第3話 リトル・プリテンダー
「なにしろ言う事を聞かない娘でね」
駅前のファストフード店で、コーヒーをちびちび飲みながら男性が言った。
男性の名前は
「無断で外泊はするわ、学校は勝手に辞めるわ……だが、少々柄の悪い友達はいても、犯罪を犯す様な連中との付き合いはなかったはずなんだ」
「犯罪?さっきの奴らは犯罪に関係しているのか」
「まだ捕まっちゃいないがな。俺はそう思ってる。知らないかな、あんた。……先月と今月にホームレスが乱暴されて殺された事件があったろう?」
内倉の話を聞いて俺は記憶を弄った。そう言えばそんな事件があった気もする。
「どういう根拠であいつらが犯人だと?何か決定的な証拠でもあるのかい」
「ないよ。ただの勘さ。だがあいつらの着てた作業機械みたいなもんを見たろう?」
「あのスーツが凶器だとでも?」
「殺されたホームレスの奴らは皆、首を引きちぎられたり、腹にでかい穴を開けられてたりしたらしい。普通に考えて猛獣に食われたんでもなけりゃ、考えにくい。……だが連中なら人間の身体をばらすぐらい、容易いんじゃないのかな」
「娘さんはそんな連中と行動を共にしてるってわけか」
「おっと、早まるなよ。娘が犯罪に加担してるとは言ってないからな。ただボスの小僧が、ワルのくせに人を惹きつける魅力があるみたいなんだ。なんでも市議会議員かなんかの息子らしくて、遊ぶ金に不自由はしてないって話だ」
「ふうん。金があって知恵が回って、おまけに魅力的なボスか。……なあ、あんた、やっぱりこりゃあ警察に任せた方がよかないか?俺の知り合いに少年課の刑事がいるんだ。話だけならしてやらなくもない」
「少年課ねえ……まあ、あの獣たちを手なづけてくれるんなら、どこでもいいよ」
「よし、わかった。一応、言ってみるから今日はもう帰りな。あんまり遅くまでうろうろしてると、今度こそ狩られちまうぞ」
「あ、そうだな。……しかしあんたも不思議な人だな。あんな化け物みたいな餓鬼どもを前に、ちっともビビってなかったし、ただのホームレスでもなさそうだ」
「だからホームレスじゃねえって。こう見えても、堅気のリサイクル店経営者だ」
内倉はしきりに「ふうん、リサイクルねえ」と繰り返すと、俺の身なりを眺め回した。これ以上、関わってもいいことはない。そう結論付けた俺は一応、男性の連絡先を聞くと、自分のトレイを手に席を立った。
「じゃあな。何か聞けたら連絡する。連絡がなければ脈がなかったと思ってくれ」
俺が背を向けて返却口に向うと、背後で未練がましく氷をかき混ぜる音がした。
※
「その事件なら知ってるよ。結局、手がかりがなくて捜査本部が解散した奴だ」
俺から話を聞き終えると、知人で少年課の刑事、
「俺が聞いた話だと、そのおっさんの娘が囲われてる不良グループは「バッドパワーズ」って名前で、ボスは町の有力者の息子らしい」
「ああ、知ってる。市議会議員で医者、町の名士さ。息子は表の世界じゃ秀才、裏の世界じゃ極悪で知られた糞坊主でね。色々と足がつかないような悪さはしてるらしいが、さすがに殺人ってのはないんじゃないか。それほど馬鹿じゃないぜ」
「俺もそう思う。で、問題は内倉って奴の娘なんだが、十八らしいんだ。学校にも行ってないし、少年課としちゃあ、ぎりぎりの年だろう」
「まあな。相手が誰だろうが、自分の意志で居ついてるんじゃどうしようもない」
柳原がそう言って大きな肩をすくめた時だった。店のガラス戸が開いて、見慣れた顔がひょっこりと現れた。
「こんにちはー。……あ、ヤギさん、来てたんだ」
足を踏み入れるなりそう言ったのは、店の常連で俺のライブの相方、
女子高生でピアノ科への進学を夢見る、早い話がいいとこのお嬢さんだ。
