第28話 急展開な終わり方


 僕の正気度がいい感じに回復したところで、アミテを出た僕達は特に意味もなく駅前の時計台の下のベンチに座っていた。


 「今日はありがとうございます」


 買った物が入っている紙袋に目をやる。

 中には今日僕と彼女が一緒に選んだものが入っている。


 「いいよこれくらい」

 「私のわがままで女装してもらったりして……」

 「その事については……まぁ、後で反省してくれれば……」

 「……でも楽しかったです。昔から買い物とかは好きだったんですが、今日は前より好きになれました」

 「それはなによりだ。君に楽しんで貰えたのなら僕も女装してまで買い物に付き合ったかいがあったよ」


 女装の件を抜きにすればこれは間違いなく本心だ。

 アイドルと一緒に買い物をして喫茶店に行って……護衛目的とはいえ、まるでデートみたいな事をしているのだから。

 なんて、これをデートだと思うのは都合が良すぎるか。

 それにデートであるならば浮気になりかねないから、それはそれでいいんだけどさ。 


 「あの……」

 「ん?」

 「拓海さんは、楽しかったですか? 私とのデ……お買い物は」

 「うん、とっても楽しかった。確かに女装したりそれを見られたりと色々大変だったけれど、それでも君とこうして買い物が出来て楽しかったよ」

 「そ、そう、ですか……」

 「うん」


 そこまで言うと彼女はそのまま俯いてしまう。

 一日中歩いたわけではないものの、それでも夕方になれば疲れてくるのは当然だろう。

 ならばここはあえて声をかけたりすることも無いだろう。

 僕は茜色に染まる街並みを眺めながら今日の楽しかった出来事を思い返していた。

 すると、


 「拓海さん」

 「ん、どうしたの?」

 「拓海さんは越えられない壁というのが目の前に立ちふさがったらどうしますか?」

 「越えられない壁?」

 「はい、どう足掻いてもどんなに頑張っても越えられないと思い知らされた……そんな果てしなく高い壁があったら……どうやって乗り越えますか?」

 「うーーんそうだなぁ……」


 彼はそう言うと、小さく星が光って見える空を見上げる。

 突然こんな事を言われたら困るのは当然だろう。だけど今の私には必要な事だった……。

 そしてその答えはきっと他の誰でもない、彼にしか持っていない気がした。


 「……乗り越えない、かな」

 「えっ?」


 だけど彼の答えは私の体験したものとはまったく違うものであった。


 「だって越えられない壁なんでしょ? 越えられないってわかってるのに越える必要ってあるの?」

 「そ、それはそうですけど……。でも越えないと今の自分を越えられないじゃないですか」

 「あはは、確かにそうだね。でも壁を乗り越えられないなら足場を作ればいいんじゃないかな」

 「あ、足場?」

 「うん。壁のことは置いておいてとりあえず足場を作る、たくさんの経験を積んで足場を作っていけば気が付いたら壁だと思っていたものが自分のより下にあるなんてことはよくあることだよ」

 「でもそれって結局は逃げてることになるんじゃ……」

 「逃げたらダメなんて誰が決めたの?」

 「っ!?」

 「よく逃げるは恥なんて言われるけど僕はそうは思わない。ある問題に対して逃げるか逃げないか……その二つの選択肢をどう選ぶかなんて個人の自由なんだから」

 「ですが逃げてばかりじゃ何も……。前に進めないじゃないですか」

 「……梓桜は逃げる時は後ろを向いて逃げるの?」

 「えっ?」

 「逃げるにしても逃げないにしても前に進まないと出来ないよ。例えば梓桜が今までずっと逃げ続けてきたというのならそれはそれで立派だと思うよ」

 「だって立ち止まらずにずっと前を向いて歩いていたってことだから。それってつまりずっと前を向いて進んでいたってことでしょ?」

 「そんな……ことはないです」

 「責めることはないよ。むしろ誇っていい、逃げ続けるのだって簡単じゃないんだから。周りがどんなに逃げることを否定しても僕だけはずっと君のことを肯定するからさ」

 「……拓海さんは変わってます」

 「そうかな? 僕よりずっと変わってるやつなんてそれこそ山ほどいると思うよ。例えばさっきの壁の話なんだけど、僕の友達が『もし困難や壁にぶつかったらどうしますか?』って質問をされた時、そいつはなんて答えたと思う?」

 「うーん、みんなと協力して乗り越える?」

 「残念。正解は『ぶち壊してやりますよ!』だよ。凄いよね」

 「ぶち壊す……?」

 「その時は大笑いしたけれど、今思い返せばそれも一つの手段だよね。人には人のやり方がある。十人十色というように他の人がやっているからこれが正しいなんてことはないんだ」

