第8話 デートの約束(上)
キーンコーンカーンコーン。
「はぁ〜……やっと終わった〜。頑張ったこの僕を褒めてくれるロリのお嫁さんはいないかな〜」
帰りのホームルームが終わると同時に席のすぐ後ろから情けない声が聞こえてくる。
今はもう五月の終わりの金曜日。
今年は暑くなるのが早く、今日も気温は三十度を超えていた。そして何よりも金曜日とのこともあり、一番疲れている時でるのはわかるが。
「そんなだらしない所を見せていたら寄ってくるロリも寄ってこないんじゃないか?」
「うー、それでロリが寄ってくるならとっくにシャキっとしてるっての〜」
僕は振り返りながらそう答えると、そこには机に突っ伏しながら返してくる親友であり、同じサークル仲間の
充は基本的に眼鏡は外さないのだが、几帳面なのかこうしている時は眼鏡を外している。
普通の人ならそれがどうしたって話で終わるのだが、コイツの場合はちゃんとしたサインなのだ。
なんのサインかというと…………。
「イラスト集、終わらないのか?」
「……あぁ」
絶望に満ちた声が返ってくる。
つまりそういうことだ。基本的にコイツがこうなった時は何かに詰まった時なのだ。
ちなみにイラスト集とは今度僕達のサークルで出す新刊の一つで、僕ことたくみなの「ロリとの新婚生活は最高ですか? 最高です!」、
「そもそもだ……」
「ん?」
「お前があんなに完璧なロリっ娘の提案をしてこなければなぁ!!」
僕の方を掴み揺すぶる充。その目にはうっすらと涙さえ浮かべていた。
「なんなんだよあの小説……まるで現実のロリと新婚生活してるみたいだったぞおい」
「あはは、そう言ってもらえると嬉しいよ」
笑ってごまかす。流石に
それに……コイツに話したらロクなことにならなさそうだ。
目の前にいるこいつは僕の小説の内容を思い出したのか、さっきからずっと身体をくねらせながら悶えていた。
ちなみに温泉旅行から帰ってきた後、ひっそりと追加でキスシーンを追加したりしてみた。
……まぁそのせいで充はこうなっているんだが。
「星川君……大丈夫なの?」
不意に声をかけられる。声の主は見るまでもない、充や僕と同じサークルの仲間であるあかねん先生こと柿本明音だ。
「どうやら今年もダメっぽいね」
「ありゃりゃ……」
そう言って極自然に充の隣に座る柿本。
……相変わらず大きいよなぁ。
僕は柿本の胸を見て感心する。
どうやら愛優さんみたいな巨乳の人と過ごすことによって、僕の巨乳に対する意識が変わったらしく、今まで興味のきの字すらなかった愛優さんの大きな胸や紗奈さんの愛優さんには負けるものの、それでも大きめの胸に視線が奪われることが度々出てきたのだ。
「ん? 湊君どうしたの?」
「い、いや……なんでもない」
突然柿本に声をかけられ目を逸らす。
見ていた所がアレなのでなんとも言えない空気になる。
「あ〜、そんな事より家に帰ったら玄関先で『お帰りなさいあなた♡』って言ってエプロンを着て出迎えてくれるロリはいないかな〜……」
そんな空気をぶち壊すように充がうーうーうねっている。
「ふむ……」
僕は試しに愛莉がエプロン姿で僕を出迎えてくれるシーンを想像する。
これはあくまでも妄想……だから多少おかしくても問題ない、ただの妄想だから。
「あ〜疲れた……ただいま〜」
僕はそう言いながら大きな扉を開ける。
「お帰りなさい拓海さん♪」
満面の笑みで出迎えてくれる愛莉。
さっきまで料理中だったのか水色のエプロンを着ているのだが、それもまたグッド。
肩やスカートの部分にヒラヒラが付いており、それが更に可愛さを際立たせている!!
