第39話 お風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも……


 夏休みも終わり、僕達は久しぶりのちゃんとした授業を終えた放課後の教室。

 窓際の席にて机に突っ伏している男、そしてその男に近付く人がいた。


 「あー、疲れたぁ」

 「お疲れさん、ほいコーヒー」

 「ありがとう拓海……。はい、百円」

 「ほい、どうも。……いつまでそうやってるつもりだ」

 「いやさ、この時期って机が妙にひんやりしてて気持ちいいと言うか……わかるだろ?」

 「まあわからなくもないのが悔しいけど……。そいや充夏休み最終日って何してた?」

 「んー、奈穂とイチャイチャしたかった」

 「願望かい。お前のことだからてっきりもう」

 「ないない、こう見えて俺ってチキンだし。小学生相手に童貞を捨てられるほどのメンタルはないよ」

 「いや聞きたかったのはそこまでじゃないんだけど……」

 「そういう拓海は何かあったのかよ」

 「僕は……」


 そこまで言いかけた時、愛莉に壁ドンやら顎クイやらした時の映像がフラッシュバックする。


 「…………なにも、なかった。うん、なにもない」

 「ダウトォ……」


 そんな事は言っても未だに机に突っ伏したまま。

 昔の充なら胸倉を掴む勢いで立ち上がっていただろうに。


 「それでそっちはどうしたんだ?」

 「うーん、とりあえず夏休み最終日に遊べなかった分日曜日にデートってなった」

 「良かったじゃん、これがある意味初デートだろ?」

 「そうなんだけど……。だからこそ悩んでると言うか、どうすればいいかわからないっていうか」

 「あー」


 なるほどそういうことか。

 確かに僕達からしたら愛莉達みたいなお嬢様とのデートはかなり考えてしまう。

 例えば普通ならば遊園地とか水族館とか映画館とか色々あるし、そこで自分が少し多めに払うとかちょっとしたことは出来る。

 それに少し小洒落たレストランとか喫茶店に入って楽しむとかもいいかもしれない。

 だがしかし、相手が愛莉達となると話は変わってきてしまう。

 それもそのはずで愛莉達の場合、遊園地とか水族館なんて年間パスポートだし小洒落たレストランとか喫茶店に行こうにも、それよりはるか上のレストランとか喫茶店でお茶してるくらいだから今更感が凄いのだ。

 実際僕自身も同じような壁に当たったから解決方法なんて簡単だ。


 「充、逆転の発想をしてみるのはどうだ?」

 「逆転の発想?」

 「そう、確かに愛莉達は小洒落たとかいうレベルじゃなくてガチのレストランとかよく行くようなお嬢様だ。だけど逆に言えばそういうところしか言ったことがないんだよ」

 「……それはつまり?」

 「夏祭りの時にも体験しただろ? ロリ達は以外と庶民的な物に縁がない」

 「……なるほど、つまりデートは高級目線じゃなくて庶民目線で組めってことか」

 「そういうこと。住む世界が違うなら普段は触れることのない体験をさせてあげるのも一つのデートなんじゃないかな?」

 「言われてみればそうだよな……」

 「それにデートに必要なのは場所でも高級なお店とかでもなくて、コミュニケーションだよコミュニケーション。なんでもいいから沢山お話して手を繋いだりしてみろ。なんならしおり公園をのんびり二人で歩くだけでも立派なデートだ」

