第2話 Mr BAD OLD GUYS
まだあどけなさの残るボスが、舌なめずりせんばかりの表情で言った。
俺はボスが身にまとっているガラクタをそれとなく観察した。こういう手会いは司令塔が黙れば途方に暮れるものだ。仮に一戦交えるとしたら、相手は一人に絞らねばならない。
「まあいい、身代わりになろうってんなら、お相手してもらおうかな。見たところ、あんたもホームレスと大差なさそうだしな」
ボスが目で合図を送ると、配下の少年たちがすっとばらける気配があった。俺は身がまえつつ、ターゲットを見失わぬよう、ボスに意識を集中させた。
「おっさんよ、どこを狙って欲しい?頭か?脚か?あいにくと俺たちは腕も足も普通の人間より硬いんでね、骨が折れるくらいは覚悟しろよ」
気が付くと機械をまとった少年たちが、俺の周囲を輪になって取り囲んでいた。
「やれ!」
輪の中から、一人の少年が俺めがけて襲いかかってきた。俺は身を屈めると、石化した胴体で少年の蹴りを受け止めた。
「なにっ?」
少年は俺にしがみつかれたまま、片足でローラー走行を続けた。思った通り、移動は早いがフットワークは鈍い。俺が腰から下を石化させると、少年はバランスを崩して別の少年の身体に突っ込んでいった。
金属がぶつかり合う音が響き、少年たちが悲鳴を上げた。俺は石化を解いて立ちあがると、ひるんだように身を引いているボスめがけて駆け出した。
「ちっ……くたばりぞこないがっ」
ボスが右腕を振り上げた。おそらく発条か火薬で拳が飛びだす類の玩具だろう。
俺はボスの懐に飛び込むと、放熱ファンと思われる隙間に粘液を放った。
「んっ?」
身体に激突し、跳ね飛ばされた俺を見てボスが怪訝そうに眉を動かした。
「自分からぶつかって目を回してるぞ、この親父」
俺は仰向けにひっくり返ったまま、周囲にガシャがシャと小僧どもが群がってくる音を聞いた。やがて、どこからか無数の羽音が聞こえ始め、俺は安堵の溜息をついた。
――なにしろ汚れ仕事の帰りだからな。少々、汚い手でも許してくれよ。
俺はボスの「なんだこりゃっ、は……蠅だあっ」という絶叫と、取り巻きの少年たちが一斉に身を引く音を聞きながら、そっと少年たちの輪を抜けだした。
俺は少し離れた街路樹の陰で蹲っているホームレスの男性を見つつ、歩み寄った。
「おっさん、逃げるなら今だぜ。これに懲りたら自分から剣呑な餓鬼に近づくのはよすんだな」
「あ、ありがとう……助けてもらったついでに、話を聞いてもらえるとありがたいんだが」
「よしてくれ、いざこざに巻きこまれるのはご免だ」
俺が男性の話を遮ろうとすると、男性はそれまでとは打って変わった強い口調で懇願を始めた。
「聞いてくれるだけでいい。実は娘が連中のボスに囲われていて、逃げるに逃げられない状況にあるんだ。どうにかして助け出したい」
「じゃあ警察に駆け込むんだね。……だが成人した娘さんが自分の意志でボスと一緒にいるのなら、親といえどうかつには立ち入れないぜ」
「そんなことがあるものか。……きっとチャンスがあれば逃げだしたいと思っているに決まっている。なあ兄さん、時間は取らせないから、話を聞いてくれ」
「仕方ねえな。……聞くだけだぜ。話し終わったらちゃんと母ちゃんの待ってる家に帰るんだぜ」
言い終えてから俺はしまった、このおっさんはホームレスだったかな、と考え直した。
「母ちゃんはとっくにいないよ。帰るのは一人の部屋さ。兄さんと同じで、その日暮らしの寂しい身の上だ」
いや……と言いかけて俺は口ごもった。確かに外見だけなら、ホームレスと見間違えられてもおかしくはない。
「そうかもしれないが、あいにくと娘も母ちゃんも持ったことはないんだ」
俺が冗談めかして吐き出すと、男性が薄汚れた顔に力のない笑みを浮かべた。
「ふうん、見たところまあまあ男前だし、頑丈そうなのにな。……まあ、あんたも色々と面倒な事情があるんだな、きっと」
〈第三回に続く〉
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