第12話 フォー・オフシーズンズ
ステージの四人が頭を深々と下げると、拍手と口笛がホールを包み込んだ。
「ありがとうございました。半世紀も前のロックを演奏するバンドに、こんなに若い人たちが集まってくれるとは思いもしませんでした」
リーダーらしい初老の男性は綺麗に禿げ上がった頭を何度も下げ、嬉しそうに客席を見た。「シャッターストリートボーイズ」という名の四人組バンドのステージは、たまたま紛れこんだ俺にとっても収穫といえた。
ボーイズと言ってもバンドのメンバーは皆、白髪か禿頭という外見だった。
その四人がアニマルズやザ・バンドなどのロック・クラシックを実に楽し気に演奏するのだ。これが粋でなくて何だろう。俺たちのバンドもハードロックがしんどくなったら、このようなナイスミドル・バンドになってゆくのかもしれない。
それにしても、と俺は思った。この「サヴォイ・トラッフル」という小さなライブハウスを、本当に二宮はよく訪れているのだろうか。見たところそれらしい人物の影はない。俺は好みのバンドを見つけた余韻でぼうっとしながら、手がかりを与えてくれそうな同年代の客を物色し始めた。
「珍しいわね、めぐちゃん」ふいに頭上から呼びかけられ、俺は椅子の上ではねた。見ると背の高い女性――正確には男性だが――が、俺を見下ろしていた。
「ミカ……」
「さすがめぐちゃん、渋いお店に目をつけるわね。前から来てるの?」
「いや、今日初めてきたんだ。人探しを兼ねてね」
「人探し?……もしかしてめぐちゃん、また面倒に巻き込まれてるの?」
「また、はないだろう。……いきがかりで不良グループのボスを探しに来たのさ」
「不良グループ?……ちょっとめぐちゃん、こっちにいらっしゃい」
ミカは眉をひそめると、まだ興奮して身体がぐにゃぐにゃの俺を強引にロビーへと引きずっていった。
ミカは狭いロビーの隅のベンチに俺を座らせると、にわかに怖い表情になって顔を寄せてきた。
「ねえ、まさかと思うけど「人間狩り」事件に首を突っ込んでるんじゃないでしょうね」
「人間狩り?」
「……しっ。武装した若い子たちが、ホームレスの親父だけじゃなくて色んな年齢層の人たちを襲ってるって言う噂があるの」
「ミカ、もう遅いよ。俺は二度も襲われてる」
「嘘っ。……じゃあ、スーツの連中と戦ったのね?馬鹿じゃないの」
「そうだな。自分でもそう思う」
俺が口元を歪めると、ミカの眉間の皺がさらに深くなった。
「あのね、あいつらはただの不良グループじゃないの。人の皮を被った獣よ」
ミカは吐き捨てるように言うと、大きなため息をついた。
「以前、うちの弟が関わってたグループにいた子が始めたらしいんだけど、介護用スーツを改造した服を全員が着ている凶悪グループがあるの」
俺は思わず唸った。ミカの異母弟はかつて、「
「「バッド・パワーズ」だろう」
「……そう。強化服を着て、弱い者を見つけては手あたり次第に襲ってるらしいわ。ボスのポイズンって子は弟が可愛がってた子で、表の顔は優等生らしいのよ」
「二宮だな。俺はそいつを探しに来たんだ」
「駄目よ、弟が言うには「あいつらを止めるには、強化服ごと押し潰すか射殺するしかない」っていうくらい凶暴だって」
「そうだな。確かにゾンビ程度のキャラクターじゃあ、クライマックス前に消されちまうだろうな」
IT企業の御曹司で町の情報通でもあるミカの言葉には、説得力があった。
「こんなことで大事な命を無駄にして、あたしたちの歌が聞けなくなってもいいの?たまには自重なさい。いいわね?」
ミカの進言はもっともだったが、なぜか即答するのをためらう自分がいた。
「悪いが今回はもう後戻りできないところまで来てるんだ。やれるところまでやらせてもらえないか」
「……呆れた。涼歌ちゃんが知ったらなんていうかしら」
「彼女には後で言う。頼む、しばらく目を瞑っててくれ」
俺が両手を合わせると、ミカは根負けしたように鼻から太い息を吐いた。
「……わかったわ。じゃあ一週間だけ待ったげる。いい、絶対に死んじゃだめよ」
俺は今度は即座に頷いた。それで解決できないという事は、奴らの餌食になるということだ。
「ありがとう。必ず生き延びて、事が終わったらすぐに歌を聞きに行くよ」
「約束よ、めぐちゃん。……それと、余計なことかもしれないけど、ボスを探しても無駄かもしれないわよ。なんでもちょっと前に大怪我をして、まだ動けないんですって」
なんだって、と俺は思わず叫んでいた。……じゃあこの前、俺が相手にしたのは一体、誰だったというのだ。
モデルのような足取りで去ってゆくミカの後姿を眺めながら、俺は考え込んだ。
〈第十二回に続く〉
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