 「……お前、天才か? やっぱり経験者は違うねぇ」

 「僕も充と同じ壁に当たっただけだよ」

 「ならラブホ、とかも大丈夫なのか?」

 「とりあえず奈穂ちゃんが悲しむことだけはやめなさい」

 「でもデートの終わりってそういうもんじゃないのか?」

 「流石に人それぞれだと思うけど……。少なくとも僕はそうじゃなかったし」

 「なるほどなぁ……」


 言いながら流石に突っ伏すのにも疲れたのか身体を起き上がらせる。

 それとほぼ同時に僕のスマホが振動する。


 「愛莉ちゃんから?」

 「うん」


 僕はスマホの画面を開き送られてきたメッセージを見る。


 『夏休み明け最初の学校お疲れ様です♪ 今日は少しだけサプライズを用意するのでなるべく遅めに帰宅お願いします』


 「……サプライズ?」


 思わず首を傾げる。

 サプライズの内容も気になるけれど、それ以前にそもそもサプライズしたい相手にサプライズがあるって伝えたらダメなような……。


 『了解です。なるべく遅めに帰宅します。それはそうとサプライズって教えてもよかったの?』


 「これで送信っと……って、返信はや!」


 『サプライズってなんのことですか?』


 僕のメッセージを見て慌ててこの分を書いている愛莉が簡単に想像出来てしまいつい頬が緩んでしまう。

 それを見かねて充が心配そうに尋ねてくる。


 「拓海……お前凄い顔になってるけど、どうしたんだ?」

 「あ、いや……なんか遅く帰ってこいって言われたからどうしようかなて」

 「遅く? 普通は早く帰ってこいじゃないのか?」

 「んー、いやなんか遅く帰ってきてほしいだって」

 「そうなのか? 俺は流石にそろそろ帰ろうと思ったんだが……」

 「僕のことは気にしなくてもいいよ。なんならアミテ寄っていけばそれなりに時間潰せると思うからね」

 「ま、それもそうか。それじゃあまたな」

 「おう」


 そう言って僕と充は別れ、僕はそのまま時間を潰すために駅前の喫茶店アミテへと足を運んだ。


 アミテに入ると元気な女性の挨拶がかけられる。


 「いらっしゃいませ──って拓海くんじゃない、どうしたの?」

 「少し遅く帰らないといけないのでここで時間でも潰そうかなと」

 「ほーう、愛莉ちゃんと喧嘩でもした?」

 「そんなことはないですよ。仲良く元気にやってます」

 「それならいいけどさ。席はこちらになりますお客様」


 軽く雑談を挟み僕は席へと案内される。

 席に座り暫くメニューとにらめっこしていると。


 「あれ、拓海さん?」


 妙に聞きなれた声が聞こえてきたかと思い顔を上げると、そこにはアイドル一夜梓桜の姿。


 「あれ梓桜?」

 「はい、久しぶりです! 夏祭り以来ですか」

 「そうだね。でもどうしたの?」

 「あれ、聞いてませんか? 私渚さんのところでお世話になることになったんですよ」

 「お世話になる?」


 それはつまり……百合ってこと?

