします」

 「はいはい、二番テーブルのオーダー用意できたから持って行って」

 「二番テーブルね、了解」


 開店直後だと言うのにも関わらず目も回るような忙しさ。

 どうやら庶民が開くというだけでお嬢様達の興味を引くのにも十分だったらしく、有志だけでは足りなくなってしまいしおり女子学園の生徒会……天華会のメンバーにも手伝ってもらうハメに。

 もちろんその中には会長である平丘紬の姿もある。


 「すみません平丘さん、僕達の出し物に手伝ってもらってしまって」

 「いえ、ゲストとしてお招きしたのは私達ですしうちの副会長が全面的に協力する……と言ってしまったようなので」


 言いながらチラリと村井さんの方を見る。

 その視線に気付いた村井さんは「てへぺろ」と舌をちょこんと出す。


 「はあ……。まあ私達も常に仕事があるわけではないのでいいですが……」

 「本当にありがとうございます……」

 「それにこの衣装……どうして私達の分まであるのか疑問です」

 「そこに関しては僕にもさっばりです」

 「可愛いからいいですが……」


 言いながらため息をつく。

 開店直後、人数が足りない事に気がついた僕達は村井さんに頼んですぐに天華会の方に助っ人を呼んだのだが、どういうことかその天華会の方に喫茶店の衣装が届いていたのだ。

 何より狂気的なのはそれが全てサイズぴったりに作られていたということ。

 そう言えば最初会ったときに見ただけでその人のスリーサイズがわかるとか言っていた気がする。

 ……あれ、それならば採寸する必要無かったんじゃないか、と思ったもののきっと趣味だろうということを理解した僕はこれ以上考えるのをやめた。



 「ふぅー。やっと落ち着いてきたな」


 丁度午後三時を回った頃。

 それまでずっと動きっぱなしのお店にも大分余裕が出てきた。

 それこそ手伝ってくれていた天華会の人達をお客さんとしてもてなせるくらいには。


 「はい、パンケーキ。手伝ってくれたお礼」


 僕はそう言って喫茶店の隅のテーブルに据わりながら紅茶を楽しんでいる平丘さんの前に置く。

 彼女は少し驚いた表情を見せる。


 「あ、ありがとうございます。でもよろしいんですか?」

 「うん。僕の奢り、それに他のみんなも手伝ってくれた人に奢ってるから」

 「本当ですね。では遠慮なくいただきます。……あむ」


 流石お嬢様ということだけあってナイフとフォークをうまく使い小さく切り分けてから口元に運ぶ。

 その一連の動作に見惚れてしまう。


 「……あ、あのなにか?」

 「い、いや。そのなんていうか……やっぱり綺麗だなって」

 「き、綺麗!?」

 「そ、そうじゃなくて食べ方だよ」

 「ああ……」


 一瞬取り乱したものの、納得したみたいですぐに落ち着きを取り戻す。

 さっきまで忙しすぎて気が付かなかったが、よく見れば他の人も似たような食べ方をしていて、これだけでもやはりここがお嬢様学園だというのが伝わってくる。


 「ここに通っている方は基本的にそういうところに厳しい環境で育てられてきた方が多いので……」

 「それは平丘さんも?」

 「はい。本当は少し面倒なんですけどね、食べる時くらい好きに食べたいと思うこともあります……って、どうしてニヤニヤしてるんですか?」

 「やっぱりお嬢様って言っても僕達と変わらないんだなって思うと少し嬉しくて」

 「変わらないもなにも同じ人間ですから」

 「はは、違いない。……でも確かにそうだね」

 「…………その湊さんは私達に変な気持ちを抱かないんですか?」

 「へ、変な気持ち?」


 多分そういう意味で言ったわけではないと思うんだけど、あまりにも突然だったため変な解釈をしてしまう。

 その意味に気がついたのか平丘さんも顔を赤くして必死に否定する。


 「……あっ、そ、そうじゃなくてですね! その、偏見といいますか」

 「偏見と言うと」

 「どうせ親のコネだとかそういったものです」

 「あー」


 確かに一般的な人からすればお嬢様と聞けばパパやママがなんとかしてくれるみたいなイメージはあるかもしれない。

 でも僕は知っている、お嬢様だからと言ってなにか違うところがあるわけじゃない。

 お嬢様であれば年齢とか関係なくしっかりしている……みたいに思っていたが、いざ触れ合ってみれば極々普通の女の子だったり、確かに自分の資産で家を建てちゃったりしてたけどそれでも僕は愛莉達にはそんな気持ちを抱いたことはなかった。

