第40話 演者

 踊り続けなければ。



 会議室には、連合軍の首脳が再び集まっていた。


 移動中の非常事態に、全員が来た道を引き返すこととなったのだ。



「この建物の中の安全は保障します」



 護送についていた機械化兵の大半も、会議室のある建物の近くに配置された。



「どうだか」



 誰かが呟いた。



「設計上、核が落ちてもこの建物は表層のみの損傷で済むよう設計されています」



 もしもの時のシェルターは各地に造られている。


 首都であったこの都市には他より頑丈なシェルターがいくつもあった。



「そう言う話ではない!」



 首脳の一人が声を荒げた。



「裏切り者が他にいるかもしれない。身内に敵がいたなど笑えない」



 どうなっているのか、と首脳は怒気を強める。



「そもそも」


「これは、裏切りによるものなのか」



 別の首脳が言葉を継ぐ。



「私どもは関与していません。何より関与していたとして、パンドラ様が、あのような状態になることなど……」



 望まない。


 民の誰もが。



「失礼します」



 対応する官僚が言葉を詰まらせていると、ナナが会議室へと入ってきた。


 会議室のモニターを操作する。



「ただいま試作機№01通称プロメテウスと、離反者、試作機№02フタツが交戦しています」



 映し出されたのは、二人の戦いの様子だった。


 これまでの戦いの様子も、首脳達も各々の端末ですでに見ている。



「パンドラ様とエピメテウス様は」



 官僚がナナに尋ねた。


 情報を統括するナナに尋ねるのが、一番速くて確実だ。



「エピメテウス様は重症ですが、命に別状はないそうです。じき病院へと運ばれるでしょう」



 簡潔に、淀みなく。



「パンドラ様は――、手遅れだとのことです」



 事実を告げる。



「肺に二発、腹部に一発。いくつかの傷が動脈を傷つけています。出血が多く、縫合も無意味な状態だと」



 その事実に、周囲が騒めく。



「では……」


「この調停はどうなる?」



 考えることは、一人の死より国の事だ。



「無意味だ」


「仕切り直し、だな」


「いや、この国の主導者がいないのであれば」



 今こそ、この国を奪う機会ではないか――。



 言外にそう、この場にいる者が考え始めていた。


 自分の国の取り分をいかに多くするか。


 どう有利に話を進めていくべきか。


 そう、打算を巡らそうとした、途端に。



「私が」



 官僚が声を上げた。



「私が、今、この時を持って。前代表パンドラ――ハナエサクヤから全権を継承し、この国の代表となりました」



 少し震えて発したその声は力強く。



「この国の代表として、調停を継続することを宣言します」



 その場にいる全員に届いた。



「この新国家序列第一位のパンドラ様――ハナエサクヤは、国を治める力を失いました。新法第2条3項に則り、序列第二位である私が、自動的に権利を継承することになります」



 重ねて、官僚は言った。


 この新しい国を治める、新しい代表。



「馬鹿な」



 王族でもない、ただの官僚の一人が。


 何を世迷言を、と鼻で笑おうとする首脳達の前に、新法が提示される。



「真っ当な、正統な手続きによるものです」



 確かに、新法の第2条3項には、新しい代表の言葉通りの事が書かれていた。



「新しい法……この短期間に作ったと?」



 戦争終結からまだ間もない。



「ハナエサクヤが主体となり、作り上げました。国際法務機構からも、承認を受けています。まだ発展途上の法ですが」



 代表は、首脳陣を見渡して言う。



「この国の、新しい法です」



 反対する者はいなかった。


 誰も、言葉を発せなかった。




 ――後悔は、しないわ。



 その様子を眺めながら、ナナはパンドラの言葉を反芻する。


 映像に残った口の動き。


 音声のデータはなかった。


 その一瞬のデータは、すぐに消去した。


 あってはならない。


 きっとパンドラの最期の言葉。


 彼女も、演者の一人だった、フタツの駒で、相棒の一人。


 だから彼女は、この国の法整備を急いだ。


 国際法務機構の承認まで取り付けて。


 こうなることがわかっていたのだ。


 彼女は望んで殺された。


 この、新しい国のために。


 新政権。


 新国家を認めさせるために、最も邪魔な存在は、彼女自身だった。


 元皇族。


 それがどれだけの影響力があるのか、彼女はわかっていたのだ。


 どれだけプラスに働き、どれだけマイナスに働くのかを。


 自身の存在のせいで新国家が認められない。


 それが一番避けたい結末。


 けれど、反逆の旗を立てた時、その先導者は紛れもなく彼女だった。


 ならば新政府のトップに彼女を望むのは、自然な心理だった。


 自分が代表である限り新国家は認められず。


 自分がいる限り新たな国の指導者は生まれない。


 ならば。


 死ねば、どうだ。



 ――誰も彼も、死にたがりばかりだ。



 無表情の顔の下で、ナナは唇を噛んだ。



「それで、外の戦局はどうなっている」



 首脳の一人が言った。


 諦めた、のだろうか。



「未だ交戦中です。残党は首謀者のフタツだけですが……プロメテウスとの戦いに、他の兵はむしろ邪魔になるかと。誰も手を出せない状況のようです」



 踊り続けなければ。


 幕が下りるまで。

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