…………現実では出迎えてくれる時は愛優さんも一緒だろうがそれはそれ。
「えーっと、拓海さん……お風呂も出来ていますし、料理の方も出来ていますが……」
急にもじもじし始める愛莉。
こ、これはまさかっ!!?
「拓海さん、お風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも……わ、わたひにしまちゅかっ!!?」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!!!!!
思わず妄想の中で全力のガッツポーズ。
可愛い、可愛すぎるだろ朝武愛莉いいいいいいいい!!!!
途中までは完璧だったのに最後で噛んでしまうところがまた良い! グッド!! パーフェクトォ!!!
もっと可愛い愛莉が見たい……そう思ってしまった僕は思わずいたずらな言い方をしてしまうだろう。
「愛莉はどれがオススメかな?」
「えっ、お、オススメですか?」
その質問に対し、顎に指を当て可愛く悩む仕草を見せる。
ようやく答えが出たのか、僕の顔を下から大きな瞳で見つめる。
「お風呂は今日だけ特別に私がご一緒しようかなとか思ってましたし、料理も今日は疲れて帰ってくるだろうと思っていつも以上に愛をこめましたけれど…………」
そこまで言うと、愛莉はグッと距離を詰める。
ここには僕達以外いないのだが、愛莉は僕にだけ聞こえる声で、
「お風呂もご飯もいつでも出来るので、今しか体験できない私の幼い身体……で、どうでしょうか?」
「────ッ!!!」
フローラルな香りが鼻先をくすぐるように、僕の耳に甘い声が届く。
いくら妄想の中とはいえ、愛莉がこんなことを!?
「〜〜〜っ!」
しかも頬を赤らめて、その上そのくりくりした大きな瞳で上目遣いをしているだとぅ!!?
朝武愛莉……恐ろしい子!!
男性、主に僕を落とす術を全てわかってらっしゃる!
ま、まて。落ち着くんだ僕よ……これはあくまでも妄想……現実ではない。
そう、現実の愛莉ならこんなこと……。
「お風呂でもご飯でもなくて、私……でどうでしょうか?」
なんなんだこれは! まるで愛莉に耳元で囁かれているよう……違う! 愛莉はこんなことは言わない! ……多分。
邪念を取り払おうとするも、その声は追い打ちをかけるように絶妙にアレンジを加えられながらループされる。
「拓海さん……私じゃなくて、お風呂やご飯を取るんですね……」
「──ッ!!」
そこで妄想の中の僕の理性は完全に飛んだ。
「ふ、ふふ……」
「拓海、さん?」
「僕が愛莉よりお風呂やご飯を取る? 冗談じゃない……僕が今、本当に必要なのは愛莉だけだよ」
妄想の中の僕はキメ顔でそう言った。
……なんだろうこの気持ち。僕であるはずなのにとてつもなく、気持ち悪い。
しかし、妄想の中の愛莉の反応は違うものであった。
妄想の中のはずなのに、はずなのに、もしかしたら僕が見た中で一番の笑顔を浮かべ。
「拓海さんだぁ〜い好きっ♪」
愛莉の甘い言葉が耳に届いたその瞬間、僕の意識は一気に現実へと引き戻される。
「グハァッ!!!」
可愛すぎるだろおおおおおおおおおおっ!!!
なんだこれ、兵器ってレベルじゃねぇぞこれ!
