第26話 一時の休息
とある暗闇、他に誰もいないことを確認するとある人物はスマホのSIMカードを差し替えると誰かに電話をかけた。
『……もしもし、──様でしょうか?』
『はい。どうかしましたか? もしかして作戦が失敗したとか?』
『まあ……ひとつだけ予想外の事が起こり失敗に近い成功という形になってしまいました』
『あらら、それは大変。それで私に連絡を入れたってことはまた力を貸して欲しい……とかそういったことかな?』
『察しが良くて助かります』
『そりゃいくつもプランを聞かされていたらそうなるよ。えぇと今回の場合だと……プランFの形になるようにすればいいのかな?』
『はい、そのようにお願いします』
『りょーかい! でもこれだけは言っておくけれど……』
『私は裏方のことはするけれど具体的なことは何もしない……ですよね』
『そういうこと。私は別にあなたのためになるからやってるわけじゃない。私は私の信念を貫いているだけ。それにあなたの事を信用はしているけれど、私にはこの作戦賭けの要素が強すぎると思ってる』
『それは……否定しません。この作戦においてあなたや私がいくら動いたところでどう転ぶかなんてわからない。秘密裏に事が運べば良い方向に転ぶかもしれない。だけど……』
『もし途中でバレてしまったり、作戦自体は上手く運んだとしても結果が予想とは正反対の結果になることもある』
『……はい』
『そしてそれは彼女の周りには絶対に伝えてはいけない』
『……はい』
『理解は出来る、もし全てを知ってなおバレないように……ってのは難しいからね。でも私的にはちょっぴり残念だったりするかな』
『残念……ですか?』
『うん、だってそれって……彼の事をまだ信じきれていないってことでしょ?』
『それは……』
『ま、私はどっちでもいいんだけどね。とにかくお願いの件は了解したよ。そうだね……あと三十分くらいしたら作戦実行ってことで、もしこちらの方で何かトラブルがあったら連絡させてもらいます』
『ありがとうございます』
『じゃあ頑張ってね』
その言葉を最後に電話は切れた。
同時に私は壁にかけられている時計に目をやる。
「現在時刻は、二十時ちょうど……なんといいますか、あの方は本当に……」
次の作戦実行は二十時三十分。
最初の作戦は少し予想外の結果になってしまったけれど、次の作戦も既に立ててあるから大丈夫。
「……まだ彼の事を信じきれていない……か」
彼女に言われた言葉が脳裏をよぎる。
付き合いはそこまで長くはないけれど、それでも同業者とかよりはかなり信用はしているはず……そう思っていた。
「……結局、私もまだまだという事ですか」
私は昔から大抵の事はなんでも出来た、でも他の人はそうじゃない。
人に頼ってもみんな私みたいに上手く出来ないし、それを言ってもこちらが変な目で見られるだけ……そう思っていた私はあの時に無くなったと思っていたのに……。
「人は中々変われないものなんですね……」
誰に聞かせるわけでもなく、ただ独りそう呟く。
もうすぐで次のステップに動き出す。
次こそ上手く誘導させる……同じような失敗は私自身許せないから。
「ん、ん……あれ、ここは……」
私は目を開けるとそこは知らない天井だった。
「どう見ても私の部屋じゃなくて……。ああ思い出しました……」
私はあの場所から離れたこの地に逃げてきて……。
たまたま出会ったメイドさんにここを使っていいよと言われたから使っていたら部屋の
「…………」
それで……裸を……。
「〜〜〜ッ!!」
その時の光景を思い出した私の顔がどんどん熱くなるのがわかる。
それにしてもそのメイド……月山さん? だっけ、その人から聞いていたけれどこの人……あれ、名前ってなんだっけ?
何度も思い出そうとしても名前が浮かんでこない。
それもそのはずで結局守って欲しいと言ったあとは相手もどうしたらいいのかわからずに微妙な空気のまま今に至るから。
「そういえば彼はどこなのかしら……あっ」
彼の姿を探すように部屋を見回そうとするが、すぐにそれは必要ないと悟る。
というよりも今までどうして気が付かなかったのかと自分を責めたいくらいに……。
(どうしてこうなってるんですか〜〜ッ!!)
私は彼に聞こえないようにと心の中で叫ぶ。
もしかしたら声に出ていたかもしれないけれどそれはいい。
とにかく問題はソコじゃなくて……。
(なんで私を抱きしめているんですか〜っ!?!?)
