第2話 ロリとロリコンとお屋敷と

 新しさと共に少し懐かしいような雰囲気のある。どこにでもあるような二階建てアパートのとある一室。

 学校から徒歩二十分。最寄り駅から徒歩五分。

 大家さんが親の知り合いでその縁もあって家賃を安くしてもらったり多少の融通を聞いてもらえる。

 学生の僕にとってはこれ以上無いというくらいの良条件のアパート。

 その中にある一階の一番奥の部屋が僕の借りている部屋だった。

 お嬢様であり、僕のファンだと言ってくれた愛莉に出会い何故かそのまま結婚をする話になったのがつい昨日の夜の出来事。

 今日は五月二日水曜日。明日からゴールデンウィークが始まるそれ以外は特に何も変わらないはずの平日。いつもなら支度を済ませ、学校に行くような時間に起きた僕はゆっくりと荷物をまとめていた。

 あの後、結婚して同居するのなら今からしても別にいいのではないかという話になり、今日から愛莉の家で暮らすことになった。

 聞いた話によると、愛莉の家は大きいばかりで使ってない部屋もあるとかで、すぐに部屋の準備が出来たという連絡が驚くことについさっき入ったので、せっかく急いで用意してくれたのだからと学校を休み、今日からお世話になることにしたわけだ。

 生活に必要な物のほとんどは愛莉の方で揃っているか無ければ用意してくれるそうなので、僕がそっちに持っていく荷物は少なかった。

 あるとしても、スマホ関連の物、相棒のネタ帳、財布や通帳に印鑑、そして今までに書いてきた原稿や参考にしていたり、尊敬している人の本などそれくらいだった。

 とは言っても今まで書いてきたのが多すぎるためカバン一つ……とは言わずに三つくらい使うハメになったけれど。

 ちなみにこの事について僕の保護者……父親は『くぅ……お前にもついにそういった人が出来たのか。お父さん、嬉しいぞ!』と、最初こそ喜んでくれたものの、相手の名前を聞くと突然声を震わせて『お、おま……た、頼むから問題だけは起こすなよ? お父さんの首が物理的に飛んじゃうから。あと、これは母さんには内緒……だな』と怯えながらも言ってくれた。

 ちなみに愛莉の年齢とかは伝えていないがどうやら知っているらしい。

 それは父親が何故『物理的に首が飛ぶ』と表現したのかと繋がるのだが、どうやら父親が働いている会社はざっくり言えば朝武グループの下っ端の会社なのだ。

 つまりその一番上の人の姪とはいえ何かあったら……そう考えるだけで僕まで震えてくるくらいに。


 ちなみにこのアパートの一室はそのままにしておく事にした。親の知り合いという事もあり、急に解約などして下手をすれば母親の方に伝わってしまう危険があるから。

 父親は理解力がありすぎるからいいんだけど、母親に限っては本当に釣り合ってるのかと疑問に思うくらい真面目だから、こんな事バレたらどうなるかわかったもんじゃない。

 だからこそ父親も秘密にしておいてくれた。本当にありがたいものだ。

 そして正午。約束の時間ぴったりになると、ピンポーンとインターフォンの音が鳴る。

 誰が来ているかはわかっている。だから僕は靴を履いてから、扉を開ける前に部屋に向かって深くお辞儀をした。

 一年間ありがとうと、感謝の気持ちを込めて。

 ピンポーンと再びインターフォンが鳴る。

 僕は「今行きます」と返事をしながら扉を開ける。

 そこにはメイド服を身にまとった巨乳の美人さん……ではなく、普通の私服を着た月山愛優さんがいた。

「湊様こんにちは。今朝お伝えした通り、お迎えに参りました」

 そう言って少しお辞儀をする。を前で組んでいるからか、腕に挟まれた大きな二つの膨らみが寄せられる。僕の視線と共に。

 その視線に気付いたのか、頬を赤らめることもなく、ニヤニヤした顔で。

「あらあら〜もしかして私の巨峰に釘付けですか? やだ、湊様ったら私の巨峰を見てナニを想像していたんでしょうか、ああいやらしい……」

 と、いきなり重い右ストレートをかましてきた。

「べ、別に何も想像してませんよ?」

「そうですか。でも、私のおっぱい見ていましたよね?」

「それは……まぁ、少しだけ」

「あっ、目を逸らしましたね。ということはもしかして……童貞ですか?」

「ど、どどど童貞ちゃうわ!」

 僕が見栄を張ってそう言ったその時──。

「──童貞ってなんですか?」

 僕のその言葉に導かれるように発せられたその言葉は月山さん……からではなく、月山さんの後ろからひょこっと飛び出てきた小さい影からだった。

「お迎えに来ましたよ先生♪」

 着地と共に長く綺麗な黒髪が揺れる。少女と僕の間にそこそこの距離があるのに少女の使っているシャンプーの香りが鼻先をくすぐるような感覚が襲う。

 出てきたのは、高級そうでもないむしろそこら辺の服屋にも売っていそうなピンクのワンピースを着た朝武さんだった。

「愛莉も来てくれたんだ、嬉しいよありがとう」

 僕はそう言って朝武さんの頭を撫でる。

 さらさらとした髪が指の間をかけていく。

 YESロリータNOタッチの掟に背く事になりそうだが、僕達は一応結婚をする……という設定なのでこれくらいならセーフだろう。

「えへへ、そんなにされたら嬉しくなっちゃいますよ〜」

 僕の撫でるのが上手いのか、少女はとても気持ちよさそう身をゆだねてきた。

 そんな尊い光景を前に吐血しそうになるが、なんとか踏みとどまる。

 それもそのはずで────。

「それで先生、さっき言っていた童貞ってなんですか?」

「うっ……」

 思わず撫でている手が止まる。

 さっきはわざと流したけれど、やっぱりダメだったか。

 僕の同人誌を読んでいるとは言っても流石に月山さんも厳選しているらしく、そこのところはわからないままのようだ。

 しかしお嬢様の口から童貞などというワードを聞くハメになるとは思わなかったよこんちくしょう……。

 僕は天に向かって密かに嘆く。

 その間にも愛莉からの「童貞じゃないってことは、卒業したんですか?」と言う質問が続けられる。

 恋人いない歴が先日まで年齢だった僕には痛いほど刺さる質問……しかし『相手は幼女だから素直に答えるのも』という気持ちの『とは言っても例えこの子が幼女だとしても一応僕の嫁さんなのだし……』と言う二つの気持ちが複雑に絡み合っていた。

