第12話

 インスタントラーメンをすする音は、心が死んでいく音だと思っていた。

 特に料理ができるわけでもない私は基本的にカップ麺かコンビニ弁当、お惣菜を夕飯に食べていた。中学生のころは毎日ラーメンで、いつしか包装を見ただけで吐き気に見舞われるようになっていた。けれど、最近はもう死ぬような心が残っていないのか、無心で麺をすすることができるようになっていた。人間良くも悪くも環境に適用できるような構造になっているのだな、と食事中の自分を俯瞰しながら考えていた。けれど、いまは割と高揚した気分でカップ麺を食べることができている。アカネちゃんと話すことができたからか、これから先のことに希望が持てたからか。食事など空腹によるストレスさえ取り除ければそれでいいはずだった。それが美味しいと思えるようになったのはやはり気持ちの問題なのか、あるいは食事が占める重要性のランクが底辺まで落ちて吹っ切れたのか。

 まあ、そんなことはどうでもよくて、私は食べ終えたカップを水洗いして、乾燥させる雨に食器たちと並べて伏せておいた。

 いまからアカネちゃんに宛てた手紙を書こう。急いで二階の自室に向かい、今日買ったばかりの便箋を取り出して机に向かう。書き出しはどうしよう。一文目で興味を引けなかったら捨てられてしまうかもしれない。おおまかな構成は考えていたけれど、細かな内容にまで考えが及んでいなかった。

 その前にカーテンを閉める。私の部屋とルミちゃんの部屋は廃屋を挟んで向かい合っていたので、いつまでも起きていると翌日会ったときに怒られたり、場合によってはメールや電話で寝るように言ってきたりすることがある。なんなら電気を消して机のランプだけを頼りにしてもいいのだけれど、さすがに広い家で真っ暗な中ひとりきりで作業するのは怖い。いい加減寂しい一人暮らしには慣れてきたものの、温度変化や風で軋む家が鳴らす悲鳴のような物音にはいちいち反応してしまうし、お化けの類に対する言い知れない恐怖は拭えないままだ。普通の子たちは幼い間に親とそういう番組などを見て慣れていき、やがて怖くなくなっていくのだろうけれど、生憎と私はそんな訓練を受ける期間を経ることなくひとりになってしまったのである。わざわざ友達と集まってホラーものを見る機会もない。ルミちゃんはそういったものに対する興味関心が薄いし、ミヤコちゃんはぎゃあぎゃあ騒ぎながら楽しむ質なので近所迷惑なりやすかった。周りにそこまで家が多いわけではないけれど、周辺住民は比較的お年寄りが多めなので敵に回したくなかった。田んぼの向こう側にあるご近所さんの犬が遠吠えた。救急車のサイレン。この町は比較的恵まれていて、緊急車両が速く到着する。隣の市は救急車が来るまで三〇分はかかるのだ、とその街で生まれ育った教師の一人が話していた。しかも住宅街の道が狭くて車がすれ違えないらしい。そんなこんなで道路に面した家々の住人は庭をすこしずつ市に売却して道を広くする工事を行っているんだとか。道が広くなって安心ね、とは言うものの、道のりが長いのだから到着時間にあまり差はなさそうだなと思う。

 そうだ、手紙を書かないと。

 便箋の下部を陣取る動物たちは一様に横向きで枠の外を目指して歩いていた。飛び跳ねているやつはおらず、躍動感に欠ける。そんな野生を忘れて無気力にされてしまったところが愛らしいと共感を覚えたりもするのだけれど。活発なアカネちゃんはそんな牙の抜かれた姿に嫌悪するのかもしれないし、面倒見の良さから世話を焼いてしまうのかもしれない。なんにせよ、いまの彼女のことはなにもわからない。それらを知るためにいま、手紙を書かなくては。

 とりあえず、名前と覚えていますかということを。それから思い出話と会いたいということ。場所と時刻の設定。なんだか告白するみたいだ。まだしないけれど。運命や片想いの話は重くなって気持ち悪がられるかもしれないから、いまはまだ伏せておく。

 冗長な文章。情感を込めすぎて便箋を三枚も使ってしまった。削ろう。多くても二枚。理想は一枚で収めること。長すぎると最後まで読んでもらえなくなりそうだ。会うことさえできればいくらでも思い出や近況を語り合えるのだから、必要最低限にしておこう。便箋に赤ペンを入れていくと紙面が真っ赤になった。客観視は重要。推敲して書き直すと一枚に収まった。それをふたつに畳んで黄緑色の封筒に入れ、赤いワックスを溶かして垂らして封蝋を押す。紋様は私のイニシャルのM。封蝋をするなら白や薄茶色の封筒のほうが雰囲気が出たかもしれない。けれど、それだと味気ないかもしれないし。封筒を鞄のそばに置いて、明日持っていくのを忘れないようにする。時刻はもう一一時。思っていたよりも早く終わった。ルミちゃんに怒られる前にもう寝てしまおう。

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