 とかなんとか思っていたのが筒抜けなのか、梓桜はこちらをジト目で見つめる。


 「拓海さん、それはないです」

 「そ、そうなの?」

 「私をなんだと思ってるんですか……。お世話っていうのはそのままで一緒に住まわせて貰ってるんです」

 「てことは梓桜は今しおり市に?」

 「はい、この前あなたの家に住まわせて貰って分かったんですが、この街と私って相性良いみたいなんで」

 「でも仕事の方は大丈夫なの? ここから東京は結構距離があると思うけど」

 「それなら大丈夫。仕事がある時は前日にあっちにいくようにしてるから」

 「上手くやりとりしてるんだね」

 「アイドルですから♪ というか拓海さんはどうしてここに? ひょっとして喧嘩ですか?」

 「いや違うけど?」


 どうしてみんなの思考は真っ先にそっちの方へいってしまうのか。

 そんなに僕達は喧嘩するように見えるのかな……。


 「なーんだ、喧嘩だったら私が慰めてあげようとおもったのに」

 「残念だけど慰めは必要ないかな。ただなんか遅く帰ってきて欲しいって言われたからここは暇潰ししてるだけだよ」

 「ふーん、なんだ喧嘩じゃないのか……。もし喧嘩して別れたら私のとこに来る?」

 「それはまたどうして?」

 「私なら朝武さんほどじゃないけど甘えさせてあげられるから?」

 「それは魅力的な提案だけど愛莉がいるから大丈夫だよ」

 「そんなことわかってますよ……」


 うーむ、どうしてかわからないが少し拗ねてしまった。


 「まあでも、もし万が一喧嘩した時はお願いするかも」

 「いいですよ慰めは。というかなんで私が慰められているんでしょうね……」


 今度は落ちこんでしまった。

 うーん、女心というのは全くもってわからない。

 その時、僕のスマホが振動する。


 「っと、ごめん梓桜。お呼び出しだ」

 「朝武さんですか?」

 「うん、どうやらもう帰ってきてもいいらしい」

 「てことは本当に喧嘩じゃなかった……仲が良いのが一番ですけど……」

 「梓桜?」

 「いえ、なんでもありません。それより早く朝武さんの方へ行ってあげてください」

 「う、うん」


 こうして僕はわけもわからぬままアミテを後にする。



 駅からそこそこ歩いた場所にある朝武邸。

 今にして思えば最初は色々と戸惑ったものの、今はもう最初からここに住んでいたかのように馴染んでいる。

 扉に手をかけようとした時、再びスマホが振動する。

 まだですかという愛莉からの連絡かなと思ったが、スマホの画面に表示されているメッセージは愛優さんからのものだった。


 『湊様ローションの準備は出来ております』

 「……は?」


 思わず顔をしかめてしまう。

 ローション? 準備?

 いつも何を言っているかわからない人だが今日はとことんわからん。

 このメッセージの意味を考えていると、再びメッセージが飛んでくる。


 『ワカメ酒ってワカメが無くてもワカメ酒って言うんでしょうか?』

