第7話
「落ち着いた?」
私は鼻をすすり、小さく頷いた。駄々っ子のように泣き崩れた私はルミちゃんの手によって引きずられるような形で保健室に連れて行かれたのだった。ベッド脇の机には私に抱きしめられてグシャグシャになったプリントの束が捨てられずに置いてあった。
「また、コピーすればいいから」
私の視線に気がついたのか、ルミちゃんは気に病むことはないよと言わんばかりに柔らかく微笑んだ。きっと大事な連絡事項が記載されているはずなのに、私のせいでクラスメイトたちがその情報を手にすることができずにいる。きっと先生にも怒られる。
「大丈夫。保健室に行ったことは伝えてもらったし、きっと配慮してくれる。プリントも、たいしたことは書かれてなかったから」
ベッドに腰掛けていた私の前に屈んで手を握ってくれていたルミちゃんは立ち上がり、私の横に座って腰を抱いたが、手はすぐに肩に移った。
「それで、どうしたの?」
肩にかけられた手に力がこもる。ルミちゃんは見開いた目で問い詰めるように私の顔を覗き込んだ。私が頭を振ると、長くはない私の髪が彼女の頬を打つくらいに近い距離。息遣いは感じられるが、呼吸を抑えているのか空気の流れはほとんどない。
「三Dの人にひどいこと言われた? 睨まれたりしたの?」
私が黙っていると、ルミちゃんはため息をついて私を解放した。それから腰を上げてプリントをつかみ取り、出口に向かう。私もあとに続こうとすると、彼女は頭を振ってそれを制した。
「マユはもうすこし休んでいきな。きっと、まだ頭が整理されてないんだよ」
そんなことはなかった。けれど、プリントをダメにした後ろめたさや廊下で泣き崩れた姿を多くの人に見られた恥ずかしさもあって、その提案をありがたく受け入れた。
退出するルミちゃんを見届け、ベッドに倒れ込んでこれからのことを考えた。きっとアカネちゃんも私と同様に私の顔を覚えていない。そうでなければ、私が見つけなくても彼女は私を見つけてくれたはずなのだから。そうなると、まずは彼女がどうすれば私に気がついてくれて、なおかつ過去のことも思い出してくれるか。他クラスとの交流が途絶えがちとはいえ、同じ部活や中学の人との関わりはあるのだから、アカネちゃんと私が関係を持つこと自体はおかしなことじゃない。問題があるとすれば、なんの接点もないはずの私たちがどうして関わるのか。きっと、先生もルミちゃんも同じことを言うだろう。悪い影響を受ける、と。まるで小学生に言うみたいだ。もう高校三年生なのに。両親は私に無関心なのに、それを補うように周りは私を気遣ってくれる。それはありがたいが、いまはその過干渉が煩わしく思える。きっと、遅れてきた反抗期なのだろう。親に報告されては困るから、誰にも言うつもりはないけれど。
さて、まずは手紙を書こう。きっといま会ってもアカネちゃんは私を思い出してくれないし、私も緊張してなにも言えなくなるだろうから。内容はむかしのことを。たくさん書くと読んでもらえないかもしれないから、特に思い出深く、私たちしか知らないことを。そうなると数は少なくて、夢に見たことばかりになる。キスのこと。ビー玉のこと。きっとこれらのことだけで、ああ、そんなこともあったな、と思い出してくれるはずだ。あとは直接会って、関係を復活させる。きっと周りに反対されるだろうから、学校内では知らんふりをして、放課後にふたりきりで遊んだりする、秘密の関係。それがいい。
考えがまとまったところで手紙を、と思ったけれどメモ帳しか持っていない。ルーズリーフでは味気ないし、書くのは家に帰ってからにして、渡すのは明日にしよう。机の引き出しには可愛い便箋と封筒がいくつかあるから、それを使えばいい。けれど、ギャルになったアカネちゃんはそれらの便箋を可愛いと思うのだろうか。いまの彼女の好みに合わせたものを新たに買い直したほうがいいかも。
そこまで考えたところですこし目を閉じた。もう一限目は始まっているし、途中から入ると注目されるだろうから恥ずかしい。この時間が終わってからこっそり教室に戻ろう。
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