第9話 ミスター・バッドロボット


「隠れ家」は、その名に反してひどく開放的な風景の中にあった。


 都心部から離れた、住宅と農地が混在するのどかな場所に、俺は半信半疑で足を踏み入れた。明則が教えてくれた建物は、トウモロコシ畑とトマトのビニールハウスが広がる一角の奥、巨大な農機具置き場だった。


 外見には廃屋とも見えるその建物に近づくと、牧歌的な風景に不似合いなモーター音が耳に飛び込んできた。


 小さなアパートほどもある農機具置き場の前に立つと、解放されたシャッターの奥の暗がりから、いきなり予想外の物体が姿を現した。


「なんだね、君は」


 それは重機を改造したと思われるボディーに人型の脚と腕代わりのマニュピレーターがついた機械だった。このタイプと何度か戦った俺としては、驚きはさほどでもなかった。が、畑の真ん中で見る人型重器は奇妙でもあった。


「西村学さんですね。私は泉下という者です。少々、物を伺いたくて参りました」


「ふっ、どうせ穏やかではない用件だろう。下手に出てもわかる」


 西村はそう言うと、ついて来いとばかりに背を向けた。俺は重機の後に続いて、機具庫の中に足を踏み入れた。


「……で、何を聞きたいのだね。泉……何とかさん」


「実はある方から、「バッド・パワーズ」のボスに囲われている女性を救いだしてほしいと頼まれました。彼らのことをご存じですね?」


 俺が単刀直入に尋ねると、西村は操縦席に収まったまま、俺を見下ろした。


「ああ、知っている。それで?」


「実は先日、彼らの集会所らしき倉庫に出向いていったのですが、そこでアシストスーツを改造した強化服を身に着けた少年たちに襲撃されました。あれはあなたが作った物ですか?」


「だとしたら?……見たところ無事なようだが、警察に通報はしなかったのかね」


「していません。連中の隙をついて命からがら、逃げてきました。……西村さん、息子さんはもうすっかり不良グループからは距離を置いているようです。なぜ、犯罪グループに手を貸すんです?」


「それは君の知るところではない。私は私の造ったスーツを着た若者たちが自由にふるまう姿を見て、初めて手ごたえという物を感じたのだ。理屈ではない」


「でも息子さんはあなたの背中を見ていますよ。父親が今後、どんな風にふるまうか、どういう生き方を選ぶのか」


「それもまた、試練だろう。私は反面教師になることも厭わないつもりだ」


「そうですか……では仕方ありませんね。今後もし、あなたの作った製品で襲われた時は、遠慮なく破壊させてもらいます。このまま機械仕掛けの少年たちが自ら破滅に向かうのを見過ごすことはできません」


「なぜだ?破滅がなぜいけない?」


「いけないかどうかではなく、個人的に許せないんです。あれは子供が持つべき玩具じゃない。人を殺せるスーツを作ったことであなたは悪魔になったんです、西村さん」


「ふん、この世に一度も悪魔に魂を売らず生を終える人間などいない。……それより、本当に破壊できるかどうか、試してみたいとは思わないかね?」


 西村がそう叫ぶと、背後でシャッターが閉まり始める音がした。闇に没した機具庫の中で西村が立ち去る音と、別の何かが複数、同時に動き始める音がした。


 俺が思わず身がまえた瞬間、いきなり機具庫の照明が点され、周囲の状況が露わになった。俺は以前、見たものとは別のスーツに身を包んだ少年たちに取り囲まれていた。


「わざわざそっちから出向いてきてくれるとはな。飛んで火にいる何とやらだ」


「おっさん、俺たち新型スーツの耐久テストをしたいんだ。悪いけど、つきあってくれるかな。……もし運悪く死んじまったら、畑に埋めてやるからさ」


 前回の機械剥き出しのスーツとは異なる、樹脂と合金のカバーで覆われたスマートなボディが、じりじりと包囲の輪を狭め始めた。


「悪いな。俺の身体は土に埋めても、勝手にこの世に戻って来ちまうんだ」


 俺は思いつく限りの特殊能力を発動させると、最初の一撃に備えた。


              〈第十話に続く〉

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