 「…………」

 『確か別の呼び方があった気がするけど僕は知らない』

 『なるほど……あわび酒ですねありがとうございます』


 知らないと答えたのに何故か勝手に解釈されて納得されたけどまあいいか。

 っと、またメッセージが。


 『女体盛りってやっぱり凸凹の少ない方がいいんでしょうか?』

 『お皿として考えるなら凸凹が少ないに越したことはないと思うよ』

 『なるほど……』

 「…………」


 本当にやってないだろうな僕も愛優さんも。

 なんだかさっきから妙に不穏なことを聞いてくる愛優さんに対し物凄く嫌な予感がする。


 『度々すみません。これが最後です、全裸と半裸どっちのがお好きですか?』

 『ちゃんと服を着ていた方がいいです』

 『なるほど、全裸ですか』

 『服を着ていた方がいいです』

 『つまり半裸ですね?』

 『もうそれでいいです……』


 なんなんだこのやり取りは。

 まあいい、さっさと家に入ってしまえば終わるだろう。

 そう思い僕は扉を開ける。


 「──お、おかえりなさい、あなたっ!」


 そんな天使のような声と共に現れたのは白いエプロンを着けたロリ天使、朝武愛莉だ。

 が、その服装にはとてつもない違和感があり、どこからどう見ても……。


 「あの愛莉、一つ聞いてもいい、かな?」

 「は、はい。なんでしょうか……?」

 「その服装は?」

 「あ、あうぅ……」


 僕の質問に対し、手を太ももの間に忍び込ませ赤面しながらもじもじする愛莉。

 その可愛らしくも背徳感溢れる仕草に色々な意味でドキッとしながらも続ける。

 だってその愛莉の服装はどこから見ても……。


 「愛莉、もしかしてエプロンの下って……」

 「い、言わないでくださいよぅ。私だって恥ずかしいんですから……」


 アウトオオオオオオオオオオオ!!!!!

 この言葉で僕は全てを悟った、同時に愛莉にこんな格好をさせた張本人の名前も浮かんだが、それどころではない。

 理解したと同時に僕は目を逸らす。


 「あ、愛莉。悪いことは言わないから服、着てくれないか?」

 「やっばりこれじゃ……ダメ、ですか?」

 「ダメってことはないけど、その……」


 言いながらも意識していないと視線は愛莉の方へと向いてしまう。

 だって愛莉が裸エプロンだよ!? ロリの裸エプロンというだけでドキがムネムネしちゃうのにそれをあの愛莉がしているって考えたらムネムネどころじゃない。

 とはいえ僕は腐っても変態紳士ロリコン、自分の私利私欲のためにこの幼気なロリにルパンダイブなんてしない。


 「え、えと……先生!」

 「は、はい?」

 「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……わ、わたし、でしゅか?」

 「──ッ!!?」

 「あ、あぅ……」

 「──ッ!!?!!?」


 湊拓海、人生二度目の痛恨の一撃!!