 きっと僕は困り果てた顔をしていたのだろう、月山さんが今にも「仕方ないですね」と言わんばかりにこちらに近づいてきたかと思うと、助け舟を出してくれるのかそっと耳打ちをしてきた。

「湊様大丈夫ですよ」

「えっ?」

「愛莉様も処女ですから」

「…………」

 衝撃的な助け舟(?)に、僕は思わず絶句する。

 というかそういうこと言ってんじゃないんだよ。

 なんかもう呆れたとかそういった次元ではない。

 言葉に出来ないとはこういうことを言うんだなと痛感。

「あ、もしかして疑っていますか?」

「そんな事はないけど?」

「いいえ、顔が仰っております。『本当でござるかぁ?』と」

「……いや、本当に思ってないよ?」

「わかりました。それでは私に愛莉様が処女かどうか確認出来るいい方法があります」

「このメイド、人の話を聞いてねぇ……で、ちなみにだけどその確認出来るいい方法って?」

「セックスです」

「………………は?」

「ですから、セックスです」

「一応万に一つ……いや、億に一つの可能性にかけますね。それって性別の方ですよね? なんか日本語おかしくなりますけど」

「いえ、性行為の方のセックスですね。愛莉様の年齢からして少しばかり穴が小さすぎるかもしれませんが……そこは私がサポートするので」

 そう言いながら片手で小さい輪っかを作り、もう片方の手の指をその穴に入れたり出したりしている。

「……とりあえずその指の動きやめてもらえますか?」

「あら、お気に召しませんでしたか? ま、まさか……湊様はいれられる方がお好きなのですか!? そんな……エッチすぎますよ…………」

「いや違うからね? あと頬を赤く染めながら言っても恥じらいとか感じないからね?」

「はぁ……まぁとにかくです。愛莉様とセックスをすればわかります。幸い今のところこのアパートにいるのは私達だけなので、周りを気にすることなくハメハメ出来ますよ、ささっ」

「貴女はあれか、馬鹿か? 馬鹿なのか?」

 あと、気にするのは周りじゃなくて社会の目な。それも一応周りの目になるか。

 確かに今年で十二歳になる朝武さんが処女って事を確認出来てよかったけどさ。良かったのか?

 でもね……それ今言う事か? ってのもあるし、何よりも小学六年生とセックスとかこいつ本当にアホなんじゃないか?

「それで、湊様。愛莉様とするんですか?」

「えっ?」

「『えっ?』じゃないですよ。セックスですよセックス。小学六年生とヤれるなんて普通なら出来ない経験ですよ」

「例えそれが普通なら出来ない経験だとしてもやりたくないです……あと、その指やめてください」

「むむ、わかりました……湊様って意外とおカタイ人なのですね。二つの意味で」

「おいコラ」

そうやって最悪の言葉を言い残すと月山さんはしょんぼりしながら後ろに下がる。

 はぁ、とため息をつき、改めて愛莉の方に視線を移すと今にも泣き出しそうな顔でこちらを見つめていた。

「ご、ごめん愛莉、ど、どうしたの?」

「いえ、先生が質問に答えてくれなくて……すみません……」

「…………」

 心が痛い。あのやり取りで見栄を張ってしまい何も知らないとはいえ愛莉を不安にさせてしまった。

 しかし小六ロリに童貞の説明をする……それも自分が童貞だとカミングアウトするのは……。

 なんて思ってもみるが、彼女の顔をみたらどうするかなんて一瞬で決まってしまう。

「えっと、童貞って言うのはね……」

 一応ざっくりと説明する。

 そうは言っても具体的な事は話さず、恋人経験が無い人みたいな感じだけど。

「ということは先生は……」

「あ、大丈夫ですよ! 僕はど、童貞なので」

「そ、そうなんですか? でもさっきは……」

「すみませんあれは見栄を張っただけです。……何せ愛莉が初めて出来た恋人以上の人ですから」

「そうなんですか? 私もたくみな先生が初めてで……えへへ、嬉しいです。お互い初めて同士なんて……」

「あはは……」

 なんだか誤解されそうなワードがぽんぽん出てくるなと思いつつ、僕は苦笑いを浮かべる。いくら愛莉のためとはいえ、こんな事をはっきりと宣言しなければいけない日がくるなんて思わなかったから。とても辛いです。

 それから普通のアパートに興味を示したのか、それとも僕の住んでいたところが気になったのかはわからないが、朝武さんが僕の借りている部屋を見たいと言ったので一通り見せることに。

 1LDKなので見せるところは全然無いので、それ自体はすぐに終わったのだが……。

「わぁ! こ、この部屋であのたくみな先生の作品が生まれたんですねっ!」

 部屋の真ん中に立って、目をキラキラさせる愛莉。

 かれこれもう数十分はこの調子である。

 最初は僕のベッドから始まり、「これがたくみな先生の料理が生み出されたキッチンなのですね!」とか「ここがたくみな先生の日々の疲れを癒していたお風呂なのですね!」と、見るもの全てに感動していた。

