第22話 日常の中の非日常
「……まさかこんなことになってしまうなんて……。どうしましょうか先生」
外側から鍵のかかった朝武邸倉庫内、僕は女子小学生と手を繋ぎながら座っていた。
「どうするも何も大人しく助けが来るのを待つしかない……と思う、残念だけど」
「そう、ですよね……」
倉庫内とは言ってもここは朝武邸の地下の倉庫……光源はたまたま持ち合わせていた懐中電灯のみ。
暗闇というのは人を極端に不安にさせる。
いつも過ごしている家でさえ突然光が失われたら恐怖に襲われるように、人は暗闇というのを無意識のうちに恐れているのだ。
そう考えれば少しばかりの明かりではあるが、懐中電灯が手元にあったのは運が良い。
「これからどうなっちゃうんでしょうか」
そうはいってもやはり不安なのは変わらない、いつも元気いっぱいの
「携帯も無いから連絡も出来ないし……愛優さんは優秀だからすぐ見つけてくれるとは思うけれど」
呼んでいない時でさえどこからともなく現れるあの人であれば、僕達の姿が見えなくなれば探しに来てくれるはずだ。
変態キャラとして定着しつつある愛優さんだが、そうは言っても朝武のメイド……その優秀さは知り合って三ヶ月くらいしか経ってない僕でさえわかる。
「その、すみません、私のせいで……」
「ううん、愛莉のせいじゃないよ」
「いえ! 私がここの倉庫がオートロック式で泥棒対策にカードキーが無ければ中から出られない仕組みにしたのを忘れていたから……」
「…………」
確かに入ってすぐにソレが作動し、閉じ込められた時の愛莉は本当にやったしまったという顔をしていた。
……ん、待てよ。
「愛莉、さっき泥棒対策にって言ってたよね?」
「はい。確かにそう言いましたけれど……」
「それならどこかに泥棒を感知するセンサーとか!?」
「……すみません、それはないんです」
「そうなんだ……」
「あっ、でも私もそれで一つ思い出したことがあります。確か前に
「ということは7時になればここから解放されるってことだね!?」
「はい!」
「それで僕達がここに来る前って何時くらいだったっけ?」
「確かお昼を食べ終えてから少しだったので14時くらいかと!」
「「…………」」
つまり確実に解放されるまであと5時間くらいここにいるってことか。
「ま、まぁでもほら、最低でもあと5時間でここから解放されるってわかったからさ!」
「は、はい……」
「愛莉?」
と、その時、握られていた愛莉の手が小刻みに震えているのに気が付く。
「す、すみません先生……ここ少し寒くて……」
「あっ」
今は七月……しかしここは地下。
上は暑くてもここはそれほど暑くない……というか言われて気が付いたがむしろ少し寒いくらいだ。
それもそのはずでこの倉庫があるのは地下二階……つまり1年を通してさほど温度の変わらないところにいる。
そんな場所に暑い暑い地上の空間で丁度良いと思える服装でこんなところに来たら誰だって寒さを覚えるだろう。
「えーっと、ここには何か温められるものとかはあるの?」
「いえ……ここには保存食や先生が次のネタに使いたいと言っていた最新の避難グッズしか……」
「となると、こうするしかないのか……」
「え、先生?」
僕は上着を一つ脱ぎ、そのまま愛莉へと被せる。
僕の着ていたのはかなり余裕のあるシャツだったので、女子小学生の愛莉が着るのならば腕などをシャツの中にしまい完全に暖まる格好になれるだろう。
……それにしても、外は夏だってのにここまで長袖が恋しくなる時が来るなんて。
「ありがとう、ございます。でも先生は寒くありませんか?」
「ん、僕? そうだね、寒いか寒くないかと言われたら寒いけれど……でもまだ我慢できるかな」
「我慢……」
僕の言葉に何か引っかかったのか愛莉は何か考え事を始めてしまう。
こういった場合、何か違うものに注意を向ければそれだけでも多少はマシになるからいいのだが……。
「…………」
ついさっき我慢出来ると言った僕だったが、実は実はで結構限界に近かったりしていた。
とは言ってもそんなこと愛莉に言ってしまえば今愛莉が身につけている大人シャツは僕の方に返却されるだろうし。
だけど僕自身この寒さは少し厳しいわけで……。
「「うーーん」」
二人して仲良く首を傾げる。
何かいい解決策は……などとあれこれ考えてみるものの、何も浮かばない。
本当にどうしたものかと頭を悩ませていたその時だった、不意にとなりから「あっ」という声が聞こえどうしたんだ? とそちらを向くと、目をキラキラと輝かせとってもいい案が浮かびましたよと目で訴えていた。
「……それで、そのいい案がこれ、なのか……」
「はい、すみません少し窮屈で」
「いやそれはいいんだけどさ……」
流石にこの絵面は不味いだろ!?
