第20話 たまにはこんな休日も……


 「いらっしゃいませー」


 店に入るとお決まりの掛け声をかけられる。


 「あらあら、姉妹揃ってお綺麗ですね〜。今日はお姉ちゃんのお買い物? それとも妹ちゃんの方かな?」


 こんな風にお客様の心を掴むために様々な言葉をかけてくる。

 これをお節介と感じるかそうでないかは人次第。

 ちなみに僕としては普段ならそこまで気にしないのだが、今の僕からしたら本当にただのお節介である。


 「今日は私のお買い物にお姉ちゃんが付き合ってくれたんです」

 「あら〜それは良かったですね〜。お姉ちゃんにお似合いのもの、選んでもらえるといいわね」

 「はいっ!」


 僕の妹……の、設定である僕の婚約者であり数億円くらいなら軽く動かせるスーパーお嬢様の朝武愛莉ともたけあいり

 そんな愛莉と僕が一緒にいて何故姉妹と思われるか、それは今の僕の姿が原因である。

 ……まぁ姉妹と言われて気がつくだろうけれど、今の僕は──女の子だ。


 どうしてこうなっているのか……それは今から数時間前、僕が七月の暑さを忘れさせてくれるほど快適な自室でベッドの上でごろごろとソシャゲをしていた時に遡る。



 「あ〜やっぱりこのロリ最高だ……なんというか可愛くて、可愛くて、そして何よりも……可愛い!」


 と、そんな事を言いながらソシャゲアプリ『ロリコレクション(通称ロリコレ)』をしていると、突然部屋の扉がノックされる。


 「先生、少しよろしいでしょうか?」

 「はいどうぞ」

 「失礼します」


 そう言って入ってきたのは、今からどこかに出かけるのだろうか、部屋着ではなくいつぞやのデートの時に着ていた白のワンピースに身を包んだ愛莉だった。


 「その格好……もしかしなくてもこれからお出かけ?」

 「は、はい……」


 いつもならここで『はい! それで先生も一緒に行きませんか!』と、誘ってくるのだが、どうした事か今日は違う。

 むしろなんか顔を赤らめてもじもじしている。

 しかも僕に言いにくそうにしている……ということはつまり。


 「はっ、もしかしてこれからクラスの男子とお出かけとか!? 僕は別に構わないから行ってこればいいと思うよ」

 「ち、違います! それに私が通っているのは女学園なので男の子なんていませんよ……」

 「あ、そういえばそうだったね」

 「もぅ先生ったら……」

 「あははごめんごめん。それでどうしたの?」

 「あ、そ、それは、ですね……」


 先程までしっかりとはなしていた愛莉だが、この話題になると急にだんまりしてしまう。

 うーーむ、これはどう見るべきか。

 選択肢があるとしたらこうだ。

 A.行きたい店があるけど誘いにくい店である。

 B.この服をまた見せたくて着たものの、自分から感想を催促することは出来ないため僕の言葉を待っている。

 C.ついに僕に愛想を尽かして今までキスをしたりラッキースケベをしていたことを国家権力(警察)に訴える準備が出来たことの報告。

 さぁ答えはどれだ!!


 「あの、先生?」

 「うん?」

 「全部声に出てましたよ」

 「……えっ?」


 瞬間この部屋の時が止まる。

 そして時は動き出し。


 「ええええええぇぇぇぇえぇえぇぇっ!!?!?」


 僕はこの屋敷全部に響くのではないかと思うくらい大声をあげてしまう。


 「せ、先生、大丈夫です。そんな大声出さなくても別に先生を訴えるとかそんな事はしないので」

 「ほ、本当に?」

 「はい。それにキスとかは私も……したかった、ですし。ラッキースケベ……というのも先生がしたくてしたわけではないというのもわかっていますので」

 「あ、愛莉……」

 「ひゃっ、先生?」


 僕は思わず愛莉の手をとる。

 やっぱり小学生──愛莉は最高だぜ!