 前にも似たような感じで痛恨を頂いた気がするけれどこれは仕方が無いというものだ。

 ただでさえこのシチュエーションは素晴らしいというのにその上、私にしますか? を噛んでしまうというハプニングに加え、恥ずかしさが増したのか今にもリンゴのように赤くなった顔を隠したいけれど、隠せないこの状況でぷるぷると身体を震えさせている愛莉。

 やばい……僕もう死んでもいいかも……。

 思わずそう思ってしまうほど尊い。

 そしてもちろんここの選択は。


 「愛莉!! ──あっ」

 「わ、わたしですね、かしこまりました……」


 ご飯かお風呂と言うつもりだったのだが、気が付けば僕はそんなことを口走っていた。


 「というか待って待って!?」

 「は、はい?」

 「どうしてエプロンを脱ごうとしてるのかな!?」

 「だ、だって、先生が私を選んだ時は愛優さんがこうしろって……」

 「愛優さんっ!!」

 「お呼びでしょうか?」

 「お呼びでしょうかじゃないよ!? なに無垢なるロリにこんなエロくて素晴らしくてかしからん事を教えてるんですか!」

 「湊様落ち着いてください。感想と説教を一度にしないでください」

 「だって愛莉が裸エプロンですよ! あんなに可愛くて思わず抱きしめそうになるくらいの愛莉の裸エプロンですよ! 何やってくれちゃったんですか!?」

 「ですから湊様、説教と感想は別に。それとあれは裸エプロンじゃありませんよ?」

 「──へ?」


 僕は愛莉の方へと視線を向ける。

 しかし視線の先にいる愛莉はエプロンの隙間から雪のように透き通るような肌を現していてどう見ても裸エプロンにしか見えない。


 「私聞きましたよね、全裸と半裸どちらがいいですかって」

 「僕は服を着ている方が……」

 「それで湊様が半裸と答えのでこうなりました」

 「あの話聞いてますか? というかこれ半裸じゃなくて全裸ですよね?」

 「いえ半裸ですよ? ちゃんと確認してください」

 「確認って言ったって……」


 僕は横目で愛莉の方をチラリと見る。

 しかしいくら半裸と聞かされてもその肌の露出部分の多さ、そして愛莉の赤面具合からしてそれは到底考えにくい。

 そんな風に躊躇っていると、瞬間移動のような速さで僕の後ろに愛優さんは回り込むと完全に油断していた僕の背中を押した。


 「湊様百聞は一見にしかず、ですよ!」

 「うわっ!?」


 もちろんそれを堪えるのは不可能で僕はそのまま愛莉の方へよろけてしまいつい抱きしてしまう。

 もちろん抱きついたので愛莉の裸に直に触れることになるのだが……。

 なんだこれは。

 一言で言うなら違和感。何度も愛莉と手を繋いだりしているからわかるが、これは完全に愛莉の裸ではない。どちらかと言うと水着に近いような……。


 「……っ!? 愛優さん」

 「お気付きになりましたか」

 「これは……」

 「はい、特注で作らせた愛莉様の肌色に合わせたスクール水着です」


 僕の反応を見て、察したように愛優さんはニヤリと怪しげに微笑む。

 というかなんて無駄なことをしたんだろう……そう思わずにはいられない。


 「そんな湊様にはサービスです。ほらもっとしっかりと抱き着いてあげてください」

 「え、ちょ愛優さんっ!」

 「ひゃう!?」


 再び愛優さんに押され僕は愛莉をより強い形で抱きしめることに……。

 だがこの時の僕は気付いていなかったのだ、愛優さんが言う半裸の正体に。


 「あ、愛莉、大丈夫?」

 「は、はぃ……大丈夫、ですよ?」

 「良かった……ん?」


 どうしたのだろうか、愛莉の顔が先程よりも赤みが強くなっている。

 そして愛莉との接触部分から僕の身体に伝わるこの微かなる柔らかさは……。


 「あの……あい、りっ!?」

 「ふぇ?」


 僕はなんとも迂闊だった。水着とはいえ着ていた事に安心感を覚えていたのだから。

 愛優さんはちゃんと半裸と言った。

 だけどその半裸は僕の想像していた半裸とは違って……。


 「愛莉、さん。もしかして前……」

 「い、言わないでくださいよぅ……。とっても恥ずかしいんですからぁ……」


 そう、まさに、半裸なのだ!

 そしてその半裸は文字通りの意味で比喩表現でもなんでもなく本当に半分裸なのだ。

 詳しく言うと……背中の方はスク水で隠されているのに前の方はエプロンを脱いでしまえば裸なのだ!!


 「愛優さあああああああん!?!?」

 「どうかしましたか?」

 「どうかしましたかじゃないですよ!! なんで半裸にしたんですか!?」

 「湊様のリクエストですが?」

 「僕は着ている方がいいって言いましたよね!?」

 「だから着せました」

 「何をです!?」

 「エプロン」

 「着させてそれですかっ!?」


 と言うことはあそこで僕が着ている方がいいって言わなければ今頃愛莉は……。

 そう考えただけで興奮と共に恐ろしさがこみ上げてくる。


 「とにかく愛莉、悪いことは言わないから普通の服に着替えてきて……」

 「で、ですがお風呂に入るんですよね?」

 「そのつもりだけど……」

 「でしたらだ、大丈夫です!」

 「僕の方が大丈夫じゃないんだよ……」


 最近ロリに対する耐性は出来てきたため、多少のことでは動じない自信はあったものの、やはりこうもエロっぽいことになったりすると僕の男の子はイヤでも反応してしまうのは男としてのさがなのだろう。

