ロリと恋人になったら世界が変わった
空恋 幼香
第1話 ロリ婚生活しましょうか?
宣誓! 僕達、俺達は、
〇月×日。変態紳士同盟一同。
ロリーコーン。きっとロリコン以外の何者にもなれない君達に告げる。ロリ婚をするのだ!!
……え? もしかしてロリ婚をご存知ない?
ロリ婚とはそう、ロリ+結婚……つまりロリと結婚する事であーる!
それは全世界の変態紳士……いや、男性であるのなら夢やロマンを抱く言葉だと言っても過言ではないだろう。ええ、過言ではない!
だからこそ、もしもこの世にロリ婚を果たした人がいるなら僕はその人にこう尋ねるだろう。
「ロリと結婚したら何が変わったのか?」と。
今日から五月。あと数日学校へ行けば高校生活二度目のゴールデンウィークになる日の放課後。
いつもの変わらぬ教室、外からはいかにも青春という感じで陸上部の掛け声が聞こえてくる。
そんな中、窓際で何かを話しているふたりの男がいた。
しかし二人は視線を合わせることはなく、共に窓の外へ視線を向けていた。
「なぁ、ゴールデンウィークの予定なんかあるか?」
「……ないと言えばないし、あると言えばあるな」
「…………締切か」
「うん」
二人して肩を落とす。
僕、
もちろん僕一人だけでなく他にも数人のメンバーでやっているのだ。
サークル名は『幼子の楽園』で、主にロリショタ系の同人誌を作っているサークルだ。
超健全なやつからエッチなやつまで幅広く扱い、ロリとショタを主にしているのもあり男女問わずそれなりに人気のサークルだ。
ちなみに僕はロリ担当で、『たくみな』という名前で参加している。
それ以外にもWebで小説を書いておりそっちでは『南 拓人』と言った名前でやっている。
最近はロリ×結婚の『ロリ婚』というのの完成に向けて頑張っているのだ。
しかし、色々と頑張っているのは僕だけでない。今年は久しぶりに夏のイベントへの参加が決まり、サークルメンバー全員がてんやわんや状態だった。
遊んでいる暇などないくらい……のはずなのだが。
「……気分転換に今年こそどこか遊びに行くか?」
「それ去年も言って結局、充の都合でダメになったじゃんか」
「あはは、その事については悪いと思っているよ」
陽気に笑う茶髪の男、僕の幼馴染みであり、一番の親友の
成績優秀、運動神経も抜群、その上容姿さえも誰がも認めるイケメン。
その整った顔立ちから……いや、顔だけではない、全身からイケメンオーラを漂わせている。
額縁のないメガネをかけており、そのせいかたまにものすごくインテリ系に見えたりする……時もあるかもしれない。
ともあれ、何も知らない人から見たらどうして僕なんかとつるんでいるのかわからないくらい格と言うか……次元が違う。
ちなみにこの男も『幼子の楽園』のメンバーで主にイラストの方を担当してもらっている。
名前は『ほしみつ』で参加しており、イラストをツブヤイターとかイラスト村などであげているため僕達より人気で認知度も高い。
ちなみにコイツが何故こんな余裕をかましていられるかというと、今回は僕ともう一人の作品を新刊として出す予定なのだが二人してネタにつまっていたのだ。
ストーリーが完成していなければコイツの仕事は特にない。だからこそ今は暇なのだ。
「それで物は相談なんだけどな……俺と一緒にしおり公園に行かないか?」
「しおり……公園? どうしてまた」
しおり公園とはこのしおり市で一番大きな公園でいくつかのエリアがある公園だ。
そのうちの一つのエリアは少数だが、一応動物も生息している。
その動物達は人間に囲まれて育ったせいか、人懐っこいのが多い。
基本的には芝生なのだが、池や出店、そして噴水があったりするところもあり、聞いた話だとそこはデートスポットとしても割と有名らしい。
この街で育った人ならば小さい頃に必ずと言ってもいいほどお世話になるところでもあり、僕達も昔はここでよく遊んだものだ。
まぁそれも小さい頃の話であって、大きくなるにつれてそこに行く回数は少なくなっていって、最近では近くを通るものの敷地内に入ることなど全くなくなった。
僕がそんな不思議そうな表情を浮かべていると充は不敵な笑みを浮かべながら語る。
「ふっ、愚問だな。ゴールデンウィーク……この時期は家族連れが多くなるだろう」
「……まぁ、そうだな」
実際横を通ると家族で遊びに来ているところが多いのがわかる。
とはいえ家族だけではなく、カップルにも人気の場所なのでそればかりではないが。
すると、充はわざとらしくメガネをくいっとあげる。
その際教室の色々なところから黄色い歓声が上がる。
「まだわからないのか? 家族連れ……つまり、ロリッ子達がいっぱいくるんだぜ?」
「あ~……」
まぁ言わずともわかるとは思うけれど一応言っておこう。
コイツも僕と同じ変態紳士同盟の仲間でもある。
僕は基本的に暖かく見守るタイプなのに対して充は自らロリの元へと突っ込んでいくタイプなのだ。
普通なら「おまわりさんこの人です」で終わってしまうところを充は持ち前の顔と話術で毎回なんとか乗り切っている。
……正直僕もその力が欲しいと何回も思っていますはい。
「それでお前がロリを追いかけるのはいつもの事だけど、今日はなんだかやる気に満ち溢れていないか?」
「ふっ、愚問だな。この時期は特にロリッ子達が集まりやすいんだ……つまり、俺の嫁候補も見つかりやすくなるってわけさ」
「キメ顔でそんな事言われてもなぁ」
僕は思わず深いため息をつく。
充は昔いかにもお姉さんってタイプの年上の女の子(とは言っても年齢的には3つ上)の人と付き合っていたらしいが、その時に色々あったらしくその人と別れて以来興味どころか恋愛対象までロリの方へと向いてしまったのだ。
ただ変にこじれたせいでロリと結婚したいというところまでいっちゃったけど。
「む、なんだため息とは……お前だって好きだろう?」
「いやまぁ好きか嫌いかって聞かれたら好きって速攻で答えるけどさ」
「けど……なんだ?」
「……なんでもないよ」
僕は視線を外の方へと移す。
そこにはグラウンドを走る陸上部の姿が。
もちろんその中にも僕達と同じ同盟の人がちらほら。
……こいつが言った通り、僕はロリが好きだ。大好きだ。
こいつには負けるが、それでもそこら辺のロリコンよりは愛があると思っている。
しかしだからと言ってロリを恋愛対象として見るのはどうなのだろうか?
