第14話 裏切りの季節


「二宮が体調不良?……ふうん、なるほど」


 俺がカフェのカウンターで知り得た情報を話すと、偉は少し考えて、得心がいったというように鼻を鳴らした。


「何か思い当たる節でもあるのか」


「ないこともない。あんた、スーツを来た連中と一戦、交えたんだろ?何か気づいたことはないか?」


「そうだな……さぞや殺傷力の高い武器を装備しているのかと思いきや、そうでもない感じだった。しかも近接戦はあまり得意じゃないようにも見えた」


「その通りだ。元はと言えば介護用に作られたアシストスーツを改造したものだけに、装備できる武器は限られている。しかもそれをパワーグローブをはめた手で操作するとなると、普通に攻撃するより手間がかかる。つまり、現時点ではあのスーツは外からの攻撃に強いという以外、大してメリットがないんだ」


「でも実際に、少年たちに襲われてホームレスたちが死んでるって話だぜ」


「だからそれは飛び道具をつかったんだろうよ。ボウガンやエアガン、電撃系の武器を腕に装着して「人間狩り」を楽しんだのさ」


「だがこの前、俺と戦ったうちの一体はロッドを器用に操っていた。そういう奴も中にはいるんだな」


「そもそもが戦闘用に開発された物じゃない。スーツをうまく操るにはコツがいるんだ。まして高速で動くとなると内部の人間には相当な負荷がかかる。そいつはたまたま、スーツと相性が良かったんだ」


「相性が悪いと?」


「負荷が骨や内臓に影響を及ぼす。靴だって合わなきゃ靴擦れを起こすだろ?最初は気づかないが、だんだんとあちこちが凝ってきて、しまいには骨が削れたり、ヘルニアを起こしたりする。いずれはパワードスーツ・シンドロームと呼ばれるだろうな」


 バイクや車よりはるかにたちが悪いな、と俺は思った。


「ポイズンはそれを知っていて部下に使わせたのか」


「いや、恐らくは奴も知らなかっただろうよ。まずは自分がスーツの虜になった。その挙句が今の寝たきり状態ってわけさ」


 なるほど、そういうことだったのか。俺は偉の見事な推理に舌を巻いた。


「じゃあ、奴が動けなくなってからは一体だれが、指揮を取っていたんだ。今のお前さんの話が事実だとすると、俺が最初に連中の標的になった時、すでにポイズンは指揮を取れない状態だったことになる」


「だから、誰かが奴の影武者を演じていたんだろうさ」


「影武者……」


 俺は俺の前に現れた二宮の姿を思い返した。いずれもスーツ越しだったり声のみだったりと、確かに影武者であった可能性も否定はできない。しかしいったい、誰が何のために?二宮の命令か?


「影武者はおそらく、仲間のうちの誰かだと思う。強いて言うなら……あんたの話にあった、スーツ開発者の息子だろうな」


「明則が?……まさか。もうグループとは距離を置いていると言っていたが」


「それが嘘じゃないと言い切れるか?もう一つ、仮に影武者を演じるのがボスからの命令だったとしても、そいつには影武者を演じるメリットがある。それは、スーツの構造に明るいってことだ」


「どういう意味だ?」


「つまり、ボスが床に伏せったのも偶然じゃないかもしれないってことだよ」


「まさか、最初から体に合わないスーツを……」


「こう考えたらどうだ。そいつはボスから、スーツのメンテナンスを一任される。そして仲間たちの資質に合わせてスーツを見繕う。命令通りに動いていると見せかけ、ボスに忠実な部下を排除してゆくこともできるんじゃないか?」


「明則がグループを乗っ取ろうとしている、と?」


「あくまで憶測だがな。ゆくゆくは少人数の、自分のチームを作るつもりだろう」


「ふうん……そうなると少々、二宮が哀れだな。アイリスという彼女も、手下の裏切りを知ったら黙っちゃいないだろう」


「それだ、おそらく奴が目下、最も恐れているのは。謀反を企てていると知られたらボスの女はそいつを粛正するだろう。ボスは足腰が立たないから問題ないが、彼女はそうは行かない。いつ真実に気づいて部下に告げるか……そう思ったら気が気じゃないだろう」


「彼女が危ないって言うのか」


「まあ当分は大丈夫かもしれんが、どのみちスーツに頼っていたらいずれは破滅する。わざわざあんたが救い出しに行かなくても、グループは遠からず解散するだろうよ」


 そういうと偉は皮肉な笑みを浮かべた。連中の愚行が過去の自分とダブって見えるのかもしれない。


「だが、ぐずぐずしていたら犠牲者が増える。奴らの犠牲になる一般人と、スーツの犠牲になる奴らの両方だ」


「ずいぶんと色んな心配をするんだな。そんな人格者とは気づかなかったぜ」


「もし本当にボスが寝たきりで、明則がグループの乗っ取りを企んでいるのなら、ようはスーツを来た小僧どもを軒並み叩きのめせばいいわけだ。俺が見たところ明則にカリスマ性はない。スーツと仲間が黙りこめば、戦意を失うに違いない」


「ふん。おせっかいだな。……で、どうする?単身、奴らのアジトに乗り込むか?」


「ちょっと考えてみる。もしお前さんの憶測が事実なら、ボスの代わりに影武者が仕切っている今がチャンスのはずだ」


 俺はカーボンブラックのキャノピー越しに俺を捉えた獣の目を思い返した。


 ――馬鹿が。他人を暴力で支配しようとすれば、その次は自分が標的になる。子供から玩具を取り上げなかった親に文句を言ったって、罪を犯してからじゃ誰も耳を傾けちゃくれないぜ。


              〈第十五話に続く〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る