第20話
「覚えててくれたんだ……」
そのことだけで涙が溢れてきそうになった。成長した私に気がつかなくても、彼女はいっしょに過ごした大切な日々を覚えてくれていたのだ。
しかし、アカネちゃんは私から顔を逸らして俯いてしまった。
「アカネちゃん……?」
「ごめん。帰るわ」
「……え?」
アカネちゃんは俯いたまま、足早に私を置いてルミちゃんの横を抜けて離れていってしまう。
「アカネちゃん!」
私が呼びかけても、彼女は振り返らないどころか足を止めてもくれなかった。それを見届けたルミちゃんは彼女を鼻で笑う。
「あんな汚い家に住んでいただなんて誰かに知られでもしたら、恥ずかしくて生きてけないでしょうね」
アカネちゃんは足を止め、歯を食いしばって睨むようにルミちゃんを振り返った。鋭い眼光をその身に浴びても、ルミちゃんは余裕の表情で肩をすくめた。
「べつにあなたに興味はない。わたしたちの邪魔さえしなければ、惨めな過去については黙っててあげる」
彼女はいままで見たこともないような厭らしい笑いかたをしていた。アカネちゃんは舌打ちし、その場から離れようと足を踏み出した。
「待ちなさい」
ルミちゃんがそれを静かな声で引き止める。
「わたしたちの邪魔をするの? しないの?」
本当に嫌だ。それをわざわざ私の前で口にさせようだなんて。そのことばは、私と関わる過去と未来を同時に否定するものだから。
「……しないよ」
「聞こえない」
「あんたらの邪魔はしない」
「だからなに?」
「だから……黙っててよ」
「なにを?」
ルミちゃんは勝ち誇ったように笑っていた。アカネちゃんは苦しげに表情を歪めていた。
「むかしのこと。惨め、だったからさ……お願いします」
「構わないから、もう消えて」
今度こそ、アカネちゃんは振り返ることなくその場から立ち去っていった。
「もう邪魔はいない。マユは、過去に縛られなくたっていい」
「ひどい……」
「わたしはなにもしてない。あいつが勝手に、マユとの過去を否定しただけ」
「それでも、あんな言いかた……ッ」
「大丈夫。マユにはわたしがいる」
もはや私の話さえ聞いてくれないのか。
「寂しいなら、いっしょにいてあげる。どうせだれもいないんだから、いっしょに暮らそう」
驚きに目を見開くというのはこういうことなのかと思うくらい、私の意思とは関係なくまぶたは上がり、眼球が飛び出さんばかりだった。当然だと言わんばかりにルミちゃんは笑う。
「お弁当もお夕飯も、ちゃんとしたものをわたしが作ってあげる」
「なんで……」
「当たり前のこと。いつも、毎日見てるんだから。むしろいままで、マユが生活習慣病になるんじゃないかと心配でたまらなかった」
いままで必死に隠してきたことなのに。私の家庭がすでに機能不全を起こしていることなんて、だれにも知られたくなかった。だというのに、彼女はそのことを知っているという。なら、いままで私がしてきたことってなに?
「それとも、こう言えばいい? バラされたくなかったらわたしの言うことを聞きなさい、と」
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