 とりあえず今は安静出来る空間がほしい。


 「とにかく僕はお風呂に入るから誰も付いてこないでね!」


 僕はそう言いながらやや前屈みの状態でお風呂場へと向かった。




 「ふぅー……」


 湯船に浸かってやっと一息。

 なんだか屋敷の前に立ってからここに来るまでそこまで時間は経っていないはずなのに、今日のその時に至るまでよりも疲れた気がする。

 それにしても……。


 「どうして愛優さんはそこまで子作りにこだわるのだろうか……」


 まあ単純に思考がエロエロというのもあるのだろうけど、それにしてもあそこまでやるには何かしら理由があるような気がしなくもない……。


 「…………いや、ないな。うん」


 しかし愛優さんの顔を思い浮かべた瞬間その考えは一瞬にして否定される。


 「でもまあ、一応紗奈さんに聞いてみようかな……」


 余り似てはいないけれどそれでもあの二人は姉妹なのだから。

 表立って動いている愛優さんと表には出てこないけれど裏で色々サポートをする紗奈さん、余り二人が一緒にいるところは見ないけれど案外いいコンビなのかもしれない。

 そんな風に一人で納得していると、不意にお風呂場の扉が開く。


 「──失礼します」

 「ッ!?」


 そう言って中に入ってきたのは見間違えるはずもない、バスタオルを一枚だけ巻いた愛莉だった。

 とりあえず僕は壁と向かい合わせになり、突然の乱入者に質問を投げかける。


 「えっと、愛莉さん。どうしてここにいるのかな?」

 「先生のお背中を流そうと……もしかしてもう洗われてしまいましたか?」

 「一応そうだけど……」

 「それは残念です」

 「それはいいとして、どうしたの? なんかいつもと違うような気がするけど」


 いくら愛優さんの差し金があるとはいえ、いつもの愛莉なら途中で恥ずかしさが勝りやめてしまうだろう。

 しかし今日はやけにこのやり取りが長い。


 「先生はこういうのはお嫌いですか?」

 「うひぃ!?」


 突然愛莉に後から抱きつかれ思わず変な声が出てしまう。

 それよりもだ。愛莉の意図が全くもってわからないのだ。


 「先生、女の子だってたまにはえっちな気分になるんですよ……」

 「あ、愛莉、さん? 何をしているんですか?」

 「何って……こ、子作り、の準備? ですよ」

 「…………」


 どんな事をするのか、これがどんなことに繋がるのかは説明されてはいるものの、イマイチ理解しきれていないところが愛莉らしいというかなんというか……。

 ……てかどうしてだろう、さっきから愛莉に触れられているのは背中のはずなのに、頭をバシバシと叩かれているような…………。



 「たーくーみーくーん」

 「──あれ、渚さん?」


 次の瞬間、僕の目の前にはお風呂の壁……ではなく、仁王立ちしてこちらを見おろしている渚さんの姿。


 「拓海君呼び出しボタン押したのに寝ちゃうなんて酷いじゃないか」

 「あ、ご、ごめんなさいっ!」


 ……寝ていた?


 「あ、あの渚さん、こんなこと聞くのはおかしいかもしれませんが、僕寝てたんですか?」

 「うん、ぐっすりと寝ていたよ。とても気持ちよさそうにね」

 「てことは梓桜も……」

 「梓桜ちゃん? まだ寝惚けているのか……ちゃんと起きるまでお姉さんが往復ビンタでもしてあげようか?」

 「我々の世界ではご褒美です。じゃなくて、そういうのは充にやってあげてください」

 「嫌だよ、充君の場合は『ありがとうございます‪!』って言って喜んじゃうからね。それじゃ罰にならない」

 「なら今度から僕もそう言おうかな……」

 「もっと強くするけど?」

 「ごめんなさいなんでもないです」


 机に突っ伏したままなのに更に頭を下げる勢いでそのまま土下座の姿勢を取る。


 「まあいいけど……それよりもスマホがさっきから電話がきて震えているけどいいのかい?」

 「えっ?」


 指摘されてスマホを見てみると、確かにブルブル震えていた。

 画面に映っている名前は……。


 「愛莉からだ……」


 僕はすみませんと渚さんに一言いれて電話に出る。


 『先生大丈夫ですかっ!?』

 『あ、愛莉?』


 突然耳元で初めて聞くかもしれない愛莉の叫びにも似た声が聞こえ少しキーンとする。


 『えと、大丈夫だけど……どうかしたの?』

 『どうかしたじゃないですよ……さっきから何度も電話したりしているのに反応が無くて……先生に何かあったんじゃないかって……』

 『心配させてごめんなさい、だから泣かないで』

 『はい……。本当に大丈夫なんですか?』

 『うん、少しアミテで時間を潰そうとしたらそのまま寝ちゃってただけだから』

 『そ、そうなんですか。お騒がせしてしまいすみません……』

 『気にしてないよ。それにそれだけ心配してくれているってことは幸せたからね』

 『先生は私を喜ばせる天才ですか……?』

 『ははっ、それを言ったら愛莉だって僕を喜ばせる天才だよ。それでどうしたの?』

 『あ、先生の事が心配すぎて本題を忘れるところでした。お待たせしてしまいすみません、メッセージでも言ったようにもう帰ってきて貰っても大丈夫ですということを伝えようと』