 こんなに良き理解者を未来とはいえ嫁に持てて幸せだよ……。


 「って、それならどれが正解なの? それとも正解なんてなかった?」

 「あ、いえ……正解はあるんですけど……」

 「ならA? B? それとも……やっぱりC?」

 「え、えーっと……A、です」

 「へっ?」



 「──ということなんです」

 「なるほど……」


 僕は愛莉から説明を受ける。


 「つまりなんだ、最近下着のサイズが合わなくなってきたから買いに行きたいけれど愛優さんは予定があり、紗奈さんはここの見張りがあるから行けない。ということで僕に同行してもらいたい……と」

 「はい。簡単に言えばそうですね」

 「なるほどなるほど……って、それ僕が同行したら間違いなく捕まるよね!?」

 「湊様そこはご安心ください」

 「うわっびっくりした!?」


 突然どこからか湧き出た愛莉と僕の専属である月山メイド姉妹の姉、月山愛優つきやまみゆが僕のすぐ横に現れる。


 「あら愛優さんいつからそこに」

 「愛莉様……強いて言うなら、ずっとここでスタンバってました……ですね」

 「暇人か!!」

 「冗談です。先程湊様が大声をあげた時に部屋に侵入しました」

 「なるほど。で、それまではどこに?」

 「部屋の外でこっそり聞き耳をたてていま……せんでしたよ」

 「うん、それ嘘だよね、確実に聞き耳を立てていたよね?」


 この人に構っているとこうも疲れるのは何故だろうか……。

 というかこの人一応僕と愛莉のメイドなんだからご主人様を疲れさせるようなことはしないで欲しいんだけどな。


 「っと、それで愛優さん愛莉の話なんですけど」

 「あぁその事ですか。全て事実ですよ」

 「いやそうじゃなくてね。男の僕が女子小学生の愛莉と一瞬に下着を買うのに同行したら捕まるよねって」

 「その事でしたか、それなら問題はないですね。あっ、大丈夫だ、問題ない、です」

 「その言い直し必要──まぁいいけど、それで問題ないってどういうことですか?」

 「あっ、私もそれ気になります」


 視線が含みのある笑みを浮かべる愛優さんへ。


 「湊様は先程こう言われましたよね『男の僕が女子小学生の愛莉と一緒に買い物に行ったら捕まる』と」

 「う、うん……そうだけど……」

 「ならばこう考えられませんか、男の湊なら捕まるけれど女の湊様なら捕まらないと!」

 「わぁ、流石愛優さんです!」

 「なるほど……それは盲点だった──ってそんな事口が裂けても言うかッ!!」


 勢いに負けて一瞬納得しかけちゃったじゃないか。


 「そもそもどうして愛優さん一緒に行かないんですか?」

 「いやそれは予定が──」

 「その予定というのはひょっとしなくてもストーカーって言いますよね?」

 「違います、愛莉様の成長記録です」

 「うん、だからその右手に持ってるビデオカメラが全て語ってるよねストーカーしますって」

 「いいえ! 愛莉様の成長記録です!!」

 「だから──」

 「成長記録です!」

 「…………」


 このメイド……いつかぎゃふんと言わせてやる……。

 そう誓った拓海であった。


 「というか百歩譲って成長記録が忙しいにしても、僕が女装する必要が──」

 「ありますよね?」

 「……はい」


 今のは明らかにミスだ。

 この言い方ではまるで「僕はありのままの姿で女子小学生の下着を選び、捕まりたいんだ!」と、言っているようにしか聞こえなくなる。


 「そ、そうだ! 仮に女装するにしても、僕はどちらかと言うと男の顔つきだと思うんで、顔でバレて無理だと思いますけど」

 「えっ、湊様ご自分の顔を男よりだと思っていたんですか?」

 「えっ、この顔男よりじゃないの?」


 僕は不思議に思い愛莉の方へと顔を向ける……が。


 「え、待って愛莉。どうして、どうして目を逸らすの?」

 「い、いえ……その……先生は、男性のような顔つき、だと思いますよ。多分」

 「思うって何!? 多分って何!?」


 初めて明かされる僕の顔面の真実。

 そう言えば昔、充や柿本から女装がに愛そうとか言われた気が……いやいや、ないないないない! だって僕男だし? というかそんな設定を持って生まれた記憶もないし!?

