第27話 二度あることは三度ある


 「お出かけをします」


 とある日のお昼過ぎ。

 僕がわけもわからず人気上昇中の小学生アイドル一夜梓桜いちやあずさのボディーガードみたいなものになってから……まだ一日しか経ってない頃。

 何を思い出したのかと立ち上がった彼女は突然そんなことを言い放った。


 「お出かけって……どこに行くの?」

 「それは……服、とか?」

 「服ならあるじゃん」


 そう言って僕は今朝優秀なメイドさんから送られてきたダンボールを指差す。


 「ダメ、なんです」

 「ダメ?」

 「はい。あれではダメなんです!」


 強く訴える彼女。

 しかし僕には何がダメなのかさっぱりわからない。

 愛優さんからは生活に必要な服などを一式送りましたという連絡は受けたので中身を見なくても大体はわかるものの、それゆえにどうして彼女がこんなにダメダメいっているのかがわからなかった。


 「あの一夜さん、何がダメなの?」

 「そんなの決まっているじゃないですか……どういうことか下着だけ入っていないんですよ!」

 「……はい?」

 「『はい?』じゃなくて! 乙女の大切な部分を守る最終防衛ラインでもある下着が入っていないんです!」

 「いやいや、それ送ってきた人は生活に必要な服など一式入れましたって言ってたよ?」

 「……まあ確かに一応一式入ってました……その中に下着らしきものも入っていました」

 「ならそれでいいじゃん……」

 「で、す、が!! これを下着と呼ぶのは一部の変態さんだけですよっ!!」


 言いながら掲げられたのは下着……というにはとても布の部分が少なすぎて、下着というよりは紐と言った方が的確なんじゃないかと思ってしまうようなものだった。

 そして当然ながらそのインパクトのありすぎる下着に対して思春期を発症させてしまうのが男の性……。

 一度アイドル梓桜の全裸を見ている拓海は、それを身につけている梓桜の姿を想像するのに一秒もかからなかった。


 「う、うん。……確かにそれは……えっち、すぎるね」

 「うんうん、そうだよねえっちすぎるよね〜あはははははははははは。じゃないでしょっ!!」

 「ごめんなさい!」



 「……まぁ、とにかく私はこれを着るなんて絶対に嫌なの、だから、その……下着を買おうと思っているのよ」

 「なるほど、それでお出かけね」

 「そういうこと。で、今の私は諸事情でボディーガードが必要なの」

 「なるほどなるほど、それで僕がついていってファンにボコボコにされればいいわけね」

 「ちーがーう! そもそも私が男と歩いていたら週刊〇秋とかでネタにされちゃうでしょ!」

 「……ちょっと待って、この流れどこかで見たぞ」

 「だから私は考えたの……どうすれば私はあなたという男を引き連れてお買い物が出来るかを」

 「だから待ってって、この流れはダメだ。ここから先は踏み込んではいけない、早まるな一夜梓桜さん」

 「そこで私は思いついたの……引き連れているのが男でなければいいのでは、と」

 「…………」


 ここで僕は玄関に向かって走り出した。

 いやもう少し前に走り出すべきだったのかもしれない。

 この流れは間違いなくロクでもない結果にしかならない、僕はこの先に待ち構えている僕の未来を知っている。

 なにせ二度も経験したからだ。

 しかしこれはあくまでもあの子達の時の話……そう油断していた、だからこそ判断が遅れてしまった。

 そして今、僕はその事を非常に後悔をしている。

 何故なら玄関を開けた先に待っていたのは何かが詰め込まれているダンボールを持ちながらこれ以上にない笑みを浮かべスタンバイしている朝武邸のメイド姉、月山愛優つきやまみゆが居たからだ。