 「これはスポーツとかに関してもそう。他の人がやっていたから同じことをすれば上手くなる……そんなのどこにも保証はない。その人にはたまたまそのやり方が合っていただけで、それが自分にも合うとは限らないんだ」

 「それは……そうですね。いくら他人の真似をしても私は私のままですから」

 「だからさ、別に乗り越えなくてもいいんだよ。要は向こう側に行ければいいんだから」


 彼は優しく微笑んだ。

 この人はめちゃくちゃなことを言う……けれど、どうしてか元気付られるから本当に不思議だ。

 

 「その……もう一つ、拓海さんは聞かないんですか? どうして護衛が必要なのかとか誰から守って欲しいとか」

 「……なんで?」

 「なんでって……それは当たり前ですよね。私、何も言えてないのにただ守ってくれだなんて。ここまで話さないと普通にイタズラだったとか思わないんですか?」

 「うーーん、思わないかな」

 「思わないって……いくら私からのお願いだとしてもそれはおかしくないですか?」

 「おかしいかな……」

 「はい、かなり」

 「そこまで言われると少し傷つくんだけど……。まあそうだねぇ。聞かない理由か……」

 「…………」

 「強いて言うなら……僕が変態紳士ロリコンだから」

 「は、はぁ!?」

 「そんなに驚くこと?」

 「そりゃ驚きますよ!」

 「だってロリコンだからって……そんないきなり……」

 「そんな大したことじゃないよ。同じ変態紳士ロリコンであるならば、ロリに助けを求められれば火の中水の中ってね」

 「そんなのごく一部ですよ」

 「ふっふっふっ、変態紳士を舐めたらいけないよ。なにせそこに集うのは真の変態紳士だからね、そこら辺のロリコンとは違うのだよロリコンとは!」

 「……すみません、もしもし警察ですか?」

 「だから通報はやめて!!」

 「だったらこんな往来でロリコンロリコン言わないでください! それに今拓海さんは女装しているんですから」

 「そうでした……」


 なんというか慣れというものは恐ろしい。

 最初はあんなに気分が沈んでいたのに今はそうでもなく、むしろ馴染んでさえいる。

 感想? スカートって夏場は最強だなってことですねはい。(※個人の感想です、男性の方で試される方がいましたらご自分の責任で試着してください)


 「まったく……拓海さんは本当にどうしようもないですね」

 「あはは、本当にね」

 「……その、どうしてロリに目覚めたんですか?」

 「それ聞いちゃう?」

 「……いえ結構です。今の顔を見て聞く気が失せました」

 「ひどいな〜。でもそれが正解かも。そんなにいい話でもないからさ」


 それだけ言うと彼はどこか遠くを見つめる。

 今はそっとしておこうと思ったが、私は彼の横顔から目が離せなかった。

 いくらメイクしているからとはいえ、きっと基が良かったのだろう。女の私でさえ嫉妬してしまうほどに綺麗だ。

 だけどその中に少しかっこよさというかがあって……。

 ううん、そんなことはない。だって彼はロリコンだし変態だしなにより……私の裸を見たわけだし。


 「〜〜〜っ!!」


 あの時のことを思い出すと今でも顔が熱くなる。

 ここに来てすぐあのアパートに着いたものの、冷蔵庫にはほとんど何も入っておらず近くにスーパーは無いため自動販売機を探しに公園まで行って……彼に見つかって逃げるようにアパートに帰ったのに。

 まさかお風呂に入って一安心したところに彼がまた来るなんて思わなかった。

 その時の彼の印象はただの変態とかだったけれど、夜のこともあってちょこっと、本当にちょこっとだけカッコイイと思ったのに、今は完璧な女装のせいで可愛いと思っている。

 そんなおかしな人だけど、普通の人より何倍も優しい人。


 「……そういえば梓桜。ちょっと関係ないんだけど、梓桜って昨日ここに着いたのっていつなの?」

 「え、昨日ですか? 確か……あなたと公園で会った少し前ですね」

 「少し前? 本当に、本当の本当に?」

 「は、はい。私が着いてからすぐにアパートに行って冷蔵庫に何も無いことに気がついてすぐに公園の自販機に行ったので間違いないです」

 「……マジか」

 「どうかしたんですか?」

 「どうかしたも何もないよ……」


 僕は思わず頭を抱える。

 今回の件、なんとなくだけど裏で色々操作してる人達がいるなとは思ってはいたけれど。


 「まさかこんな身近だったなんて……」

 「それはどういう──」

 「流石です。湊様」


 梓桜の言葉を遮るように現れたのは、他の誰でもない愛優さんだった。




 

