第15話 プライベート・アイズ
ファミレスの駐車場でダミーの煙草をしゃぶっていると、建物から誰かが出てくる気配があった。
俺は身体の向きを変えると建物の影から顔を出し、出てきた人物の姿をあらためた。予想通り、出てきたのは明則だった。
――さすがにあんなことの後では、穏やかに談笑とはいかないようだな。
俺は適度な距離を置いて、明則の後をつけ始めた。
俺が事態の急展開を悟ったのは、ある事件の記事を目にした時だった。それは年配の男性が何者かに襲われ、頭部などに外傷を負わされた、という物だった。
被害者の名は西村学。明則の父親だ。西村は夜道を歩いていて、いきなり襲われたのだという。本人の談によると「金属の棒のような物で殴られた」とのことだが、これは自分の造ったスーツの腕をぼかして表現したのではないだろうか。
ここで俺の頭に疑問が生じた。西村を襲ったのがスーツを着た何者かだったとしていったいなぜ、スーツの産みの親である西村を襲ったのか。
スーツの性能に限界を感じた誰かが、グループの情報が外部に漏れるのを恐れて襲ったのだろうか。だとすれば犯人はグループの誰か、最悪の場合、息子の明則である可能性もある。
仮に明則でないとすれば、明則はグループのメンバーを問い詰めて犯人を探そうとするだろう。どちらにしても、明則がグループの仲間たちと接触するのは確実だった。父親の見舞いに明け暮れる、という可能性も考えたが、俺はこらえきれず仲間のところに赴くと読んだ。
結果は案の定、まだ陽も暮れぬうちに学校の仲間と別れ、単独行動を取っている。グループと接触するなら今夜のはずだ。俺は明則が地下鉄の駅に潜ったところで、おおよその見当をつけた。
――これは、以前、俺が襲われた川べりの倉庫だな。
俺は明則が降りるであろう駅のあたりをつけると、隣の車両に乗りこんだ。
明則の予想外の動きに慌てたのは、降車駅と予想した駅の手前で明則が携帯電話を操作し始めた時だった。手つきと電話を耳に当てるしぐさから、俺は誰かが明則に何かを伝えたのだと確信した。
電話をポケットにしまった直後、予想の一つ手前の駅でふいに明則が降りる挙動を見せた。俺は咄嗟に見つからぬよう、ドアの近くに立つと、明則が降りた瞬間から数秒程数え、車両を降りた。
――急な予定の変更……呼びだされたのか?
俺はあまり利用したことにない駅に戸惑いながら、階段を上がってゆく明則の背を目で追った。
地下鉄を出て明則が歩き始めたのは、通りに沿ってマンションが立ち並ぶ人気のない街路だった。既に陽は落ち、暖色の化粧タイルが青っぽく染まり始める頃合いだった。
俺はかなり距離を置いて明則の後を追った。このあたりのマンションのどれかに、仮のアジトがあるのだろうか。明則が建物の角を曲がって消えた後、俺は俄かに浮足立って歩調を速めた。速度を緩め、小さな動きで角を曲がろうとした瞬間、やや高めの叫び声が聞こえた。
「あっ」
角を曲がった先で俺が見た物はハッチをこちらに向けて開放しているトレーラーと、身の丈三メートル程の強化スーツをまとった何者かに首根っこを掴まれ、宙吊りにされている明則の姿だった。
「なにをするんだ!」
俺が叫ぶと、スーツの人物は明則の身体を反動を付けて路上に放りだした。
身体を打ち付ける鈍い音と呻き声とが聞こえ、明則が歩道の上に転がった。
「明則!」
俺は路上でぐったりしている明則に駆け寄った。同時に、俺の頭上でモーターが唸りを上げるのが聞こえた。
「馬鹿野郎、今はお前と遊んでいる場合じゃないんだっ」
強化服のアームに両腕を掴まれた俺は、腕の関節を外すと地面を蹴った。
俺は空中で軟化した皮膚を捩じりながら身体を縦に回転させた。そして踵を石化し、尖らせると強化服のキャノピーめがけて落とした。
「うああっ」
恐怖の叫びが俺の耳に突き刺さり、アームが俺の腕を解放した。
地上に降り立った俺は再び明則に駆け寄り、ひどい外傷がないことを確かめた。
俺はその場で差で携帯を取り出すと、救急車を呼んだ。背後で重い物体が動く音が聞こえ、振り返ると強化服の人物がトレーラーの荷台に逃げるように乗りこむ姿が見えた。
救急車が到着するまでの間、俺は明則の様子を確認しつつ、思考を巡らせた。
――ついに明則まで襲われた。一体、一連の出来事の首謀者は、誰だ?
誰かがボスに反旗を翻し、グループを潰すか乗っ取ろうとしていることは間違いなさそうだった。だが奇妙な事に、これだけ立て続けに事件が起きているにも関わらず、一向に動機らしいものが見えてこないのだった。
〈第十六回に続く〉
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