第37話 着せ替えロリ


 夏休み最終日。

 昨日集まったメンバーの酔いも抜け、みなそれぞれの家へと帰った昼下がり。

 僕が部屋で小説を書くためにパソコンとにらめっこをしていると、


 「先生、今大丈夫ですか?」

 「うん、愛莉? 大丈夫だよ」

 「失礼します」

 「どうしたのとつぜ──ん?」


 僕は入ってきた愛莉の姿を見た瞬間、思わず固まってしまう。

 それもそのはずで、今の愛莉の格好は紛うことなきメイドなのだ。


 「愛優さんが私にって用意してくださったんですが……どう、ですか?」


 言いながらスカートの裾を摘みその場でゆっくりと一回転。


 「うん、とても似合ってる、それに物凄く可愛いよ!」

 「あ、ありがとうございます♪」


 頬を少し赤らめながら微笑む愛莉。

 別にメイド服自体は愛優さん達がいるから見慣れてはいるものの、やはりメイド服においてもロリが一番可愛いと思うのは僕だけだろうか?


 「でもどうして愛莉がメイド服を? 僕からしたらまた新しい愛莉を見られるから嬉しいけど」

 「えっとですね……その、昨日は私達酔ってしまったみたいで……」


 バツが悪そうに指先を弄る。

 僕は「ああ」と納得。


 「別に気にする事はないよ。確かに大変ではあったけど……」


 思い返すだけで色々と複雑な気持ちになるあのゲーム。

 最初は平和に何番が何番の事をくすぐるとかで済んでいたのに、気が付けば僕と充だけが罰ゲームを受けるだけのゲームになり変わっていたからな。


 「でもそれとそのメイド服になんの関係が?」

 「実は……愛優さんからあの時のことを色々聞きまして、その罪滅ぼし……というわけではないんですが、今日一日先生のお願いをなんでも受けるということにしたんです」

 「なんでもって……なんでも?」

 「はい、なんでもです」


 きっぱりと言い切る愛莉の瞳には強い意志さえ感じる。

 僕は何度もこの瞳を見てきたからわかる、これはガチなやつだ。

 例えば僕が少し無茶なお願いをしても絶対に叶えてくれる。

 ちっぱい揉ませてとか今度ヒロインが全裸になるシーンがあるんだけど、それの参考にしたいから脱いでくれない? という外道極まりないお願いから、ここのお店のスイーツ美味しいって評判だから一通り欲しいなと言えば本当に一通り用意されるだろう。


 「あっ、でも」

 「ん?」

 「その……あんまりえっちすぎることは……だめ、ですよ?」


 もじもじと上目遣いで訴えてくる。

 元々そこまでするつもりは無かったけど、そう言われてはこちらも従うしかない。


 「うん、大丈夫だよ。別にちっぱい見せてとか言わないから」

 「えっ?」

 「あっ……」


 心の中で言ったつもりだったけれど、思いきり声に出てしまったらしい。

 ……でもこれは愛莉の言うえっちなやつに入ると思うし断るだろう。

 そう思い込んでいた。


 「……わかりました」

 「えっ?」


 しかし結果は僕の予想していない方向へと動き出す。

 あろうことか愛莉はそのままメイド服を脱ぎ出そうとしているではないか!


 「ちょちょっと愛莉!?」

 「は、はい?」

 「何してるの?」

 「ちっぱいって確か小さい胸の事ですよね?」

 「それはそうだけど……」

 「ですから私のそれを見せるために、恥ずかしいですが先生のために……」

 「待った待った!」


 一度止まった手を再び動かそうとする愛莉にストップをかける。

 いくら自室とはいえ、ロリを上半身裸にするのは不味い。

 ただでさえこの部屋のどこに隠しカメラが仕掛けられているかもわからないのに。


 「とにかく愛莉はメイド服を脱がなくても────」

 「……先生?」

 「いや待てよ……」


 これはよく考えたらチャンスなのではないか?

 もちろん愛莉に手を出すとかそういう意味ではなく、普段見られないような愛莉を見られる。

 例えばチャイナ服とかナース服はこの前見たから割烹着かっぽうぎとかど、童貞を殺すセーターとか?


