第41話 伸ばされた手の先に

人は神に縋る。



 手が出せない。


 それがひどく歯がゆく、悔しかった。



「フタツって、あんなに強かった?」



 イツキが言った。



「いや」



 いや。


 彼は確かにデウカリオンの中でも強い個体だが、あそこまでではなかったはずだ、とミツは考える。


 プロメテウスと渡り合うほどでは、ない。



「何かしてる……とか?」


「何を」



 イツキの言葉に言葉を投げかけてみても、考えることは似たようなことだろう。


 細胞を抑制する技術を、フタツは持っている。


 ならば。


 そのまた逆もあるのではないか。


 既存の機械化兵の強化。


 そんな研究がされていても不思議ではない。



「考えるだけ、無駄だな」



 ミツもイツキも、地上から見上げることしかできない。



「まぁそうだけど……、悔しいなぁ、と」


「……そうだな」



 この戦いは、二人のものだ。


 プロメテウスと、フタツのものだ。


 そこに付け入る隙は無く。


 上空は二人の世界だった。




「楽しいな、プロメテウス」


「そうね」



 上空で飛び回る二人は、時折その影を重ね、刃を交わし、火花を散らしていた。


 フタツが刃を見せて笑う。


 表情には出さないながらも、プロメテウスも高揚していたのは事実だった。



「もうすぐ、終わりだな」


「……そうね」



 燃料の残量がいくらもない。



「墜落死なんて、翼を持つ私達にしてみれば無様よね」



 プロメテウスは慣れない冗談を口にする。



「フタツ」



 鍔迫り合い、距離を取り。


 二人はしばし距離を取り相対する。


 お互いに刃の切っ先を向けたまま。



「そろそろ、決着をつけましょう」


「そうだな」



 固い表情のままプロメテウスは言った。


 フタツは笑ってそれに応えた。


 残された時間は少ない。


 示し合わせたように、二人が前へ出る。


 向けられた相手の刃を躱し、返す刀で相手を切りつける。


 切られた部分の修復など、悠長なことをするはずもなく。


 血液と混じった、機械油が周囲に飛んだ。


 それがどちらのものかなどわからない。


 どちらのものでもあるのだろう。


 流れるそれをそのままに、相手に向かっていく。


 上へ、下へ。


 殺意をぶつけ合う。


 耳元を鋭い風の音が通りすぎ、頬に熱さを感じる。


 切りつけられたと理解する前に、相手の鳩尾に拳を繰り出す。



「やっぱ、強いな」



 楽しそうに、フタツが言った。


 鳩尾を抑え咳き込めば、赤い血が口端から流れ出る。



「あなたこそ」



 プロメテウスも薄く笑みを浮かべた。


 頬の切創から一筋、血が流れる。


 右手をフタツへ向ける。



「考えることは同じ、か」



 プロメテウスに左手が向けられる。


 掌は、互いに向かっている。


 掌の穴は、腕から伸びる銃砲の出口。


 互いに相手に狙いを定める。


 最後に残しておいた弾丸を、砲身へ送り出す。



「さよならね」


「あぁ、さよならだ」



 そう、笑いあって。



「さよならだ、――。」



 最後の一発を放つ。


 別れの言葉に続いたフタツの言葉に、プロメテウスの目が見開かれた。



「なん……で」



 回避行動が、とれなかった。


 胸に撃ち込まれた弾丸は、プロメテウスの細胞を急速に蝕んだ。


 空を飛ぶための翼は形を失くし、プロメテウスは落ちていく。


 フタツに向けられた手が虚しく空を搔いた。



 生かされた――。



 プロメテウスを撃った弾丸は、わざと致命傷を避けた場所に撃ち込まれた。


 尚且つ、簡単には切り離せない胴体、心臓の際に。


 何故。


 落下しながら、そればかりが頭を巡る。


 何故。


 なぜ。


 フタツも体勢を崩し、落下していく。


 フタツを狙った弾丸は、その狙いを大きく外れ左肩を撃ち抜いた。


 動揺したのだ。


 だから、弾丸は彼を殺せなかった。


 だから、プロメテウスの。



「俺の、勝ちだ」



 フタツが右の拳を上げた。


 プロメテウスの、負けだ。



 ――さよならだ、イオ。



 その言葉に、世界はどれだけの意味を持たせたというのだろう。


 たった二文字の言葉に、どれだけの意味が。


 けれどその短い二文字は、彼女にとって何よりも大きな意味を持っていた。




 虚しく伸ばされた手が、冷たい何かに触れた気がした。




 人は神に縋る。


 神は、何に縋ればいい。

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