 なんて思っていても現実というものは非情で、僕の意思に関係なく話は進んでいく。


 「これで決まりましたね……湊様、お時間もないのでお覚悟を!!」

 「え、えっ、えっ!?」


 気が付けば手をわしゃわしゃさせながら怪しい笑みを浮かべ近付く愛優さんに、僕は為す術もなく……。


 「らめええええええええええええっ!!!!!」


 この後めちゃくちゃ女装させられた。


 ……と、そんな事があり今に至る。

 メイクやらより女の子に見せるために胸に詰めるパッドやブラまでご丁寧に用意され、着けるハメになった。

 もちろん僕は全力で嫌だと言った。

 しかし愛優さんに拘束された僕は抵抗することも出来ず……こうなった。

 ……まぁでも。


 「それじゃあお姉ちゃん早く行きましょ♪」


 こんなに楽しそうな愛莉を見れるなら良かった……のかな。

 そう思ってしまうから僕は愛莉にとても甘いのかもしれない。


 何はともあれ僕はこうして女の子となってランジェリーショップへ。


 「……って、もう中にいるんだけどね」


 色々と下着を選ぶ愛莉には見えないところで、ため息混じりにそう呟く。

 まず最初に驚いたのは色の多さ。

 男ものだとそんなに色の種類はないのだが、女ものはどうやら違うみたいで白やら黒もあれば紺色なんてものもある。

 ……きっと自分が本当に女の子だったら楽しめるんだろうななんて思ってしまうくらいに。


 「……おや?」


 そこで僕も折角だからとふと目に止まる。

 それは一見するとただの真っ白い下着なのだが、ワンポイントとして小さいリボンが付いている。

 この何気ないリボンがきっと僕を引き付けているのだろう。

 そしてこれはきっと愛莉にも似合う! ……はずなのだが。


 「うーーむ」


 よくよく考えると僕は愛莉のスリーサイズも何も知らない。

 というか知っていたらそれこそ事案なのだけれど……。

 でも上の方はAカップだって自信を持って言える。

 うん、これだけは、僕の一級ちっぱい鑑定士としてのプライドをかけて言える。

 ……そんな称号持ってないけど。

 と、その時こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえる。


 「ん、そろそろ選び終わったのかな」


 その人物は考えるまでも無く。


 「お姉ちゃん選び終わりました♪」


 そう言って複数の下着を持った愛莉がこれまた満足と言わんばかりの笑顔を浮かべながらやってきた。


 「愛莉、いいのは見つかった?」

 「はい♪ ですが……」

 「? って、愛莉!?」


 いきなり選んだ数枚の下着を広げる。

 店に並べられている時はただの商品だと思えるのに、それを手にした途端何故かただの商品だと思えなくなるのは何故だろう。

 なんて事が一瞬脳内に浮かんでしまうほどに動揺していた。


 「ねぇお姉ちゃん」

 「は、はい!」

 「お姉ちゃんはどれが一番可愛いと思いますか?」

 「か、可愛い?」


 現在進行形でパニクっている僕に更なる追撃。

 愛莉の手には複数──いや、三枚の下着。

 それぞれ白、ビンク、水色と言った実に僕好みの色合いなのだが……。


 「あ、うぅ、あぁ……」


 頭が爆発しそうだ。

 それはきっと自分が女装している事や、女子小学生の下着を選ぶという事など、様々な原因があるだろうけれど……。


 「と、とにかく試着は無理だから服の上から当ててみようか」

 「そうですね! 流石お姉ちゃんです♪」

 「あはは……」


 凄くキラキラしたような目で見てくる愛莉。

 だけどごめん、そんなキラキラした目で見られるようなことはしていないんだ……。

 むしろ世間からしたら白い目どころかゴミを見るような目で見られてもおかしくないような事を言っているんだ。

 ……なんて言えるはずもなく、僕は素直に自分の吐いてしまったことを指す実行するのだった。


 それから一時間後。


 「いい買い物が出来ましたね♪」


 買い物袋を下げた愛莉と僕はあのきらびやかな空間から一気に現実へと戻る。

 が、僕にはあの空間、そして何よりも服の上からとは言え愛莉の身体に下着をあててそれで選ぶというハードなミッションはとてもじゃないが精神をゴリゴリ削られた。

 何が大変かって少しでも目を逸らそうとすると愛莉がふくれるからじっくりと見なければいけないし、見れば当然想像もしてしまうわけで……べ、別に興奮とかはしてないからね!? ……本当だよ?


