第19話 十人十色


 七月下旬。

 気が付けば学生達のパラダイスである夏休みがもうすぐそこまで迫っているある日。

 迫り来る夏休みとその間に開かれる夏コミに対し不安と興奮が複雑に混じり合う僕は、最近妙に目が覚めるのが早くなった。

 朝起きるのが早くなれば、様々な変化が起きる。


 「…………あっ」

 「ふぇ?」


 今まさに僕に起こっているのもその変化のうちの一つだ。

 目の前には風呂上がりの全裸……ではなく、バスタオル一枚の女子小学生、朝武愛莉ともたけあいり

 そしてそれを見つめたまま固まる男子高校生の僕、湊拓海みなとたくみ

 そしてその光景をどうしてそこにいるのか、愛莉の後ろ……お風呂場の中からこっそりとビデオカメラを持って楽しそうに撮影に励む月山メイド姉妹の姉、月山愛優つきやまみゆ


 「「…………」」


 お互い視認しあっているが、どうしてか金縛りにあったかのように動けない。

 いや、違う……もっともらしい例え方をするのならまるで時が止まってしまったように、僕の周りは完全に静止していた。

 随分と久しぶりに見た気がする愛莉の裸体にも近い姿からは湯気が立ち、頬はほんのりと赤い。

 どうして裸よりもこう見えそうで見えなかったりしている方がこう、エロいのか……こんな状況なのにそんな事を考えてしまう。

 興奮していないわけでもないし、今すぐ抱きしめたくもなるが、目の前にいる愛莉の姿を見るとこれは決して僕なんかが触れていいものではないと思わされてしまう。

 しかし僕はあくまでもロリコン──こんな時にも平常心を……。


 「…………」


 ……うん、無理だ。

 僕はあっさり諦める。

 愛莉と僕の間にはそれなりの距離があるはずなのに、はっきりとわかるくらいのシャンプーの香り……これらは僕の心臓の動きを激しくさせるのには十分すぎるほど威力があった。

 ドクンドクンと心臓の動きが早まる。

 その時、愛莉の髪の毛から雫が垂れつぅーと頬を伝ってそのままこれから成長するであろう胸元へと落ちる。

 別にその雫になりたかったとかそう言ったことを考えているわけではないが、何故か視線はそこに吸い寄せられる。

 …………これはロリコンだからとかではなく、悲しい男の性なのだ。



 ──ピチャン。


 と、その時、お風呂場の方で水が落ちる音が。

 そしてそれを合図に僕達の止まっていた時は動き出し……。


 「──き」

 「──う」

 「きゃああああぁぁぁぁぁっっ!!」

 「うわああぁぁぁぁっ!!!」


 屋敷全体に聞こえるのではないかとおもうほどの、女の子の黄色い悲鳴と男のこの世の終わりみたいな悲鳴が響いた。



 「……本当に、ごめんなさい」


 一旦その場を後にした僕は、着替えを終えた愛莉が出てくるのを見計らい謝罪を一つ。


 「い、いえ……私も大声を出してしまってすみませんっ!」


 何故か愛莉まで頭を下げる。

 その瞬間、ふわりと舞った愛莉の髪からは先ほどと同じシャンプーの香りが再び鼻腔をくすぐった。


 「っ!!」


 僕はすぐさま一定の距離を取る。

 このままだと愛莉を抱きしめたくなってしまうから。

 ……いや、別に抱きしめるのが嫌なわけではない、ただ僕は愛莉の後ろでこっそりビデオカメラを展開しているメイドに記録されたくないだけなのだ。


 「? 先生、どうかされましたか?」


 しかしそんな事を知らない愛莉は不思議に思いこちらに問う。


 「い、いや……あ、僕ちょっとみつるに送らないといけないものがあったから部屋に戻ってるね」

 「あ、はい、それはわかりましたが──」

 「それじゃ!」


 僕は愛莉の言葉を半ば強制的に断ち切り、その場を後にした。



 「はぁ、はぁ……何やってるんだ僕は」


 一人部屋のベッドに倒れ込み思わずそんな言葉が口から漏れた。

 時刻はまだ七時、この事を忘れるために今すぐにでも寝てしまいたい。

 もっとも先ほどの事が衝撃的すぎて僕の頭はしっかりと覚醒してしまい、全く眠れる気はしないけれど。


 「……それにしても。愛莉も成長期、なんだな……」


 今まで微かにしか無いと思っていた愛莉だったが、恐らく僕の目算では出会った頃よりワンランクアップしている。


 「って、僕は何を考えているんだか……」


 僕と愛莉の関係について考えることがたまにある。

 本当に今更な話なのだが、それでもこれは大切なことだと思っている。

 愛は人それぞれ十人十色、正しい形だけが愛じゃない。

 この言葉は昔の僕の恋愛観にかなりの衝撃を与えた言葉だ。

 昔……まだロリコンに目覚めるか否かの時、僕は本当に幼い子にそういった感情を抱いても良いのか迷っていた。

 もちろん相手は画面の中の存在なのだがそれでも初心な僕は真剣に悩んでしまっていた。

 今となってはいい笑い話なんだけど。

 その笑い話に再び向き合うことになるなんて……。


 「人生本当に何が起こるかわかったもんじゃないな……」


 愛莉とこうして結婚を前提に付き合い始めてから二ヶ月。

 キスこそすれどその先には至らない……いや、キスでさえそこまでしていないのだ。

 別に他の恋人は〜などと言うつもりはないし、僕自身まだそれをする事を想像していない。

 ……いや、僕は愛莉の恋人である前にロリコンだ。

 ロリの笑顔のためにどんな困難も打ち破る事をここに──。


 「誓います……か」


 間違いだらけで何が正解かなどわからないこの世の中。

 せめて本当の正解がわかるまではこれを貫こう。

 別に焦らなくてもいい、時間はたっぷりある。

 ただ僕達は歩くのがゆっくりなだけなんだ。

 僕は自分の心にそう言い聞かせ、静かに瞳を閉じた。

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