第29話 ちょっと危険な香り
深夜の暗く静かな部屋の中に響くキーボードを叩く音。
僕、湊拓海は基本的に小説を書く時はこの時間帯にやっている。
理由は簡単でこの時間の方が捗るからだ。
今回の題材はアイドル。一夜梓桜との出会いを得て僕はそのときに感じたこととかを思い出しながら時々そのことを入れながら新作を書いていた。
──コンコンと、キーボードの音の中に違う音が入る。
「はい」
「……失礼します。湊様コーヒーをお持ちしました」
「ありがとう愛優さん」
入ってきたのはコーヒーの入ったカップを持つメイド姿の愛優さんだ。
こんな風にネタが降りてきて徹夜になりそうな時は決まって愛優さんにコーヒーを頼んでいる。
彼女は近くのテーブルにカップを置くとパソコンの画面を覗き込む。
「進展はどうですか?」
「うん、結構いい感じだよ」
今日は結構調子が良いみたいでまだ一時間ほどしか経ってないというのにすでに五千文字くらいは書けていた。
これは個人差もあるけれど、僕からしたらこれはとても調子の良い時にしか出ない。
しかし彼女の表情はそれとは別に少し悩んでいるような顔だった。
「……湊様、一つよろしいですか?」
「うん? どうしたの愛優さん」
「あの……ひょっとして具合が悪い、なんてことありますか?」
「へ?」
突然の質問に驚いてしまう。
何故ならここまで絶好調だというのにも関わらず、この進展を見てあろう事か愛優さんは体調がよろしくないと言ってきたのだ。
「いやいや、そんなことは無いよ。というか体調が悪かったらこんなに書けないって」
そう言いながら僕は最初から今出来ているところまで見せる。
……が、愛優さんの態度は変わらず僕の体調を心配するばかりだった。
「あの愛優さん、どうしたの?」
「いえ……なんというか……上手く伝えられないのがもどかしいのですが、いつもと違うような気がするんです」
「違う?」
「はい、このもやもや感……うーん」
「愛優さんの気の所為ということは?」
「それはないと思いますけど……」
「あのね心配してくれるのは嬉しいけれど、僕だって高校生なんだし自分のことくらいは大丈夫だから」
「そう、ですよね。すみません余計なお節介でした」
「いやいや、謝ることはないよ。愛優さんなりに気遣ってくれたみたいだし。でも僕は大丈夫だから」
「……わかりました。ですが決して無理だけはしないでくださいね。もし倒れたりでもされたら」
「わかってるよ。愛莉に変な心配はかけられないからね」
「はい。では私はこれで……。もしお代わりが欲しくなったら私の部屋まで来てください」
「あはは、それくらいは自分でやるよ。おやすみ愛優さん」
「はい、おやすみなさい湊様」
そう言いながら彼女はそっと扉を閉めた。
「……具合が悪いか」
僕は念のために自分の手を額に当てる。
「うん、やっぱり気の所為だよね。……よしっ! とりあえず今日はキリのいいところまで書ききるぞ!」
「せーんせいっ♪」
「おわっ!?」
突然僕の腹部にのしかかる重さ。
とは言ってもそこまで重くはないもののいきなりだったから驚いてしまう。
「……って、なんだ愛莉か」
「なんだってなんですか……私は先生の……お嫁さん、なんですよ?」
「そ、そうだったね……」
僕のマイエンジェルはそう言いながら恥ずかしそうに頬を赤らめながら指と指をくっつける。
なんというか女の子(ロリ限定)は本当に何をしても可愛いからズルいと時々思う。
「あ、それ」
まだ寝起きだったため視界がボヤけていてわからなかったが、よくよく見ると今愛莉は
「気付きました?」
「うん、それって僕が昨日プレゼントしたやつだよね?」
「はいっ! それで……ど、どうですかこの割烹着、似合ってますか?」
不安そうに上目遣いで聞いてくる。
だけどそんな不安なんていらない、何故なら僕の答えはその割烹着を見た時から決まっている。
「とっっても似合ってるよ!!」
「ありがとうございます、あなた♪」
「っ!!!?」
百点満点の笑みにあなた呼びのダブルパンチ。
クリティカル音が聞こえた僕は思わず自分の胸を抑えてしまう。
「だ、大丈夫ですか!?」
「う、うん……大丈夫……。ちょっとキュン死しそうになったけどなんとかね……」
「それはよかったです」
愛莉はほっと胸をなで下ろす。
「それで朝ごはんは出来ますけれど……」
「あぁうん。すぐ行くよ」
「はいっ。では私は先に下でまってますから」
「あ、ちょっと待って」
「はい?」
「おはようのキス」
「あうっ」
僕は呼び止めた愛莉にそっとキスをした。
「い、いきなりはダメ……ですよぅ……」
「そうなの?」
「だって……もっと欲しくなっちゃいますから……」
「ならもう一回?」
「うう……はぃ」
僕の問いかけに小さく頷く。
うん、やっぱり僕のお嫁さんは最高だ。
僕はこの幸せな気持ちを噛み締めつつもう一度愛莉の唇にキスをする。
「はうう……も、もう一回……」
「愛莉の気がすむまでいいよ」
「ならもっとしたいです」
「うん……」
僕達は気が済むまでキスを楽しんだ。
もちろんこの場にはあのメイドはいない。
こんなにゆっくりイチャイチャしていられるのも私用で出かけてくれているお陰だな。
……きっと隠しカメラはあるんだろうけど、今は気にしたら負けだ。