彼は自然に私の腰に腕を回し、まるで包み込むように抱き締めていた。
なんとか脱出しようと試みるも寝ているとはいえ流石は男……私程度の力じゃビクともしない。
(やっぱりダメか。……それにしても暖かい)
脱出しようとしていたからわからなかったが、こうしてみると暖かさを感じる。
ただのアパートのはずなのにこの部屋の空調は完璧で彼に抱きつかれても暑いなんて感じない。
気が付けば私は彼の暖かさに身を任せていた。
思えばこうして暖かさを感じるのはいつ以来だろうか。
……私のロクでもない人生、数える程しかない楽しくて優しい時間……思い出すのは容易だった。
(そうだ……この暖かさは施設のおばちゃんと同じだ……)
思い出すあの施設の記憶。
あそこは小さいながらも様々な理由で親に捨てられた子供達が沢山住んでいた。
寝る時もご飯を食べる時も一緒。みんな揃うと狭く感じたことも多々あったがその分みんなの暖かさを感じ取れた。
おばちゃんがいなければ私は今頃生きていなかっただろう、みんながいなければ私は自分の人生に絶望していただろう。
お金がなくて養うことすら難しいというのにそれを悟らせないように頑張っていたおばちゃんに何か恩を返せないかと。
だからこそあのとき、私にアイドルの話が来た時やっと恩を返せる、稼いだお金を施設に送れば助けられると思ったのに。
(結局……今もこうして私は守られている……)
自分の無力さに思わず涙が零れてくる。
人気上昇中のアイドルだとか色々言われていてもそれとこれとは別……そんな事わかっているはずなのに。
それでも何も出来ないという事実。
「やっぱり私なんて……」
涙と共に弱音が出てしまう。
「大丈夫、だよ……」
「えっ?」
不意に聞こえてきた声にドキっとしてしまう。
それは紛れも無く彼の声で、普段は見せない弱音を聞かれたかと思ったものの……。
「すー……すー……」
「寝てる……のよね? 全く……驚かせないでほしいわ……」
そうは言うものの不思議な事に私の瞳から流れていた涙は止まっていた。
それが少しおかしくて。
「…………ふふ。ありがとうございます」
そう言いながら私はそっと彼の手を握った。
「ふわぁ〜……」
朝、いつものように6時半に目が覚める。
今はもう夏休みに入っているのだからもう少しゆっくり寝ていてもいいじゃないか、と思うこともあるが習慣というものは中々変わらないみたいで夏休みに入ってもなおこの時間に起きてしまうのだ。
部屋を見回してみるもどこにも一夜梓桜の姿はない。
代わりに台所から食欲をそそるトーストを焼いた匂いや何かを炒めている音が。
「おはよう一夜さん」
「あ、おはようございます」
台所にいくとそこには昨日渡したシャツではなくどこから持ってきたのか可愛らしい私服とエプロンを身に着けた一夜梓桜が手慣れた手つきで朝食を作っていた。
「もう少しで出来るので顔でも洗って待っていてください」
「うん、わかったよ……」
言いながら僕は洗面所に向かう。
眠気を取るには冷水……ということで僕は冷たい水を思い切り顔にかける。
それだけで一気に眠気が抜けるというものだ。
「ふぅ……やっぱり夏の日はこれだな……」
そんな事を言いながら濡れた顔をタオルで拭いていると……。
「まるで夫婦みたいですね」
「うわっ!? み、愛優さんいつからそこに!?」
どこから湧いて出たのか僕の後ろに少し呆れ顔の愛優さんが立っていた。
「ここに来たのはついさっきです」
「そ、そうなんだ……。ってそれよりも夫婦ってなんのこと?」
「あら、気がついていないのですか。いやはやここの部屋には色々な場所に隠しカメラを仕掛けてあるのはご存知ですよね?」
「それは……まぁね」
「それで昨日の晩から今朝までの映像を見させてもらいましたが」
「はあ……?」
「湊様、昨晩は梓桜様を抱いていましたよね?」
「は、い?」
「映像は残っているんです。今更言い逃れなんてしませんよね?」
「は、はああ────むぐぐ!!」
「声が大きいですよ湊様」
「す、すみません……」
すぐさま口を塞がれたので一夜さんには聞こえなかったみたいだが、あまりの驚きに思考が回っていなかった。
僕があの一夜梓桜を抱いた? ご冗談を。
何故なら僕にはそんな記憶が全くないからだ。
「愛優さん」
「はい」
「それは本当なんですか? その……僕が彼女を抱いたって」
「まぁそうですね。私も驚きましたが、とても気持ちよさそうな顔をしていましたよ」
「いや……そんなはずは……だって僕には記憶が……」
「そうでしょうね。湊様は寝ていたみたいですから」
「寝ていた……? つまり僕は寝たまま彼女を……」
「はい。ですが私は少し関心しました。寝たままなのによく……いえなんでもありません」
「その先を言って! というより本当に僕はやってしまったのか……?」
その事実に僕は取り返しのつかないことをしたという気持ちに押しつぶされそうになる。
それはもちろん愛莉を裏切ったというのもあるし、愛莉よりは年上とはいえ小六のまだ幼い一夜梓桜の処女を……。
でもそれならさっきの愛優さんのまるで夫婦みたいという言葉も、一夜さんのエプロン姿も色々納得がいってしまう。