三十をとうに過ぎたおっさんが、どうして現役女子高生と親しいのかって事はまたの機会に譲らせてもらうとして、とにかく彼女は暇さえあれば店にやってきてたむろしている。今じゃ、少年課の刑事すら黙認するほどの人気者だ。
「来ちゃ悪いかい。……あんたも口のうまい少年には気をつけた方がいいぞ」
柳原が茶化すと、涼歌はきょとんとした顔つきになった。不思議なもので、長く接していると誰もが彼女に対し、保護者めいた発言を口走り始めるのだった。
「何のこと?……口の悪い少年ならここにいるけど」
そう言って涼歌は背後を目で示した。すると、それに応じるかのように一人の少年が店内に入ってきた。
「咲人君、珍しいな。またコンサートでもやるのかい」
俺は少年に向かって声をかけた。少年の名は
楽器の腕前は一級品、成績はトップクラスという絵に書いたような優等生だ。以前はプライドの高い、高慢な性格だったが、ある辛い出来事があってからは、謙虚なふるまいを見せるようになっていた。
「いえ、そうじゃないです。今度、久しぶりに父と食事することになったんですが、どうも気まずくて……それで、涼歌に相談してたところなんです」
「ねえ、男同士の親子って、そんなに難しいものかな、ゾンディ―」
涼歌が俺の顔を覗きこみながら言った。咲人の両親は数か月前、離婚していた。涼歌の父親と咲人の父親は兄弟なので、何とか間を取り持って欲しいのだろう。
「さあな。俺の場合はちょっとややこしいからな。でも親父の事は嫌いじゃない」
「別に話さなくたっていいんじゃない、そう言ったの。でも、あんまり黙ってると避けてると取られそうだし、そうじゃないってことだけでも伝えたいんだって」
「ふうん。だったら、何か共通の話題を用意すればいいじゃないか。親父さんは楽器はやっていないのかい」
俺が提案すると、咲人は一瞬、押し黙って宙を見つめた。
「楽器はやってないです。でも、そうだな……最近、父の会社で作ってる新製品の話なら、僕も少し興味を持てるかもしれない」
「新商品?」
「ええ。父の会社が最近、介護で使用するアシストスーツの開発を始めたらしいんですけど、この間、ネットのニュースでそれを開発していた社員の人が突然、機密資料と開発中の製品を盗んで行方をくらましたっていう記事を見たんです」
「社員の人がねえ……そりゃあ、会社にとっても痛手だな」
「ゾンディー、叔父さんは一応、経営者だから痛手どころじゃないの。もしスーツの秘密が他社に漏れでもしたら、会社が傾くかもしれないんだって」
「ううん、そう言われてもな。とにかくその人を探すしかないだろう」
「それでその記事を見た後、ある場所でちょっと気になる光景を目撃したんです」
「気になる光景、と言うと?」
「隣の町の進学校に通ってる、バイオリンをやってる知り合いがいるんですが、そいつがSNSにアップした写真の端っ子に僕が以前、父の会社で見た新型スーツに似た機械らしきものがわずかに写ってたんです。で、そいつの記事に「ちらっと写ってる機械はなんだい」とコメントしたら「知り合いから借りた玩具だよ」と返事が来たんです。それ以上は追及しなかったけど、どうしても気になって」
「知り合いに借りた……ね。柳原、お前さんどう思う」
「そうだな、坊やの目に狂いがなきゃ、親父さんにその「玩具」の話を聞かせた方がいいだろうな。案外、会社が傾くようなことが起きてるのかもしれないぜ」
柳原はそう言うと、咲人の方を見た。咲人は唇を引き結ぶと、強く頷いた。
〈第四回に続く〉
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