第17話

 お弁当を作る気力も起きず、仕方がないのでコンビニでパンでも買ってから登校しようと早めに家を出た。だというのに、通りにはすでに自転車にまたがったルミちゃんがいた。

「おはよう、マユ」

 私は顔を背け、挨拶も返さずにそばを通り抜けようとペダルを踏んだ。ルミちゃんを追い越した瞬間、後ろから強い力がかかって自転車は止まり、どころか引きずられるように後退した。自転車はルミちゃんと並んだところで停止する。振り返ると、彼女が私の自転車の荷台を掴んでいた。その手には相当な力が込められていたのか、手の甲には血管が浮いて見えた。

「おはよう、マユ」

 さっきよりも顔が近い。それでも私は無言でペダルを踏んだけど、自転車はすこしも前に進まなかった。私がごにょごにょと辛うじて聞き取れるような声で挨拶を返すと、彼女は手を離して同時に自転車を漕ぎ始めた。外から見た感じではおおよそいつもどおり無言で登校する。教室に入ったときも微妙な距離を保っていたせいか、ミヤコちゃんは私たちがうまくいっていないことに気づいたらしかった。彼女は私からルミちゃんを引き剥がし、背中を押して私を廊下に連れてきた。

「ダメだった?」

 私は小さく頷く。

「何があったかは……訊かないほうがいいかな」

 私はまたも頷き、それから消え入りそうな声で謝った。ミヤコちゃんは小さく笑い、気にしなくていいよと手を振った。

「わたしが人肌脱ぐしかないみたいだね」

「そこまでしなくても……」

「いーや、ダメだね」

 彼女は腕組みし、ぷいと顔を逸らした。それから、なんちゃって、と白い歯を見せる。

「なんていうか、これはわたしのためでもあるからさ」

 なにか考えとくから、と言ってミヤコちゃんは私の背中を押して教室に戻ろうと促した。私は小声でお礼を言う。

「気にしなくていいよ」

 すぐにチャイムが鳴り、ホームルームが始まる。

 ミヤコちゃんのアイディアが短い休み時間のあいだに効果が発揮することなく不発に終わり、すぐに昼休みがやってきた。私たちはいつもどおり机を合わせて昼食の場所を確保し、それから席を立っていつもどおり三人で飲み物を買いに自販機に向かおうとした。

「あ……」

 ミヤコちゃんが鞄から財布を取り出そうとした姿勢のまま固まる。鞄から手を抜いたとき財布は掴まれておらず、それどころか椅子に腰掛けてしまった。

「お財布忘れちゃったかも。悪いけど、ふたりで行ってきてくれない?」

「財布はいつも、ポケットに入れてたはずでしょう」

 ミヤコちゃんは笑顔で首をかしげ、ルミちゃんのことばを黙殺した。

「わたし、待ってるからね?」

 ことばに込められた意味がわかってしまう。彼女は本当にただ私たちが買い物を済ませて帰ってくることだけを望んでいるわけではないのだ。気遣いに感謝と謝罪を。必ずしも仲直りできなかったとしても、話し合いくらいはしておかないと。

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