 「おはようございます湊様。あれ、もうこんにちはですかね? とにかくいいお天気ですね」

 「こんにちはですよ愛優さん。はい、散歩とかしたくなっちゃうくらいにはいい天気ですね」


 そうは言っても外はここら辺では珍しい三十度くらいの気温。

 部屋の中は快適な温度になっているから忘れがちなのだが今は夏なのだ。

 そして今日は風がないためただただ暑く、とてもじゃないけれどあまり散歩をしたくはならない。


 「散歩の前にお着替えはどうでしょうか?」

 「いえ、この格好の方が動きやすいので大丈夫です」

 「ですが汗……かいてらっしゃいますよね?」

 「他の服に着替えるので大丈夫ですよ」

 「それでしたらたまたま、本当にたまたま偶然涼しそうな服が私の持っているダンボールの中に入ってますよ」

 「あはは、それは残念だ。僕実は暖かいのが好きだからそこまで涼しくなくてもいいんだよね──」

 「もちろん湊様用に様々な対応が出来るように色々な服が入っていますよ」

 「……嫌だな〜美優さん。いつ僕が散歩するなんて言ったかな〜。僕は今日も明日も家でゴロゴロするつもりだよ」

 「梓桜様の護衛はどうされるんですか」

 「…………」

 「変態紳士ロリコンに二言は……?」

 「ないです」

 「でしたら後はわかりますよね」

 「……はい」

 「中にウィッグなども入ってるのでしっかり付けてくださいね」

 「……はい」

 「あと出来ればリアリティを出すためにパッド入りのブラもあるのでそれも付けてくださいね」

 「それは嫌です」



 と、まぁそんな事があって……。

 湊拓海、三回目の女装が完成したのである。


 「わぁ、凄い綺麗です……」

 「いつ見ても湊様の真のすが……こほん、女装姿は惚れ惚れしますね」

 「おい待て今真の姿って言おうとしたよね? 真の姿は今までの姿だからね?」


 素直に感心しているふたり。

 改めて鏡で確認するが、一流メイドによって完璧に仕上げられた女装は、僕自身でさえそこにいるのはただの美少女だと思ってしまうほどであった。


 「これなら誰がどう見ても男女の買い物だなんて思いませんよ! 私さっそく準備してきます!」

 「……うぅ、嫌だ。なんかどんどん男の尊厳が失われていっている気がする……」

 「湊様、それはきっと気がするのではなく、失われていっているんだと思います」

 「誰のせいで……」

 「さぁ?」


 知らん顔で肩をすくめる元凶に若干の殺意が芽生えつつも、守ると言った以上同行しないわけにはいかない。

 だがその前に僕は少しだけ引っかかっていたことを尋ねることにした。


 「はぁ……。ところで愛優さん一つ質問いいですか?」

 「はい、なんでしょうか」

 「あの下着でどうして大丈夫だと思ってしまった?」

 「……隠したいとこだけ隠れていればそれはしっかりと機能しているということには?」

 「なりませんね。見えるよりも見えそうで見えない方がエロいってエロい人が言ってたくらいだし」

 「ならばいっそ何も着なければ問題ないのでは?」

 「うん、問題あるよね。というか問題しかないよねそれ」

 「もうめんどくさいので湊様が転生して梓桜様の下着になりませんか?」

 「転生したらアイドルの下着だった件かな」

 「いいですねそれ」

 「ワカル。いやわからねぇよ。作者に謝ってきなさい……」

 「この場を借りて謝罪します」

 「「ごめんなさい」」

 「じゃなくてだね。どうしてあんな下着を採用しちゃったの?」

 「なんとなくです」

 「そっか〜なんとなくか〜、なら仕方なく……ないよね?」

 「まぁ本当の事を言いますと…………」

 「…………」

 「今朝の朝食はなんでした?」

 「話をそらさずに話しなさい」

 「はぁ……強引な男性はリアルだと嫌われますよ」

 「ちょっとくらい強引の方が好感持てるってリアル女子から言われたことあるので」

 「今まさにそのリアル女子が嫌われると言ったんですが」

 「さぁ〜てそろそろ出かける準備しなきゃな〜」

 「お待ちください湊様」

 「嫌です待ちません」

 「そうじゃなくて……これをお持ちください」


 隠すように持たされたのは小さな箱のようなものだった。


 「これ、なんですか?」

 「念のための発信機です。まぁでも念のためです」

 「もしかしなくても今の僕の立ち位置って非常に危ないですか?」

 「…………湊様、夏場って土の中はひんやりして気持ちよさそうですよね」

 「…………え?」

 「ささ、早く行かれてください。そろそろ梓桜様のご支度が終わると思うので」

 「え、あ、うん」