こいつといる時は嫌でもそんな事を考えさせられる。
「──なになに、何の話してるの?」
具体的な話が一方的に決まって行く中、こちらの話に興味があるのか話に割り込んできた人がいた。
……その声は聞き覚えがあり、声からして誰が来たかは聴くまでもない。
僕は視線を窓の外から声の主の方へと向ける。
「別に特別面白い話は何もしてないよ柿本」
そこには同じクラスであり、僕達と同じ変態紳士同盟の仲間であり、『幼子の楽園』のショタ婚のストーリー担当でもある
女が変態紳士と呼ばれるのはどうかと思うが、本人が気にしていないから僕達も気にしないことにしている。
ちなみに柿本はサークルではショタ担当、『幼子の楽園』において名前は『あかねん』で参加している。
顔はまあまあ、スタイルは……まあまあと言いたいけれど、キュッと引き締まった腰、腕や足は細くとても女性的で肌も白い。そして何よりも胸の部分にある大きく育った二つの膨らみを持っているためこれをまあまあなどと評したら間違いなく、男女問わず僕はボコボコにされるだろう。
腰まである桃色の髪を腰まで下ろし、歩く度に揺れてシャンプーの良い香りが鼻先をくすぐる。
僕がロリコンで無ければ毎回その香りにはドキドキさせられていただろう。
「ふふーん。私に何か隠し事しようって言ったって無駄なんだからね♪」
そう言って僕達の隣の席に座る。
大きく育ったソレは机に上に置かれ、意識しなくても自然と目が吸い寄せられ…………ない。
だって僕は貧乳組だから。
──さて、突然だがここで変態紳士同盟について話しておこう。
変態紳士同盟とは三つの組織から出来ている。
ロリを愛し、ロリに愛されるための同盟であり、いついかなる時もロリの笑顔を守る……そんな同盟だ。
ちなみに二つの組織とは。
一つは巨乳組。
ロリ×巨乳と言うアンバランスだがそれが好きな人達が集う組だ。
そしてもう一つは僕や充、そして灯里が所属している貧乳組。
巨乳組がロリ×巨乳ならば貧乳組は言わずもがなロリ×貧乳が好きな人が集う組だ。
その他にも巨乳組、貧乳組の中立的立ち位置……と、言っていいのかわからないが、ロリババ組というのがあり、この組は特殊で巨乳派、貧乳派の人達が所属している。
なのになぜこんな風に分けられているのかはもう名前からわかるだろう。
そう、彼らは巨乳でも貧乳でもあるが、僕達とは決定的に違う。彼らはロリババが好きなのだ。
とは言ったものの、どこかがロリババの範囲になるか……その線引きはとても曖昧で、聞いた話によると人それぞれ違うらしい。
六百歳や、五百歳くらいからじゃないとロリババじゃないと言う人もいれば、どこの影響を受けたのか中学生以上はみんなババアとか言うふざけた事を言っている人もいる。
これは僕個人の意見なのだが、正直大きいか小さいか……年相応かそうでないかは心底どうでもいい。ようは『ロリ』であることが重要なのだ。
女子小学生のロリはもちろんの事、ロリであるならば女子中学生や女子高生ですら愛せる自信がある。
つまりロリならなんでもいいのだ。
……まぁ少しくらいなら願望もあるけど、それは本当に少しだけ。
ちなみに僕と充と柿本はみんな似たような願望をお持ち(充は一部だけど)な上に、それなりに長い時間を過ごしていたためお互いの考えがわかるのだ。
「で、結局何を話してたのさ?」
「いやゴールデンウィーク中にしおり公園にロリでも見に行かないかって、充が持ちかけてきたんだよ……」
「ふーん、なら今日行けば?」
「? どうして今日なんだ?」
「あっ、そうか今日からだったか!」
納得する充に対し、僕は首を傾げる。すると、柿本は自分の席からカバンを持ってきてある物を取り出す。
「これだよ、こ、れ!」
そう言って何かを机に叩きつける。
「……ふれあい広場?」
そこには今日からしおり公園で行われるふれあい広場というイベントが書いてある広告だった。
しかし勘違いしていけないのはあくまでも動物達とのふれあい広場であって動物達目当てに集まってきたロリ達との触れ合い広場では無い。
ふれあい広場とはその名の通り動物達と触れ合える場所であって、特に子供達に人気があるエリアでもあった。
「そうだ、触れ合い広場だ」
「流石星川君♪ ちょっと怪しかったけれど、湊君とは違ってそこら辺はちゃんと抑えてるみたいだねっ」
「もちろんさ」
二人で仲良くハイタッチ。
そしてそのまま今度は周りに聞こえないようにそっと耳打ちしてくる。
「いい? このイベントはいつも触れ合えないような動物達と触れ合えるイベントなの! つまり……いつもより来ている人が多いんだよ!」
