第42話 フタツ

彼は二番目だった。


いつだって、一番になりたかった。




「――ス!プロメテウス!」



 耳になれたエンジン音と、声が聞こえる。


 必死に呼ぶ名は、誰のものだったろう。



「……ミツ」



 目を開けると、泣きそうに顔を歪めたミツがいた。



「ごめん、トチった」


「フタツも損傷が激しい。問題はない」



 ゆっくりと首をめぐらすと、落ちていく機体が見えた。


 フタツだ。


 飛行もできないほど損傷が激しいのだろう。


 けれど自分は。



「ごめん」


「……ためらったな」


「えぇ」



 殺せたのだ。


 あんな中途半端ではなく。


 何ならフタツを行動不能にして、自身に弾丸が当たらないように避けることだってできた。


 けれど、プロメテウスはそれをしなかった。


 できなかった。


 たった二文字が、プロメテウスの思考を鈍らせ、行動を阻んだ。



「『英雄』が、笑わせるわね」



 逆賊に、遅れを取るなど。


 息を吸えば、激しく咳き込んだ。



「無理に喋るな。胸を撃たれている」


「臓器に問題はないわ」



 心臓も、肺も損傷はない。


 そうなるように撃たれた。



「細胞は」


「ダメね」



 活動が抑制されている。


 リクの状態と同じだった。



「そうか」



 ミツはそれだけ言った。


 デウカリオン達の集まる場所に着地する。


 ミツに抱えられた状態のプロメテウスは、ゆっくりと地面に卸された。


 ほぼ同時に、鈍い音がしてフタツが着地した。


 落下、と言った方が正しいかもしれない。


 プロメテウスに撃たれた肩は腕が取れかけ、着地に使われた足は両方とも外殻が壊れ、ところどころ内部が飛び出していた。


 胴も損傷が激しい。


 けれど。


 フタツはまだ立っていた。


 立って、プロメテウスを見下ろす。



「フタツっ」



 デウカリオンが周囲を囲み、銃を向ける。



「ここにいないのは……ナナとリクか」



 ミツ、イツキ、ムツ、シチ。


 二人以外は揃っている。



「プロメテウスにやられた奴らはどうした」



 フタツと反逆を企てた四機のうち、最初にやられた二機の事だ。



「拘束して身柄は預かっている」


「ふうん」



 聞いたくせに、フタツは興味なさげに空を仰いだ。


「一人は、まだ余力があるか」



 瞬間、遠くで爆発音がする。



「奴らも、戦いの中では死ねなかったな。まぁ、納得の上だろう」



 その言葉に、通信より先に事の次第を理解する。



「自爆コード……」



 遅れて、護送中の機械化兵の片方が自爆したと連絡が入った。


 隣にいた別の機械化兵も巻き込んで。



「何をさせた!何を、彼らに吹き込んだ!」



 プロメテウスを背に庇い、ミツは声を荒げる。


 腸が、煮えくり返りそうな気分だった。


 どうしようもないほどの怒りによって。



「戦って死にたい。奴らの願いを叶えたまでだ」



 プロメテウスへ向けた言葉と同じことを言う。


 けれどそれだけではない。


 それだけではないことをプロメテウスは知っている。


 声が出せなかった。


 細胞が抑制剤に影響される中で、言葉を発することすら困難になってきていたのだ。



「平和を謳う新政権では生きられない。俺達は戦うために作られたのだから」



 機械化兵とはそう言うものだろう?とフタツは投げかける。


 誰も頷きはしない。


 だが確かに、そう言う不安を抱えたことはあった。



「だが、これで一人になった」



 一人で戦争は続けられない。


 そう、フタツは言った。


 わずかに口角を上げる。


 寂しい笑顔だった。


 フタツは無事な方の手を首元にやる。



「やめろ!」



 機械化兵ならだれもが知っている。


 首の後ろにある自爆コードのスイッチ。


 機械化細胞を破壊するための手段の一つ。


 ミツが発砲する。


 胴に撃ち込まれても、手足に撃ち込まれても、フタツは動きを止めなかった。


 イツキたちがフタツを止めるために接近する。


 けれど、間に合わない。


 スイッチに手が触れる。


 その瞬間。



「させるかっ」



 そこにいないはずの人の声がした。


 硬い金属の音が響く。



「エピ……ウス……」



 フタツの首に刃を突き立てていたのは、エピメテウスだった。


 折れた刀身が地面に落ちた。


 地が、ぼたぼたとこぼれている。


 それは、エピメテウスの血。


 応急処置をした場所から、血が滲んでいた。


 エピメテウスの剣は、自爆コードのスイッチを傷つけていた。


 これで自爆はできない。



「あなたは、償いをしなければ」



 エピメテウスが言った。



「このっ」



 フタツが振り向き様、エピメテウスを蹴りつける。


 蹴り飛ばされたエピメテウスは、そのまま動かなくなった。