 言われるがままに一夜さんの元に向かう僕。

 しかしこれから少しの間、愛優さんが最期に残した言葉は頭を離れなかった。




 「……また、来てしまった」


 それから数十分後、僕はこの先もう入ることはないであろうランジェリーショップに入っていた。

 ここに来るのは何回目だろうか……。

 思わず現実逃避してしまいたくなる。


 「拓海さ……こほん、お姉さまはここに来るのは初めてですか?」

 「あ、うん。初めて……だよ?」

 「そう言っていながらも目が泳いでますよ……」

 「いや、これは……その、ね?」


 ジト目を向けられ変な汗がでてくる。


 「まあいいですけど……あら、この下着可愛いですね」


 そう言いながら手に取ったのは可愛らしい白いリボンの付いた水色のショーツだった。

 特に何かの模様があるわけではない。

 ただただ水色のショーツ。しかしそこに白いリボンというオプションが付くことによって…………いや、なんでもないです。


 「一夜さんはこういったのが好きなの?」

 「お姉さま。あ、ず、さですよ」


 まるでこう言えと強調するようにひとつひとつ丁寧に発する。


 「……梓桜はこういったのが好きなの?」

 「はい、この小さいリボン、とても可愛いと思いませんか?」

 「うんうん、わかるよ。この小さなリボンは普段決して見えないし、見えたとしてもそこまで印象に残らないはずなのに、どうしてかそれがあるのと無いのでは可愛らしさというのかな……とにかく印象が結構変わってくるよね」

 「え、まぁ……はい、そう、ですね」


 言ってから気付いた、今僕はとんでもないことを口走ったのではないかと。

 そしてそれは、今にも警察に通報しそうだけど事情が事情のために通報出来ないけれど通報したいという気持ちに揺さぶられている一夜梓桜を見れば一目瞭然であった。


 「いやこれは誤解だ」

 「帰ったらじっくり話し合いましょうかお姉さま」

 「だから誤解──」

 「ブラにショーツと同じようなリボンはありだと思いますか?」

 「ありだとおもうよ。やっぱりつけるとしたら可愛いものがいいじゃん。その代表にレースとかがついたものとかがあるけれど、それだとやっぱりなんか違うんだよね」

 「違う……ですか?」

 「うん。確かにロリっ娘がちょっと背伸びして黒色を身につけたり、レースとか付いてるのを身につけるのもいいとは思うけれど、それでも事故で見えてしまった時ドキドキを増すのはリボンの方だと思うよ(※個人の感想です)」

 「…………とりあえず警察に」

 「待って待って! 『どう?』って聞かれたから答えただけだよね!?」

 「確かに聞きましたけど、だからってそこまで詳しい説明は求めてません! 第一誰を想像したんですか……」

 「それは……」


 「僕の恋人でもある愛莉と一夜さんだよ。僕が偶然とはいえ裸体を見てしまった小学生は二人だけだからね」

 ……なんて言った日には即決通報、僕の人生にサヨナラバイバイだ。


 「……あ、ところで梓桜、この下着可愛くない?」


 そう言いながらふと目に付いた下着を手に取る。

 ピンクを基調としたデザインで、これまた小さな白いリボンがアクセントとなっているものだ。


 「またそんな適当なことを……あれ、本当に可愛い……」

 「でしょでしょ」

 「はい」


 なんて言いながらも内心はドキドキ。

 目に付いたとは言いながらも、たまたま近くにあったものを取っただけだからね。

 だけど渡してから気付いたけれど、これはこれでアリだ。


 「サイズは……うん、私にぴったりなサイズですね。怖いくらいに……」

 「え、あ、あぁそれはたまたまだよ、たまたま」

 「たまたま……ですか?」


 言いながらジト目を向けられる。

 きっとこの変態なら……なんて思っているんだろうな。

 ……まあ実際のところ、このサイズを手に取ったのはたまたまだけど一度裸を見てしまっているわけで、大体のサイズならわかってはいます、はい。

 だけどこんなことを言ったら……ということで、


 「うん、本当にたまたまだよ。流石の僕……私でも見ただけじゃわからないよ」

 「そう、ですよね」

 「うんうん」

 「で、す、が。裸を見たことについてのお話はまた後でしましょうか」

 「……はい」


 この話題からは何とか逃れる事は出来たけれど、代わりにとんでもない地雷を踏み抜いた僕であった。



 「……それでまだ買うの?」


 あれから気がつけば既に一時間、そこそこ広いお店なのだが、それでも隅から隅まで歩いたんじゃないかと思うほど移動しているものの、まだ買い足りないらしく僕達は店内をうろうろしていた。