「………………マジで?」
「マジだよマジ! だからこそ星川君も誘ってるんだってば」
「そうか……」
僕は顎に手を当て考える仕草をする。
もし仮に……まぁコイツらのロリについての情報は確かなものだから信用はできるけれど。
まあ信用以前に外したことは無いが……。
僕はスマホを開き、変態紳士同盟メンバーのみ入れることを許されているSNSアプリ通称ロリンを開く。
「……ほう」
すぐさま検索をかけると一番最初に目当ての写真が出てくるのだが、それを見て思わず感心してしまう。
そこには楽しそうに動物達と触れ合う美幼女の姿。
僕の背中を押すように充も耳打ちをしてきた。
「それにほら、もしかしたらいいネタが浮かぶかもだぞ」
「……」
その瞬間僕の中で何かが弾けた。
次の行動は言うまでもなく、僕達は無言で立ち上がり、そのまましおり公園へと足を進めた。
公園に着くと僕達は立ち尽くす。
僕と柿本の手にはネタ帳。充の手にはスケッチブック。
イベントがあるのだから、人が多いのは当たり前なのだがそれにしても……。
「うへー本当にいっぱいいるんだな」
「そうでしょそうでしょ♪ ってこれは毎年この時期になればやってるの。……というかむしろ変態紳士同盟で知らない人の方が珍しいと思うんだけど」
僕が素直な感想を述べると、柿本は肩をすくめる。そしてある人物を指さす。
指した先には変態紳士同盟の仲間が数人見える。
「なるほどな~こりゃ確かに知らない方が不自然なくらいウチにとってはいいイベントだな。なぁ拓海」
「うん、そうだね。僕達ももっと早くに気付くべきだったかも」
「うっしっしっ。来てよかったでしょ? 湊君も星川君も私に感謝しなよ♪」
誇らしげに胸を張る。
そのせいで元々大きく存在感があったふたつのメロンが更に存在感を際立たせる。
「ま、ここにみんなで固まっていてもって感じだし、一旦それぞれ好きな場所にでも行くか?」
「僕は構わないけれど」
「うん、私も。というか出来ればそっちのが嬉しいかも」
「同じ貧乳組と言っても僕と柿本と充。柿本はロリとショタだし、僕と充も詳細に言ってしまえば好みも変わってくるしいいと思うよ」
「おし、なら二時間後にここに集合な」
そう言って充はロリ達のところへと一直線に駆け出していってしまう。
「私もショタ探さなくっちゃ♪」
それに続いて柿本もその場から離れる。
残った僕はどこに行く訳でもなくその場で戯れているロリ達を見ていた。
「やっぱりいいよな……この光景は……。ロリはやはり笑顔であるべきだ。あ、あの二人は姉妹かな、息ぴったりで微笑み合うのを遠くから見守るのもまた乙なものだ」
今回は双子の姉妹を書こうと決めていたから丁度いいかもしれない。
そう思った僕は通報されない程度に二人のロリ姉妹を遠くからこっそり観察を始めた。
それからどれくらい時間が経っただろうか。
ロリ姉妹達が帰り支度を始めたようで、僕も今日一日の観察に感謝を込めてお辞儀をしようとした時。
「──きゃっ!?」
僕は走ってきた誰かにぶつかってしまった。
当たった方を見ると尻餅を着いた小学生低学年くらいのこれまた可愛らしい黒髪ロングのロリだった。
「ご、ごめん。怪我はない?」
「は、はい……大丈夫、です。すみません、少しよそ見をしていて……あ、ありがとうございます」
僕が手を差し伸べると、少女はその手に捕まり立ち上がる。
転んだ拍子に土が付いてしまったのが気になったのか、その場でいかにも高そうなスカートに付いた土をぱんぱんと叩いて払う。
「その、申し訳ございません。私少し急いでいまして……」
「いやこちらこそ上手く避けることが出来たらよかったんだけど」
「あ、いえ。私が周りを見ていなかったのがいけないので、本当にすみません」
肩を落とす少女。
その姿を見ただけでここまで心を痛めるところは僕が根っからのロリコンだからだろう。
かの御仁、ロリータ・アイシテル会長は言っていた。
ロリとの出会いは一期一会。
偶然起きた出来事さえロリとロリコンが混じりあったのならその出会いを大切にするべきだと。
ならばやることは一つ。
「ううん、君が謝ることはないよ。だってこんな事が起きなかったら君とこうして話せなかったからね」
あくまで爽やかに言う。
すると少女はぱぁっと太陽のような明るい笑顔を咲かせる。
うんうん、やっぱりロリは笑顔の方が似合うよね。
その笑顔を見て思わず頷いた。
「……ふむ」
少女を改めて見て気がついたのだが、このロリは本当に素晴らしいな。
身長はかなり低めだが、胸部は見た感じ全然発達していない。だがそこがいい!