 「ま、いい買い物が出来たのなら何よりだよ」

 「ふふっ、お姉ちゃんのお陰ですよ♪」

 「あ、愛莉……」


 突然抱きつかれ心臓がドクンと跳ねる。

 まあ普通に考えて、男子高校生と女子小学生がランジェリーショップから出てきてその上店先で女子小学生が抱きついていたら通行人からの通報は待ったナシなんだけれど、そこは流石女装していると言ったところだ、今のところスマホを片手に通報しようとしている人なんて一人もいない。

 そう思っていた。


 「……君、男の子でしょ?」

 「「っ!?」」


 不意に背後からそんな声が聞こえ、思わず体をビクリと震えさせてしまう。

 しかしここで動揺してしまってはダメだ。

 僕はあくまでも平常を装いつつ振り返る。


 「な、なんのことでしょうか……?」


 すると、そこに居たのは二十代くらいのやんわりとした雰囲気の女性が立っていた。



 それから場所を移し、一旦喫茶店で話し合うことになった僕達。


 「ここならあまり人もいないし、マスターも口が堅いから安心してよ」

 「は、はい」


 案内されたのは駅前……とは言ってもなぎささんが働いているアミテがある方とは全く逆の方にある喫茶店『クローバー』だった。

 とりあえずみんなドリンクを注文し、それが運ばれたところで再開。


 「それで、どうして、その……あなたはわかったんですか?」


 あれこれ手を尽くそうとして、隠そうと思ってみたが、ここに来るまでになんとなくこの人には隠し事は無理だと悟り素直にそこから入ることにした。

 しかし相手はそれすらもわかっていたようで。


 「ふふふ、それはね……私は見ただけでスリーサイズや身長がわかるんだよ!」

 「……えっ?」


 突然の事で思わず間の抜けた声が出る。

 いやだって見ただけでスリーサイズがわかるって言うんだよ? そんなもの信じられるわけ。


 「その目、信じられないとでも言いたそうだね〜。よしわかった、なら私がその可愛らしいお嬢さんのスリーサイズをここで公開してもいいけど……」

 「ひゃう!? だ、ダメですダメです! それはダメですーっ!!」


 両手を降って全身を使ってダメと強調する愛莉。


 「えー、ダメなのかい。というかその歳で自分のスリーサイズを把握しているなんておませさん♪」

 「そ、それは……ふ、普通ですよ普通! ねっ先生?」

 「え、あ、う、うん……?」


 勢いに負けて思わず頷いてしまう。

 と言うか、そんな事を男の僕に聞かれても……。


 「えー、それじゃあ君……そう言えば名前を聞いていなかったね。私は奈美なみって呼んでくれていいよ」

 「僕は湊拓海みなとたくみです。呼び方は好きなように」

 「私は朝武愛莉ともたけあいりです。私も、呼び方は奈美、さんにお任せします」

 「ふむふむなるほどなるほど、拓海くんに愛莉ちゃんか……うん、覚えたよ」


 うんうんと何度も頷く奈美さん。


 「それで話を戻すけれど拓海くん? 拓海ちゃん?」

 「……湊でお願いします」

 「湊ちゃんは愛莉ちゃんのスリーサイズはわからずとも胸のサイズくらいなら大体はわかるんじゃないか?」

 「えっ?」

 「へっ?」


 突然の爆弾投下。

 その言葉に「そうだったんですか?」と言いたげな顔でこちらを見つめる愛莉。


 「い、いや……そんな事は……」

 「あるでしょ?」

 「…………はい」


 これは完敗だ。

 僕の心が言っているこの人には隠し事なんて通じないと。

 しかしそのカミングアウトは同時に……。


 「せ、ん、せ、い!」

 「あ、あああ愛莉!?」

 「……さっきの話、本当ですか?」

 「さ、さっきの話って?」

 「……胸の、話です」

 「…………」

 「本当、ですか?」

 「……すみません本当です」


 流石にこればかりはいくら愛莉が相手でも……。

 そう思った時だった。


 「先生……流石ですっ!」

 「……えっ?」

 「えっ?」


 てっきり怒られたり罵倒されたりするかと思っていたのだが、返ってきたのはその予想の斜め上……というより全く反対方向の答えだった。


 「私でさえ愛優さんに言われるまで気がつかなかったのに、先生は見ただけでわかってしまっていたなんて……流石ロリコンの中のロリコンで──むぐ!?」

 「あ、愛莉!」


 とっさに愛莉の口を塞ぐが、既に手遅れだったみたいで、目の前にいる奈美さんはもちろん、喫茶店のマスターまでもが信じられないものを見る目でこちらを見ていた。

 あれこれ言い訳を考えるが頭の中がパニックを起こしているのか考えがまとまらない!