 そんな愛莉を横目で見ながら、月山さんは僕の荷物を指さす。

「湊様。見たところ持っていく荷物はそのカバン三つだけで、よろしいのですか? 他に必要なものとかあれば後で運んでおきますが」

「うん、大丈夫だよ。確かに本棚にある本は欲しいと言えば欲しいけど……別に今すぐ必要ってわけでもないし、いざとなれば取りに来れるからね」

 いくらここをこのままにしておくとはいえ、荷物がこれくらいなのは不思議なのだろうか。

 さっきからどこかをチラチラ見て……あー。

 僕はこの人の視線を追って後悔した。何故ならこの人の考えが手に取るようにわかるからだ。

「月山さん」

「はい」

「ベッドの下にエロ本なんて隠してませんからね?」

「えっ!? 隠していないんですか!!?」

「そんなに驚かなくても……。第一僕はそんな本──」

「ならもしかして……そのカバンの中に?」

「おい」

 僕の言葉を遮ってまで言ってそれかい。

 心の中で思わずツッコミをいれる。

「そもそも僕はそういった本は買ってませんからね。ついでに言うとDVDとかゲームもですが」

 ちなみにここで一つだけ嘘がある。

 僕は確かに買ってはいないけれど、付き合いとか充からの戦利品ということで貰うことはある。だけど面倒なことになるのは目に見えているからあえてスルー。

「そ、そうなんですか? てっきり男性なら全員持っているものとばかり……」

「確かに持ってる人もいる……というか持っている方が多いのであながち間違いではないんですけど、みんながみんな持ってるわけじゃないからね?」

「これは失礼しました」

 そう言って頭を下げる。

 月山さんはこういった所はきちんとしているからせめるにせめられないんだよな……。

 そんな僕自身の甘さを噛みしめた。

「湊様は妄想派だったんですね……」

「おい……」

 が、その思いも虚しく終わりを告げた。



 そんなこんなで愛莉が満足するまで居たのだが、そんなに見るところが多いわけでもなく、一時間くらいで朝武さんは満足した。

 そして今は僕の住んでいたアパートから愛莉の家に行く途中。

「それにしても意外でした」

「意外……とはなんでしょうかたくみな先生」

「愛莉みたいなお嬢様が移動する時に使う車って、やっぱりベンツとかリムジンとかそういったイメージがあったので」

 今僕達を乗せて走っている車……それは何処にでも売っているような普通車だったのだ。

 とはいえ、今座っている席も対面式だったりも、中身は結構改造されていたけれど……。

「その事でしたか」

「月山さんやっぱり何か理由があるんですか?」

「まあ……その、はい」

「?」

 あの月山さんにしては珍しく歯切れが悪い。

 と言うかさっきからチラチラと愛莉の方を伺うように見ている気もするし。

 すると愛莉は少し困ったような表情を浮かべながらも「大丈夫ですよ」と月山さんに小声で言ったのが聞こえた。

「ですが愛莉様……」

「大丈夫です。これは見栄ではありません。完全に大丈夫……というわけでは無いのも承知の上ですけれど、それでもたくみな先生……湊拓海さんには耳に入れておいた方がいいと思うんです。私と……お付き合いするのなら」

「……わかりました。でもお辛くなったら言ってくださいね。最悪愛莉様がいない所で説明いたしますので」

「ありがとうございます、月山さん。でも気にしないでください、私は本当に大丈夫ですから」

 笑顔を浮かべる愛莉。しかしその笑顔は、とてもじゃないが笑顔とは言いにくく頬は強張り、息も少し荒くなっているのがわかる。

 そんな姿を見せられたら……。

「あの、そんなに辛い話なら無理に話さなくてもいいんですよ? 別に僕はそんなつもりで聞いたわけじゃないので」

 こんな二人のやり取りを見ていると自然とこのような言葉が出ていた。

 確かに何か悩みとかあるなら言ってほしいし、力になりたいとは思うけれど、無理をしてまでそれを話してほしいとも思ってはいない。

 もし話をして、無理をさせてしまっていたら本末転倒だからだ。

 だからこそ時期がくるまで話をしなくてもいいのだが。

 僕は愛莉月山さんを見る。

 愛莉は相変わらず無理が見え見えの笑顔を続けているが、覚悟は決めているようだった。一方月山さんはやはり朝武さんの意見を尊重したいのか、よくよく見なければわからないくらいの深呼吸をしていた。

 恐らくさっきの僕の言葉は、耳に届いていないだろう。

 それなら都合がいい、僕は覚悟を決める。

 恐らく……いや、確実にこれを聞いたら戻れなくなるだろう。もしかしたらこれから始まるであろう僕との関係さえも危うくなるかもしれない。それでも、小学六年生と言う幼い少女が覚悟を決めたんだ。ここで僕が逃げてどうするんだ。

 僕は一度深呼吸をして、真剣な眼差しで月山さんを見つめる。

「……わかりました。では、その理由をお願いします」

「かしこまりました」

 こうして僕はこの車にしている理由と、それに連なって愛莉の過去、そして今の現状の説明を受けた。

 その話はどれもこれもごくごく普通の生活をしていた僕からしたら信じられない話ばかりだった。

 まず移動する車がどうして高級車ではなく普通車なのか、端的に言うと狙われやすくなるらしいからだ。

 チラッと聞いただけで深くは追求しなかった、「誘拐されそうになった」という言葉。

 愛莉は車から降りて死角に入った時に背後から襲われてそのまま車に乗せられそうになってしまったことがあるみたいで、その時の犯人がお金目当てなのか命目当てなのかはわからないが、とりあえず誘拐されかけたらしい。

 幸いなことに、たまたま月山さんが車に忘れ物があったのに気付きそれを届けようと愛莉のあとを追い、その現場に鉢合わせたので大事に至る前に助け出すことは出来たらしい。

 犯人もそこで取り押さえられており、一応危険は無くなったものの念のためにこうしているのだ。

 ちなみに服も昨日みたいなドレスではなくて、どこにでも売っているような服なのもそのため。

 とはいったものの、オーダーメイドなのでそこそこ値は張るみたいだけど。

 正直そんな話は小説とかの話だと持っていた僕にとってはかなり衝撃的な話ではあった。でも実際にあったのだから警戒はするべきなんだろうな。

 その説明を一通り聞き終わる頃。アパートから車で十分くらいだろうか。僕達は愛莉の家まで着いた…………のはいいのだが。

「……なんだこれ」

 家を見た第一声がソレだった。

 もう出ているけれど言葉が出ないってこのことを言うんだね。

 そんな僕に対し愛莉はさも当然のように答える。

「私の家ですが?」

「えーっと、これ全部?」

「はい」

 愛莉はこれを家と言っていたが、果たしてこれを家と読んでいいのだろうか。

 確かにお金持ちって豪邸に住んでいるイメージがあった、それは裏切ってはいない。

 だからと言って────。

「これは広すぎだろ……」

「そうでしょうか? 実家の方はもっと広くて大きいのですが……」

「マジですか」

 僕のアパートは比較的山の近くにあって、今いるところはその山の中腹辺りなのだが、なんというか……これ、ここまで来なくても下から見えるんじゃね? と、思わずにはいられないくらいの大きさで、階数は見た感じ二階建てで、僕が今まで住んでいたアパート2.3個分くらいの大きさだ。

