第10話 ドクター・マッドネス


 最初に動いたのは、俺の正面にいる機体だった。


 前傾姿勢で右の拳を構えながら飛び出すのを見て、俺は上体をわずかにひねった。が、敵の次の挙動は俺の予想を裏切る物だった。

 拳をかわしつつカウンターを決めようとした両腕が、敵の脇から繰りだされた多関節アームにがっちりホールドされたのだった。


「……くっ」


 俺は素早く肘の関節を外すと、腕の筋肉を軟化させた。同時に俺の肘を拘束していたアームの先端部が抵抗を失い、床に落下した。俺は下腹に力を込めると、正面の敵に向かって突進した。


 両腕をぶらつかせた男が突っ込んでくるとは予想外だったのか、敵の機体が一瞬、戸惑うように動きを止めた。俺はそのまま石化した頭部をキャノピーの下のダクトに叩きつけると、胃の中に溜めこんだ腐敗ガスを機体内部に送りこんだ。


「……うっ、うええっ」


 俺が飛び退ると正面の機体が仰向けに倒れ、もがきながら床の上を転がった。


 密閉度がわざわいしたようだな、そう思っていると、背後でモーターが唸りを上げる音が聞こえた。その場でターンした俺の目に飛び込んできたのは、しならせた腕の袖から現れた金属製のロッドだった。


 反射的に身を屈め、立ちあがりながらバックステップした俺は、左の腕に長く重い物体が巻き付くのを感じた。


「うっ……」


 俺は反射的に身をよじった。腕なら反撃を封じられたとはいえない、そう思った時だった。俺の全身を、激しい衝撃と痛みが貫いた。


「ぐあああっ」


 ロッドから俺の身体に電流が流れ込み、心臓を通って脚へと駆け抜けたのだ。

 俺は自分が死人であることに感謝しつつ、電撃で委縮した筋肉を鼓舞した。


 大丈夫だ、このくらいの人数なら、なんとかなる。そう身体に言い聞かせようとした直後、今度は右肩に鋭い痛みを覚えた。

 見ると、いつの間に射られたのか「死人銃ボウガン」の矢が俺の上腕筋に突き立っていた。


 まずい、薬液が身体に回る前に反撃しなければ。


 俺は必至で床を踏み占めると、腕に巻き付いたロッドを振りほどこうとした。が、意に反して俺の挙動はバッテリーが切れるように鈍く、ぎこちなくなっていった。気が付くと俺の周囲は新型スーツをまとった少年たちに包囲されていた。


「どうした、大きな口を利いた割には、手ごたえがないじゃないか」


 機体のうちの一つが、俺に向かって言い放った。カーボンブラックのキャノピー越しに聞こえる高く掠れた声には、ぞっとするような残忍な響きがあった。


「おまえが……ボスか」


「そうだ。こんな農機具置き場の中で、錆ついた機械に囲まれて息絶えるのもいいだろう。余計なことに首を突っ込むとどうなるか、思い知るがいい」


 ボスがそう口にすると、周囲の少年たちが一斉に機械の腕を振り上げた。


「やれ」


 俺が叩きのめされるのを覚悟した、その時だった。どこからがけたたましいサイレンの音が聞こえてきた。同時に機具庫の入り口から強烈な光が流れ込み、視界を白く覆った。


「な、なんだっ」


 サイレンと光の中で、俺を残して少年たちが後ずさる気配があった。腕からロッドが外れ、モーターの音が俺から遠ざかった。


「投降せよ。さもなくば撃つ」


 機械で合成したような音声が庫内に響きわたり、ボスの「仕方ない、ひけっ」という叫びがこだました。やがて敵の気配が機具庫から消え、あたりを覆っていた白い光がふっと失せた。


 矢毒に対する抗体が全身に行き渡るのを感じつつ、俺はゆっくりと顔を上げた。


 俺の目の前に立っていたのは、頭の上に赤色灯を乗せた重機型のロボットスーツだった。フレーム剥き出しの操縦席に目を向けると、見知った顔が蔑むように俺を見返してきた。


「まさか僕に助けられるとは思わなかったろう、しかばね君」


 白衣を着て眼鏡の奥から俺を見ているのは、腐れ縁ともいえる男、天元だった。


「グッドタイミングだ、ロボット博士。助かったぜ」


 俺が礼を述べると、天元はなぜか不満げに眉を顰めた。


「全く情けないな。君ともあろうものがあんな玩具を相手に手も足も出ないとは」


「あいにくと世事に疎くてね。近頃の親父狩りがあんなハイテク仕様とは知らなかった。近頃の少年はナイフじゃなくロボットを持ち歩くのが主流らしい」


「まあ所詮、君のやり方では最新テクノロジーには歯が立たなかったということだ。潔く負けを認めるんだね」


 天元はいつになく冷淡な口調で言い放った。


「で?どうする?俺を標本にして持ち帰るチャンスだぜ」


 俺が投げやりな口調で言うと、天元は驚いたことに黙ってかぶりを振った。


「見くびられたもんだな。僕が手負いの獣を捕獲して得意になるとでも思っているのかい?そんなプライドの低い事をしてまで目的を果たすくらいなら、君の回復を待って正々堂々と襲撃するさ」


 天元は口元に皮肉な笑みを浮かべると、ゆっくりと機体の向きを変えた。


「本来なら君を叩きのめし、助けてくれと命乞いをされるのは僕のはずだ。それなのに、あんな連中に好き放題やられるなんて、全くもって不愉快だよ」


「ありがとう。お前さんに叩きのめされるまで、くたばらないよう気をつけるよ」


「……礼なんか言うな、馬鹿っ」


 天元は吐き捨てるように言うと、モーター音と共に闇の中へ消えていった。

 俺は錆ついた農機具と自分だけになった空間で、静かに敗北を噛みしめた。


 ――どうも俺って奴は、今だに昔の癖が抜けないらしい。話せばわかるなんてあの餓鬼どもには所詮、ありえないのだ。ならば、俺流にやらせてもらうまでだ。


             〈第十一話に続く〉

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