第16話
放課後になると、生徒たちはさっさと帰り支度を始める。三年生でもまだ夏まで部活があるところもあるらしいが、私たちの学校は特別部活動が盛んなわけではない。多くの生徒は三年生になるのと同時に引退し、放課後に向かう場所は部室ではなく塾の教室に切り替わる。
体育が終わっても、先生からもルミちゃんからも金髪さんからもお咎めはなかった。
「帰るよ、マユ」
鞄を持ったルミちゃんがまだ片付けを終えていない私の脇に立ち、こちらを見下ろす。
「今日は、用があるっから……」
「そう」
彼女はふいと顔を逸らし、やたらと素直に引き下がった。ひとりで帰るのは危ないから、と無理やり連行されるものだと思っていたので、半ば肩透かしを食らったような気分だった。ルミちゃんは振り返ることなく教室から出ていってしまう。
「あれ、珍しいね。ひとりで帰るなんて」
ミヤコちゃんは去りゆく彼女を視線で追いながら呟いた。
「喧嘩でもした?」
「してない。……と思う」
彼女は首をかしげ、唸り声を上げながらしゃがみこんで私を見上げる。
「まあ、ルミーは過保護だからね。ときどきアレなときもあるけど、マユユのこと思ってるのは本当だし……」
「大丈夫。知ってるよ」
「……そっか」
にぱっと笑い、ミヤコちゃんは立ち上がる。
「じゃあ、明日もお弁当期待してるから、ちゃんと仲直りしてね?」
ミヤコちゃんは部活用品が詰まったエナメルバッグを手にして、教室から出て行く。私はそれを見送り、机に伏して時間が経つのを待った。それにしても、ミヤコちゃんにまで心配されるほどだったとは。アカネちゃんに囚われすぎて周りが見えてなかったのかも。
クラスメイトたちが全員教室から姿を消し、私はようやく席を立って廊下に出る。目指す場所は屋上。そこが、私がアカネちゃんに宛てた手紙で指定した待ち合わせ場所だったから。とはいえ屋上に続く扉は施錠されているので、その手前の踊り場での再会になるのだろうけれど。それでも十分だ。人が来ないところであれば場所は重要ではない。辺りを見回し、人がいないことを確認してから立ち入り禁止の札がついたロープを乗り越えて屋上に向かう階段を昇る。まだ誰もいない。当たり前だ。指定の時間まではあと三〇分もあるのだから。
英単語のカードをめくりながら時間を潰していると、階段を昇る足音が聞こえてきた。私はカードを片付け、高鳴る鼓動を抑えつけるように制服の胸のあたりを強く握った。小さな足音は静かな空間ではやたらと大きく響く。手すりから身を乗り出して、向かってくるアカネちゃんの顔をすこしでも早く見たかった。はやる気持ちを落ち着けようと目を閉じ、深呼吸する。足音が止まった。私をゆっくりと目を開け、顔を上げた。
目の前に立っていたのはルミちゃんだった。
「誰も来ないよ」
彼女は私を見上げ、静かにそう言った。
「不良たちはみんな帰ったよ。だから、誰も来ない」
ルミちゃんは私に向かって手を伸ばす。
「ひどいよね。呼び出したのに無視するなんて」
「……なんで、知ってるの?」
彼女は伸ばす手を止め、訝しげに私を睨んだ。
「なんで、ここも、呼び出したことも知ってるの?」
ルミちゃんは笑った。なんだ、そんなことか、とでも言わんばかりに。止まった手が動き出し、私に差し出される。
「帰ろう?」
私はその手を払い、走って階段を降りた。
「マユ!」
駐輪場に自転車はたくさん残っていたけど、そのなかにアカネちゃんのものがあるのかどうかわからなかった。校門に出て辺りを見回してみてももう新たな人影はない。アカネちゃんがどちらの方向に帰っていくのかも知らない私はそこで立ち尽くしていた。
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