 「──それで、どうしてこうなった?」


 僕は普段あまり使わない頭をフル回転させる。

 ここは銭湯、そして今は何故か座らされている、しかも下を向いたまま。いやこれは自分からしてるんだけど。

 もちろん湯船の中ではなく、体を洗うために洗い場のところに座らされている。

 それはわかる。だってここは銭湯、お風呂に入る前にざっとかけ湯するか身体を洗うかはするのはわかる。

 しかし、そんな僕でも分からないことがいくつかあった。例えば……。


 「先生の背中を流すのは私の役目です!」

 「拓海さんは私を誘ったんです。だからその役目は誘われた私にあるんです!」


 真後ろで二人のロリがどちらが僕の背中を流すかで言い争っていた。

 ちなみにここは……女湯だ。その理由としてはこの時間は男性の入浴客は多いけれど女性の入浴客はほとんどいないから。

 ここまで言えばわかるかもしれないけれど、現在女湯は貸切です。

 なので今この女湯にいるのは僕と愛莉、梓桜ともう二人。


 「やっほー、拓海君。いいね〜羨ましいよ〜お姉さんにも一人分けてくださいなっ♪」

 「流石ロリ専門のハーレム王の湊様です」


 そう言いながら入ってきたのは誰でもない生徒会長様の安曇渚あずみなぎささんと朝武邸のメイドの月山愛優だった。


 「そんな呑気なこと言ってないで助けてください……」


 僕は視線を落としたまま二人に声をかける。


 「別に小学生の裸を見たっていいじゃない。初めて見るわけでもないでしょ?」

 「確かに初めてというわけでもないけど……それでもだよ」


 そんなことを言っている僕の後ろではまだ二人の小学生による言い合いが起こっている。

 まあこの会話から察することも出来るだろうけれど、彼女達は今本当に何も付けていない。

 最初は愛優さんや渚さんみたいにタオルを身体に巻いていたのだが、言い合いに夢中になっているうちにひらりと落ちてしまい、それを拾わずに言い合いをしているというわけだ。


 「それにしても本当に愛されてるねぇ拓海くん。この幸せものめっ!」

 「いたい、いたいです」

 「まさかこんなに早く湊様に見破られるとは思ってませんでした」

 「本当ですよ……」


 実はあの後。


 「それで愛優さん。これはどういう事なんですか?」

 「それは……まあ本人から聞くのが一番でしょう」

 「えっ?」


 愛優さんの視線が向けられた先には、アイドル梓桜の姿。


 「ごめんなさい拓海さん。今回のは全部私と月山さん達で仕掛けたことなの」

 「えっ、えっ?」

 「ちなみに私は肯定しました」

 「そこは否定しなかったんだね!? わかってたけどさ!」

 「私もビックリしちゃった。だって私もあのお屋敷に住むけれど、そこに男がいるって聞いたから少し試させて欲しいって言ったら即答で了承されたんだもん」

 「てことは……?」

 「まああれです湊様。全部私たちの仕組んだ罠」

 「ちなみに拓海さんは合格ですよ♪ むしろこの短期間で私のあなたに対する好感度はかなり上がってます。上がりまくりです」

 「はは、そりゃどーも」

 「婚約者がいなければ私がしたいくらいに……。あ、でもまだ愛人枠って空いてますよね?」

 「空いてないですよ?」

 「よかったー! それならまだ私にもチャンスがありますね♪」

 「だからないってば!!」

 


 ……と、まあそんなこんなでこの後、実は色々絡んでいた渚さんや愛莉達と合流し今に至る。



 「あ、そう言えばショップを出た時に奈美さんに会ったんですが、それも何か関係しているんですか?」


 思い出したように問いかける。

 彼女は聞けば結構忙しい身ということもわかったため、そんな人がわざわざこんな所に……って思うと今回の件に絡んできていると思えてしまう。しかし。


 「いえ、あの方は……別件です」

 「別件?」

 「はい、あの方の超小型防水機能付きカメラとかまるで下着のリボンにしか見えない発信機とかを……なんでもないです」

 「愛優さん」

 「はい」

 「家に帰ったら一旦話し合いましょ」


 呆れながらもいつもの日常に戻った……そう思うと自然と疲れがどっと出てくる。

 しかしこの場において僕の休まるところはなく。


 「先生!」「拓海さん!」

 「は、はい!」

 「「私たちのどっちに洗って欲しいですか!?」」

 「どっちって聞かれても……」


 未だ隠すこともしないロリッ娘達が必要以上に迫ってくる。

 助けてのサインを愛優さんと渚さんに送るもスルー。


 「…………」

 「先生!」「拓海さん!」

 「もう自分で洗うから今くらいはゆっくりさせてくれー!!!!」


 こうして僕と一人のアイドルとの奇妙な出会いの物語は終わった。

 しかしこれからが本当に大変になるのは今の彼は知る由もなかった。

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