生きぞこない☠ゾンディー EXTRA SEASON#1レイトサマーブルース
五速 梁
第1話 闇からの襲撃
――畜生。足りねえなあ。
今どき珍しい取っ払いの日給を茶封筒から取りだすと、俺は悪態をついた。
労務者まるだしのTシャツ姿で駅までの道をたどる俺に、アスファルトから立ち上る昼間の熱気が、体温のない身体にからかうようにまとわりついた。
――廃棄物処理も明日で終わりだ。これでやっと本来の仕事に戻れるぜ。
俺は万札を指先で弄びながら、口笛を吹いた。ちゃんとした自前の「店」を持っている一国一城の主が、わざわざ店を空にしてまで日雇い労働にいそしむのにはわけがあった。店の収支では賄えない、予想外の出費が発生したのだ。
――あの守銭奴野郎め。人の足元を見やがって。
俺が呪いの矛先を向けたのは、美倉という中古キャラクターショップの店長だった。つき合いはそれなりに長いが、それゆえに俺の好みも懐事情も知り尽くしている。提示された法外な値段のレア商品に、俺は抗うことができなかったのだ。
――よりよって「スペースZ」の「銀河暗黒卿のテーマ」だぜ。CDにもなっていない、ネット動画にもない、レア中のレアコンテンツだ。
俺は目の前にわだかまる闇を睨めつけると、思わず歯ぎしりをした。「スペースZ」は大人気だったSFドラマ「スペースX」の後番組で、低視聴率に喘ぎながらも、独自の世界観が評価されているマニアックな作品だ。
特に「銀河暗黒卿」は、打ち切り寸前にテコ入れのために登場したキャラクターで、テーマ曲も番組内でたった一度、ワンフレーズが披露されただけだった。
俺はもうすぐレアアイテムが手に入るという興奮と、そのために店を閉め、肉体労働にいそしむおのれの阿保さ加減とで眩暈がしそうだった。
――飛び切りのレアアイテムを鼻先にぶら下げれば、俺があっさり陥落するとでも思ったか?……その通りだよ、くそっ。
俺が幼稚な自問自答を呟いていると、ふいに右手の倉庫街から人影が現れた。
「たっ、……助けてくれっ」
街路灯に照らされた人物は、薄汚れたジャンパー姿の中年男性だった。
「どうかしたんですか」
俺は目の前で崩れるように膝をついた男性に、思わず声をかけていた。
「はあっ、はあっ。餓鬼どもが……物騒な玩具を身に着けた餓鬼に襲われた」
男性は荒い息を吐きながら、苦々しく言い捨てた。
「物騒な玩具ってなんです?」
剣呑な言葉に尻込みしつつ、いつもの悪い癖で俺は問いを重ねていた。
「よくわからない。ロボットを着てるといったらいいのか……」
ロボットを着てる?おいおい、日本語になってないぜ、おっさん。
俺が話を整理するよう促そうとしかけた、その時だった。
重機の駆動音を小さくしたようなガチャガチャと言う音と共に、異様なシルエットが俺の前に現れた。それは銀色の機械を身にまとった「少年」だった。
「ここにいたのか。もう逃げられないぜ、おっさん」
少年の首から下は、アルミかチタンと思われる骨組みでできた「機械の服」にすっぽりと包まれていた。なるほど、男性が「ロボットを着ている」と言った意味が良く理解できる眺めだ。
「むっ……娘を返せ。私を殺せば刑務所行きだぞ」
男性が後ずさりしながら、機械を身にまとった少年に言い放った。
「知らないな、そんなところは。ついでにてめえの娘とやらも知らねえ」
吐き捨てるように言うと、少年はモーターの音と共に金属の腕を振り上げた。
「やめろ。丸腰の人間を武器で襲うのは卑怯だぞ」
俺は男性を押しのけるようにして前に進み出た。この男性を救わねばならない義理はないが、行き掛かり上、知らんふりをするわけにもいかない。
「どうしました、ボス」
俺が少年と睨み合っていると、倉庫街からさらに数名の人影が姿を現した。いずれも少年で、最初の少年同様、機械を身にまとっていた。少年たちは車輪かキャタピラで走行しているらしく、うまく止まれずに車道にはみだしている者もいた。
「このおっさんが俺たちの「狩り」を邪魔しようとしたんで、どう始末をつけるか考えてたところだ」
ボスと呼ばれた少年は透明なキャノピーの奥で、酷薄そうな目を細めた。
「お前たち、玩具で遊ぶなら公園の中でやれ。ここは通行の邪魔になる」
俺が言い放つと、ボスの背後で少年たちがいきり立つようにボディをがちゃがちゃと鳴らした。俺はへたり込んでいる男性に「あっちへ行ってろ」と目で告げると、ボスの目を睨みつけた。
「いい度胸だ、おっさん。俺たちの身体を見ても腰を抜かさないとは、相当な馬鹿か、神経が図太いかのどっちかだな」
〈第二回に続く〉
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