 「……愛優さん」

 「はい、なんでしょうか」


 いつものように呼べばすぐ来るメイドを召喚し、僕は着せ替えの事を伝えると愛優さんは何かを察したように少しお待ちくださいと言い残しどこかへ消えていった。


 「あの先生?」

 「うん?」

 「愛優さんに何かを言っていたようですが……何を言ったんですか?」

 「ああ大したことじゃないよ。ただ愛莉の着せ替え用の服を持ってきてもらうだけだから」

 「着せ替え……ですか? 例えばどんな服でしょう」

 「んー、例えばかぁ……チャイナ服、とか?」

 「チャイナ服! いいですね、確かに普段着ないのでこの機会に着るのもいいかもです♪」


 嬉しそうに微笑む愛莉。

 流石に童貞を殺すセーターとかの事は言えないけど、楽しみにしてくれているならいいことだ。

 ちなみに愛優さんに頼んだのはこれだけは絶対に欲しいというものを数着と後は愛優さんのお好みで任せている。

 ……まあ愛優さんに任せたものの大半は服と呼べるものがあるとは思えないし最悪他のお願いも考えておかないとね。


 「それにしても先生がチャイナ服がお好きだなんて初めて知りました」

 「そうかな? 大好き……まではいかないけどそれなりに好きだけど」

 「はい、先生の小説に出てくるのは大体セーラー服やワンピースなどが多いので」

 「……はい。セーラー服やワンピースは大好きです」


 まあこのように小説書きとかイラスト描く人は覚えておいてほしい。

 本当にその人の作品が好きな人であるならその人の性癖を小説やイラストをとおして通じてしまうので注意だ。


 「でもチャイナ服……少し心配です」

 「心配?」

 「はい……その、チャイナ服って乗馬しやすいように上の方まで切れ目が入っているので……」

 「なるほど、確かに見えちゃうこともあるかもね」

 「あ、その見えることの心配は大丈夫です。愛優さんに言われてちゃんと履いてないので──」

 「……え?」

 「いえ、なんでも、ありません、よ?」


 今しがたとんでもない言葉が愛莉の口から出たような気がしたのは気のせいか。

 履いてない……僕にはそう聞こえたような気がしたのだが。

 とはいえ流石にスカートをめくって確認するなんてただの変態なわけだし、紳士として有るまじき行為だ。

 それに万が一履いてなかった……なんて時のことを考えるとうかつな行動は出来ない。


 「…………」

 「先生?」

 「ん、ああ、いや。今思えば愛優さんがいるからメイド服って僕達の身近にはあるのにあんまり触れる機会はないなって」

 「良かったら触ってみますか?」

 「いいの?」

 「はい、今日の私は先生のメイドさんなので♪」

 「はは、そうだったね。じゃあ遠慮なく……」


 僕はそのまま手を伸ばし、愛莉の身につけているメイド服に触れる。


 「へー、こんな感じなんだね」

 「はい。見た目より意外と軽いですし、やはり動きやすくなっているので愛優さんがお仕事中は常にこれでいるのも頷けました」

 「うん、確かにこれは動きやすくていいね。もうちょっと触っててもいいかな?」

 「はい、先生ならいいですよ♪」


 許可も取れたことだし、僕は腕やら腰周りやら見て触れてじっくりと観察をする。


 「ふーむ、なるほどなるほど」


 愛莉の身につけているのはみんながメイド服と言われてパッと思い浮かぶようなやつだ。

 僕は普段触れることのない服に気を取られていて足元がおろそかになっていた。


 「あっ──」


 後ろに回り込もうとした瞬間、自分の足が絡まりそのまま──。


 「きゃっ!」


 ドスンという音と共に愛莉を巻き込みながらそのまま倒れ込んでしまう。


 「いたたた……愛莉、大丈夫?」

 「はい、なんとか大丈夫です……っ!?」


 怪我はないようでよかった……と安堵の表情を浮かべる僕だったが。

 目の前にある愛莉はというと何故かゆでダコのように真っ赤だった。


 「愛莉どうしたの?」

 「その、先生……手が……」

 「手?」


 僕は言われるがまま視線を自分の手の平へと向ける。


 「先生の手が……私の、胸に……」

 「……なっ!?」


 片方はしっかりと床を捉えていたのだが、もう片方の手はと言うと……まあある意味しっかりと捉えていた、愛莉のちっぱいを。


 「あっ、せんせぇ動かしちゃ……」