妄想の中とは言ったものの、いつも以上に甘えてくる愛莉の姿は控えめに言って国宝……いや、それはダメだ。
この愛莉は僕だけのものだ、うん。
「ど、どうした拓海!?」
心配する友人の声は右から左へ流れていく。
なのに何故だろうか、先ほどの妄想であるはずの愛莉の声はいつまでも耳に残り、エプロン姿はばっちりと脳裏に焼き付いていた。
吐血した後のように息を荒げ、その場で四つん這いになる。
「拓海っ!?」「湊君っ!?」
「えっ、なになに? 誰か倒れてる!?」
その異様な光景に近くにいた充や柿本だけではなく、クラスの人達さえ駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫だ……きっと傷は浅い……」
僕はふらふらになりながらも立ち上がる。
「えーっと、湊君……大丈夫じゃ、ないよね?」
「大丈夫、本当に大丈夫だから……」
大丈夫だと言う意思を伝えると、集まってきたクラスメイトの人たちも散り散りになる。
まさかただの妄想でここまでになるとは思ってもみなかったぜ……。
「拓海さん、だぁ〜い好きっ♪」
「グボァ!!」
「拓海!?」「湊君!?」
この後、幻聴として残り続ける愛莉の言葉によって僕は少しの間保健室に厄介になることになりました。
そしてその時、僕は改めてロリの偉大さに気付かされたのだった。
──その晩。
僕は一人せっせと放課後の妄想もといアイディアをメモにまとめていた。
こういったのはいつ降りてくるかわからないから、降りてきたその時にメモをするのが一番良い。
そのためいくら眠かろうが忘れないうちにしっかりとメモを取るように習慣がついていた。
「このネタは次に使えそうだな……」
書いたついでに、次の構想なども考える。
こういった時は基本的にいい感じにまとまるのだ。
僕がメモ帳とにらめっこをしていると扉をノックする音と、外から僕を呼ぶ声が。
僕はそのままメモ帳を置き、扉を開ける……そこには、ホットミルクを持った寝間着用の白いワンピースを着た愛莉が立っていた。
「夜遅くにすみません。先生、少しお時間いいですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
そう言うと愛莉は僕の部屋のほぼ真ん中に置いてあるテーブルにカップを置き、ホットミルクをいれるとそのままカップを持って僕のベッドに腰掛ける。
僕はメモ帳を片付け愛莉と同じようにカップを持ち愛莉の隣に座る。
「それで、どうしたの?」
時刻は既に十一時を回っていた。
基本的に愛莉は十時には眠っているので、この時間に起きているのは結構珍しい。
「あの……先生。私達お付き合いするようになってから二週間くらい経ったじゃないですか」
「うん、そうだね」
僕は愛莉のホットミルクを楽しみつつ相槌を打つ。
二週間……そうか、なんだかんだで二週間経ったのか。
付き合い始めて最初の週……つまりゴールデンウィークの時が一番忙しく、色々なイベントがあったせいで今の今までそんな事すら忘れていた。
「それでですね……その、一ヶ月も経ちましたし、私の方も落ち着いてきたのでそろそろ……してもいいかなって」
ホットミルクをコップの中で転がす。
愛莉の頬はほんのりと赤く染まっていた。
愛莉の言いたいことはわかる。ゴールデンウィークの後、愛莉の方が忙しくろくに時間も取れなかったから本来恋人であるなら既に済ませてるであろう初めてのアレを僕達はまだ経験していなかった。
しかしそれも落ち着いてきたので、そろそろしたい……ということなのだろう。
これは本来なら僕から誘うはずなのに愛莉に言わせてしまったのが、なんとも心苦しい。
「大丈夫、愛莉の言いたいことはわかっているから」
「せんせぇ……」
「それで明日はどうかな? 明日なら愛優さんと紗奈さんは個人的な用事があるから出掛けているし」
二人が傍にいない日は本当に少なく、一ヶ月に一度くらいのペースなのだ。