 「もちろんです。お姉さまは……私との買い物は嫌、ですか?」

 「そ、そんなことは……ないけど……」

 「でしたらいいですよね♪」


 こういった時、女の子は卑怯だと思う。

 お願いする時の上目遣いにその後の笑顔のタブルパンチ。

 これさえロリがマスターすれば大体のロリコンは落とせるからな。

 とは言ったものの女装しているから怪しまれることはないものの、流石にこの空間にこれ以上いるのは精神的に……疲れる。

 僕は小声でそっと耳打ちをする。


 「あの、別に買い物が嫌というわけじゃないんだけど……ほら僕は男だから早めに……お願いします」

 「あなたの事だから合法的にパンツを拝める〜とか言ってそうだと思ってたけれど……ごめんなさい、少し配慮するべきでしたね」

 「ううん、こっちこそごめんね。店員とすれ違う度に予想以上に罪悪感が……」

 「まあ女装させてしまっているのはこちらの責任でもあるので……」

 「ありがとう」

 「あと一時間くらいで終わりにしますね♪」

 「ありがとう……」


 こうして一時間みっちりと店内を歩き回ることになった僕達だった。

 それから僕達は、次のお店へと向かう、その途中。


 「そう言えばさっきの店の会計」

 「はい?」


 ふと先ほどのお店の時の事が頭に浮かんだ。


 「あぁいや。なんだか妙に時間かかっていたな〜って思って」

 「その事ですか。なんか丁度買ったサイズの下着で新しいのが入ってきたみたいなのでそちらに変えますか? って聞かれていたんです」

 「そうなんだ。で、変えたの? その新しいのに」

 「……いえ、変えていませんよ」

 「そうなの? せっかく新しいのにしてもらえるのに勿体なくない?」

 「くすっ、そうでもありませんよ。だってこれはあなたが決めてくれたのだから……」


 その時、強い風が吹く。


 「うぅ……今の風は強かったね」

 「は、はい……」

 「で、なんて言ったの? 最後の方は風でよく聞こえなかったんだけど……」

 「……なんでもありませんよ。あれは失言ですから」

 「え、失言?」

 「はい、あなたはやっぱり変態さんだ、って」

 「いやいや僕……私ほど普通の人はいないよ」

 「…………」

 「言いたいことはわかった。だからお願いしますその冷たい目で見るのだけはやめてください」

 「わかればいいんです。ところで……」

 「ああ……うん。アレでしょ?」

 「はい」


 彼女と僕の視線の先……大体数十メートル先のお店の前に立つ一人の女性。

 ただそれだけなら気にすることも無いのだが、その女性は何故かこちらの方を向いて手を振っている。

 念のため辺りを確認するものの、今は人通りも少ない。


 「これ手を振り返して違う人だったら恥ずかしい……よね」

 「はい、かなり恥ずかしいですね。ちなみにですがあなたの知り合いとか?」

 「ううん。僕にあんな知り合いいないと思うけど……。そっちはって聞いてくるんだからいないよね」


 僕の問いかけに彼女は頷いて返す。

 ふたりで少しの間、手を振る女性を見ているとしびれを切らしたのか女性は走り出した……それもこちらに向かって。

 と、段々と顔がはっきりしてくると僕はある人物の名前が浮かんだ。


 「……奈美なみさん?」