先ほど渡したシャツを返却され、言われるがままにそれを着た僕だったが、次の瞬間あろうことか愛莉にそのまま押し倒されナニをされるかドキドキしながら待っていると、僕のシャツの中に愛莉が侵入した。
そしてそれが進み……一つのシャツを二人で着る形になった。
いくら大きくて余裕のあるシャツとはいえ、顔は少し動かせばもう接吻が出来ちゃう距離肌と肌は文字通り重なっている状態なのである。
こうなってしまっては服の着ている着ていないは関係なく、その愛莉のあるようでない、ないようである、そんな慎ましやかなお胸様の感触さてしっかりとわかってしまう。
しかし流石はスーバーお嬢様である愛莉が考えただけあって、暖かい本当に暖かいのだ。
だけどこれは子供特有の高い体温、そして愛莉のありそうでない、ないようである、そんな慎ましやかなお胸様の感触により身体が火照ってきているからだろう。
我ながら時と場合をわきまえろとツッコミたいところだ。
「愛莉、キツくない?」
「は、はい……なんとか大丈夫です」
「それはよかった……」
「せ、先生こそ苦しくはないですか?」
「ううん、全然大丈夫だよ」
ただの何気ない会話。
そう、何気ない会話なのにこの息がかかるほど近いからか、嫌でも愛莉の柔らかそうな唇に目がいってしまう。
既に何回かしたことはあるものの、ここ最近は全くだったし僕自身そういったことに関しての耐性がまだついていないらしい。
しかしここで目を逸らせば間違いなく愛莉にバレて、最悪の場合不快な思いをさせてしまうかもしれない。
だがしかし……。
気になって気になって仕方ない!! もう、僕どうしたらいいかわかりませんっ!!!
そう心の中で叫んだ時だった。
「ねえ先生」
「うん?」
「キス、しませんか?」
──同じ頃、朝武邸の別室にて。
「それで紗奈、二人がどこに行ったのかまだわからないの?」
「今監視カメラの映像をチェックしてるけどどこにも見当たらないねぇ……。もしかして二人とも外出したとか?」
「いいえ、靴は確かに全部あったから家の中にはいると思うんですが」
「……あっ」
「見つかりました!?」
「あ、ううん。そうじゃなくて……ほら、ここ」
紗奈はモニターいっぱいに映っている監視カメラの映像の一つを指さした。
「これ愛莉様と湊先生じゃない?」
「はい、これはそうですが……」
「この先って確か倉庫だと思ったけど……ひょっとしたらカードキー忘れて閉じ込められたとか──って、いないか」
流石は私のお姉ちゃん……と、少し誇らしげに思う。
こんな人に尽くして貰える愛莉様や湊先生は幸せだろうな。
「……今度湊先生を呼んで新作のエロゲーやろうかな」
──そして倉庫内に戻る。
「……はぁ、はぁ愛莉……」
「せん、せぇ……」
甘く熱い吐息が顔にかかる。
この行為自体はそんなに運動するわけでもないのに、どうしてこんなに顔や身体が暑くなるんだろうか。
なんというか、もうくっついていなくても大丈夫なくらい心も体も暖かくなっていた。
「先生、もう一度……」
「…………いや、ダメだ」
再び愛莉が僕の唇と重ね合わせようとするが、僕はそれを止める。
それは決して愛莉とのキスが嫌になったわけでもなく、別の原因があるわけで……。
僕はその原因の方へゆっくりと視線を向ける。
「……愛優さん、なに撮ってるんですか?」
「ひゃう!?」
「ナニって……ナニをするところ?」
「ナニってなんですか!? というか助けに来たのなら声かけてくださいよ!」
こうして日常の中のちょっとした非日常な出来事は無事に何事も無く終わりを告げた。
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