そんな折角誰にも邪魔されない日が明日に迫っているので、これは言うしかない……と。
「はいっ♪」
僕の言葉を聞いた愛莉はぱぁと花が咲いたような笑顔を見せる。
その笑顔は見ているこっちまで嬉しくさせる。僕は愛莉の笑顔を見て、目を細める。
「さっ、もう遅いし明日は折角初めてのアレをするんだ、早めに寝ようか」
僕はそう言って極自然に愛莉を自分のベッドに入れる。
……もちろん僕は床だけど。
床とは言っても、もう六月。梅雨入りをしたとはいえ今日は晴れていたためむしろ床のヒンヤリとした感覚が気持ちよく感じる。
僕はそこにあった座布団を枕に横になる。
「……眠れない」
横になったのはいいが、隣に愛莉がいる状況に加え、明日は初めて愛莉とアレをするのだ。
期待と不安……そこに緊張など色々と僕に押しかかって中々寝付けずにいた。
何度か寝返りを打つもやはり眠れない、そのままもう数回寝返りを打つとベッドの上からひょこっと顔が飛び出す。
「……眠れませんか?」
「まぁね」
「ふふっ、私もです」
僕は身体を起こすと愛莉も身体を起こしベッドに腰掛ける。
「やっぱり愛莉も緊張してる?」
僕のその問いかけに愛莉は少しばかり頬を赤くする。
「はい……でも、恋人ならしてて普通、なんですよね?」
「うーん、どうだろ。少なくとも僕の知り合いはみんなしてるけど……」
「その、やっぱり初めての時ってみなさん同じように緊張するものなのでしょうか?」
「あはは、多分ね」
そんな事を真剣に聞いてくる愛莉が少しおかしくて思わず笑ってしまう。
「むぅ……私は真面目に聞いてるんですからね」
「ごめんごめん。でも、そんな事真剣に聞くのがおかしくて」
「だ、だって……先生はその、緊張とか、しないんですか?」
「僕? 僕かぁ……正直に言うと僕も初めてだから緊張してる……かな」
僕は急に恥ずかしくなり鼻の頭をかく。
すると愛莉はくすくすと笑う。
「それじゃあ私達……お揃いなんですね」
「うん」
「ねぇ、先生……一緒に寝てもいいですか?」
「今も一緒に寝てるけど?」
「そうじゃなくて、一緒のベッドで寝たいです」
愛莉の言葉に一瞬だが、思考が停止する。
一緒に寝る? 同じベッドで?
いや、落ち着け僕よ。僕達はあくまで恋人同士……こんな事くらい普通だろ? それに僕が紳士を見せればいいだけの話だ。何も怖気付くことはない。
「……わかった」
僕は覚悟を決め、「お邪魔します」と愛莉の横に入る。
ベッドで横になると一気にフローラルな香りが鼻先をくすぐる。
いつも使っているベッドのはずなのに、愛莉が少し横になっていたせいかとてもじゃないがいつも使っていたベッドとは思えないほどいい香りがする。
これが女の子パワーなのかっ!?
なんだこれファ〇リーズいらないじゃん!
これから定期的に愛莉をこのベッドで寝かせよう……そう密かに決心した僕であった。
「……って、愛莉?」
その時僕はあることに気が付く。
いや、これは恐らく気が付かなければ良かったと思う。
いくら寒くないとはいえ、一応通気性の良い掛けていても暑くならない高い布団(これは僕が入居する時に買ってもらったもの)をかけているのだが……何やら僕の後ろの方でごそごそと愛莉が妙な動きをしているのである。
ちなみに向かい合って寝ない理由は察してください童貞なんです。
……何か言ってて悲しくなってきた。
少しすると終わったらしく、愛莉の動きが大人しくなる。
「愛莉、何やってたの?」
「なんのことですか?」
うーん。とぼけているのか、本当に何もやってなくてただただ寝る位置調整していただけなのかわからないな。
「さっきごそごそと動いていたからさ」
「あーそれはですね」
「……? あい──りぃぃぃ!!?」
言葉が止まり不思議に思った僕が振り返ろうとした時だった、不意に僕の身体はすべすべとした肌に抱きつかれる。
……ん? すべすべとした肌?
僕は今一度、さっきまで愛莉が着ていた服を思い返す。
さっきまで着ていたのは白いワンピースだよな?