 「ご、ごごごごめん!」


 思わず手を動かしてしまうと、愛莉の甘い声と共に微かな柔らかさが僕の手の平に広がる。

 ……あぁ、これが愛莉のちっぱいの感触なんだなと感じると共に今この状況は非常に不味いのではという気持ちが湧いてくる。

 だがどうしてだろう、僕の手は愛莉の胸から離れることはなく、むしろ逆に吸い付いているようにさえ感じてしまう。


 「湊様、頼まれていた服をお持ちしま────失礼しました」


 どうして悪いことは重なるのだろう。

 そんなことを思ってしまうようなタイミングで愛優さんが入ってきたと同時に出ていった。

 今の状況を簡単に説明すると、下敷きになっている愛莉と片手を胸に置いたまま押し倒している僕。

 例えこれが事故であっても説明するのは難しいだろう。


 「湊様が突然コスプレ大会を開きたいとおっしゃったので驚きましたが、こういった理由でしたら納得です」


 扉の隙間からビデオカメラを持った愛優さんが覗く。


 「あのですね、愛優さん……」

 「はい」

 「これは事故であって決して僕がやったというわけでは……」

 「あっ……せんせえ……揉み揉みしちゃぁ……」


 つい手が動いてしまい、愛莉の甘くトロけた声が漏れる。


 「湊様何か言いたいことは?」

 「あの、これは、違くて……」

 「愛莉様の胸に手を当て、その上揉んでおいてまだ言い訳があると?」

 「……いえ、ありません」


 愛莉の微かな柔らかさを感じながら僕はついに人生の終わりを覚悟した。



 ……と、思ったのだが。

 ここはあくまでも朝武邸、ここのルールは全て今現在進行形で僕に胸を揉まれている愛莉にかかっている。


 「先生、そろそろ、手をどかしてください」

 「あっ、ごめんっ!!」


 慌てて手を離す。

 しかし少しの間とはいえしっかりと形を把握出来るほどの時間と感触を味わってしまった手には未だに柔らかさや暖かさが残っている。


 「先生」

 「はいっ!?」

 「思い出すのは禁止ですよ?」

 「は、はい……」

 「手を揉み揉みするのもですっ!」

 「ごめんなさい!」


 ……どうして僕はこんなに怒られているんだろうか?

 というか今日は愛莉がメイドさんをするからなんでもって言ってた気がしたんだけど。


 「あ、そうだ愛莉」

 「はい?」

 「まずお願いする前に確認しておけばよかったんだ。何がセーフで何がダメかを」

 「あっ!」


 盲点だったと言わんばかりに目を見開く。


 「メイドなのにいいと悪いのボーダーラインがあるんですか?」

 「まあボーダーラインというかえっちなのはダメというやつで」

 「ほーう?」

 「さ、さっきのは事故であって別に無理やりお願いしたけど断られたからとかそういうのじゃないですから」

 「そこまで詳しく説明されると妙にリアリティがありますが、まあカメラで確認したところ本当のようですのでスルーします」

 「…………」


 もうこのやり取りに慣れてきてしまった自分が恐ろしい。


 「で、愛莉早速だけど良いか悪いかのジャッジお願いできる?」

 「はい、わかりました」

 「えーっと、抱きしめる」

 「セーフです」

 「膝枕」

 「セーフです。というよりむしろしたいくらいです」

 「野球挙!」

 「愛優さん!?」


 突然最低なことを言いながらジャッジに参戦してきた愛優さんに驚きつつも、愛莉は冷静に。


 「野球は人数が足りませんよ」


 うん、どうやら愛莉はこの意味を理解していなかったらしい。


 「えー、こほん。一緒にお風呂とか」

 「は、恥ずかしいですけど……先生が望むのであれば……」

 「あ、う、うん……」


 本当に恥ずかしそうにもじもじする愛莉を見ていると、なんだかこちらまで似たような気持ちになってきてしまう。


 「じゃ、じゃあ今日は一緒に、お願いします」

 「か、かしこまりました……」




 「……それで、お着替えなのですが」


 一通りのジャッジを終えたところで、愛優さんが用意した衣服を次々と持ってくる。

 指定したチャイナ服に割烹着、童貞を殺すセーター……などなど。


 「ってこれは……?」


 僕は中に混じっている服を引っ張り出す。

 赤を基調とした服に白いもこもこのついた、一言で表すなら。


 「ミニスカサンタ……?」


 なんでこの時期にサンタなんだ?

