第16話 ユーメイク・フィール・ブランニュー


「ねえ、自分が作った物を自分で壊すって、どんな気分かなあ」


 工房で鉄球とチェーンを組み合わせた武器を自作していた俺は、いきなり飛んできた質問に思わず手を止めた。


「どういうことだ、そりゃ」


 開け放たれたドアから覗く涼歌は、カウンターに突っ伏したまま、問いかけの補足を始めた。


「あのね、ユキヤ君がバンドを一度、リセットしようって言い出したんだって」


 ユキヤ君と言うのは涼歌の親友、彩音の彼氏だ。「ロスト・フューチャー」というパンクバンドのヴォーカルで、俺も何度か聞く機会があった。


「なんでまた。……結構、長いんだろう」


「うん。誰かに「今どきパンクなんてダサい」って言われたみたい」


「いいじゃないか、ダサくたって。俺なんか半世紀近くも前のロックを堂々と楽しんでるぜ。ようは本人次第だろう」


「でもちょっと気持ちが揺れてるみたい。彩音をヴォーカルにしたポップス・バンドに変えようか、だって」


 俺は可愛らしい女の子を前にクールな男たちがバッキングしているさまを思い描いた。確かにそれはそれで人気が出そうだ。だが。


「何かに行き詰っているんならともかく、うまく行ってるのを辞めることはないと思うがな。物事ってのは、変わる時がくれば、自然と変わるもんだよ」


 俺が作業に手を戻しながら言うと、涼歌が急に問いかけの矛先を変えた。


「じゃあさ、この店を突然、リニューアルしたいなんて思うこと、ある?」


 俺は面食らった。確かに景気のいい店とは言い難いが、せっかくマニアックさを求めてくる固定客がいるのに小奇麗にリニューアルなぞした日には、ただでさえ少ない客足が皆無になりかねない。


「ないね。するんなら、全く別の商売を始めるときだ」


「ふうん。やっぱり愛着があるんだ」


「それもあるが、物事がうまく立ち行かないときってのは大概、何かしっくりこない事が起きているんだ。だからゲンを担ぐって意味でも、自分が執着してたこととか、ずっと変えずにいた事を一度、捨ててみるってことも必要なのさ」


「なるほどね。……ね、ゾンディ―が今、しっくり来てないと思うことって、何?」


 涼歌にいきなりこちらを向かれ、俺は再び作業の手を止めた。


「……理屈で説明できない事件を、真面目に考えすぎることかな。自分で思ってるほど、人の行動には大した理由はないのかもしれない」


「……ねえ、何の話?」


 俺はボスが倒れ、反逆者も何者かに襲われた一連の事件を、改めて反芻した。

 単なる仲間割れでは説明のつかない、何か不条理な事態が発生しているとしか思えない……グループを存続させたいのか、それとも解散したいのか?


 俺なら放っておいても崩壊するグループなど放っておくだろう。だが、自分で作ったグループにいったい、何が起きたのかだけは知ろうとするのではないか。


「……まずいな。今の状態で反逆者探しをすれば、間違いなく殺される。自由の味を覚えた連中にとって再び枷をはめられることは、死に等しい苦痛のはずだ」


 ひとしきり独り言を口にした後、ふと我に帰ると、いつの間にか涼歌が工房の入り口に立っていた。


「なに、一人でぶつぶつ言ってんの?……そろそろ私がリニューアルしてあげないと壊れてきたかな、このおじさん」


 普段ならこの程度のちょっかいには聞こえないふりで応じるのだが、今回は少し態度を変える必要があった。俺は立ちあがると、できたばかりの武器を手首に装着し、チェーンにくくりつけた鉄球をぶらつかせた。


「この通り、俺は牢獄に繋がれてるのがお似合いの男だ。……だが生まれ変わって真人間になろうって思うこともないわけじゃない。今、関わってるごたごたが片付いたら、俺のリニューアル計画を考えてくれないか」


 俺が凄みを聞かせた口調で言うと、涼歌がいきなり笑いだした。


「どうしたの、一体。真人間がこんな秘密基地みたいなお店、やるわけないでしょ。もしリニューアルするんだったら、頭の中身を丸ごと入れ替えなきゃ、駄目ね。でももし、そうなったら……」


「そうなったら?」


「ゾンディーの魅力の九十九パーセントは消えて、友達もいなくなると思うわ」


                 ※


 美馬堺町の古びた住宅街の一角で、俺は路地の影に身を潜めながら向かいの建物を眺め続けた。


 不動産屋の二階、カーテンの閉まった窓の中では、おそらくポイズンこと二宮と、その彼女の彩花が息を潜めるように暮らしているはずだった。



 ――必ず、二宮は出てくるはずだ。さもなくば、彼女の方か。


 俺は自分でもよくわからない衝動で、奴らと決着をつけるために来たのだった。


 張り込みを始めて一時間ほど経った頃、ふいに部屋のドアが開いて女性と思しき人影が姿を現した。女性はあたりを伺うように顔を伏せたまま外に出ると、ふたたび部屋の中に戻った。まるで往来にどのくらい人がいるかを確かめているようだと俺は思った。



 ――ひょっとすると、出てくるのか。


 俺が建物全体に注意を払うと、やがてドアが開いて先ほどとは異なる装いの人物が姿を現した。キャップを目深にかぶり、マスクをしたその人物は、ジャンパー姿で部屋から出てくると、外階段を降りて通りを歩き始めた。


 俺は物陰に身を潜めつつ、目の前を通り過ぎる瞬間を捉えようと首をつき出した。やがて、ジャンパー姿の猫背の人物が、俺が潜んでいる小路の前を通り過ぎた。しかとは見えなかったが、まるで病人のような足取りを見て、俺は確信した。


 ――二宮だ。とうとう、自分の造り上げた王国を自ら壊しに出向いたのだ。


             〈第十六話に続く〉

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