確か腕は半袖くらいの長さで、スカート部分は結構長かったはず。
しかし、どうしてだろうか。今僕の感じているすべすべ肌は明らかにそのワンピースの部分すらすべすべしてるようにも感じる。
何故だろうか、とてつもなく悪い予感がするのは。
「ねぇ、愛莉……」
「え、えっと……先生……出来れば振り返らないで、ください」
「うん。それはいいんだけどさ、愛莉ひょっとして……」
「えっと……なんですか?」
「だから愛莉もしかして今」
「先生、暑くなると服が邪魔だと思う時ってありませんか?」
「……それって愛優さんの入れ知恵?」
「え、あ、はい」
今の言葉で僕は全てを理解した。
まぁ確かに、暑くなると無性に色々脱ぎたくなるのはわかるけどさ、愛莉はまだ小学生……ましてや男と寝ているんだよ? そこら辺はもっとこう……自重していただきたかった。
そして後で愛優さんにはしっかりお話をしておかなければならないな。
「そ、それとですね先生」
「まだあるのかな?」
「その……お恥ずかしながら、私……夜は怖くて何かに抱き着いていないと眠れなくて……。これは本当の話で、愛優さんとか関係ないです、ほんとう、です」
「そ、そうなんだ……」
「いつもは抱き枕があるんですが、今日は無いから……その……」
「はぁ……いいよ。僕で良ければ愛莉の抱き枕になる」
「あ、ありがとうございますっ」
出来ればそれを抱き着く前に言って欲しかった……とは言えず、僕はそのまま受け入れることにする。
言うて抱き枕って言っても僕の理性が飛ぶほどじゃないでしょ────ッ!!!!?!?
恐らく愛莉が抱き着いてきたと思われるその瞬間、僕は内側から溢れ出る何かを感じた。
……なんだ、これは。
今まで何回か愛莉を抱きしめたことはあるが、愛莉に抱きしめられたことはそこまでない。
それゆえにこの心地良さを知らなかったのだ。
背中越しに伝わる愛莉の子供特有の高い体温と、慎ましやかな胸の感触……そしてほんのりとベッドと同じシャンプーのいい香りがする。
色々な刺激が僕の理性にダイレクトアタックを仕掛けてきたのだ。
くっ、僕がこれほどの誘惑に負けるはずがっ!
と、その時だった。僕の頭は愛莉の手によってほぼ強制的に愛莉の方へと向けさせられ、抱きしめられる。
不意打ちともあり、僕はなす術なくそのまま愛莉の身体へ押し付けられる。
「あ、愛莉っ!?」
「すー……すー……」
「寝てますねぇ!!」
というか早すぎるでしょ。抱きしめられてからまだ三十秒も経ってない気がするんだけど!?
いや、そこも問題だけど、問題はそこじゃない。押し付けられた場所……つまり今僕の顔がある場所が大問題なのだ。
な、なんだこれはーーーーっ!!!
微かに漂う甘いミルクのような匂い……そしてちいさいながらもしっかりと柔らかく、大きくないので沈むこともなく息もしっかりと出来る。
何よりも息を吸った時、肺になんとも言えない甘い空気というのが肺いっぱいに満たされる。
愛莉はまだブラなどは付けていないらしく、キャミソールオンリーなのだが……キャミソールが乱れて、秘境が見えそうになっているのである!!
イケナイとわかっていつつも、男の本能が自然とソコを視線で追ってしまう。
「愛莉……許してくれ……こんな僕を許してくれぇっ!!」
「湊様、発情するのはいいですがもう少しお静かにお願いします」
「!?」
突然するはずのない声が聞こえ、僕は咄嗟に愛莉から離れる。
「愛優……さん?」
声のした方を見ると、そこには「やれやれ」と言った感じに肩をすくめる愛優さんが立っていた。
「湊様、少しお伝えしておきたいことがあるので」
「……わかりました」
どうやらただならぬ雰囲気を感じ、僕は愛莉を残し、愛優さんの後をついて行くことにした。
さて、ここで突然だがいるかわからない君達に質問である。
初デートと、言えば? という質問だ。
普通の人ならショッピングやら遊園地やら水族館やら答えるところだろうが、それはあくまで庶民の考えであって愛莉くらいのお嬢様ともなるとU〇JだろうがTD〇だろうが行きたい時に行けるであろう。
ならばこのお嬢様を喜ばせるにはどこに行けば良いか?