 そんなことを思ったけど、よくよく見れば他にも。


 「ウェディングドレスにセーラー服……」

 「先生見てくださいこっちにはなんか凄い服がありますよ」

 「凄い服? ──ぶっ!!」

 「先生!?」


 どれどれと愛莉の言った服を見た瞬間に思わず吹き出してしまう。


 「み、みみみみ愛優さんこれは!?」

 「特注です」

 「いや特注って言ったって……ほとんど全部紐じゃないですか!?」


 そう言って前に掲げるソレは、黒いマントがついているものの、秘部を隠す部分は全てベルトくらいの幅しかない紐のみ……いくら腰はスカートで隠されているとはいえそれすらも極端に短く少し動いただけでも見えそう……。

 腕にハメるものなのか、袖みたいなものもあるがそれよりも他を隠すことは出来なかったのだろうか。


 「というか愛優さんこれって某〇〇ソフトのアレですよね?」

 「え、なんですか?」

 「そこでまさかの主人公スキル!?」

 「しかしですよ、これを着た愛莉様を見たくはありませんか?」

 「うっ、見たいか見たくないかと言われたら……見たい、けど」

 「でしたら迷うことはありません、愛莉様に着てほしいと一言伝えれば終わります」

 「その終わるは僕の人生が終わるという解釈でいいかな?」

 「そうですね」

 「即答!?」

 「まあそれは冗談として、それならこちらの服はいかがでしょうか」

 「ん?」


 僕は愛優さんから渡された服を開く。


 「……巫女服?」

 「はい、巫女服です」


 見た感じどこかおかしい所はない。

 だけどこれは僕の頼んだものではなく、愛優さんが持ってきたものなので自然に警戒してしまう。


 「……それで、念のために聞きますがこの服にはどんな仕掛けが?」

 「ここの紐を引っ張っていただくと全て綺麗にはだける仕組みとなっております」

 「却下だよばかやろう」


 もしかして愛優さんの持ってきた服はどれもこれもまともなのは無いのでは? と、そう思い始めてきた時だった。

 僕は少し奥の方に普通の制服を見つける。


 「愛優さんこれは?」

 「おぉ湊様お目が高いですね。これはあるラノベ作品に出てくる高校の制服を真似たものです」

 「……で、これにはなんの変態効果がついているんですか?」

 「変態効果って……特に何もないですよ。……この状態では」

 「ん? 今なにか言いました?」

 「いえ特に。まあ湊様も気に入ったのならこれを着てもらってはどうでしょうか」

 「……うん、まあこれくらいなら大丈夫だろうし。愛莉」

 「はい?」


 言いながら湊様が愛莉様に例の制服を渡したのを見た私は思わずガッツポーズ。


 ……数分後。


 「先生、どうですか?」

 「おぉ……」


 着替え終わり部屋に入ってきた愛莉を見て思わず息を呑む。

 それは一言で済ますのなら白のセーラー服なのだが、これがまた合うのだ。

 清楚キャラの愛莉にそれを加えることで更に清楚感が増し、その上いつものワンピース型の制服とは違ったギャップというのも合わさり。


 「とてもいいと思います」

 「ふふっ、ありがとうございます♪」


 嬉しそうにはにかむ愛莉。

 すると愛優さんが耳元でぼそっと。


 「叫べドレスブ⚫イク……」

 「えっ? ドレスブ⚫イク?」


 僕がわけもわからず、復唱したその時だった──。


 「きゃあっ!!」

 「あい、り──ッ!?!?」


 突然愛莉の悲鳴が上げる。

 どうしたものかと愛莉の方へと視線を移す。


 「……せ、せんせい、見ちゃ、だめぇ……」

 「あ、あわわわわわわ」


 どうしてこうなった。

 まず最初に出てきた言葉はソレだった。

 それもそのはずで愛莉の制服はさっき僕が発してしまった言葉のようにブレイク……つまりバラバラになっていた。

 つまり今の愛莉は下着姿なわけだけど、あまりにも突然すぎる出来事にいくら愛莉といえとパニックになっているのか、両手で必死に胸の部分を隠す仕草をしている。

 毎回思うのだが、どうして隠すのはソコだけなのだろうかと。

 いや、まあどうでもいいけど。

 とにかくその愛莉の仕草がとても可愛くて……。


 「先生!」

 「あ、ご、ごめん!」


 怒られてしまった。

 いくら恋人以上の関係とはいえ、それとこれは別の話だ。

 だけどどうしていきなり服が……などと考える間もなく、僕は仕組んだ犯人の方へと身体を向ける。

 すると犯人はしてやったりという表情で。


 「流石湊様です! 服に触れずにその衣服をブレイクさせてしまうなんて、湊様にしか出来ません!」

 「僕は何もしてないからね!?」

 「先生はえっちです……」

 「愛莉!?」

 「こっちを見ないでくださいっ!」

 「ごめんなさい!?」


 なんだこの理不尽。