 「えっ!?」


 そう、今こちらに向かって走って来ているのは、間違いなくあの女装デートをした日に出会った奈美さんだった。

 彼女は僕達の前まで走りきると、膝に手を当て少し息を整えると、


 「もう、酷いじゃないか。あんなに手を振ったのに振り返してくれてくれないなんて」

 「ごめんなさい、奈美さんだって気が付かなくて」

 「私も前とは違って少し変装まがいのものをしていたとはいえ気付いて欲しかったよ……なんて言うのは私のわがままかな」


 そう言って笑い飛ばす奈美さん。

 この人は僕と愛莉の事を知っていてる数少ない人の一人だ。

 奈美さんは自分のお店を持っており、ここから少し遠い街でやっているらしい……のだが。

 僕はとなりで尋常ではないくらいに驚いている彼女が気になってしまう。


 「おや、そっちのお嬢さんは初めて見る顔……でもないね。前に会っているね、確か名前は……」

 「あ、梓桜です! 一夜梓桜! あのときは本当にお世話になりました!」

 「お世話になった?」


 とつぜん奈美さんに頭を下げるものだから今度はこちらがびっくりしてしまう。


 「ふふっ、君はちんぷんかんぷんって顔をしているね。まあその話も含めてどうだい? ここら辺にアミテって喫茶店があるんだけどそこで一息つかない? あ、もちろんお代は私が払うから安心してくれていいよ」


 そんなこんなで僕と梓桜は久しぶりに出会った奈美さんと共に近くの喫茶店へと入っていった。



 「あれは一年前のことだった……」


 私が一人で動画サイトにて『可愛いロリ』というワードを検索していた時、たまたまある動画を見つけた。

 今更隠すこともないだろう、一夜梓桜の動画だ。

 彼女はまだ駆け出しのアイドルで、事務所はとりあえずネットから少しずつという形を取ったのだろうけれどイマイチだった。

 しかし私は納得がいかなかった……。

 「なんでこんなにロリ可愛くて巨乳な女の子が注目されないんだ」と。

 それがなんだか悔しくなって、当時受け持っていた仕事を後回しにして私は彼女に似合う服を何十着と作り上げ、事務所に乗り込んだ。

 「あのロリ可愛い女の子を出せ! そしてこれを着させろ!」って。

 そりゃあの時の事務所内は大騒ぎだった。

 でもそれから少し経ち、彼女の元に私の服が届けられるととても嬉しそうに抱きしめていた……私の作った服を。


 「それから彼女は人気がどんどん上がって今に至るってわけさね」

 「へぇ〜」

 「…………」

 「つまり私は実はそこそこ有名だったりするわけさ」

 「なるほど……で、さっきの回想なんですけど、本当の部分はどこなんですか?」

 「私が彼女の服を作ったところだけだね。その時受け持っていた仕事が彼女の服だったし」


 さらっと嘘を認める。

 僕は前回の会話でこの人について気がついたことがいくつかあった。

 そのうちの一つ……この人は愛優さんと同じタイプの人だということ。

 まともに応対していたら疲れる、だから話半分に聞く、これが一番だと。


 「はぁ……そうは言ってますけど、お姉さま。この方、本当に凄い方なんですからね。今出ている有名なアイドルグループの衣装を一人で担当している方なんです。この世界では知らない人がいないくらいなんですよ」