 と、とにかくなにか話さなければ!


 「あ、あはは……これは、ですね──」

 「うん、面白い!」

 「……いま、なんて?」

 「いやだから面白いって!」

 「面白い……ですか?」

 「そうだよ! いや〜実はさっきまで女装趣味の変態が幼気な小学生をたぶらかしているのかと思っていたけれど……いやはやまさかこんな結果になるなんてね〜」


 突然愉快に笑い出す奈美さんに僕も愛莉もぽかんとなる。


 「うんうん、気にいった。君達特別に私の店に来てくれたら無料ただで服を作ってあげるよ♪」

 「えーっと……?」

 「あ、それとそれと私の知り合いにめちゃくちゃ美味しいケーキを作れる人がいるからその人も紹介してあげるよ」

 「ありがとうございます?」

 「なに気にしなくてもいいよ♪ あ、私は富山市ってところに住んでいるんだ。まぁ気が向いた時にでも来ておくれ、それじゃ♪」


 それだけ言い残すと奈美さんはそのままお金を払いどこかへ行ってしまった。


 「なんというかすごい方でしたね」

 「……うん」



 奈美さんとの遭遇イベントの後、僕達は色々な場所を周り、最後にはやはりというかなんというかで公園に来ていた。

 ただしいつもとは違いまだ日中なので人もそれなりにいる。

 しかし僕達は特に何かをするわけでもなく、僕と愛莉が出会った場所──丘の上で二人仲良く座っていた。


 「たまにはお昼頃に来るのもいいですね先生」

 「確かに今の時間帯、ここにいる事はあんまりないからたまにはいいかもね」


 僕は公園が嫌いなわけではない。

 いやむしろロリ達が集まりやすい分好きと言ってもいいくらいだ。

 しかし最近は何かと忙しかったりであれ以来、余り公園に来ることもなかった。


 「しかし流石休日だな〜」

 「どうかしたんですか?」

 「あぁうん。いやさいくら公園でもここまで子供が集まるのは休日くらいなわけで、これを見てると休日だなって思ったんだよ」

 「なるほどです。確かに先生の言う通りかもですね。……って、私もその子供の中に入っちゃいそうですけど」

 「あはは、そうかもしれないね」


 たまにはこんな風にお出かけしたりする休日もいいかな……。

 なんて思ってしまう。


 「ん?」


 その時、こちらの方へボールが飛んできた。

 まあここは丘の上とは言ってもそんなに高くないから子供でも力いっぱい投げたり蹴ったりすれば十分届くから珍しくもないか。

 飛んできた方を見てみると、数人の子供がこちらに走ってきているのがわかる。

 僕はボールを拾い上げ子供達に渡そうとした時だった。


 「おねーちゃんありがと!」

 「あっ……」


 その時、僕は思い出した……僕は今女装をしている事を。


 「? おねーちゃんどうしたの?」

 「いや、なんでも、ないよーあははははは。それよりも気をつけて遊ぶんだよ」

 「うん、わかった!」


 子供たちはそう言い残すと再び元気に走り出した。

 一方僕はと言うと。


 「やってしまった……女装しているのを忘れて色々なところ行ったりしてしまった……」


 思わず頭を抱える。


 「せ、先生そんなに落ち込まないでください。に、似合ってますから」

 「うぅ……ありがとう愛莉……でも今欲しい言葉はそれじゃないんだよ……」


 普通の服ならば嬉しいのだが、今は女装している状態……どう考えても素直に喜べない。


 「たまにはこんな休日もいいかと思ったけれど。やっぱり家の中が一番だったよ……」


 僕は雲一つない青空に向かって、そう呟くのだった。

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