服に関しても彼女の清楚なイメージをそのまま表したような白のワンピースというも高く評価できる。
手足も細くぷにぷにしていそうで、きっと服の下に隠れている腰のラインやお腹の辺りはまだクビレなどをしらない子供特有のソレなのだろう。
それを想像するだけでテンションとかテンションとかテンションとかモチベーションが上がるものだ。
腰まである美しい黒髪は、揺れる度にこちらまでロリコンの魂……略してロリ魂を揺すぶるような香りが漂ってきそうだ。
そして決め手に、その完全なロリボディに対してその整った顔に透き通るような白い肌。なによりも毅然とした態度などからはどこか大人っぽいオーラが出ていて、そのギャップもまた素晴らしい。
「いいロリだ……」
「いい……ロリ?」
「あ、いや。なんでもない……です。あはは」
その少女を見て心の中で思った事が、知らないうちに声に出ていたらしく、目の前の少女はきょとんとしている。
「……あの?」
「え、あ、なにかな?」
「いえ、何かお聞きしたいことがあるように思えたのですが……黙られてしまったので」
「あ、ううん。どうして急いでいたのかなって思っただけだよ」
「どうしてと言われましても」
「深い意味は無いんだけど、周りが見えなくなるほど急いでいたようだったから気になって……あ、でも話したくないなら別にいいよ」
「いえそういうわけではないのですが」
そこまで言うと口を紡いでしまう。
かと思ったら今度はあちら側から話題を振ってきた。
「そんな事よりあなたはどうしてここに? 見たところ……ふれあい広場を目的に来たわけでも無さそうですが」
「ん? 僕かい? 僕はね──」
──ロリ達を観察するためにこのふれあい広場来た。
と、口に出しかけたがなんとか踏みとどまった。
危ない危ない。そんな事ここで口走ったら下手したら豚箱……運が良くても職質待ったナシだったな……。
「──コホン。僕は気分転換、かな」
一つ咳払いをしていかにもそれっぽい事を言うが、これはもちろん嘘である。
「気分転換ですか?」
「うん。ちょっと趣味の方で息詰まっちゃってね……気分転換に散歩でもしたら何かいいアイディアとか浮かばないかなーって」
更に誤魔化すように笑う。
充や柿本は付き合いが長いからすぐにバレるだろうけれど、この子はあったばかりだし大丈夫だろう。
──っと、そうだった。
「あぁ、僕の名前は湊拓海だよ」
ロリとの出会いは一期一会。
こうして名乗っておけばフラグが立ってこの子ともう一度会えるかもしれない。
「どうしていきなりお自分の名前を……?」
「今思ったんだけど僕達こうして話してるのに名前すら知らなかったなーって」
「そういう事でしたか……私は────」
「?」
少女が自分の名前を言おうと口を開いたが、そこで言葉は止まってしまった。
僕が不思議そうに首をかしげていると、少女は先ほどとは真逆の険しい顔つきになる。
この様子からだけではおまわりさんに通報されることはないだろうが、それでも目立つのはさけたい。
「そ、それじゃあ僕はこれで……」
「待ってください!」
その場から立ち去ろうとした時、不意に彼女から呼び止められる。
しかし彼女の顔は先ほどの険しい感じは微塵も感じさせないほど柔らかかった。
「その……すみません。私は名乗れません」
「……そっか。僕もいきなりごめんね。なんなら忘れちゃってもいいから!」
そう言い残し僕はそそくさとその場から立ち去った。
少女は立ち去る少年の背中を見続ける。
「……不思議な方」
少年の姿が見えなくなると、私は自然とそう呟いていた。
私は昔から知らない人には不用意に近付くな。誘拐されてしまう。
そう教えられてきました。だからこそ、私は今までなるべく知らない人には近付かないようにしていました。
実際に何度か誘拐されそうになったこともあり、私は完全に知らない人はそういう人ばかりだと決めつけていた。
でもあの人は……。
「いえ、違います。きっと隙を見せるためです」
私は首を振り、一度今の考えを捨てる。普通の人はろくでもない人ばかり。関わってはいけない、ろくなことにならない。
確かに一部例外に当てはまる人もいるけれど、そんな人は世界に一人くらいだろう。
会ったことは一度もないけれど、それでも私の憧れであり初恋でもある、あの人だけ。
そう何度も言い聞かせる。
「あ、いけません。早く愛優さんのところへ行かないと待たせちゃってます」
私は自分が急いでいた理由を思い出し、この場から立ち去ろうとする。
「──あれ?」
丁度あの人がいた所に何かメモ帳みたいなものが落ちていた。
いつもならいつもなら拾うことはせず、そのままほったらかしにするのだが、何故かソレだけは拾っておこうという気持ちになった。
いや、それだけではない。私は気が付くと恐る恐るその中身を見ていた。
これは私などがしてはいけない事。そうわかっていても腕が止まらなかった。
「──これは……ということは先程のお人はまさか!?」
私はソレをポケットの中に入れると、電話で愛優さんに最低限の説明だけするとさっきの人が歩いていった方へと走り出した。
「ない。ないないないない! なんでないんだああああぁぁぁぁあああぁぁぁっ!!!!」
僕は地面に手を付きながらこの世の不幸を嘆く。
あれからあのロリと別れ、新しいロリを探しては観察を繰り返すものの特に何も浮かばず、ただ単に歩いていたせいで大切なネタ帳を落としたことに気が付かず、今こうして探していた。
「どうせ大したネタは浮かばなかったんだろ? ならもう諦めろよ」
「そ、そんな事言うなよ充! 確かにネタは思いつかなかったけれど、あのメモ帳には今までの思い出とかが詰まっているんだぞ!!?」
「お、おう……わかったから。離れろ、近い」
「す、すまん」
興奮してつい詰め寄ってしまった僕は充から距離をとる。
確かに今はこんなことをしている場合じゃない。
例えこの事で充とのホモ疑惑がかけられようとも、さっきまで柿本のピンクのチェック柄のパンツが視界の隅でチラチラ見え隠れしてようともそれどころじゃないのだ。
僕は再びネタ帳を探し始める。
「ねぇ、なんか落とした所に心当たりとかないの?」
「あればいいんだけどね……正直さっぱりなんだよ」
「拓海さ、例えばだけど誰かとぶつかってその拍子に落とした……なんてことはないか?」
「誰かとぶつかって?」
「ああ」と言って頷く充。柿本も納得したのか、「どうなの?」と聞いてくる。
僕は今日ここに来てからのことを思い返す。
ここに来て人が沢山いて驚いたこと。
とても素敵なロリと出会ったこと。
このしおり公園は意外と広い……ん? ちょっと待てよ。
僕はもう一度じっくり思い返す。
人が多くて驚いて、その後みんなバラバラになって、その後ロリが僕に──。
「あっ、ああああああああああぁぁ!!!」
「ど、どうしたの湊君!? いきなり叫んで」
「拓海、もしかして心当たりがあるのか?」
「う、うん! ある、確かに僕はあの子とぶつかった!」
これでやっと見つかる……とみんなが思っただろう。
「で、そのぶつかった場所はどこだ!?」
