第3話
今日はゴールデンウィーク明け初日。私の朝は吐き気がするような弁当作りから始まる。
共働きの父も母もすでに家にはいない。私よりも早く起きて出勤したのか、帰宅すらしていなかったのかはわからない。ここしばらくまともに顔を見た覚えもないから、きっと後者なのだろう。そのうち彼らの顔も忘れてしまいそう。近いうちに写真を撮って、思い出せるように準備をしておいたほうがいいのだろうか。帰ってきた両親を強盗と勘違いしては笑い事にもならないし。
袋ごと冷蔵庫にしまっていたコンビニ弁当を取り出し、レンジにかける。二分半、レンジの前で待機しているのももったいないので、このあいだに顔を洗って歯を磨く。歯ブラシをくわえたところで電子音がキッチンから聞こえてきた。けれど後回し。少し冷ましたほうが扱いやすいし。一〇分近く歯を磨き続ける。唾液と混じり合った歯磨き粉を吐き出し、水を口に含む。うがいは一回だけ。歯磨き直後にうがいをしすぎると歯のエナメル質によくないとか、アメリカだかイギリスだかではそもそもうがいすらしないんだとか。私はいつまでも歯磨き粉の味が口に残っているのは不愉快なので、最低限の回数でそれらを除去する。歯ブラシを所定の位置に戻し、舌ブラシを手に取る。鏡に向かってできるだけ舌を突き出し、歯ブラシよりも細くて柔らかな毛先で舌を撫でると、付着した白いなにかが取り除かれてピンクの肉が見えてくる。これがあるべき舌の色だろう。もう一度うがいをしてからキッチンへ。
鍋つかみを使ってレンジから取り出した弁当はすでに湯気を出し切ったようで、透明なフタに水滴をつけていただけだった。中身は五つの唐揚げ、その下に敷かれた味付けされていないパスタ、黒ごまがかかった白米、その中心に硬く小さな梅干、申し訳程度の漬物。野菜がない。冷凍食品のほうれん草の胡麻和え、ミックスベジタブル、きんぴらごぼうを追加してレンジに入れる。冷凍食品たちが温まるまでの間、私はからあげ弁当の中身を自分の小さなお弁当箱に移し替える。ただし、唐揚げは三つまで。野菜がデザインされた可愛らしいと思われるカップに漬物を入れ、素パスタはケチャップで色づけてナポリタン風に。冷凍食品たちもカップに入れて盛り付ける。……ミックスベジタブルは失敗した。冷凍食品であることがまるわかりだ。ミックスベジタブルを取り除き、代わりに野菜室のプチトマトを洗って入れる。どこからどうみても優しいお母さんが娘のために早起きして作ったように見える弁当の完成。余った食材は朝ごはんに。いただきます。
コンビニ弁当のうえで散らかった食材を爪楊枝でつつきつつ、新聞紙にざっと目を通す。どうやら両親は死んでいないらしい。それらしい事故や事件の記事は見当たらなかった――とはいえ、写真を掲載されてもおそらくわからないだろうから、かろうじて覚えている両親の名前を頼りに探しただけだ。もし記者が彼らの名前をなにかの拍子に勘違いしていれば私には見つけようもない。なにはともあれ名前が無いことに安堵し、余り食材たちを牛乳で胃のなかに流し込む。ごちそうさまでした。
まだすこし時間的に余裕はあったけれど、そそくさと後片付けをして制服に着替え、髪を梳かす。櫛が髪の間を流れるように落ちていく。食べ物のわりには艶もこしもある。しつこい寝癖は霧吹きで湿らせ、タオルを押さえつけて余計な水分を取り除く。櫛を入れる。直った。洗面台の鏡に映る私は一見、だらしないようなところはないように見える。振り返り、手鏡をかざして合わせ鏡で後ろ姿にも異常がないか確かめる。問題ない。
ちょうどいい時間になった。早すぎず、遅すぎず。登校すればクラスメイトの半分よりすこし多いくらいの人が集まっている時間。鞄と弁当を確認し、行ってきます。
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