第39話 無知の覚悟・知の覚悟
知らないままで、いられはしない。
曇天に翔る二つの影があった。
もはや人の目では追えないスピードで、プロメテウスとフタツが戦っている。
時折見える流れ星のような閃光が、二人の位置を知らせていた。
「……」
フタツが地上へ目を落とす。
すでに動かなくなった二人の同胞のを一瞥する。
「何をしたの」
プロメテウがフタツに尋ねた。
地上の二人の心拍が停止したことは、既に通信で知り得ている。
「俺は、何も」
フタツの構えた銃口がプロメテウスを捉える。
プロメテウスも銃口をフタツに向けた。
同時に放った銃弾は、空中でぶつかり合い火花を散らす。
「寿命だろう」
フタツの言葉に、感情らしいものは見られなかった。
ただ淡々と、事実を口にしているような。
少し眇められた目には、どんな感情が映っているのか。
プロメテウスからは、見えない。
「知っているか」
「何を」
「俺達の身体は、機械化細胞を急速に増殖させることで形を変えている」
何を今更、とプロメテウスは訝しむ。
「通常ではありえないスピードの細胞分裂を繰り返し、機械化細胞は増殖する」
そうすることで、機械化兵は兵器として成り立っている。
そんなことは機械化兵の常識だ。
機械化兵の実験を受ける前に頭に叩き込む予備知識だ。
「するとな、周囲の細胞も……人の、生まれ持った細胞も、同様に細胞分裂を行おうとしてしまう」
そう言いながら、腕を変形させる。
右手は鋭い刃に。
左手は盾のように平たく展開する。
中世の騎士に似た姿だった。
互いにもう残弾は少ない。
後は肉弾戦になるだろう。
「細胞分裂の回数っていうのは決まってるんだよ。一生のうちに何回って」
プロメテウスも金属の四肢に機械化細胞を纏わりつかせる。
背中のエンジン部にも細胞を広げ、翼を補強する。
右手も左手も、諸刃の刃を作り出す。
「だからな」
互いに真正面からぶつかり合う。
フタツの刃を受け流し、プロメテウスは鉤爪を生やした足で胴を蹴り上げる。
フタツは盾で防御し、下方から後ろに回り込む。
プロメテウスは振り向き様に斬りかかる。
その刃がフタツへ届くより早く、フタツの言葉がプロメテウスの意識に届く。
「俺たちは、酷く短命なんだよ」
銃声が響く。
刃に這わせた砲身が、煙を上げていた。
紡がれた言葉に、僅かながら動揺したらしい。
プロメテウスは腕を撃ち抜かれていた。
すぐさま機械化細胞を再展開しようとするも、うまく細胞が動かない。
これが、
「新兵器、ね」
そう呟くと、プロメテウスは躊躇うことなく撃たれた腕を根元から切り落とした。
もともと機械の腕だ。
惜しむものでもない。
地面に落ちた義手が、カシャンと音を立ててガラクタになった。
「判断が早いな。痛みはあるだろうに」
砲身を刀に取り込ませながら、フタツが口角を上げて笑った。
フタツの言う通り、痛みはあった。
機械の腕とはいえ、接続部には神経も繋がっている。
けれど、今のプロメテウスにとっては、それも些末な痛みだった。
「やはり、腕や足では無理か」
「殺すなら頭か心臓を狙うべきね」
「助言は素直に受け取ろう」
強がりを言っても、フタツ相手に片腕を失ったのは大きな損失だ。
簡単な腕を機械化細胞で構築する。
無いよりはマシだ。
腕を造る様子を眺めながら、少し距離を置いたフタツが言う。
「下の奴らは、寿命の近い奴らだった」
一二一四達は、比較的初期の段階で作られた機械化兵だ。
機械化細胞も、人として持って生まれた細胞も、既に限界を迎えていた。
「個体差が大きくてな。機械化細胞との相性がそこまでよくない奴らは数年で死
ぬ」
淡々と、フタツは言う。
「まぁ長くても十数年ってところかな」
機械化兵が投入されてすでに数年が経過している。
限界の近い個体は多い。
すでに限界を迎え、ボロボロの身体で戦い命を落とした機械化兵もいたのだろう。
「……せめて、戦いの中で死にたかったんだと。奴ら」
すでに生命反応もない機械化兵を指す。
後の二人も、生命反応は弱い。
軍人として。
それが彼らの望み。
それが彼らの矜持。
「私は、帝国のために死ぬつもりだった。だから、寿命なんて、私は、いい」
噛み締める様に、プロメテウスは言った。
「あぁ。お前は、いい」
死への覚悟があった。
けれど。
他の者たちはどうだっただろうか。
「私は、また……」
――間違えていた。
最初の一人になった。
そのせいで、守りたかったはずの寺院の子ども達は、多くが機械化兵の実験により命を落とした。
最初の一機になった。
そのせいで、後の犠牲を生んだ。
成果を上げたことで実験は過熱し、機械化兵の数は増えた。
戦い続けたことで、戦争は長引き。
知らずに悲劇を生んでいた。
今も、また――。
「お前のせいじゃない」
フタツが言った。
この国を裏切った男が、なぜ、そんな目をしているのか。
「やっぱり」
プロメテウスがぽつりと言葉をこぼす。
「言って欲しかった」
こうなってしまう前に。
「抱えていたのね」
何も知らず、知ろうとせずに戦い続けたプロメテウスとは違って。
フタツは、知っていたのだ。
知って尚、戦いに身を投じた。
二人には、大きな隔たりがあった。
意識も、覚悟も、向く方向も。
「そうだな。だがこうして、お前と戦うことも望んでいた」
「それは、光栄ね」
引き金は引かれた。
飛び出た弾丸は、もう止められない。
戦う以外の選択肢など、無い。
殺すのだ。
彼を。
全身全霊をかけて。
殺しあうのだ。
知らないままで、いられはしない。
何も知らない愚者では、いられない。
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