 もしかしたら地下があるかも……いや、あるなこれは。

 それならもっと広いわ、うん。

 これで別荘とか金持ちって本当に恐ろしいね。

 そんな事を思いながら屋敷の方へと足を進める。

 僕はゆっくり歩いていたので、愛莉は気が付くと先に行っていた……と言うか門からお屋敷が見えていたのに、そのお屋敷まで中々辿り着けないぞ?

 それから少し歩くと、玄関だろうか……大きな扉の前でとても幸せそうな笑顔を浮かべていた。

 そして──。

「ようこそ私達のおうちへ! あなたを心より歓迎しますよたくみな先生♪」

「う、うん……」

 僕は圧巻されながらもなんとか頷く。

「大きな別荘……だね」

 そう言うと愛莉と月山さんは不思議そうな表情を浮べながら。

「はて、湊様ここは別荘ではありませんよ?」

「えっ?」

「先程愛莉様が言ったではありませんか。わたしのおうち……と」

「はい、確かに私もそう言いました」

「…………はい?」

 つまりそれは要約すると……。

「ここは朝武の家ではなくて、愛莉の家って事?」

「はい、そうですね」

「間違いありません。この家は愛莉様がご自分の力で建てた家でございます」

「建てたって……こんな家一体いくらすると……」

「確かですが色々含めて大体、一億くらいだったはずです」

「いち……おく?」

 一億? 一億ってあれだよね? うまい棒が約一千万本買える額だよね?

 そんな大金を愛莉が? いくら大企業の娘だからってそこまで自由に使えるものなのか?

 とかそんなことを考えていると、全てを見抜かれたように月山さんが言葉を付け足す。

「湊様、そのお金は正真正銘愛莉様のお金ですよ」

「愛莉の……?」

「そう言えばたくみな先生にはまだ教えてませんでしたね」

 僕の疑問を全てを解き明かすように朝武さんは説明を始める。

「私ですね、投資などを少しばかりやっているんです。だから結構稼いでいるんですよ」

「投資?」

 「はい、投資です。とは言っても流石にそれだけではありませんが」

 ……おいおい。確か愛莉って小学六年生なんだよな? そんな子が投資とかで稼いで一億の家を建てるって。

「ちなみになんだけどさ」

「はい?」

「どれくらい稼いでいるか……とか教えてくれないよね?」

「先生なら大丈夫ですよ? えっとですね月によって違いますが、先月はそうですね……確かこれくらいです」

 清く受け入れてくれた朝武さんはそう言って指を三本立てる。

 三本……三本か……小学六年生なんだからという考えは通じないのはわかっている。だからこそきっと三千円とか三万とかそんなちゃちな額ではないはず。

 と、なると答えは────。

「三本ってことは三百万……とかかな?」

「先生惜しいですっ。ゼロがあと二つ、二つほど足りませんでした」

「ゼロが……二つ?」

 三百万にゼロが二つって……

「あの、朝武さん。僕の計算が間違っていなければだけどそれって三億……ってことにならない?」

「はい、そうですね。先月はそれくらいでした」

「……マジで?」

「本当です」

 愛莉の目は真剣そのもので、僕にはわかる。この子は嘘を吐いていないと。

 そうなると、ひょっとしたら僕は……とんでもない人と結婚することになってしまったのかもしれないと、今更ながらに思った。

 それと同時に、このまま愛莉と上手くいけば約束された日常が待っている事になる……ロリのヒモになるつもりはないけれど、そう考えるとこれはこれで良かったのかなとも思えてきた。



「ただいま戻りました」

 言いながら愛莉は慣れた手つきで扉を開ける。

 お嬢様って言うとこういった所は使用人にやらせるイメージがあるけど朝武さんはどうも違うらしい。

 そして違うといえばもう一つ…………。

「お、お邪魔します」

 足を踏み入れる。その瞬間目の前にはたくさんの使用人。

 『おかえりなさいませお嬢様、ご主人様』

 一言一句全てにズレがなく、完璧に揃えられた声でのお出迎え。それはまるで自分がどこかのお偉いさんになった気分にさえさせてくれる。その光景に僕は圧倒されたわけではなく、かと言って堂々としていたわけでもくて…………そもそもそんな使用人すらいなかった。

 というよりも、誰一人としてお出迎えをしてくれている人はいなかったのだ。

 ある意味予想を超えた出来事に立ち尽くしていると後ろから声が掛かる。

「あの、湊様? 早く中に入られないんですか?」

「あ、いえ。すみません」

「先生もしかして入ったらたくさんのメイドさん達がいると思いましたか?」

 中に入ると、無邪気な笑顔を浮かべる愛莉に図星を突かれ、思わず目をそらす。

 ただここで素直に「実はその通りなんだ」って答えるのもなんとも言えないから笑って誤魔化す。

 そこで僕は二人は靴のまま中に入っていることに気がつく。

「……あれ? もしかして靴は脱がない?」

「はい。ここのお屋敷は洋風なので靴を脱いで上がる……というところはありませんね。でもどうして?」

「あぁいえ、二人とも僕の部屋に来た時は靴のままあがらないで、ちゃんと脱いでからあがったからさ」

「その事でしたか。確かにここは洋風ですが、実家の方はどちらかと言うと和風だったので」

「なるほど」

「でも靴は少し窮屈……と、言うのでしたらお部屋の方に別の履物とか用意しますけれど」

「ううん、そこまでしてもらわなくても大丈夫。ありがとう愛莉」

「えへへ、先生にお礼を言われてしまいました……」

 本当に嬉しいのか、愛莉の顔は物凄く緩みきっていた。

 話が終わるのと入れ替わりに月山さんが話しかけてくる。

「それでは湊様、お部屋に案内しますね」

「お願いします」

「では愛莉様、私は湊様をお部屋に案内してきますので」

「わかりました。月山さんお願いしますね」

「かしこまりました。あぁ、あと愛莉様」

「なんでしょうか?」

「あの事の件……私やあの子では力になれそうにありませんので、そこの所だけはしっかりとお願いします」

「わかっています……でも、大丈夫ですよ。私にはたくみな先生がついていますから」

「ふふっ、それもそうですね。それでは湊様行きましょうか」

 僕は月山さんに連れられて、今日から僕の部屋となる二階の一番奥の部屋へと足を進めた。

 

