第1話 明王

中学1年になる年、俺は一果や阿部や杉田達とこの明王院に入学した。


入学式の際、俺の両親などは当然こず、妹である真希だけが何の屈託もない笑顔で座っていた。


こちらを見て


「お兄ちゃん、頑張れ!」


と声には出さず口をパクパクさせながら言う様子は我が妹ながら可愛らしさがあった。


このままでは、この眼を忘れて生きてしまうなと思い、軽く自分を嘲笑った。


この眼で生まれてきた時点で、既に普通の生き方は出来ない、まぁ普通なんてのも人それぞれだが。


しかしこの眼と黒間の話に、真希を巻き込むわけにもいかない。


両親を殺された恨みが無かったにしろ、結局黒間とは争う運命なのだ。



考え込んでいるうちに、校長兼理事長である中田が挨拶を始めた。


他の学校と同じような、いや俺は殆どを聞いていなかったから何とも言えないが、よくある堅苦しい儀式だったのを覚えている。


ただ明王については、とても長く語っていた。


簡潔に言えば、明王院では世の為になる行動を重んじており、明王はその強さを用いて能力者がはびこるこの世界の理不尽を無くそうというのだ。


強いものを取り締まるのは、もっと強い者であり、明王になれば国からの恩赦も受けられるが、やはり命を危険にさらされることにはなるという。


俺は強くなるためだけにこの明王院に入学したので、明王についてはさほど興味は無かったが、気づけば中3になった今は明王として生きていた。


一昨年入学した真希も今の所は順調に学生生活を送っているらしいが、やはり黒間の手前踏み込んでくる人間は少ないらしい。


俺も親しいと言える仲なのは、一果や阿部杉田の3人だけだ。





一果の笑顔と共に登校したこの日は夏前でとても暑く、下校時もその暑さは続いていた。


一果に帰りを誘われ、了解した俺は校門で一果を待っていた。


一果が真希を連れてきたちょうどその時、校門の前に一台の黒い車が停まった。


「坊ちゃん、探しましたよ。」


黒間のものだった。祖父である黒間大三郎が現当主である黒間一族では俺は弾坊ちゃんなどと呼ばれていた。


「黒間が俺をお呼びか?」


殺気立った雰囲気に周囲の生徒は離れ立ち止まり、真希と一果は3歩ほど下がったところで恐ろしそうに様子を見ていた。


この2人に心配はかけさせたくない。


「大三郎様がお呼びです。今日は黒間の定例会で、今夜からは坊ちゃんもお呼びするようにと仰せつかりましたので。」


淡々とその男は語るが、言葉の節々から殺気が感じられる。


「どうせ拒否権はねぇんだろ?乗るよ。」


俺はそう言って男の車のドアを開け片足を入れた。


「一果、真希と一緒に俺の家で宿題でも見てやっていてくれ。真希、俺は今日飯は要らん、先に寝ておけ。」


できるだけ笑顔で言ったつもりだが、ちゃんと笑顔だったかどうかは覚えていない。


ブロロロロ…と、車は走り、車内の沈黙が1時間程続いた後に俺は車から降ろされた。


「弾よ、久しぶりだな。」


皆が黒いスーツ姿の中、1人だけ着物を着ていたその男こそが、俺の祖父である黒間大三郎だ。


「えぇ、久しぶりです。俺は今日から定例会に参加しなくてはならないそうで。理由は中で聞きます。どうせ俺待ちだったんでしょう?」


この威圧感の中で淡々とした口調で話した俺に大三郎は流石は黒間だ、という目を向けていた。




中に入るとそこは多目的ホールのような場所で、黒間が誇る強さを持て余しているような大人達が30人ほど座っていた。


俺はその中心に座らせられ、前方では大三郎がどかっとあぐらをかいて座った。


「まずは弾、大きくなったな。明王にもなったらしいじゃないか。強さを誇る黒間の象徴とも言うべきだな…。」


ドスの効いた声というのはこのような声のことを言うのかと感心しながら


「どうも。」


と答えた。


「弾。率直に言おう。貴様の父、昴がこの一族を抜けた時点で、一族の皆はもう後継者候補の中からお前を外していた。」


「ありがたい限りで。」


愛想なく答える俺を無視して大三郎は続けた。


「しかし弾。お前のその眼は青眼と呼ばれ、かつて我が一族のライバルとも言える鳳一族の天才とも呼ばれた鳳 輝と同等に戦った我らが英雄、黒間阿修羅と同じものだ。」


青眼。


この眼のせいで、両親は目の前の男に殺された。


思い出される恨みは、瞬間毎に増していく。


「弾、お前はもう火を噴くか?」


「いえ。まだ噴く機会が無かったもので。」


「孫の平和は何よりだ。しかし弾よ、その眼は黒間のためにあるべきだ。その眼を儂が手にすることで、長年にわたる鳳一族との争いを終わらせ、この日本を制覇できる。そのためにはやはり、その眼は火を噴くことも出来ないお前が持っているより、儂が手にするものなのだ。」


両親が命を懸けて守ったこの眼をこいつらに渡すわけにもいかない。


また、こいつらは自分のことばかりだ。黒間が鳳を下し、日本を統べることになれば、真希はまた暗い日々を過ごさねばならない。


そんなこと、兄ならさせるわけがない。


「分かるな、弾。次にすべき行動は。」


「あぁ、よく分かるぜ大三郎よぉ。これから俺はお前らを皆殺しにするんだ。この眼は俺のものだ。お前らの私欲のためにあるものではない。」


「やはり、お前らは黒間の恥晒しだな。まぁ、お前を殺して眼を奪えばいいだけの話だ。火も噴けぬ餓鬼がいくら強がったところで、黒間のこの人数には太刀打ちできまい。」


たかをくくっている大三郎はその場に立ち上がり、


「皆の者、殺してしまぇ!」


と叫んだ。


俺も今まで、この治安の悪い世の中から真希や一果を、大切なものを守るために強くなる努力をしてきた。


火こそ噴けないが、明王を舐めてもらっては困る。


「こいよ…」


静かにつぶやいた俺の四方八方から、黒間一族30人ほどが一斉に噴いた火が迫ってきた。

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