答えは簡単だ……お嬢様は意外と庶民的なことに飢えているのだ。
つまりそう言ったところに連れていけば満足するのだろうが…………。
「愛優さん……」
「はい、なんでしょうか?」
「この箱はなんでしょう」
僕は目の前に置かれている箱を手に取る。
この人が用意するものなんてロクなものでは無い。
しかし、意外なところで役に立ちそうではあるものを渡してきた。
だが今回に限ってはどうなのだろうかと、思わず頭を悩ませてしまう。
何故なら僕が今手にしている箱はどう見てもピンク色の薄いゴムなのだ。
「明日、愛莉様と初めての体験をするとの事で必要になるかと思いご用意させて頂きました」
「……盗み聞きでもしてましたか?」
「いえ、盗み聞きではありません。湊様の扉に耳を当てていたらたまたま聞こえてきただけです」
「それを盗み聞きって言うんじゃないんですかねぇ!!?」
「何はともあれ、愛莉様と一発カマしてきてもいいですが、コレだけは絶対に付けてくださいね」
そう言って僕の手元から箱を取る。
心配してくれるのは嬉しいが、前にも言ったが僕はまだ愛莉に手を出すつもりは無い。それなのにこの人ときたら……。
「はぁ〜……。あのね愛優さん、前にも言ったけど僕は愛莉とはまだそういうことするつもりはないから」
「そうなんですか? では、ナニを初めてするんでしょうか……」
「おいこら。何か勘違いしているようですが
デートですよデート。健全なカップルがおこなうごく普通のデートです」
「ふむ……となるとやはりこれは必要なのでは?」
そう言って箱を指差す。
「だ、か、ら、必要ないって!!」
「そうなんですか……」
「そこ、露骨に肩を落とさない」
この人と話していると、疲れるがお陰でさっきまで張り付いていた緊張とかもほぐれた気がした。
本人にその気があったのかはわからないけれど、実はこういった時は下らない話をすると救われるってもんだ。
「それで、話はこれだけなんですか?」
「……いえ」
僕はもういいから本題を話せと言わんばかりに質問を投げかけると、やはり本題は別にあったらしく、真剣な表情そのものでこちらを見つめる。
「明日私は同行できませんので、湊様に一つだけお伝えしておかなければならない事があります」
「……それで、それって?」
愛優さんは念のためか、周囲をキョロキョロ見回すと、僕だけに聞こえる声で耳打ちをする。
「────が、もしかしたら邪魔をしてくる可能性があるのでお気をつけください。あの湊様なら大丈夫だとは思いますが、くれぐれも愛莉様のこと……よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる愛優さん。
その姿はまるでお嬢様を心配するメイドではなく、妹を心配する姉の方がしっくりくる。
僕は「わかりました」とだけ言うと、愛優さんはとても安心したように目を細めながら「ありがとうございます」と何度もお礼を言った。
しかし、納得出来ない部分はあった。
どうしてその人を警戒するのか……だ。
ぶっちゃけた話、その人を警戒する理由が全く見当たらないのだ。
なので僕は素直にこの疑問をぶつけることにする。
「でも、どうしてその人を警戒しなきゃいけないんですか?」
「あぁ……それはですね……」
「愛莉様のお義父様は極度の親バカなんです」
「…………はい?」
そう告げた愛優さんはどこか遠くを見るような目で、遠い空の先を見つめていた。
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