「──これで、よしっと」

 昨日の夜、月山さんに渡した欲しい家具リストに書いた家具は既に一通り届いて、僕の言った通りの配置になっていた。とは言っても基本的な配置はアパートの時とあまり変わらない。なので持ってきた荷物を置く場所もアパートの時とあまり変わらなかった。

 ちなみにこの部屋は一番奥という事もあり、窓は二つほど付いている。この屋敷が山の中腹にあるというのもあって窓から見える自然に囲まれているしおり市の光景を僕が独り占め……ではないけど、僕はこれをいつでも見られるという事を充達に自慢したくなるほどだ。

 僕は高鳴る気持ちと共に窓の取っ手に手をかけそのまま窓を開け───。

 ──ガタガタッ! ガタガタッ!

「…………ふぅ」

 一旦手を離し、こころを落ち着かせる。

 気持ちが高ぶりすぎたせいで、鍵とか外すのを忘れていたんだろうきっと。

 僕は窓をよく観察して、鍵がついていないのを確認すると、再び取っ手を掴みそのまま勢いよく窓を開ける! すると気持ちの良い風が入ってくるどころか、またしても窓が開かない!

「ど、どうなってるんだこれは!?」

 何回も窓を押したり引いたりしてみるものの、やはりピクリとも動かない。

 どうしたらこの窓を開けることが出来るか唸っている所に扉をノックする音が。

 ──コンコンコン。

「先生少しお時間よろしいですか?」

「うん、大丈夫だよ。今開けるね」

 今は完全にオフなのだろうか、扉を開けるとそこにはラフな服装の愛莉。

 ピンク色を基調としたワンピースで、大胆にも胸元はやや広く白い小さなリボンがアクセントとなってとても可愛らしく思える。

「いきなりお邪魔してすみません」

「丁度僕の方も何しようか迷ってたところだから大丈夫だよ」

「それなら私の方も丁度いいです。実は……たくみな先生に会ってほしい人が、いるんです」

「会って欲しい人?」

 会ってほしい人……誰だろうか。もしかして愛莉のご両親だろうか? いやしかし、結婚をする話になったとはいえキスすらしていないのに両親のところへ行くのか? とかそんな事を庶民の僕が考えてもダメだよね。

 とりあえず愛莉が紹介する人なら少なからず悪い人ではないだろうし。

「うん、わかったよ」

「ありがとうございます。それで、会っていただく前に一つだけ確認したいのですが……」

「なにかな?」

「せ、先生はその、エロゲー? というのをどう思いますか?」

「……は、い?」

 エロゲー? 今、僕の耳にはそう聞こえた。

 いやいや、小学六年生でお嬢様の愛莉だぞ。僕よ普通に考えてみろ、そんな事がありえるのか?

 …………ないな。うん、きっと聞き間違いだろう。

 そうだよ、うんうん。

「えっと、ごめん愛莉。少しぼーっとしちゃってて良く聞こえなかったからもう一度お願い出来るかな?」

「ですからエロゲー、です」

「エロゲーですか〜。ぐはっ!」

「せ、先生っ!?」

 僕は吐血する勢いで床に手を付く。

 駆け寄って心配する愛莉に「大丈夫、大丈夫だよ」と声をかけるものの、僕の心はこんな幼気な子がエロゲーの事を聞いてくる現実から逃避するのに精一杯で全然大丈夫では無かった。

 と言うかもしかして愛莉てエロゲーマーなのか? いや、まさかな。

 それから数分が経ち、ようやく平常心を取り戻した僕は、自分の部屋で朝武さんにお茶をいれてもらっていた。

「はい、どうぞ先生」

「ありがとう愛莉……んっ、んっ、ぷはぁっ!」

 受け取ったお茶を一気に飲み干す。

 いつも飲んでいるようなお茶とは違う気もしたが、僕はそこのところに詳しくないから気のせいだろう。

「先生、落ち着きましたか?」

「愛莉のおかげでなんとか……あはは」

「それはよかったです。それで先程の件なんですが──」

「ちょっと待って」

「は、はい」

 愛莉の言葉を遮る。とりあえず確認しておきたいことがあるからだ。

 僕はすぅーはぁーと二回深呼吸をして、改めて愛莉の方へと向き直る。

「愛莉は……その、エロゲーって何か知ってるのかな?」

「一応教えて貰ったので……ですがそれが正しいかまでは」

「そ、そうなんだ……じゃあ愛莉がやっているわけじゃないんだね?」

「当たり前です。あれは大人にならないとやってはいけないと月山さん……いえ、愛優さんからそう聞いているので」

「愛優さん?」

「あ、愛優さんは先程までいた私専属のメイドさんです」

「あぁー」

 あの人を普段は愛優さんって言うんだ。自己紹介はされた気はするけどなんとなく月山さんって呼んでたから下の名前なんて気にもしてなかったな。

 そして愛莉は言葉を付け足すように続ける。

「それで会ってほしい人って言うのは愛優さんの妹さんで、月山紗奈つきやまさなさんという方なんです」

「月山さんの妹の月山さん?」

「ふふっ、先生。それだとどっちが愛優さんでどっちが紗奈さんかわからないですよ」

「あ、そうだった」

「ふふふっ」

「あははっ」

 僕達は顔を合わせ笑い合う。

 しかしこの時の僕は夢にも思わなかった。まさかこの後、あんなことになるなんて……。


 それから僕は愛莉に連れられて、月山さん──もとい、愛優さんの妹さんの紗奈さんに会うことになった。

 のはいいのだけれど、今僕達がいるのは屋敷の中なんだけど正確に言うのなら地下に値する場所だった。

 しかし地下とは言ったもののやはり僕が想像していた石の壁に光源はランプのみ、みたいな地下とは違い、内装は通路には上と同じく赤いじゅうたんが敷いており、見た目では一階や二階にも負けていないくらい綺麗なものだった。