興奮する充。
「やったね湊君」
祝福してくれる柿本。
「よし、じゃあそこへ行こうぜ! 拓海案内よろしくな!」
『おー!』
こうして僕達はロリとぶつかった場所に歩きだ……さない。
なぜなら──。
「おい、拓海? 早く行こうぜ」
「…………」
「ま、まさか湊君……嘘、だよね?」
「嘘だと言ってくれよ拓海!」
「みんな……ごめん……」
「ここ、なんだ」
『えええええぇぇぇぇぇええぇぇぇ!!!!?!?』
街全体に響くんじゃないかと思うほどのふたりの叫び声があがった。
「──で、どうするんだよこれ」
「どうしようか……」
「もう手詰まり?」
一応ここら辺をもう一度しっかりと探してみるがやはりメモ帳らしきものどころか紙くず一つなかった。
既に辺りは暗く、これ以上探し物をするのは困難な状況でもあった。
「もしかしたら誰かが拾ってくれたとか?」
「だな。ここまで探してないとなると……」
「だとしたら警察かな?」
「いや、その確率は低いだろ……少なくともあんなボロボロのメモ帳だぞ?」
「……私なら拾ったら間違いなくゴミ箱に捨てるね」
「だろ?」
充と柿本がそんな会話をしている中、僕はまだメモ帳を探していた。
流石に呆れてきたのか、冷めきった目でこちらを見つめる充はいつもより少し低いトーンで。
「なぁ拓海まだ探すのか?」
「もちろんだ。あれはずっと共に歩んできた相棒だからな!」
そう言って僕は充達の方へと顔を向ける。
そこにはもう完全に諦めている友人の姿があった。
……まぁそれも無理もない。
ぶつかった場所はここ。既に一、二時間は探している。むしろまだやる気に満ち溢れている方がおかしいのだ。
「ねぇ湊君、気持ちはわかる……とは言いきれないけれど、せめて明日探そうよ」
「日が登ってからの方が見つかる可能性も高い……拓海、時には諦めるのも大切だぞ」
ふたりは辛そうな顔を浮かべながらそう言う。
確かにそうだ。日が登ってからの方が見つかりやすいだろう。
でも僕は──。
「ごめん、もうちょっと探していたいんだ……ふたりはもう帰っても大丈夫だから」
出来る限り精一杯微笑む。
長い付き合いのふたりだからこそわかるのだろう。こうなったら僕はテコでも動かないと。
ふたりは顔を合わせると溜息をつく。
「わかったよ……俺達は先に帰らせてもらう」
「でも、何かあったら絶対に連絡しろよ! すぐに駆けつけるからな!」
「そうだね。私もすぐに駆けつけるよ」
そう言い残しふたりは帰っていった。呆れつつもいざとなったら助けると言ってくれる親友達。僕はふたりの背中を見守りながら聞こえないとわかっていながらも「ありがとう」と呟いた。
──それから更に一時間。
「はぁ……どこにもないなぁ……」
もうここら辺の地形を完全に覚えるくらいには探し続けたが見つかる気配もない。
僕は一人暮らしなので誰かに心配されることはないのだが、いい加減そろそろ帰ろうという気持ちになってくる。
とは言ってもずっと探し続けていたためか、疲れが溜まっていたのだろう。
「少し休んでから帰るか」
僕はその場で倒れ込む。下は芝生になっているため横になっても痛くないしむしろ結構気持ちがいいくらいだ。
「…………」
僕は改めて今日の事を思い返す。もしかしたらどこか見落としがあるかもしれない。
そんな儚い希望を抱いて。
でもそんなものは初めからなかった、何度思い返しても可能性があるのはさっきまでみんなで探していたところだけだった。
「くそっ!」
僕は地面を叩いた。そんなことをしてもメモ帳が見つかるわけがないのはわかっている。
でもそうせずにはいられなかった。
と、その時だった。
「──誰か、そこにいるんですか?」
暗闇の中、懐中電灯の明かりが僕を照らしながら近付いてくる。
僕は起き上がりその明かりが発せられている方へと視線を向ける。
ガサッガサッ。
少しずつ、だけど確実に近付いてきている。
僕は念のためすぐに逃げられるように構えていると、僕の目の前に来たのは意外な人物だった。
「──あれ? あなたは……」
「君は……さっきの……って!?」
僕の目の前に現れたのは偶然出会ったあのロリだった。
ロリの服装は夕方に出会った時とは違い、どこかのお嬢様を思わせるほどの綺麗なドレスを着ており、月の明かりに照らされて幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「……あれ?」
ロリに少し見とれていると、僕はある事に気が付く。なんとその少女の手には無くしたと思っていたネタ帳があったのだ。
それを見た僕は思わずその少女が握りしめているネタ帳に飛びついてしまう。
「ひゃっ!?」
それに驚いたのか少女は悲鳴のような声を上げる。
その声で我に返った僕は咄嗟に手を離す。
「あ、ご、ごめんつい……」
「私こそ悲鳴をあげてしまいすみません……」
「でもどうしてそれを君が?」
僕はネタ帳を指差す。
すると少女は何かを伺うように、上目遣いでこちらを覗き込む。
その仕草に一瞬心臓が高鳴る。
「あの、その前に私から一ついいですか? ……これってあなたのネタ帳なんですか?」
「へ……?」
ネタ帳……その単語を聞いた瞬間胸の高鳴りが別の意味で加速する。
何故ならば僕がネタ帳呼んでいるメモ帳にはそれが一般の人なら誰が見てもネタ帳だとわからないくらいざっくりとしか書いていないのだ。
例えばの話、家のトイレの扉を開けたらまだ用足し中のロリがいて大変なことになる。
というのがあるとしよう。と言うよりも、そのネタを実際に使ったからそれにしよう。
それをネタ帳では『トイレを開けたら大変な事に』と結構省略する。
しかしそれをネタ帳だと理解できるのは僕と同じでそういったものを書いてる人又は、僕の作品を知っている人……そしてツブヤイターで個人的に話している僕のファンの人のみなのだ。
昔一度だけ本当にギリギリで仕上げた本を出した時に、一部分のみだが間違えてネタ帳に書いてある言わばプロット状態のまま出してしまった事がある。
その時ばかりは流石にツブヤイターでエゴサーチしてみたが、駄作とかの呟きはなかったものの読者のほとんどはそのプロットの部分が理解出来ずにいたであろう。
……もちろんすぐに改稿したけど。
でもそんな中、僕宛てに僕のファンと名乗る人からリプライが来た。
その人は僕が書きたかったことを見事に的中させたりしてみせたのだ。
つまりこれをネタ帳としてわかるのは……。と、色々思考を巡らせる。
何よりこんなお嬢様みたいな少女がツブヤイターをやるわけもないしなぁ。
僕が唸らせていると、少女は再び伺うように上目遣いで尋ねてきた。
「あの……重ね重ねすみません。もし、これがあなたのネタ帳だとしたら……もしかしてあなたは南拓人先生でいらっしゃいますか?」
「ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間僕は理解した。この子はあのファンの子だと。
いやでもそんな事ありえるのか? 相手はこんな幼気な少女で、お嬢様のような子なんだぞ?
