第6話 HERE IS THE NEWS


「試作機を持ちだした技術者は西村学といって、バイオロイドの研究をしていた人物です。彼なら研究施設以外の場所でも新たなスーツを開発できるでしょうね」


「オートテクニカ生原」の代表取締役で、涼歌の叔父でもある男性――生原拓次郎は困り果てたような顔で俺に打ち明けた。


「市議会議員の息子で、二宮という少年が率いる不良グループの手に、アシストスーツを改造した強化服が渡ったという噂があるのですが」


 俺が自分の見聞きした情報を伝えると、拓次郎は瞳の懊悩を一層濃くした。


「その噂は聞いています。わが社の製品がもし犯罪にでも使われて、そのことが表ざたにでもなったら壊滅的な打撃です。一刻も早く回収する必要があります」


「幸いまだ、被害は出ていないようですが、噂が事実なら時間の問題でしょう」


 俺は倉庫の前で出くわしたスーツのパワーを思いだしながら言った。


「できればことを穏便に済ませたいのですが、不良グループと取引をするとなると、後々、面倒なことになりかねないというのが社内の意見です」


「連中と対等な取引など、まず望めないと考えた方がいいでしょう。極秘のうちに取り戻すか、何らかの方法で役に立たない鉄くずにしてしまうしかありません」


 俺が言うと、拓次郎は腕組みをして唸った。


「なんにせよ、西村君の力を借りないことにはどうにもならない……」


「なら、探し出しましょう。……ただし、もしその技術者の方が「バッドパワーズ」の内部に完全に取りこまれていた場合は、説得するのが困難かと思います」


「うむ……しかしどうして不良グループなどと接点を持ってしまったのか……」


「とりあえずその西村さんという方に関する情報をいただけますか。何か説得材料になるエピソードが見つかるかもしれない」


「わかりました、協力しましょう。私の方も、その二宮という少年の父親と面識がないわけではありません。それとなく探りを入れてみることにしましょう」


 俺は「オートテクニカ生原」の社長室を辞すと、工場の近くの実験場に赴いた。

ここで俺はかつて、天元というどうしようもないマッド・サイエンティストとけったいな死闘を繰り広げたことがあるのだ。


 俺が広い敷地のあちこちを漫然と眺めていると突然、死角から急角度で現れた影があった。俺は身がまえつつ、影の挙動を目で追った。やがて土煙の中から、成人男性よりやや大きな人影が現れた。


 人影は首から下を白いスーツの中にすっぽり収めていた。スーツの継ぎ目から金属かカーボンファイバーのフレームが見えているところを見ると、アシストスーツの類だろう。人影はまだあどけなさが残る若者だった。


「こんにちは。見学の方ですか?」


 若者は俺を認めると、相好を崩した。俺は「ええ、まあ」と適当に合わせた。


「いかがです?わが社の最新アシストスーツは。超軽量、五十キロの荷物でも楽々運べますよ」


「いいんですか、企業機密をそんなに簡単にばらしちゃって」


「ええ。こいつはもう商品化されてますから。ただ、開発のチーフだった方が少し前から出社されなくなってしまったので、このままだと新製品の開発が滞る可能性があるんですよね」


「西村さんと言う方ですか」


 随分と口の軽い若者だなと思いつつ、俺はこれ幸いとばかりに問いを放った。


「ええ。……どうして知ってるんです?その通りです。現場も困り果ててますよ」


「バッドパワーズという少年のギャング団をご存じですか?西村さんがその連中と行動を共にしているという噂があります」


 俺が核心に切り込むと、若者は苦々しい顔つきになった。


「知ってます。……もし、わが社の新製品が不良たちの間に流れて犯罪にでも使われたらと思うと、開発者としては気が気じゃありませんよ」


「それにして、どうして西村さんはそんな連中と接してしまったんでしょうね」


 俺が素朴な問いを投げかけると若者は神妙な顔つきになり、俄かに声を低めた。


「それについては少々、思い当たる節がないわけでもありません。……もしよろしければ、社外でお話しませんか。僕は吉良きらと言います。三十分ほどしたら、抜けられると思うので、通りを挟んで向かいのビルに入っている「エスター」というカフェで待っていてください」


「そりゃどうもご丁寧に。私は泉下と言って、リサイクル業をしています。……しかしいいんですか、そんな秘密をどこの誰とも知れない部外者に話して」


「いいんです。いずれ誰かに打ち明けなければいけないと思っていましたから」


 吉良という若者は「じゃあ後で」と言うと、モーター音と共に背を向けた。


             〈第六話に続く〉

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