 実際にやったのは僕じゃないと言うのに……。



 「……もぅ、先生あんなことは無しですからね」

 「わかっております」


 それから更に数分後。

 今度は白と赤の巫女服に着替えた愛莉に説教されている。

 いつもはもぅ……で済ませてくれるのに今回ばかりはそうもいかないらしい。

 ……やったのは僕じゃないのに。

 まあそれはいいとして、一番解せないのはこれを仕組んだ犯人が後ろで怒られることもなくさっきの映像確認をしているということだ。


 「なにをしたら許してくれるかな?」

 「え、そ、そうですね……」


 うーん、と頬に指を当てて考える。


 「では先生が私に愛の言葉を囁くというのはどうですか?」

 「愛の言葉か」

 「先生からしたら簡単だと思いますしどうでしょう」

 「うん、それでお願い」


 愛の言葉か。

 ただ愛の言葉を囁くだけじゃ芸がない。

 ここはいつもと違う自分で愛莉をせめてみよう。


 「……コホン」

 「えっ、先生?」


 一つ咳払いをすると、僕は愛莉を壁際まで追い詰める。

 いつもと違う僕その壱、壁ドン。

 僕は愛莉の顔横に手を添えると、顔を急接近させる。


 「愛莉、とても可愛いよ……」

 「ひゃうぅ……」


 僕の言葉に一瞬で顔が薔薇色に染まる。

 自分から頼んでおいてこういった反応をしてくれるので、本当に可愛くて愛おしく思う。

 だけどまだまだこれは始まったばかりだ。


 「愛莉はこんなことされるの嫌かな?」

 「い、嫌じゃ……ないです」

 「ならこっちを見てくれないかな? せっかく愛莉が可愛くなってくれたのにそれが見られないのは寂しいから」

 「せんせぇ……」


 ここで僕がいつもしないことその弐。顎クイ。

 壁ドンからの顎クイは割と鉄板ネタではあるものの、されてみたいことランキングにあるくらいだからそれは小説などの世界だけではないのだろう。

 でもまさか自分がすることになるとは思ってもいなかったけど。


 「…………」

 「せんせい?」


 ああわかってるさ。壁ドン顎クイと来たら次にすることくらい。

 紅潮して頬が赤くなっている愛莉。

 吸い込まれそうなほど大きな瞳には愛莉にも負けないくらい赤くなっている自分が映り込んでいる。

 その視線はやがて愛莉の柔らかそうな唇へと移る。


 「……いくよ」

 「……はぃ」


 静かに瞼を閉じ準備が出来たという合図が出る。

 それを確認すると僕は少しずつ顔を近づける。

 愛莉の吐息が僕の頬に当たるくらい近い。

 あと数センチで重なる……と、言った時だった。


 「……いいですね幼き少女の唇」

 『…………』

 「あ、失礼しました。続きをどうぞ」


 今の今まで完全に忘れていました。

 この部屋には奴がいたことを。

 横目で彼女の方を見ると、やはりというかなんというかビデオカメラを片手に興奮した様子でこちらを撮影していた。


 「一応聞いておきますね。何やってるんですか?」

 「なにって、撮影ですよ。湊様と愛莉様の。これから初めての夜……じゃなくて昼ですけど初体験をなさるんでしょう? でしたら記録しておかないと」

 「してなくていいです」

 「ですが後で見返したりできますよ?」

 「誰が見返すんですか……」

 「私と湊様、そして紗奈と愛莉様のお母様と義父様が」

 「…………」


 え、そんなに沢山の人に見られるの?


 「見られてしまうのです、残念ながら」

 「しれっと人の心読むのやめてくれませんかね?」

 「というよりいいんですか湊様、愛莉様ずっとお待ちになってますよ」


 視線を愛莉の方へ戻すと確かに愛優さんの言った通り先ほどと同じようにずっと待っていた。


 「湊様のちょっといいとこ見てみたい、ふーっ」

 「……」


 めちゃくちゃ恥ずかしいけれど、恥ずかしいのは僕だけじゃない。

 それにこんなに健気に待ってくれている愛莉にも申し訳ない……。

 ええい、こうなったらやるしかない!


 「……今回、だけですからね」


 そう言って僕は小さくて柔らかそうな唇にそっとキスをした。

 その瞬間、恥ずかしさよりも嬉しさが一気に込み上げてきた。


 ……思いのほかキスにハマってしまい、しばらくのあいだ愛優さんのことですら忘れ夢中になっていた。

 その後疲れが一気にきた僕と愛莉はそのまま同じベッドで眠りについた。

 もちろんそれ以上の事は何も無い。

 だけど時々考えてしまう、いつかは僕と愛莉がそういう事もするのかなと。

 同時にそれまでに部屋にある隠しカメラを全て排除しなければという使命感に駆られ部屋を全部ひっくり返す勢いで探しだすもただの一つとして見つからなかったのはまた別のお話。

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