「あの愛莉さん」

「はい、なんでしょうか先生」

「紗奈さんって方は愛優さんと同じでメイドさん……なんだよね?」

「そうですね、でも先生が思っている愛優さんのようなメイドさんとはちょっと違うかもしれませんが」

 困ったような顔を浮かべる。

 そのちょっと違うところがさっきのエロゲー発言に繋がるのかな?

 結局うやむやになっちゃってたけど。

「着きました。ここに紗奈さんがいます」

 そんなことを考えていたら、目的の場所に着いたらしく、愛莉は扉の前に立った。

 扉の上には管理室と書かれたプレートが飾ってある。

 愛莉は扉をノックしながらこえをかける。

「紗奈さん、私です。愛莉です。入っても大丈夫ですか?」

「はいはい、大丈夫ですよ愛莉様」

 そんな風に中から返事が返ってくると、「それでは行きましょうか」と言って一緒に中へと入ろうとした瞬間────。

「先生! ダメですっ!!」

「えっ?」

 ──バタン!

 僕は中から急に飛び出してきた愛莉に押され、そのまま後ろへと倒れ込む。

 一瞬の出来事だったのと、倒れた際に頭を少し打ったせいで、頭が混乱していた。

「あ、す、すみませんっ! 先生、お怪我とか大丈夫ですか?」

「なんとか……大丈夫みたい。でもどうしたの?」

「い、いえ。詳しいことは言えないのですが……」

「もしかして中で大変なことが────」

 と、言いかけた時、今まさに目の前で大変な事が起きていることに気がついた。

 愛莉に押し倒されて仰向けになっている僕十六歳。

 そんな僕の上……正確に言うなら丁度息子の部分にあたる場所に馬乗りになっている愛莉十一歳。

 彼女のとても柔らかくましゅまろみたいなお尻の感触が伝わる。

 僕はたまらず、身体を起き上がらせようとしたところで僕は、目の前に広がる楽園を感じた。

 首元の部分が少しばかり広く作られているワンピースを着ている朝武さん。

 さっきまで背筋を伸ばしながら歩いていたりしたせいでわからなかったが、このワンピース……首元が広く作られていたからか、少し前に屈んだ程度で服の奥にある成長途中で膨らみかけのおっぱい……いや、ちっぱいがチラチラと見え隠れしているのが見えてしまう。

 どうやら愛莉はまだブラをしていないらしく、本当にもう少し……もう少し身体を起き上がらせて、奥の方を覗きこむようにすれば朝武さんの、小学六年生の生ちっぱいが……。

 はっ。だ、ダメだそんな事! 一体何をしようとしているんだ僕は!?