 僕はメッセージの画面を開く。

 そこには愛莉の言った通り、帰ってきても大丈夫とのメッセージが届いていた。


 『うん、確認したよ。じゃあ今から戻るね』

 『はい、お待ちしてます♪』


 通話終了のボタンを押すと同時に渚さんは小指を立てながら。


 「愛莉ちゃんから?」

 「……はい」

 「じゃあもう帰っちゃうの?」

 「残念ながら早めにって言われたので」

 「そっか、残念だ」

 「コーヒーはまた今度飲みに来ます」

 「はいよ、今日は店長がいないけれどまた店長にも会ってあげてね。最近中々会えないって寂しがってたから」

 「ははは、考えておきます」


 そう言い残し僕はアミテを後にして、家へと帰る。

 家の扉に手をかけた時、少しだけ身構えてしまう。

 どうしてもさっきの夢の事が脳裏をちらほらしているせいだろう。

 しかしその心配も杞憂に終わり、何事も無く扉は開かれる……。


 「おかえりなさい先生♪」

 「ただいま、あい──り?」


 家に入ってまず目に入るのは間違いなく玄関の内装なのだが、今の僕の瞳には玄関の内装などではなく、本当に僕の帰りを待っていたかのようにエプロン姿の愛莉がそこに立っていた。


 「このエプロン新しく愛優さんに新調して貰ったんですが……似合ってますか?」


 言いながらその場で一回転する。

 ワンピース型の制服の上から水色のエプロン……実に素晴らしい。

 肩やスカートの部分にヒラヒラが付いており、それが更に可愛さを際立たせている。

 もうさっきの夢のことなんてどうでもよくなってくる。


 「それでですね先生」

 「愛莉?」

 「お風呂も出来ていますし、料理の方も出来ていますが……」


 急にもじもじし始める愛莉。

 こ、これはまさかっ!!?


 「先生、お風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも……わ、わたひにしまちゅかっ!!?」


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!!!!!

 思わず心の中で全力のガッツポーズ。

 可愛い、可愛すぎるだろ朝武愛莉いいいいいいいい!!!!

 途中までは完璧だったのに最後で噛んでしまうところがまた良い! グッド!! パーフェクトォ!!!

 でもなんかデジャヴを感じてしまう!

 だがこの際もうそんな事はどうでもい!! もっと可愛い愛莉が見たい……そう思ってしまった僕は思わずいたずらな言い方をしてしまうだろう。


 「愛莉のオススメはどれかな?」

 「えっ、お、オススメですか?」


 その質問に対し、顎に指を当て可愛く悩む仕草を見せる。

 ようやく答えが出たのか、僕の顔を下から大きな瞳で見つめる。


 「お風呂はと、特別に私がご一緒しようかな、と思ってます……。ご飯の方も今日は疲れて帰ってくるだろうと思って、私も手伝ったので愛情たっぷりですが……」


 そこまで言うと、愛莉はグッと距離を詰める。

 ここには僕達以外いないのだが、愛莉は僕にだけ聞こえる声で、


 「お風呂もご飯もいつでも出来ますが……わたしもオススメですよ?」

 「────ッ!!!」


 フローラルな香りが鼻先をくすぐるように、僕の耳に甘い声が届く。

 わたしという選択……いや、決して無視してわけではない。しかしこの選択肢のわたしというのは間違いなくベッドインという意味になる。

 果たして愛莉はその意味を理解して言っているのか……いや、多分愛優さんにこう言えって言われたから言っているだけで意味までは理解していないだろうな。していても多分間違った知識を入れられてる。

 そう考えると少しは心も安静に……。


 「先生は……わたしを選んでくれないんですか?」

 「…………」


 うーん、これは困った。

 頬を赤らめて、その上そのくりくりした大きな瞳で上目遣いをしている。

 朝武愛莉……恐ろしい子。

 これは素だとわかっているが、男性、主に僕を落とす術を全てわかってらっしゃる!

 折角の安静を取り戻しつつあったのに今の一言で完全に揺らぎまくってる。

 そんな僕に追い打ちをかけるように愛莉は言葉を続ける、


 「今ならサービスしますよ♪」

 「さ、サービス!?」


 サービス、サービスってなんだ?

 その一言で色々と妄想が広がってしまう。

 邪念を取り払おうとするも、その声は更なる追い打ちをかけるように絶妙にアレンジを加えられながらループされる。

 しかし僕はこんな甘い言葉には負けない! だからはっきりと答えよう……。


 「わたし、でお願いします」

 「先生♪」


 ──あれ、ちょっと待って。おかしいぞ。

 僕は今なんて言った? 『わたし、でお願いします』って言ったか?