頭で理解しているつもりでも、実際には何一つ追いついていなかった。
と言うよりもまだ迷っていた。本当にこの子があの人なのか? もしかしたら人違いなんじゃないか? と。
そこで少女は決め手になることを口にする。
「あの……わかりませんか? 私……ツブヤイターではアイリと名乗っているのですが……」
「…………」
僕はこの瞬間、迷いが全て吹き飛び確信へと変わる。
何を隠そうツブヤイターで見つけた僕のネタのことを当てたファンのアカウント名はさっきこの少女が口にした『アイリ』なのだから。
「君は……本当に、あのアイリさん、なのか?」
「はい、正真正銘私がアイリです先生」
そう言って少女はスマホを取り出しツブヤイターの画面を見せつけながら屈託の無い笑みを浮かべる。
確かにそこに映っているのは紛れも無く僕のよく知るアイリのアカウント。
この画面と笑顔を見た僕は少し時間をおくといつものような落ち着きを取り戻す。
その頃にはアイリはそこに座り込んで星々が綺麗に映っている五月の夜空を見上げていた。
僕も同じようにアイリの横に座る。
「そうか、君がアイリさんだったのか……」
「はい」
何気なくそう呟くとアイリは相槌を打つ。
僕は返してもらったネタ帳を手に取り、パラパラをめくる。
そこには僕がこの仕事を始めてからの色々なものが詰まっている。もちろんその中にはアイリとのツブヤイターでのやり取りも含まれている。
僕は少し疑問に思っていた事を尋ねてみることにした。
「ちなみに私は南拓人先生とたくみな先生が同じ人だとも知っていますよ♪」
「……へ?」
思わぬカミングアウトアウトに魔の抜けた声で返してしまう。
「て、ねぇアイリ、さん」
「はい、なんでしょうか先生」
「僕のファンだって事はわかったけど……君はどうやって僕の作品を読んだのかな? 僕の記憶では君みたいな可愛らしい子がうちの所に来た事なんてなかったはずなんだけど」
確かに僕はWeb小説も書いている。
しかしそれとサークルは別垢で、そのうえサークルの方はたくみなでやっているもののWeb小説の方は全く違う名前でやっている。
この反応からわかるようにアイリとは南拓人との関係はあるが、幼子の楽園のたくみなとは余り関係がないはずなのだ。
だからこそ彼女が湊拓海の方ではなくたくみなの名前を出したからこそ驚いている。
「あぁそれはですね。愛優さん」
「……はい愛莉様」
彼女が呼ぶと、後ろから突然声が。
僕が振り返るとそこには巨乳の黒と白のメイド服を着た黒髪のメイドさんが。
歳は……多分僕と余り変わらないくらいだろうか、背は男子高校生の平均身長くらいの僕より少し低く、髪は肩にかかるくらいで、メイドの世界のことは全くわからない僕にもわかるくらいにしっかりと叩き込まれているようだった。
もちろんアイリも礼節などに関しては物凄く上品ではあるが、このメイドさんも同じ……ヘタをすればそれ以上かもしれないくらいだ。
その上これまた美人で変態紳士同盟貧乳組であり、ロリを愛しロリから愛されたい男であるはずの僕でさえ、その美しさに息を呑むほどだった。
その女性は僕を見るなりアイリに純粋な疑問をぶつける。
「お嬢様……失礼ですが、この方は?」
「例のたくみな先生です♪」
「たく……みな、先生? お嬢様の通っている学園の先生でしょうか?」
メイドさんは首を傾げる。まぁそうなるわな。『たくみな先生』と言われたらまずそっちの方を考えるだろう。
そう思い、僕が説明に入ろうとしたその時、状況は一気に変わる。
「愛優さん、幼子の楽園の方ですよ」
「……ああ、あのロリコン向けの小説を主に出しているところですか。確かあかねん先生やほしみつ先生の」
「へ……?」
待って、これどういった状況? ほしみつ……充はまだツブヤイターとかイラスト村で活動してるからまだしもあかねん……柿本の名前まで知ってるとなるともしかして。
僕は確認のため恐る恐る聞いてみることに。
「あの、すみません……もしかしてどこかでお会いしたことありました?」
「即売会で何度か」
「でもメイドさんが来た記憶は……」
「ああいった場所でこの服装だとコスプレと間違われるので普通の私服で行ったので」
「そ、そうでしたか……」
なるほど、それならわからなくても不思議ではないな。
「まあ私も個人的にあかねん先生やほしみつ先生の作品は好きなので。あ、もちろんたくみな先生の事も知っていましたよ」
「あはは、ありがとうございます。僕達のサークルの作品を好きって言ってくれて僕達も嬉しいので」
作者にとって一番嬉しいのはこうして直に読者の言葉を聞けることだからね。
今度会ったとき充や柿本にも言っておこう。
と、そこで僕は服の袖を引っ張られていることに気が付く。
「どうしました?」
「あの……もしよろしければ私に、サイン頂けますか?」
アイリは少し遠慮がちに言う。
「うん、いいよ。ほしみつ先生とあかねん先生の分もいる?」
「あ、いいえ」
「えっ、でも……」
「私が欲しいのは……その……」
そこまで言うとアイリは僕から視線を外し、少し顔を赤らめながら顔をもじもじし始めた。
何これ超可愛いんですけど!!?