 「えっ!? そうなの?」

 「まぁそっちの業界では有名かもね〜。私としては可愛い子にはそれに見合った可愛い服をってのをモットーにしているだけなんどけど」

 「なら今日こっちにいるのはその関係ですか?」

 「うーーん。まあ半分正解半分不正解かな」

 「? それはどういう……」

 「女には一つや二つ裏の顔があるもんさね。それを嗅ぎ回るのは野暮ってやつさ」

 「……はい」

 「ん、わかったならよろしい♪」


 そう言って笑顔で流す奈美さん。

 しかし、その直前……一瞬だけだが今の奈美さんからは想像もできないくらい冷たい目をした気がしたのは気のせいだろうか。

 とかなんとか思っていると……。


 「で、今日の小学生は愛人なのかい?」

 「あ、愛人!?」


 突然の爆弾投下。


 「いやだって君……えーっと、湊さんでいいのかな?」


 確認を取るように隣に座る一夜さんの方を見る。


 「……はい、全部知ってるのでお好きに」

 「ならいいか。話を戻すけど拓海君には愛莉ちゃんという可愛いお嫁さんがいるじゃないか」

 「まあ……はい」

 「でも今いるのはどう考えても一夜梓桜だ」

 「そうですね」

 「で、アイドルの初物の味はどうだった?」

 「まだ夢見る童貞ですよ?」

 「とか言っておきながら本当は?」

 「あと数年で魔法使いです。というかなんで僕が彼女を抱いた前提で話が進もうとしているんですか?」

 「違うのかい?」

 「違いますよ。そうですよね?」

 「それは……」


 何故か目を逸らす梓桜。

 その頬は赤くまるでりんごのようでもあった。


 「って、ちょっと待って!? 僕は何もしてないよね!!?」

 「はい、手は出されてないです」

 「手は……か。ふんふん」

 「手以外にも出した記憶はないですからね?」

 「本人はそう言ってるみたいだけど、そちらのお嬢さんは……」

 「…………」

 「あ、梓桜?」


 いたずらする子供みたいな笑みを浮かべる奈美さん。

 その視線の先にはさきほどよりも頬の赤みが増している梓桜の姿。


 「あはは、まったく可愛いお嬢さんだ。君は羨ましいね、自然と可愛い子が周りに集まってくる。まぁでもその点では私も同じか」

 「同じですか?」

 「そうさね。私のお店の近くにスイーツエンジェルっていうケーキ屋があるんだけど、名前くらいは知ってるかな?」

 「確か最近急激に売り上げを伸ばしているところですよね?」


 ウチの会長様や柿本は女の子ということもあって、時々そう言う話をするのだがその中にスイーツエンジェルというケーキ屋が〜って話を聞いた覚えがある。


 「ま、そこのスイーツエンジェルの衣装を担当しているのも私なんだけど……そこにもめっちゃくっちゃ可愛い子達が揃っててね〜。あ、君も一度来るといいよ、ひいきとかなしで本当に美味しいし可愛いから」

 「また今度時間があったら」

 「連れないなー、ま、強要はしないけどね。あそこ休日とかは凄く混んでるし。でもそこのお嬢さんはとても行きたそうにしているけどね」

 「えっ?」


 言われて隣を見ると、必死にメモを取っている梓桜の姿。

 仕事のスケジュールとかを確認したりしているのかスマホアプリのカレンダーとにらめっこをしていた。


 「それにしても本当に変わったね」

 「変わったって、彼女ですか?」

 「うん。昔は……って言っても私が初めて会った時だから一年くらい前かかな、私がこの子を気に入ったから次はいつ会えるかって聞いたんだけど、その時彼女はなんて答えたと思う? この日以外はいつでも空いてますだって」

 「……考えられないですね」


 僕が知っているのは今横で必死にスケジュールもにらめっこしている彼女だけなので、そんなことを言う彼女なんて到底想像できなかった。


 「今の彼女からは確かに考えられないかもね。でも昔は本当にそうだったんだよ。だからこそ今は正直驚いてるよ、だって一年でここまで変わっちゃうんだもん」

 「……この時期は一番成長しますからね。特に女の子は」

 「胸とか?」

 「個人的には成長しなくても……というより成長して欲しくない部位ではありますね」

 「なるほどなるほど、つまり……ロリッ娘?」

 「万歳!」

 「ペッタン?」

 「サイコー!」

 「まな板?」

 「イェーイッ!」

 「最後に一言」

 「小学生は最高だぜ!」

 「よく出来ました」

 「ありがとうございます。じゃなくてですね」

 「心身共に成長の早い時期……」

 「だけど成長しなくてもいいんだよ? 僕は幼い君のことが大好きだから」

 「わかるわぁ〜」

 「あなた達は一体何を言ってるんですか……」


 奈美さんから深いワカルを頂いたところで、スケジュールの確認を終えたであろう梓桜がジト目を向けていた。


 「そんなヤキモチなんて焼かずとも梓桜ちゃんにはその立派な武器があるじゃないか♪ 世の中の男性のほとんどは大きい方が好きらしいし」

 「そ、そんなの私は知りません。それに私だって好きで大きくなったわけじゃないんです」

 「でもその見た目なら色々な人のナンバーワンになれるよ?」

 「私はナンバーワンよりオンリーワンでいたいんですよ!」

 「ほほぅ、それは誰のオンリーワンでいたいのかな?」

 「そんなの拓海さ──って、何言わせるんですか!」

 「あっはっはっ。愛されてるねぇ拓海君」

 「……?」

 「お姉さまは関係ないです!」

 「あ、はい」


 なんかよくわからないうちに話を振られていきなり怒られたぞ??