 すんでのところで我に返る。あとほんの一秒でも遅れていたら、と思うと背筋が寒くなる。

「その愛莉、申し訳ないんだけど少しどいてもらってもいいかな──」

 そう言いかけたまさにその時だった。

「何か大きな音がしたけど大丈夫ですか、あいり、様?」

 部屋の奥から先程聞こえた声が再び聞こえた。

 それと同時に足音も聞こえてくる。

「あ、紗奈さん大丈夫ですよ。特に何かあったわけではないので」

「何か、あったわけでは、ない……ですか」

「この人が……愛優さんの妹の紗奈、さん?」

「はい、私がお姉ちゃんの、妹の紗奈だけど……貴方は?」

 そう言いながら中から出てきた、こちらを警戒するように身構えているセミロングの少女。

 その少女は自分でも紗奈と名乗ったのだがら、愛優さんの妹さんで間違いないだろう。いや、今はそんなことはどうでもいい。

 愛莉が僕の股間の上で馬乗りになっている事とかもいいのかもしれない。いやダメだけどさ。

 でもそれくらいの事が目の前で起きてていた。何故なら中から出てきた紗奈さんの姿は…………何故か裸の上にバスタオルを一枚巻いただけの姿だったのだ。

 バスタオルを巻いただけというのもあって、紗奈さんの引き締まった身体のラインがわっきりとわかる。

 引き締まっている分、胸部は少し大きめに見えるが実際のところはあってC……もしくはC寄りのBといったところだろう。

 恐らく愛優さんはDかEくらいあると思うからやはりそこはお姉さんには勝てないのだろう。

 腕や足もかなり細く、肌もかなり白い。触ってみたらとても弾力のありそうだ。

 直前まで何か激しい運動でもしていたのか、顔や足……特に内太ももの辺りに水滴が付いていており、なんだか息も少し荒く顔も少しばかり赤みがかっていた。

 それも水滴が地面に垂れるほどなので、相当なのだろう。それなら汗を拭くためにバスタオルだけなのも頷け……ないな、うん。

 と言うかこの水滴やけに白く濁っているような…………いや、そんなことはいい。

 今僕が紗奈さんに向けられている視線は間違いなく変質者や生ゴミを見る目に等しかった。

「僕の名前は湊拓海と言います。愛莉とはその……結婚をすることになりました」

「つまり愛莉様の恋人? 愛莉様……それは本当ですか?」

 一度目を伏せ、今度は愛莉に視線を向ける。一度目を伏せるだけで生ゴミを見る目から尊敬している人を見る目に一瞬で変わるのは流石だと思った。

 それで、問題の愛莉なのだが。

「はい、本当ですよ紗奈さん。先生……拓海様は私の恋人であり、現在において一番の候補です」

「良いお相手が見つかって何よりです。それと……」

 再び視線は僕の方へ。しかし先程の生ゴミを見るような目とは違い、とても優しいそうな瞳が僕を捉えていた。

「湊様。先程は何も知らなかったとはいえ、生ゴミを見るような目で見てしまい申し訳ありませんでした」

「あ、いや、そんな頭なんか下げなくてま大丈夫だよ。僕は誤解さえ解けれくれればそれで」

 そうは言ったものの、僕は紗奈さんの方を直視は出来なかった。

 僕は未だに床に仰向けになっている状態なので、角度を変えるだけでバスタオルの下の隙間から紗奈さんの裸体が見えてしまうからだ。

 愛莉の柔らかいお尻に加え、紗奈さんの見えそうで見えないのダブルパンチにより、僕は自分の欲を抑えるのに精一杯になっていた。

 ──のだが。

「いえ、ですが!」

「えっ?」

 紗奈さんが下げた頭をあげた、まさにその時だった。

 こっちの方に集中しすぎていたのか、バスタオルを抑えていた手を緩めてしまったらしく、バスタオルが僕の目の前にするりと落ちた。

 イケナイとわかっていても、本能が……男しての本能が視線を紗奈さんの体へと送ってしまう。

 視線をあげたそこには、文字通り一糸まとわぬ姿となった紗奈さんの姿があった。

 やはり僕の思った通りに、身体はきゅっと引き締まっていて、それに伴い胸部が自然と大きく見える。

 大きさ的には柿本や愛優さんには敵わないものの、それでも同年代の子達と比べれば大きいのは一目瞭然でもあった。(ソースは僕)

 肌は色白のつるつるで、そこには文字通り何も生えてなかった。

 顔を真っ赤に染めながら必死に上と下を隠すも、下の方は隠れても上の方は大きすぎるが故に全部を隠すまでにはいたらず、はみ出た部分が普通に見えるより何倍もエロく感じた。

「〜〜〜〜ッ!!」

「わわっ! ご、ごめん。なにも見てない、なにも見てないから!」


 紗奈さんの悶える声により、正気に戻った僕は目の前のバスタオルを手に取り、紗奈さんの方へ指し出す。

 紗奈さんは慌てて隠すも、すでに時遅し…………。

 僕の上に馬乗りになっている朝武さんは不思議そうな顔でこちらを見つめ。

「あの、先生……先程からピクピク動くものが……」

「…………」

 そう、僕のアレは完全に理性を失っていたのだ。

 それでも尚感じる愛莉のお尻の感触に、先程の光景が脳裏から離れず、小一時間ほど僕はこのままの状態で治まるまで待つ羽目になった。


「先程は本当に色々と申し訳ありませんでした。お見苦しいものまでお見せてしまって……」

「いや、本当に大丈夫だよ。こっちからしたらむしろお礼をしなきゃいけないくらいで」

「お礼……ですか?」

「いや、気にしないで」

 あの後、僕のアレが治まるまでの間に紗奈さんは一度部屋に戻り、メイド服に着替えてきたのだ。

 しかしそれでもあの強烈な光景はすぐに忘れることは出来ず、メイド服を着ている今でも少し妄想を膨らませれば容易に彼女の裸体を思い描けるほどだった。

 ……今後、紗奈さんと顔合わせる時は気をつけないとな。

「──改めまして。私が月山愛優の妹であり、このお屋敷のメイドとこの管理室の室長を務めさせてもらっています。月山紗奈です。今後ともよろしくお願いします」

「僕は湊拓海。さっきも言った通り一応愛莉とは結婚する予定です」

「あっ、先生一応ってなんですか一応って……先生はれっきとした私の婚約者、ですよ」

「そうだったね、ごめん」

 そう言いながら僕は紗奈さんの頭を優しく撫でる。愛莉の頭のツボを理解した僕の撫で方がとても気持ちいいらしく、愛莉は甘えるように寄りかかってきた。

「ふふふっ、愛莉様にとても信頼されているんですね湊様は」

「そうなんですかね?」

「はい、そうですよ。だって──」

 そこまで言うと紗奈さんは僕の耳元まで近付き、僕にしか聞こえない声で囁く。

「愛莉様が男性の方と一緒にいて、こんなに嬉しそうな顔をしているのは本当に久しぶりに見ましたから……たくみなセンセ」

「ッ!? な、なんでそれを?」

「実は私もファンなんです。たくみなセンセの。ついでに言うと幼子の楽園の同人誌を買って、愛莉様達に教えたのも私なんです」

「マジですか……」

「と言うより、私センセと一回だけツーショットで写真撮りましたよね? あの時は、コスプレじゃなくて本物のメイドだって言っても信じてもらえなかったですが」

「…………」

 ツーショット、本物のメイド……この二つのワードによって、全てが合致していった。

 一度もメイドの人と会ったことないと言ったけど、そう言えば一度だけあった!

「あぁ! もしかして、いつも一番に来てくれるメイドコスの人か!?」

「はい。思いだしてくれて何よりですっ」

 紗奈さんは嬉しそうにはにかむ。

 その人は最初の時……つまり、僕達が初めてサークルとして参加した時に僕達の作品を最初に買ってくれた人でもあり、次からはいつも一番乗りで僕達のところで買っていってくれる。その人は買いに来る度に前作の感想も言ってくれて、僕達からしたらこの人のために次もいい作品を……となっていた時もあったくらいの人だった。

 まさかその人と同じ屋敷で住むことになるなんて夢にも思わなかったけれど。

「いつもいつも買っていただいて本当にありがとうございます」

 それを知った僕は自然と頭が下がり、そんな言葉が口から出ていた。

 一時期本当に辛い時があって、その時に何回挫折しかけたことか……。でも、いつも一番に来てくれる彼女のためにと思ってがむしゃらに頑張って、それでやっとの思いで完成させて彼女に届けられた時の感動とかは今でも忘れない。

 そんな事まではわからないだろうが、紗奈さんは何かを感じたらしく優しい口調で話しかける。

「頭をあげてくださいセンセ。さっにも言ったとおり、私もセンセのファンなんですから。ファンは応援し、センセはそれに応える。支え支えられるのは当たり前じゃないですか」

