第38話 不吉の前兆

死は訪れる。

 


 プロテウスとフタツは動かなかった。


 躊躇いではない。


 確実に相手を仕留めるため、タイミングを計っていた。


 互いに相手から視線を外さない。


 分はプロメテウスにある。


 あるはずだ。


 最初に造られたプロメテウスは、他のどの機械化兵より優れた性能を持っていた。


 異常なほどの機械化細胞との親和性。


 それが彼女を試作機成功体第一号にし、彼女を最強の機械化兵にした。


 他の誰の追従も許さない強さを。


 スピードを、威力を、彼女は持っている。


 けれど。



 ――不気味だ。



 ミツはそう思わずにはいられなかった。


 フタツの事は当然知っている。


 デウカリオンとして一緒に戦った仲間だった。


 ミツの目から見ても、フタツは強かった。


 三期の試作機であるミツより性能は上。


 単体での戦果はプロメテウスに次ぐ。


 その体捌きも、機械化細胞を使った戦い方も、一目置くものがある。


 射撃の精度は、狙撃を得意とするイツキにわずかに劣る程度だ。


 ミツの知る限りのフタツは、悔しいがミツより強い。


 けれど。


 デウカリオンの総力で彼は殺せる。


 その時にはデウカリオンにも甚大な被害が予想されるだろう。


 死者も出るかもしれない。


 けれど彼の強さは、手に届く強さだ。


 犠牲に眼を瞑れば、制圧は可能。


 プロメテウスの強さには、劣る。


 もはや次元が違うと、ダイタロスに言わしめた性能。


 桁の違う戦果。


 たとえダイタロスであろうと、プロメテウスに並ぶことはできない。


 プロメテウスは強い。


 だから。


 大丈夫だ。


 大丈夫なはずだ。


 ミツはさっきから何度も、そう思い込もうとしては失敗している。


 不安が拭えない。


 プロメテウスが負けるなど、そんな未来があるわけがないのに。



「流石に、同等に戦えると思い上がりはしませんでしたが」


「戦闘中に、余所見されるほどだとは」



 早く。


 早く。


 この裏切り者たちを倒して、プロメテウスの援護に向かうのだ。


 自分に与えられた役割を、全うしなくては。



「格下も格下。相手にならん」



 そう言って笑ってやれば、裏切り者たちは顔を歪めた。


 銃口を向けられる。


 その銃に細工がないとは限らない。


 機械化細胞を抑制する弾丸。


 視認した今、ステルス兵器は脅威にならない。


 注意すべきは抑制剤だけだ。


 弾丸にも彼等にも、接触は極力控える必要がある。


 翼を羽ばたかせる。



「一二一四、一四三三」



 目の前の機械化兵のデータ照合が終わった。


 初期の頃の機械化兵。


 長く戦線にいた者達だ。


 多くの仲間を救ってきた者達だ。


 それが、今。



「後悔はないな」



 この国を、軍を、守った仲間を裏切り罪人となることに。



「我らは我らの正義のために」


「後悔はしない」



 その目は、真っ直ぐに。



「なら、いい」



 空を蹴る。


 一二一四と一四三三の間に入る。


 両の手を二人に向ける。


 義手に埋め込まれた砲身をむき出しに。


 装填済みの弾丸を二人に放つ。



「なるほど避けるか」



 戦線で戦い続けていただけの事はある。


 二人とも、反応が素早い。


 ふ、とミツは力を抜く。


 重力に従えば、頭上を弾丸が通りすぎた。


 一四三三が近づいてくる。


 義手に機械化細胞をまとわりつかせ、刃のように成形している。


 接近戦にするつもりか。


 砲身を腕に仕舞い、機械化細胞を全身に纏う。


 一四三三は正確に、急所を狙って刃を繰り出す。


 動作は小さく、けれど確実にミツはその刃を避ける。



「くそっ」



 あがった息で、一四三三が悪態を吐く。



「時間切れ、ってやつか」



 そう呟くと、ミツに組み付こうとする。


 一四三三の背後に、銃を構える一二一四の姿があった。


 一四三三をいなし、地に蹴り落とす。


 同時に肩のエンジンを撃ち抜く。


 これでしばらくは飛べないはずだ。


 地上のイツキが対処するだろう。


 ミツの展開した銃は、すぐに一二一四へと狙いを変える。



「一つ訊きたい」


「嫌ですよ」



 互いに銃口を相手に向ける。


 引き金に手をかけたまま、二人とも動かない。



「なぜ、本気を出さない」



 その言葉に一二一四は苦い顔をする。



「それとも……出せないのか」



 一二一四も一四三三も、確かに戦線を生きた機械化兵の手練れだった。


 それは随所で見受けられる所作の一つ一つでわかる。


 だが。


 遅いのだ。


 機械化細胞の動きも、身のこなしも。



「これが、今の本気ですよ」



 一二一四はミツに向けていた銃口を自分のこめかみに持っていく。


 ミツはためらうことなく引き金を引いた。


 弾丸は一二一四を傷つけることなく、武器だけを破壊する。


 一二一四が苦笑する。


 機械化細胞で造られた羽が崩れていく。


 そのまま、地面へと落ちていった。


 地面へ届く前に、イツキが一二一四を抱きとめた。



「二人とも、生きています」



 その報告に、息を吐く。


 ミツも地上へと降り立つ。



「なぜあそこで、機械化を解いた」



 銃を破壊されて、墜落死でもしようとしたのか。


 イツキに拘束された一二一四は黙っていた。



「解いた、わけではない……ですよ」



 一四三三が言った。


 無力化されているが、口はきける。



「解けたんですよ」


「喋るな」



 一四三三の言葉を一二一四が遮る。



「……解けた?」



 それ以上、彼らは何も言わない。



「あぁ、でもこれで……悔いなく死ねる」


「そうですね」



 しばらくの沈黙の後、一二一四が言った。


 一四三三も相槌を打つ。


  穏やかな声だ。



「まさか」


「自爆っ」



 その声に、悟ったような響きを拾って、イツキとミツは緊張を走らせる。



「そんな上等な事、僕らはもうできません」


「できない?」


「どういうことだ」



 機械化兵ならば、自爆装置が付いているはずだ。


 それが、出来ない、とは。



「自爆は、機械化細胞を極限まで活性化させなければならない」


「すでに我々には、それができない」



 彼らの目は、虚ろだ。



「眠い」


「あぁ。すごく……眠い」



 そう言うと、彼らは静かに目を閉じた。


 そして、二度と目覚めることはなかった。



「心拍が止まっている。呼吸も」



 イツキが二人のバイタルを確認し、首を振る。



「どういう、ことだ」



 一二一四の右の義手が、身体から離れて地面に落ちる。


 それはまるで、不吉の前兆。




 死は訪れる。

 終わりは訪れる。

 すべてに、等しく。

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