 ふーむ。本当に女の子はわからない。


 「本当に君たちは面白いね……おっと、そろそろ時間だから私はもう行こうかな」

 「えっ、もうですか?」


 立ち上がる奈美さんに、少し寂しそうな顔をする梓桜。


 「こう見えて結構忙しい人なのさ。お代は……一万もあれば足りるだろう」

 「え、いやこんなに渡されても」

 「いいのいいの、これも君と私の中だ。それと……これは私からのプレゼントだ、有効に活用してくれ」

 「ありがとうございま……す?」


 渡されたものを見て表情が一瞬にして曇る。

 何故なら渡されたのはどこからどう見てもピンク色をした薄いゴム……だったのだ。


 「あっはっはっ。別にこのお嬢さんに使えなんて言わないさ。あっちの嬢ちゃん……はまだ出してしまっても大丈夫そうだけど、一応ね」

 「ですから僕はそういうのは……」

 「相手を気遣うその心意気、私は高く買うけれどそれはあくまでも私の話。世の中には余計な気遣いというのもあることを忘れたらダメだよ。……特に大切に思っているなら尚更」

 「……心に留めておきます」

 「素直な子は嫌いじゃないよ。お嬢さんにはこれを……」

 「ブレスレット?」

 「まあ私が作った物なんだけどね。良かったら付けてくれると嬉しい。、それじゃまたねおふたりさん♪」


 と、それだけ言い残すと本当に時間が押してるのか奈美さんは店から出ると駅の方へと走っていった。


 (……余計な気遣いか)


 奈美さんの残したこの言葉が僕の心に残る。

 愛莉からキスをしたりする事はあるけれど、僕はどうだろうか。

 まだ愛莉は小学生だから……それを理由に……。

 …………いや、理由も何もそれが全てだわな。


 「はぁ〜……」


 アイドルの横という素晴らしい環境にいながら似つかわしくないほど大きなため息をつく。


 「おやおや、天下の大ロリコンの拓海君が新しいロリハーレムの一員を連れているというのにため息だなんてどうしたんだい?」

 「……渚さんその天下の大泥棒みたいな言い方やめてください。それとせめてここは相手を気遣ってツッコミどころを抑えてください」

 「あはは、ごめんごめん」


 どこからともなく現れたこのウェイトレス……。

 この方は僕の通っているしおり高校の生徒会長様でもあり、影では変態紳士ロリコン同盟のリーダーなんてものもやっているくらいのロリコンでもある。


 「って、ありゃその隣にいるロ……女の子はひょっとしてロリンで言われていたあの子?」

 「……はい」


 こそっと耳打ちをする。

 そういえば彼女の立ち位置的にロリンのタイムラインで回っていたことは伝えるべきなのか……。


 「伝えなくてもいいとは思うよ。知らぬが仏って言うくらいだからね」

 「ですよね……。って、何当たり前に心読んでくるんですか?」

 「てへっ」

 「はいはい、可愛いですよ会長」

 「な〜んか適当だなぁ。ま、いいんだけどね。拓海君、決して気を抜いちゃダメだよ」

 「……それはどういう意味ですか」

 「ふふっ。そのうちわかるよ♪ じゃ私は仕事に戻るから」


 そう言って踵を返そうとした時、不意に彼女は振り向き……。


 「拓海君、その格好も中々似合ってると思うよっ♪」

 「へ……?」


 と、バキューンと指鉄砲で射抜く形を取りそのまま店の奥へと消えていった。

 そして同時に僕は気付いてしまった……今の僕がどんな格好をしているかを。

 それから小一時間、笑いを必死に堪える梓桜の横で一人抜け殻のように消沈していた。

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