決心が付いたのか軽く深呼吸をすると再びこちらに向き直る。
「その、私が欲しいのはたくみな先生のシャインなんでしゅっ!」
「〜〜〜〜ッ!!!!!」
たくみな先生に対して痛恨の一撃!
何今の!? サインをきっと噛んでしまったのだろう、でもだからって今のは反則だろ!!!?!?
さっきまで優雅に丁寧に話していた子が急にもじもじしたかと思ったら今度は噛むとか……あぁもう最高かよ……。
僕は必死に悶えそうになるのを堪える。
一方アイリはと言うと、噛んだ恥ずかしさに耐えられないのか耳まで真っ赤に染め、顔を小さい手で隠していた。
その姿を見て再びたくみな先生に痛恨の一撃!!
きっとこの時の僕の顔は誰にも見せられない位になっていただろう。
それから数分が経ち、アイリが落ち着きを取り戻した頃、僕は再び疑問をぶつける。
「それでサインの事はいいけど……君達は一体?」
ちょっとした仕草や口調。もして何よりもメイドさんに全体から出ているオーラまで、僕達一般民とは違うような気がしていた。
そんな僕の心中を察したのか、メイドさんが僕の前に立ち説明を始めた。
「たくみな先生さんはお嬢様の事はご存知ですか?」
「いえ、今日出会ったばかりなので」
「でしたら……
「朝武グループ、名前くらいなら一応」
確か色々な事業を手がけていて日本の中でもトップクラスのところ……だと聞いたことがある。
「はい、お嬢様はその朝武グループの社長、
「え……?」
僕は咄嗟にアイリの方へと顔を向ける。
アイリは肯定するようにゆっくり頷く。
「夕方の時は自己紹介が出来ずにすみません。私の名前は朝武
「
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
一つ一つが丁寧な動作のため僕の方まで畏まってしまう。
そんな僕に月山さんはそっと耳打ちをしてきた。
「すみません湊様。少しだけ調べさせてもらいました」
「調べたって……何をですか?」
僕も小声で返す。
「住んでいるところに家柄や家庭や御両親の職業など色々と……これもお嬢様の事を気遣ってなのですご理解のほどお願いします」
……確かにいくら相手が尊敬する人でも安心は出来ない。もしかすると表面上いい人を演じているだけかもしれないから。
「なるほど、理解しました」
「ありがとうございます」
「二人共こそこそと何を話しているんですか?」
小声で話していても距離が距離なのでバレてしまった。
少し怒っている様子だったが、月山さんは「なんでもありませんよ」と軽く流した。
それから今度は三人でそこに座り夜空を眺めていた。
しおり市は田舎というほどではなく、駅の近くまで行けばビルなどはあるものの、ここら辺……駅から離れるとそれも少ないため、星空が綺麗に見えるのだ。
そんな星空に僕達三人はすっかり魅了されていた。
「綺麗ですね」
「そうですね……」
「ええ」
何気なく月山さんが呟いた言葉に僕と朝武さんは相槌を打つ。
すると突然朝武さんが立ち上がったかと思うと。
「この街の夜空はこんなにも、こーんなにも! 綺麗だったんですね♪」
そう言って夜空を見ながらはしゃいでいた。
「ふふっ、こんなにも楽しそうな愛莉様を見るのは久しぶりかもしれません」
「えっ?」
その言葉に少し驚く。朝武さんと最初会ったときは確かにそこまで楽しそうではなかったけれど、今はこんなにも楽しそうにしているのにこれを見るのが久しぶりだなんて。
「その、一つ聞いてもいいですか?」
「メイドである私が答えられる範囲でしたら」
「……アイ──朝武さんは普段からこんな感じじゃないんですか?」
「…………」
「すみません、答えにくい質問をしてしまって」
「いえ、答えにくい……と言われれば確かにそうですが気にするほどではありません。そうですね、先ほどの質問……答えはノーです」
「ノーってことはいつもは……」
「はい、いつもの愛莉様は常にキリッとしているというかピリピリしているというか……」
「愛莉様はこの歳にして、既に自分の置かれている立場とか色々わかりきってしまっているのです」
「そう、なんですか。ちなみに朝武さんって……」
「今年で十二歳になりますので今は十一歳ですね」
「今年で十二歳ってことは、小学六年生ですか……」
「はい」
僕は思わず息を呑む。確かに幼いと思っていたが、まさかここまでだったとは。
それくらいの歳の子供なら今の朝武さんのようにはしゃいでいるのが普通……のはずなのに。
「愛莉様は……昔誘拐されそうになったことがあるんです」
「……えっ?」
「理由は朝武の家のものだから……だけではなく、愛莉様自身、投資などをやられておりまして結構な額を稼いでいるのもあって……」
「……そういったことを繰り返していたら、今のように」
「はい、私達メイドと愛莉様の両親もいつも笑顔の日々を送ってもらいたいと思っているのですが」
「まぁそんな事があればそういう理由にもいかない、か」
月山さんはゆっくりと頷く。
たったそれだけなのに、どれほどまでに月山さんや朝武さんの家族が悩んでいるかわかるくらいだった。
それに気付いたと同時に僕は踏み込む決心をする。
これを聞いてしまったら後には戻れなくなるかもしれない。だけど僕は……。
