第4話
自転車にまたがり、我が家を見上げる。木造三階建てのログハウス。丸太をいくつも積み重ねたように波打つ壁面、リビングから直接行って洗濯物を干せるウッドデッキ、家庭菜園の場として設けられた一〇畝の畑、リビングの暖炉のために蓄えられた薪。どれも父が夢見た旧時代的な温かい家族にぴったりなもの。けれど、いつから父は薪を割らなくなり、母は畑の面倒を見なくなったのだろう。少なくとも小学生の後半にはすでにいまと大差ないような生活をしていたように思う。寂しいと思わないこともないけど、うちにはお金があって、私は行きたい学校に行けて、欲しい服や本なんかはすぐに買えて。私は幸福な部類なのだろう。うん、幸福幸福。
アカネちゃんは私のお向かいさんだった。向かいは同じ形の平屋が四つ並んでいる。借家だそうだけれど、すでに玄関へと続く道は封鎖されていて、借り手を募集する気もないらしい。壁は木の板がめくれ上がっていて、土台のコンクリートが覗いている。窓ガラスは割れていて、セロハンテープで補強されており、台風が来るたびに崩れてしまうのではないかと近隣住民が心配しているけれど、大家さんは取り壊す気も補修する気もないようだ。
チカッとなにかが光った。その方角に目を向けてみるが、何もない。あるのは借家のさらに向こう側にある一軒の赤い家。壁はかたつむりの貝を参考にした特殊なものらしく、雨が降るたびに付着した土埃が洗い流されてキレイになるのだとか。なぜそんなことを知っているのかといえば、それはそこの住人が私の幼馴染だったから。アカネちゃんが去ってひとりぼっちになった私のもとにやってきた新たな友人。付き合いは小学校からだったけどいまでも親交は続いていて、高校はずっと同じクラス。運命が私たちをくっつけて離さないように思われるかもしれないけれど、うちの高校は入学年度に成績別でクラス分けされ、そこからさきはクラス替えもなく三年間を過ごすシステムだった。成績が近しい私たちは同じく似通った成績の友人とお昼を一緒にしたり、勉学に励んだりするのだった。このクラス分けは格差が目に見えていかがなものかという意見もあったが、当人たちとしては同じような成績の人間だけで固められたクラスは居心地がよく、モチベーションにムラがないぶんクラス内で争いが起きることはほぼない。その代わり、ほかのクラスとの親交が途絶えがちになるという問題はあるのだけれど。
ちゃりん、と道路のほうから自転車のベルが聞こえた。
「マユ。行くよ」
赤い家の住人、三階角部屋の主、私の友人、ルミちゃんだった。
「おはよう」
私は地面を蹴って勢いをつけ、自転車のペダルを踏んだ。ルミちゃんは近づいていく私を、頭を動かさずに視線だけを這わすようにして私の頭からつま先まで確認した。校則違反なし。彼女が私に合わせてペダルをこぎ出すと、私はほっとして彼女と並走する。彼女はやたらと私を気にかけてくれる。さっきのチェックも、休み明けの校門に立っている風紀委員や生活指導の教師に捕まらないようにと配慮してくれていたのだろう。
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