第14話

 始業のチャイムが鳴ったばかりの教室は閑散としていた。教室に戻って鞄の内ポケットにしまっておいた手紙を取り出した私は三Dの後ろ扉をすこし開けて隙間から教室のなかを覗いた。誰もいなかったことに安心して教室に入り、静かに扉を閉める。そして、まずは教卓のなかに仕舞われていた名簿を見てアカネちゃんの出席番号を確かめる。個人ロッカーには出席番号のみが記されていて、ほかクラスの私が見ただけではアカネちゃんのロッカーを特定するのが難しい。宇野茜、出席番号五番。つまり、右から二列目、二段目がアカネちゃんのロッカーということになる。私は教室の後方に向かい、目的のロッカーを開ける。ここは体操服や体育館シューズ、部活用品などのみを収納し、原則として教科書は入れてはいけないはずなのだけれど、彼女のロッカーにはおそらく全教科の教科書が収められていた。そればかりかファッション誌などもあった。カルチャーショック。規則に則った使いかたしかしていない私たち三Aと同じ学校の生徒とは思えない。

 万が一、私が開けた場所を間違えたのではないかとほかのロッカーを確かめてみても、中身に大差はなかった。入っていた教科書をめくって名前を確かめようとしても記名がなく、この場所が本当にアカネちゃんのロッカーなのかわからなかった。もしかしたら、アカネちゃんは教科書に名前は書かなくても、雑誌には書くのではないだろうか、と思って念のため、本当に仕方なく最後の手段としてファッション誌を手に取り、一ページずつ確認した。中身はアカネちゃんよりは明るく、金髪さんよりは落ち着いた髪色のモデルたちが載っていて、小物や来季に流行る格好や着合わせ、恋愛占いなどがあった。

 ページをめくっていると突然教室の扉が開き、私は思わず雑誌を閉じた。振り返ると金髪さんがいて、不思議そうに私を見ていた。

「あれぇ、ヨーグルちゃんじゃん。こんなとこで会うなんて奇遇ぅ」

 彼女はにやにやとしながら扉を閉め、踊るような軽やかな足取りで近づいてきた。そして、私の手からバシっと雑誌をもぎ取り、鼻をすする。その拍子に、いっしょに持っていた手紙が落ちる。私は慌ててそれを拾い、彼女から見えないように後ろ手に隠した。金髪さんはぱらぱらと雑誌をめくり、開いていたロッカーを覗き見た。

「アカネのロッカーだよねぇ。泥棒?」

 私は声が喉に詰まり、頭を振って否定することしかできなかった。彼女はそれを見て満足そうに微笑む。

「だよねぇ。ヨーグル好きに悪い人はいないもんねぇ」

 そう言って彼女は雑誌をロッカーに戻して扉を閉めた。

「さっき隠したもの見せてぇ?」

 金髪さんは私の肩に手を回し、顔を近づけて小さな声で囁き、鼻をすすった。

「隠して……ないです」

 金属板が大きな音を立て、目の前が真っ暗になった。後頭部には柔らかで小さな感触。暗さはすぐに取り払われたけれど、視界はぼやけて物の形が正確に映らない。やや回復した視力で私が最初に見たものは凹んだロッカーと、さっきまでは付いてなかった赤い染みだった。

「えぇー? なんで嘘つくのぉ?」

 金髪さんは溢れ出す私の鼻血を人差し指ですくい取り、その指で私の唇を優しくなぞった。

「ロッカーにキスマークつけちゃおうよぉ」

 後頭部の手に力が込められた。私は顔を庇うようにして、手にしていた手紙をかざした。彼女はその手紙をもぎ取る。

「えぇー? 嘘ぉ。ラブレター? マジぃ? 読んでもいぃ?」

 私はまたロッカーに叩きつけられるのではないかと思いながらも頭を振った。金髪さんは不満そうに唇を尖らせたが、なにもしなかった。

「じゃあじゃあ、どんなこと書いたか、ちょっとだけ教えてぇ?」

「ラブレターじゃ、ない、です」

「?」

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