「それで月山さんは僕に朝武さんを普通の子供みたいに出来るようにして欲しいんですか?」
「ッ!?」
月山さんは体をビクッと震えさせる。図星だったのだろう、今にも「どうして?」と言いたげにこちらを見つめてきた。
「あのですね月山さん……いくら僕でもそこまで話されたらなんとなく察してしまいますから」
「ふふっ、そうでしたか。すみません、湊様はよくある鈍感系主人公かと思ったので」
「そんな風に思われていたんですか……」
「本当にすみません。でも、ええそうですね。湊様のおっしゃる通りです。私達には出来なかった事を湊様はこんな短時間であっさりやってのけてしまいましたから」
「そんな僕は別に……」
「いえ、たくみな先生は偉大ですよ。私は愛莉様の近くにずっといました。愛莉様がこんな風になってからでも、もちろん楽しんでいる事もありますがやっぱり心の底からではなく、上辺だけみたいな感じなのです」
「しかし、たくみな先生の作品を読んでいる時だけは別でした。冊子にしてもWeb小説にしてもページをめくる時の愛莉様の顔は同年代の子と同じようで……なので、たくみな先生に愛莉様の事をお任せできたらと何回か考えてしまうくらいに」
「その、嬉しいんですけど……僕は本当に大した事はしてませんよ?」
「いいえ、たくみな先生は偉大ですよ。私にはわかるんです、きっとたくみな先生が近くにいるだけで愛莉様はどんどん良い方向へと変わっていくだろうって」
そこまで言うと月山さんは遠くの夜空を見上げる。その瞳には自分には何も出来ない悔しさともしかしてこの人なら……という希望の二つが複雑に混ざりあっているようだった。
僕は再び朝武さんの方へと視線を移す。僕の視線に気付いたのか、朝武さんは無邪気な笑顔を浮かべながらこちらに手を振った。
僕もそれに応えるようになるべく優しく微笑みながら手を振る。
確かに、この光景を見られなくなるのは……辛いな。
そう思うだけで胸が締め付けられる。今日会ったばかりの少女にそんな気持ちを抱くのは僕がロリコンだからなのか、さっきの話を聞いてしまったからなのかはわからない。
だとしても、だ。
「僕は……朝武さんの笑顔を、この世界で一番美しいと思える光景を守りたいと思ってます。でも──」
「先生……」
その先を言いかけた時、いつの間にか戻ってきた愛莉に遮られる。
「朝武、さん?」
ゆっくりと僕の前まで来ると、小さな唇を動かし。
「私決めました。たくみな先生……いえ、湊拓海さん。私と結婚してくださいっ!」
「えっ?」
──今、なんて言ったんだ?
結婚、とかいうワードが聞こえた気がするけれど。
「湊拓海さん、私と結婚してください」
聞き間違いではない、確かに彼女の口から結婚という文字が出てきた。
もちろんそれが冗談で無いことは彼女の瞳を見ればわかる。
だからこそ僕は答えを渋ってしまう。
ロリ婚はロリコンの悲願である。
例え社会から冷たい目で見られようとも、確かな信念がそこにあれば関係ない。
……だけど、僕は本当にそうなのか。
生半可な気持ちでロリコンをしているわけではないけれど、ロリ婚となれば話は変わってくる。
いくら美幼女でお嬢様でファンとはいえその答えは。
「……こんな僕で良かったら、お願いします」
僕の中では当たり前の事だった。
確かにバレてしまえば社会から受ける目は冷たくなるだろう、お互いの両親にも説明する時かなり厄介なことになるだろう。
でもそんな事はどうでもよくなっていた。
僕はただ彼女の笑顔を守りたい。それだけだ。
この回答に朝武さんは目を丸くしてこちらを見ていた。
その顔は先程までのギャップのせいで、思わず笑ってしまう。
「はは、どうして朝武さんが驚いているんですか」
「いえまさか本当に受けて貰えるなんて思わなくて……。でもその、本当に、いいんですか? 私が言うのもアレなんですが、もしかしたら先生の生活が一気に変わってしまうかもしれないんですよ?」
「確かにそれは少し困るけれど、朝武さんの笑顔が守れるのならそれ以上に嬉しい事もないし、笑顔が失われるほど苦しい事はないので。生活が変わるくらい朝武さんの笑顔に比べれば大したことないですよ」
「…………」
「朝武さん?」
突然俯いてしまう。
僕はどうしたのだろうと、顔を覗き込もうとしたその瞬間──。
──チュッ。
「〜ッ!?」
僕の頬に朝武さんの柔らかい唇の感触が。
ソフトな感じのキスだったが、それでも脳内ショートするには十分すぎた。
一瞬の出来事だったため何が起こったのかわからなかったが、段々思考が戻ってきた頃には僕の頭の中は逮捕の二文字のみだった。
逮捕と言う文字が頭の中をぐるぐる回る中、朝武さんは僕から離れると頬を赤く染めて。
「これでもう逃がしませんからね♪」
そう言いながら見せた彼女の笑顔はきっと一生忘れないだろう……何故なら、僕は今までこんなにも心の底から素晴らしいと思った笑顔はなかったのだから。
「あ、あと私のことは愛莉って、名前で呼んでくださいねっ」
「……はい」
こうして僕と愛莉による前代未聞のロリ婚生活が始まった。
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