 生体反応はある。


 気を失ったのだろう。



「取り押さえろ」



 ミツの声に、デウカリオンが動く。


 慎重に拘束し、護送車を待つ。


 彼は話さなければならない。


 パンドラを殺した理由を。


 国を裏切った理由を。


 そしてそれらの方法を。


 だから、生かしておかなければならない。



「フタツ」



 プロメテウスがフタツの名を呼んだ。


 弱々しい声だ。



「フタツ」



 しばらくさまよったプロメテウスの瞳に、拘束されたフタツが映る。


 護送車だろうか。


 遠くから車のエンジン音が近づいていた。



「なんだ、プロメテウス」



 猿ぐつわを外されたフタツが、答えた。


 静かな声だ。



「……知って、いるの」



 プロメテウスが言った。



「知っていたの」


「何をだ」



 弱々しい声に、その場の全員が耳を澄ます。



「聖エランダル寺院……」



 その単語に、フタツはわずかに肩を揺らした。



「私、あなたを見たことがある」



 ゆっくりと紡がれる言葉に、フタツは目を見開いた。



「……男子寮の敷地に、塀を超える高さの木があったの、覚えてる?やけに騒がしいと思って目を向けたら、あなたが木に登って、生った果実をもぐのが見えたの」



 プロメテウスが続ける。



「すぐに見つかって……先生達の怒った声が女子寮にまで聞こえたわ。あまり言葉は聞き取れなかったけれど」



 ちょっとした騒ぎが起きたというのはわかった。



「その日の夕食に、珍しく果物が付いた。あなたが、もいだ果実だった」



 そのころすでに食料が乏しく、寺院では皆が腹を空かせていた。


 出てきた果物は酸っぱくて、でも、久々に腹が満ちた。


 いつもお腹を空かして泣いていた妹達が、その日はぐっすりと眠った。


 一つ、息を吐く。



「私が機械化兵になって、二期の試作機のあなたと引き合わされた時、すぐに分かった」


「へぇ」


「でも、言い出せなくて。……あなたは私の事を知らないと思っていたから」



 知らないならば、知らない方がいいと思った。


 寺院の兄弟達は機械化に失敗して、多くがスクラップになった。


 その責任の一端はプロメテウスにあった。


 そう、プロメテウスは考えていた。


 だから。



「怖くて」



 お前のせいで、と。


 彼に言われるのが怖かった。


 憎しみの目を向けられるのが、怖かった。



「知って、いたのね」



 お互い、同じ寺院の出身などという事は口にしなかった。


 だから、知らないものだと思って、今まで触れずにいたのに。



「フタツ。お願いが、あるのだけれど」


「なんだ」



 その会話の終わりは、唐突だった。



「こちらへ」



 護送車は着くなりフタツを立ち上がらせる。


 そのまま護送車に押し込もうとした。



「名前を」



 動かない身体のまま、出来る限りの声でプロメテウスは叫ぶ。



「名前を教えて、フタツ!」



 動かない身体を、必死に動かそうとする。



「知らないの、私。あなたの事。あなたの名前」



 ただの金属の足の、なんと重いことか。


 ただの金属の手の、なんと邪魔なことか。


 思い通りにならない身体で地面を這う。


 少しでも、フタツの側に行きたかった。



「あなたは、名前を呼んでくれたのに――」



 視界がぼやける。


 水の幕が張っている。


 それが、涙というものだと理解する。



「プロメテウス。英雄がそんな情けない顔でどうする」



 フタツが笑う。


 優しい声だ。



「私は、プロメテウスじゃない!英雄なんかじゃ、ない……!」



 その笑顔に、もっと涙が溢れた。



「私は……、私は――」



 もう、言葉など出てこなかった。


 想いが募る。


 言葉の代わりに、涙ばかりが溢れてくる。



「――イオ」



 静かに、フタツが呼びかける。



「ごめんな、イオ」



 護送車に乗り込んで、彼は言う。


 彼女の名を呼んで。



「俺が、一番になりたかったな」



 そうすれば。


 そうすれば――彼女がこんなにも、苦しむことなどなかったのに。


 護送車の扉が閉まる。


 もう声は聞こえない。


 もう声は届かない。



「ばか……」



 地面に濃い染みができた。



「予報では雨、だったな」



 誰かが呟いた。


 だから、存分に泣いていい。


 そう言われているような気がした。


 さすがに都合のいい妄想だろうか。



「名前、呼べないじゃない」



 冷たい雨が、静かに降り始めた。



「……ばか」




 彼は二番目だった。


 いつだって、一番になりたかった。


 一番になればきっと、彼女は悲しんだりしなかったから。

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