「愛優さん、僕はどうしたらいいんでしょうか」
「とりあえず梓桜様の作られた朝食を召し上がられては? 女子小学生の手料理を食べられる機会はこれからもあるとはいえアイドルの手料理なんて滅多に食べられるものではありませんし」
「いや……でも僕は彼女を……」
「? 湊様何か勘違いしていませんか?」
「勘違い?」
「はい」
「勘違いも何も無いでしょ。僕が無意識のまま彼女を抱いてしまった……その事実があるならば僕はその責任を……」
「ですからそこが勘違いしてるんですよ。私が言ったのは抱きしめるということであって別にセックスというわけではないですよ」
「……へ?」
「やっぱり勘違いしていましたね。私が言っていたのは昨晩はとても気持ちよさそうに一夜梓桜を……抱き枕のように抱き締めていたということです」
「それに湊様が愛莉様を裏切って寝ている梓桜様を襲った……なんて事があったら今日の目覚めは見慣れた天井に暖かいお布団ではなく、暗くて冷たい見知らぬ豚箱……もとい鉄の箱の中でしたよ」
「は、はは……そ、そうですよね……」
言っている時の愛優さんの顔が
「私はもう行きますが、くれぐれも愛莉様を悲しませるようなことはしないでくださいね」
「はい、それは絶対に」
「ならば私から言うことは……ああ、最後にひとつだけ」
「?」
「今回の梓桜様の件ですが事前に言えずに申し訳ございません。言い訳になってしまいますが私達も知らされたのは昨日だったので。そのお詫びとは言いませんが食材とか梓桜様の服はこちらで」
「いえ、それは別に気にしてませんから。でも僕からも一つ」
「はい」
「昨日彼女に守って……と言われました。でも結局なにから守って欲しいのか聞けなかったんですが、愛優さんは心当たりとかありますか?」
そう問いかけると、愛優さんは一瞬だけ何か考えるような仕草を取ると、
「…………いいえ」
と、言ってそのまま去っていった。
でもその言葉の裏側には『私に聞かないで直接ご自分で聞いてください』そんな言葉が隠されているような気がした。
僕がリビングに戻る頃には朝食の準備が終わっていて、僕達は昨日と同じように対面するように座る。
食卓には黄金色の焼き目がついたトーストにサラダ、ハムエッグなどなど。
「わあ、とても美味しそうだね」
「ありがとうございます。でも美味しそうではなく美味しいの間違いですよ」
「自信ありって感じだね。なら早速……いただきます」
「いただきます」
僕はとりあえず起きたときから僕の食欲をそそらせてきたトーストにバターを塗り一口。
「……なにこれ、めっちゃ美味しい」
「ふふっ、それはどうも」
トーストなんてただ焼くだけ……なんて思っていたが大違いだ。
焼き加減で味がここまで変わってくるなんて思いもしなかった。
それになんと言ってもこのハムエッグ! これもまた焼くだけかと思っていたがどういうわけか自分で作るより何十倍も美味しく感じる。
「いやいや本当に美味しいよ! 一夜さんは普段料理とか作るの?」
「はい、私料理好きなんで♪」
「そうなんだ。これなら今すぐにでもお嫁さんに行けるよ。僕が保証する」
「あなたに保証されても……あ、そういえばあなたのお名前聞いてもいいですか?」
「あれ?」
言われて初めて気がついた。そういえばこっちから一夜さんのことは知っていても相手から僕のことは知らないことを。
「ごめんごめん、昨日は色々あって忘れてたよ……こほん。僕の名前は湊拓海、まぁ普通の高校生をやってます」
「湊拓海さん……はい、ばっちり覚えました♪」
「改めてよろしくね一夜さん」
「はい、よろしくお願いします拓海さん」
こうして僕達は握手を交わした。
彼女の手は愛莉達とは違う、もち肌というのかな? これはこれでずっとこうしていたいと思ってしまうほどだった。
「あ、そうそう拓海さん。これで何かされた時にあなたを通報しやすくなりました♪」
「…………」
上げて落とすとはまさにこの事、僕の気持ちは有頂天から地に落ちたのであった。
その頃、朝武邸では……。
「先生のばか……」
拓海の様子が気になって仕方がなかった愛莉は愛優の不在をいい事にメイド兼自宅警備員である紗奈の元に向かい、アパートの様子を書くしカメラ越しに見ていた。
もちろんそこには昨晩の録画も含まれている。
「ま、まあまあ愛莉様落ち着いて。湊センセも故意でやったわけじゃないんだからさ」
「それはそうですけど……でも悔しいんです! 私でさえまだあんな近くで寝たことないのにっ」
「でも湊センセとキスしたのは愛莉様だけだよ」
「それはそうですけど……。私だって別に握手とかするなとは言いませんけど……でも他の方に初めてを取られるのはなんか嫌なんですよ!」
「あはは……」
「こうなったら先生が帰ってきた時、梓桜さんにやったこと全部私にもやってもらいます」
「それがいいと思うよ愛莉様」
(湊センセ、この件はこれからが大変なのに……帰ってきてからもっと大変そうだなぁ)
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