「では私は先に行ってるので……早く来てくださいね?」
「うん」
そう言ってドアノブに手をかけようとした時、何かを思い出したかのようにこちらにとてとてと歩み寄り、耳元でそっと。
「えっちな事は朝ごはん食べてからですよ♪ 幸い今日は私達 だけ しかいないので」
と、言い残すと顔を真っ赤に染めリビングへと掛けて行った。
僕は突然の出来事に胸の鼓動は激しくなり、頭とある一部分が物凄く熱くなっていた。
「……えっちな事って」
頭の中で様々な事がぐるぐると回る。
えっち……とは言っても別に中身は何も言っていない。それに愛莉からしたらえっち、という意味であってこっちからしたら……ってこともありえる。
だからこそそういう期待するのはあまり良くない……良くないとはわかっていても……。
「興奮してしまいます!!」
僕は落ち着いた頃を見計らい愛莉の待つリビングへと向かった。
「……ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした♪」
そしてこの挨拶が合図だったかのように愛莉の顔は少しずつ赤みを増していく。
だがとりあえず食器とかは片付けなければいけない。そしてその役目は愛優さんがいない今は僕の役目でもある。
僕は二人分の食器を持ちキッチンで洗う。
もちろんそこには愛莉の姿は見えない。
それもそのはずで愛莉は今大切な準備中……だと思うからだ。
「終わったぞ〜」
そう言いながらリビングへと戻る……が。
「いない……」
そこには愛莉の姿は見えない。
しかし僕のロリロリレーダーを舐めてもらっては困る。
「……僕の部屋か」
僕のロリに対する謎の察知力は自分でも異常だと思う。
とかなんとか思いながら自室の扉を開ける。
「見つかっちゃいました♪」
そう言いながら舌をちょこんと出す愛莉。
その姿はまるで地上に舞い降りた天使……いや女神のように。
しかし問題なのはそこではない……今愛莉が着ている服装なのだ。
「割烹着は着ているんだね」
「はい、愛優さんにそっちの方が湊様は萌えますからって言われたので」
間違いない。よくエロい=全裸や見えているみたいな風潮があるが僕はそうは思わない。
見えているよりも見えていない……否! 見えそうで見えないのが一番エロいのだ!!
これには全世界の男共が納得してくれると僕は信じている!
そしてそこから今の愛莉の発言を統合し、至った結論はただ一つ……。
「愛莉、割烹着の下ってどうなってるの?」
「そんな……私の口から言わせないでくださいよ、拓海ったら意地悪さんですからっ」
「あはは、ごめんごめん」
「もちろん……何も、着けてませんよ♪」
「ビューティフォー」
「もぅ、拓海はえっちです」
「そう言いつつも、それを実行したりこの後のことを期待しちゃってる愛莉も十分えっちだよ」
「……」
「……」
訪れる無言。しかし彼女は目で語っている。
キスがしたい……と。
だから僕は。
「……せい」
そのまま愛莉の唇を。
「せん、せい」
奪う……はずだった。
「先生っ!」
「…………あ、れ?」
目を覚ますとそこにはよく知った天井と、何故かとても不安そうにこちらの顔を覗き込む……ナース姿の
「おはよう愛莉?」
「はい、おはようございます……じゃなくて、大丈夫ですかっ!?」
「え、大丈夫て……おっとと」
言いながら起き上がろうとするも、どうしてか身体に力が入らずバランスを崩してしまう。
「もう、無理はしないでください……」
「ごめんごめん、僕自身何がどうなってるのか……」
そう言って愛莉の隣に立つメイド……愛優さんに説明を求めると、こほんと一つ咳払いをする。
「……湊様、お気づきになってないようですので言っておきますが、湊様今四十度近い熱が出ているんですよ?」
「えっ?」
それから愛優さんは僕にコーヒーを渡した後の話をする。
どうやら僕は書き終わったと同時にその場で倒れてしまったらしく、念のためと部屋を覗いた愛優さんにそれが見つかり愛莉の担当の医者を例外で呼び出し診察やら色々してくれたらしい。
「診察結果は風邪……ただ熱がちょっと高いから絶対安静みたいですけど」
「そうですか……」
たかが風邪くらいで……なんて思ったけれど、この人が嘘を言う必要も無いし何より……。
「先生……」
「わかってるよ」
ロリにこんな不安そうな顔をさせてしまっているのだから、今の僕に出来る一番のことは早く風邪を治して元気になることだ。
「だけどトイレの時とかは流石に……」
「着いていきます!」
「大丈夫だからね?」
「いいえ、万が一のことがあったら大変です」
「万の残りを考えて?」
「いいえ、万が一を考えます」
僕は助けを求めるように再び愛優さんを見る……が、諦めてくださいと言わんばかりに肩をすくめる。
「とにかく先生は今日一日絶対に安静! いいですね!?」
「はい」
「では私はお昼の準備をしてきますので。愛優さんお願いしますね」
そう言い残しどうしてか少し嬉しそうに部屋を出ていく愛莉。
どうして嬉しそうなのかは気になるけれど今は。
「愛優さん」
「はい」
「本当はなんて言われたの?」
こっちが優先だ……。
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