「紗奈さん……」

 天使のような人に本当に出会えてよかった。僕は心の底からそう思った。


 それから僕達は管理室の中へ。

「これが管理室……ですか?」

「センセ……あまり見ないでください。恥ずかしいので」

 そう言ってもじもじしている紗奈さん。まぁこの光景を見られたらそうなるわな。

 何故ならこの管理室、基本的には屋敷内の防犯カメラのモニターで埋まっているのだが、その中に一際目立つモニターがあった。

 それもそのはず、そのモニターは何故かエロゲーの画面が映し出されていたのだから。

 ……もしかして、さっき愛莉がエロゲーについて聞いてきたのはこのため……なのかな。

「えーっと、紗奈さん」

「は、はひっ」

「その、女の子がやっちゃいけないなんて言わないけどさ……ほどほどに、ね?」

「はい……」

 そんなこんなでここから僕達の会話は始まり、エロゲーの件を抜きしたらとても充実した時間を過ごした。

 充実している時ほど、時間の流れは早く気が付けば既に二十時近くになっていた。

 それから愛莉の提案により、一階にあるリビングで僕の歓迎会が開かれた。

 その夕飯は僕が生きてきた中で一番豪華で、有名なところからお寿司の具材やお肉など色々取り寄せて紗奈さんと愛優さんが料理してくれたのだが、それを食べた瞬間、僕の食に関する世界が変わった。

 僕が今まで食べてきたお肉や魚達はなんだったのか、果たしてこれを前にあれらをお肉や魚、そして寿司と呼んでいいのだろうか? と、そう思わずにはいられないくらいの絶品だった。

「ふふ、どうやら満足していただいたみたいでなによりです」

 食後のデザートを食べ終えた僕を見て、愛莉は嬉しそうに笑う。

「本当に満足したよ。正直ここまで美味しい料理を食べたのは初めてかも」

「好評みたいで良かったですね愛優さん、紗奈さん」

「ありがとうございます湊様」「ありがとうございますセンセ」と、愛優さんと紗奈さんは丁寧に応じる。

「気にいっていただけたのなら、近いうちにまたこうして食べましょう」

 凄く軽いノリで言ってくれているが、僕の見立てではこの食事だけで軽く何十万近く飛んでいる気がする。

 こんな事が毎日……なんてことは無いだろうけれど、一応聞いてみることにした。

「愛莉はいつもこんな食事なの?」

「たまにですが、フランス料理にイタリア料理など様々ですね。お仕事のお付き合いで食べる事が多いですしお付き合いで食べる時はみなさん意識してかそういったところが多いので」

「そ、そうなんだね」

 僕が聞きたかったのは、いつもこんな豪華な料理を食べているかって方だったんだけど……まぁ今の話から察するに愛莉はいつもこれかこれ以上の物を食べているんだな。

 食の世界が変わったところでまだまだ朝武さんには到底敵いそうもないな……いや、下手をしなくても一生かかっても無理な気もするけど。

「それでもそういったお付き合いがない時は基本ここで 愛優さんと紗奈さんに作ってもらってますね」

「やっぱり愛優さん達の料理の方が美味しいの?」

「それはそうですよ。愛優さんと紗奈さんの手料理は世界一ですから」

 無い胸を張る愛莉。だがそれがいい。

 そしてその言葉がとても嬉しかったのだろうか、後ろの方で愛優さんと紗奈さんは悶えているのがはっきりとわかった。

 と、そこで愛莉が話題を変える。

「そういえば先生は明日からのゴールデンウィークに何かご予定とかありますか?」

「ゴールデンウィーク……」

「はい、私運良くゴールデンウィークはほとんどお休みなので、もし先生さえよろしければ私の親友を紹介したい……なんて。ダメ、でしょうか?」

 本当なら執筆作業に集中したいところだが、おずおずと上目遣いで聞いてくる朝武さん。その仕草に……その純粋な瞳に……僕は、完敗した。

 気が付けば僕は頭を縦に振っていた。最初から愛莉のお願いを拒否する予定はなかったが、それでも僕は知らず知らずのうちに承諾していた。

 それと同時に僕は愛莉がここまで成功した理由を理解したような気さえした。

 この瞳を前に、断れる人はきっと……いない。

「ありがとうございますっ」

 そしてこの百点満点の笑顔だ。本当に敵わないな……愛莉には。

 この笑顔のためならなんだってしてあげたくなっちゃうんだもん。

 そしてこの笑顔を決して曇らせてはいけないと、僕はひっそりと心の中で誓った。


 その後、僕達はそれぞれの部屋へと戻った。愛莉はお風呂に入るみたいで、一緒に入りましょうと誘われたけれど僕は朝に入るタイプの人だからと言って断った。と言うか、愛優さんの目が怖くて入ることが出来なかった。

 僕はベッドに倒れ込む。そのベッドは僕の部屋に置いてあるのとは全く違い、倒れ込んだはずなのにすぅっと体がベッドに吸い込まれていった。

 跳ねるとかそんなちゃちもんじゃない。これは包み込んでくれているんだ。

 ともあれともあれ、明日は愛莉

の親友とのご対面。

 これは僕の勝手な想像なのだが、朝武さんの親友もきっと愛莉と同じようにかなりの天才なのだろう。

 なるべく考えないようにしていたが、やはり僕と彼女では釣り合わない。

 少ししか時間を共にしていないというのに、それが痛いくらいわかるのが辛い。

 でもだからこそ…………。

 「僕は……愛莉に釣り合う男にならなくちゃ……」

 そのためにはまず、その親友の人達に認められなければならないだろう。

 かと言って無理に背伸びをしてもすぐにバレるだろうし、いつも通りの僕でいよう。それで駄目ならもっと頑張って認められるようになればいい。

 何回でも何回でも……小説を書いても書いてもPVやブクマなどが伸びなかったあの時……それでも諦めなかったからこそ、今がある。ならば今回もやることは同じだ。

「同じ……なんだ」

 何はともあれまずは休もう。疲れていては回る頭も回らなくなってしまう。

 僕は不安などを無理やり押し込めて、夢の世界へと落ちていった。

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