 いやいやそんなはずはない、だって僕の頭の中では『お風呂』で決まっていたんだから。

 だけどこの愛莉の反応を見ると……。


 「やっぱり先生はいつでも私のお願いを叶えてくれます。私はそんな先生がだぁーい好きですっ♪」

 「グハァッ!!!」


 思わず鼻血が出そうになるのをなんとか堪える。

 可愛すぎるだろおおおおおおおおおおっ!!!

 なんだこれ、兵器ってレベルじゃねぇぞこれ!

 妄想の中とは言ったものの、いつも以上に甘えてくる愛莉の姿は控えめに言って国宝……いや、それはダメだ。

 この愛莉は僕だけのものだ、うん。


 「ということで先生、少し移動しましょうか」

 「そうだね。……でもどこに?」

 「どこって、私の部屋ですが……」

 「愛莉の部屋……?」


 愛莉と出会ってからもうすぐ四ヶ月になるというのに今にして思えば愛莉の部屋にちゃんとした形で入るのは初めてかもしれない。

 一度は入ったことがあるものの、その時は寝てしまった愛莉をベッドに移動させただけだし。


 「さ、先生行きますよ♪」

 「う、うん」


 緊張と期待を胸に僕達は愛莉の部屋へ向かって歩き出した。



 ──それから数分後。


 「どうですか先生……気持ちいいですか?」

 「うん、とっても気持ちいいよ」

 「ふふっ、それはよかったです♪ 私こんな事するのは初めてですが……意外と楽しいものですね」

 「楽しいのかな……?」

 「はい、好きな人に私の手で気持ちよくなって貰えるのは嬉しいですし楽しいです」


 まあ確かに好きな人に自分の手で気持ちよくなってもらえるのは嬉しいのはわかる。

 それにしても愛莉の部屋は入った時から感じていたが、僕の部屋とは違ってなんだか甘い匂いがする。

 なんというか女の子の部屋独特の空気というか……。

 僕の部屋と間取りは余り変わらないはずなのに、可愛いグッズが多いせいか部屋の空間全体が違うように思えてしまう。


 「うっ……!」

 「だ、大丈夫ですか!?」

 「うん、少し痛かったような気がしただけだから」

 「すみません、少しほじくり過ぎたみたいですね……」

 「ううん、大丈夫だよ。ちょっと急だったからびっくりしただけで」

 「それならよかったです……」


 そう言いながら愛莉は初めてとは思えない手つきで動かす。

 その度に気持ち良さがこみ上げてきてしまう。


 「それにしてもこんな事してもらって良かったのかな……」

 「なにがですか?」

 「だって──」

 「高校生が小学生に膝枕してもらいながら耳掻きだなんて……」

 「ふふっ、世間に知られたら少し不味そうですね」

 「あはは、全くだよ」


 サービスとはこの事である。

 小学生に耳掻きしてもらうだけでも十分すぎるサービスなのに、その上この柔らかくていい匂いのする膝枕まで付くなんて極上のサービスじゃないか。


 「私、好きな人にこうやって耳掻きをしてあげるのに少し憧れていたんです」

 「そうなの?」

 「はい、昔少女漫画でこんなシチュエーションを読んだ時、私もやってみたいなって……。だから愛優さんにやり方は教えて貰っていたんですが、中々する機会がなくて……。はい、終わりましたよ」

 「ありがとう愛莉」

 「いえいえ、これは私がやりたかったことですから♪」

 「先生の顔がこんなに近く……」

 「愛莉?」

 「先生すみません」

 「えっ?」


 瞬間、愛莉の顔が急接近し──。


 「んっ」

 「……え、えっ!?」


 僕の頬に柔らかい感触が伝わった。

 それは余りにも突然すぎたため、反応が遅れる。


 「こ、これで本当に終わりです……」

 「う、うん……」


 こうしてお互い赤面したまま、サービス時間は終了した。

 もちろんこの時の映像は扉の隙間からこっそり撮られていたけれど、その事を知るのはこれより後の時である。

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