 もちろん今接している平丘さん、そして村井さんやこの学園に通う子達にも。

 それは愛莉達との出会いによって変わったことなのかもしれないけど。


 「それと私達を特別扱いしないのも好印象でした」

 「そうなの?」

 「はい、他の方はみんななんとか取り繕うような感じで、嘘で塗り固められたことばかりを言いますがあなた達はそんな事は一切感じませんでした。特にあなたの場合は」

 「……いや本当にあの時の件はすみませんでした」


 いつぞやの体験入学の時に彼女の着替えを偶然とはいえ見てしまったことをまだ根に持っていたらしい。


 「まあもういいですが、とにかく普段からまるで割れやすいガラス玉のように丁寧に扱われていた私達からしたらあなた達は新しい存在なのですよ」

 「それならもうちょっと弾けてもいいってこと?」

 「常識の範囲でなら私達は大歓迎です」

 「それならこの後マッサージとかどうかな?」

 「斬首台と冷たい牢獄、どちらがお好みですか♪」

 「ごめんなさい冗談ですからそれだけは本当に勘弁してください……」

 「……ふふっ♪ やっぱり楽しいですね。愛莉ちゃんが本当に羨ましいです」

 「……えっ?」


 てっきり怒っているかと思ったが、その表情はとても柔らかい笑みを浮かべていた。

 その瞬間、僕の脳裏に初めて愛莉と出会った時の記憶が蘇る。


 「……湊さん?」

 「えっ、あっ、いや……」

 「湊さんは今高校二年生なんですよね?」

 「うん、そうだけど?」

 「……なら同じ高校に行けば一年間は一緒に過ごせる……」

 「平丘さん?」

 「来年が楽しみですね♪」

 「あ、う、うん?」


 途中小さすぎて声が聞こえなかったけれど……まあ彼女が楽しそうにしているならいいか。


 「──っと、そろそろ僕も仕事に戻るよ。とにかく今日は本当にありがとうございました」


 それだけ言って僕はキッチンの方へと踵を返した。



 ──それから数時間後。

 僕達は今日一日頑張ったご苦労会を店長にお願いしてアミテを貸切で開くことにした。


 「えー、それでは無事、喫茶店の成功を祝いましてかんぱーい!」

 『かんぱーい!』


 渚さんの掛け声でみんな一斉にグラスを掲げる。

 集まったメンバーは僕達高校生組と愛莉達、そして村井さんを含めた天華会のメンバーだ。

 みんながわいわいやっている中、僕はゴツい身体にピンク色のエプロンを身につけた店長の隣に立ち、密かに店長と乾杯をする。


 「店長今回は色々と手伝ってもらったりここを貸し切らせてもらったりありがとうございます」

 「いいのよ、湊ボーイのためだもの」

 「ははは……」

 「でも本当に変わったわ湊ボーイも」

 「そうですかね?」

 「アナタは気付いていないかもしれないけど、確かにアナタは変わったわ。例えば前ならこんなところ来なかったでしょ?」

 「それは確かにそうかもしれませんが」

 「愛莉ちゃんに感謝ネ」

 「……はい」


 本当にその通りだ。

 今のこのつながりは愛莉がいなければ無かったものだから。

 これからもっと繋がりが増えるだろうけど、それでも僕は変わらずに愛莉との繋がりを大切にしようと心に決めた。


 「ところで湊ボーイ」

 「はい?」

 「あそこのメイドさんに言われてお赤飯炊いておいたけど……卒業したの?」

 「…………」


 ただやっぱり最後は決まってかっこよく終わらない。

 でもそんな繋がりも大切に……したいと思いたい拓海であった。

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